※性描写あり。ご注意を




『見えない首輪』


致命的なミスだった。
執行官という名の猟犬でありながら、飼い主である監視官の監視下から離れてしまった。
追っていた潜在犯が用いたであろう強力なジャミングの所為とは言え
目の前の獲物を狩る事に夢中になるあまり、途中ではぐれてしまった常守と通信不能になった挙句
ホログラムも施されていない廃棄区画の入り組んだビル群の小汚い路地裏で
標的の男を見失ってしまうという、どうしようもなく最悪の事態。
「チッ」と短く鳴らした舌打ちの音が、湿気た空気の満ちる淀んだ空間に小さく響く。
狡噛はドミネーターのグリップを掴んでいた五指からゆっくりと力を抜き
あまりにも芳しくない現状を頭の隅に置きながら、このまま深追いするか否かを考える。

(…あいつなら、佐々山なら間違いなく捜査続行…だな)

無意識の内に脳裏に浮かんだ男の顔と行動パターンに思わず苦笑を漏らし
しかし己も同じように行動するかどうかと言えば、答えは否だった。
闇雲な追跡による更なる状況の悪化は望ましくなく
一度体勢を立て直すべきなのは明らかであり、何よりも

「…ギノが煩い」

対象のロストは百歩譲ってネチネチとした厭味兼叱責で済みそうだが
監視官の手元を離れ単独行動を取った時点で、それだけで終わる訳がなく
この上庁舎にも戻らず勝手を続けてしまったら
始末書どころか問答無用でエリミネーターモードのドミネーターで頭を吹っ飛ばされかねない。
いや、下手をすればもっと別の方法
つまりは、調教と称した手酷い仕置きを夜すがら強いられる破目になるだろう。

「、、戻るか」

感情的になった宜野座がこれまでに敢行してきたあれやこれやを思い出し
薄っすら背筋をゾワつかせつつ、誰にとも無く呟いて
上着のポケットから愛用の煙草を取り出そうと手を突っ込んだその時
チリリと嫌な殺気が項を焼き、殆ど反射的に身を捻ったと同時に
鋭い痛みが二の腕を襲った。
咄嗟に物陰へ回避行動を取ろうとするも、不意にぐにゃりと視界が歪み
平衡感覚を保つ事が出来ずガクと片膝をつく。
油断した。
とっくに何処ぞへ逃げ遂せたものと思っていた標的が、まさかまだ近くに潜んでいたとは予想外であり
おまけに反撃まで許してしまった己の迂闊に反吐が出そうになる。
窮鼠に噛まれる狗など、嗤い話にもならない。
更に問題なのは、大して殺傷力のない攻撃が腕をほんの少し掠めただけだというのに、この有様であるという事。

(…麻痺系の特殊銃か…クソッ、、)

悪態をつくものの、それが言葉になる事はなく
体勢を保持しようにも踏ん張りが利かず両膝が地につき、取り出しかけていた煙草の箱がボロリと落ちた。
目の端にそれを捉えながら、何としても右手のドミネーターだけは手放さないよう気力を振り絞っていると
程近くから足音が聞こえ、そちらへと視線を向ければ、案の定、標的の男が意気揚々と歩み寄って来る。
恐らくは、こちらが既に動けない、と勝利を確信したからだ。
猟犬と揶揄される程の執行官を窮地に追い込めた事が余程嬉しいのか
興奮気味に小鼻を動かし、しきりに唇を舐めてすぐ傍に来た男は
「お、俺を捕まえるなんて、あ、ああ、甘いんだよ!」と
吃音まじりに唾を飛ばしながら、身動き侭ならない狡噛の肩口を蹴り押した。

「ぐっ…!」
「はは!イイざま、だ!」

碌な抵抗も出来ずあっさりと地面に倒れた所へ、男が馬乗りになり
濁りきった色相と同じように混濁した双眸に愉悦を孕ませ
「お、お前もさっきヤッた女み、みたいに、や、ヤッてやろうか?」と
下衆極まりない事を自慢げに言いながら、下卑た手付きでスーツへと手を掛けて来る。

(ッ、こいつ…!潜在犯どころか、もうやらかしてやがったか…!)

街頭の簡易スキャンに引っ掛かった為追っていたのだが
今サイコパス計測を行えば、さぞかしぶっ飛んだ犯罪係数を叩き出すことだろう。
兎にも角にも、こんなやつに好きにさせて堪るかと
狡噛は右手に辛うじて握っていたドミネーターを半ば意地で構え
まさかそんな筈はと瞠目する男の眉間に狙いを定めた直後、渾身の力でトリガーを引いた。

「っ、」

断末魔を上げる暇もなく弾け飛んだ男の頭部は綺麗に消失し
大量の血飛沫が全身へと雨のように降りかかるも
もう指一本すら動かせない。

(……まぁ、その内あいつらが来るだろ…)

楽観主義ではないが、そんな確信を持てる程には、公安局の連中、宜野座を信頼していた為
猛烈な脱力感と睡魔に逆らわず、身を委ねた。

――助けが来たのは、その後僅か30分後である。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「………」
「何か言いたい事はあるか?」

目が醒めてすぐに耳朶へと届いた冷淡な声に聞き覚えがあり過ぎて
狡噛はあえて黙ったまま視線だけを向ける。
するとやはり、眼鏡を押し上げながら不遜な目付きでこちらを見下ろし
不機嫌な態度を隠そうともしない男、宜野座が立っていた。
医務室ではなく、宿舎の自室である。
腕の傷は既に処置済みで、麻痺の後遺症も無く、軽症だったという事だ。
狡噛は横たわっていた自身のソファから起き上がり
具合を聞くどころか唐突で容赦のない問いを寄越した宜野座へと口を開く。

「別に、何も」
「そうか、懸命だな。下手な弁明は俺の神経を逆撫でるだけだ」

取り付く島もない言い方は、想像以上に怒っている事を如実に物語り
つまりは何を反論しても情状酌量の余地はないという事で
その原因は他でもない狡噛にあり、

「なぜ、監視官から逃げるような真似をした?」
「そんなつもりはない、現に」
「こうして此処に居る、か?確かにそうだが、あくまでそれは結果での話だ。
 理由も現状も関係ない。絶対に切ってはならない筈のリードを自ら切ったのはお前だ」

そんなつもりは毛頭なかった、と言った所で、今更どうにもならない。
宜野座が突き付ける言葉は事実であり、覆せもしないし、まして説得など不可能だった。
常に冷静怜悧に見えて実はこの男、感情的になる事が多く

「まだ、狗としての自覚が足りないようだな」

加えて一度キレると、

「再調教してやろう」

人が変わる。
無慈悲なブリーダー宜しく、狗と呼んで憚らない狡噛が何か不始末をする度に
あたかも躾を施すが如く容赦のない仕置きを行い
同期の監視官時代に付き合っていた頃は、そんな事は皆無だったのだけれど
佐々山の事件で狡噛が執行官になって以来、まるで修正を望むかのように続けている。
今回もまたいつものように、冷酷に豹変した宜野座は
取り出した小型注射器を素早く狡噛の首筋に当てると、圧縮された中身を躊躇なく打ち込んだ。

「ッ?!、、ぅ…あ…、っ」

途端、眩暈にも似た浮遊感に襲われ、フラついた躯がドサリと鈍い音を立ててソファに落ち
座っている事も侭ならず、ズルズルと床の上へとずり落ちる。
一体何が起こったのか。
立ち上がりたいのは山々なのに、手足、否、全身の筋肉が痺れたように力が入らない。

「…ギ…ノ…!…な、を……打っ、、」
「なに、鍛錬好きでタフなお前がちゃちな麻痺銃に見事にやられたと聞いてな」

それよりも少し強力な筋弛緩剤だ、と事も無げに宣う男の端正な顔に浮かぶのは
僅かながらの薄い笑み。
ツゥ…と冷たい汗が額を流れ、無駄だと判っていながら距離を取ろうと足掻いたが
少しばかり爪先が硬い床を引っ掻く程度しか動けず
右脇を下に側臥した状態のまま、批難するように睨み上げる。

「何だ?その目は。判断を誤り、身動きを封じられ
 標的にレイプされかけていたのはお前だろう?」
「…!!」
「俺達が駆けつけた時、お前がどういう恰好をしていたか、詳しく教えてやろうか…?」

馬乗りになった首なしの死体に服を脱がされかけていたのだと
掠れた低い声音で囁かれ、狡噛は双眸を微かに細める。
思い出すのも不快だが、確かに、自分はそういう状況だった。
これはあくまで勘だが、宜野座は単独行動の方ではなく、寧ろそっちの方を良く思っていないようだ。

「…運が悪ければどうなっていたか、たっぷり味わわせてやる。十二分に反省しろ」

冷然と言い放ち、徐に屈み込むと上のワイシャツには手を掛けず
下の衣服を下着諸共剥ぎ取るなり、無遠慮に左足首を掴み上げ股座を露出させ
反対の手の指を口に含み、唾液を纏わせたそれを臀の穴へと捩じり込む。
打たれた薬の所為か、大した抵抗もなく、簡単に二本が一度に奥まで到達し
にゅぐにゅぐと円を描き、左右に開き、好き勝手に前後しては穴を解す。
始めは何とか呻き声すら洩らさずに耐えていたものの、

「……っは、ぐ… っはぁ、…ハァ…ッ!」

筋弛緩系だけでなく、興奮剤の一種でも混ぜていたのか
異様に全身が熱を持って落ち着かず、普段滅多に切れる事のない息が不自然に切れる。
鍛え方が甘いとか、そういう話ではなく
強制的に引き起こされている神経の昂りと感覚の過敏化は自分ではコントロールのしようがなくて
意図的に弱い部分を幾度も指先でつつかれ擦られると
悪辣に助長された快楽が下っ腹をしたたかに突き抜けるのだ。
ひんやりと冷たい床に押し付けた頬と言わず何処と言わずじっとりと汗が浮かんで火照り
忙しく喘ぐ半開きの唇からは、獣のような荒い呼気と、力の入らない舌がダラリと零れ
飲み込めない唾液がしとどに床を汚し濡れ光る。

「フン…狗め」
「、、は、…はッ、…ヒュッ…」
「いつものように、はしたなく咥えろ」
「…あ…!っぐ、、」

わざとそんな言葉を選んで誹りながら、指を引き抜いた宜野座は
ぐずぐずに柔らかくなっている其処へ代わりに己の牡を宛がうと、些か乱暴に突き入れ
掴んでいた狡噛の左脚を肩に抱え覆い被さり、様子見も何もなく腰を揺すり始めた。

「っ、…う、……あッ!…ッ、…っッ!」

そんな事をされて堪らないのは狡噛である。
躯は言う事を聞かないのに、感覚だけは酷く研ぎ澄まされていて
中を抉るように貫く宜野座の体温も、泣き所を狙い済まし穿たれる快感も
一層激しく感じてしまい、何処かしらの神経が焼き切れてしまいそうだった。
無造作に突き上げられるたび、宜野座の肩に乗った己の左脚がガクガクと淫らに跳ねる。
すっかり皺になった白いワイシャツの上から
強く乳首を抓られ捏ねられると、うっかり失禁さえしてしまいそうだ。

「、んっ、…ぐ…!、、ッあ、…はっっ」
「まったく、イヤらしい声で啼く…これをあんなクズに聞かせるつもりだったのか?」
「あっ、ァ…! …ッ、…がぅ!」
「違わない」
「っひ…ッ!」

根も葉もない事を白々しく嘯く宜野座に、呂律の廻らぬ舌ながら否定を示そうとも、素気無く一蹴され
あまつさえ口答えするなとでも言うように奥の方を突かれて、切羽詰った情けない声が出る。
嫉妬に狂うにも程があるだろう、早く溜飲を下げてくれと
狡噛は思うさま揺さ振られながら、ただただそう願うばかりだった。

「…っく、」
「ッ…!…は、ぁ…、、……ハァッ……ハァッ…、…はっ…、ふ、、」

暫くの後、短く呻いた宜野座が漸く中で達して律動が止まり
疲労感と安堵感で全く整わない乱れた呼吸に細い吐息を混じらせつつ
未だ体内に宜野座の一物を収めたままだったが、ぐったりと目を閉じる。
正直、このまま泥のように眠りこけたかった。
しかしすぐに左肩をグイと引っ張られ、仰向けにさせられたかと思えば髪を鷲掴まれ

「つッ、」

走った痛みに眉を顰めながら目を開くと、覗き込むように見下ろす男と視線が合い
鋭く真っ直ぐに射抜かれては、「これで満足か」という厭味すら何故か言えなくなってしまった。
そのまま目を反らせずに居ると、不意に宜野座は視線を下へずらし
首周りをゆるゆると思わせ振りに指先で撫で
見えない首輪でも見えているのか、

「…お前は俺のものだ。もし逃げるような事があれば、必ず俺が殺す」

飼い犬が居なくなる事を恐れる飼い主のように
或いは、嫉妬深い恋人らしく、静かにそっと囁いた。

 


【終】


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あとがき

宜狡いいですよね宜狡!きっと宜野座さんは鬼畜エロ眼鏡だと信じて疑いません(キリッ)
がしかし、そんなんで宜野座さんの色相は大丈夫なのか?という問題が… うん、スルーでお願いします^^(にこっ)

2013/01/02  いた。