「アンタがそうなったのは、いつからだっけなァ?」


問えば、チラリと此方を振り返り
僅か口端を上げ、二槍についた血糊を無造作に払う。
欺瞞か。
あざとい、否、そもそも愚問だったかと己も嗤い
折り重なる亡骸に突き刺していた六爪を引き抜いた。

 


 あけしゅら
『朱修羅』 
※残酷描写あり。ご注意を。

 


真田幸村、と云えば武田の一番槍
ではなく、今や奥州独眼竜の君側だ。
しかしその存在性は、竜の右目と呼ばれる片倉と違い
政には一切関わりはなく、戦場で主を守らんとて共闘する朋輩とも異なる。

ならば一体何なのだと訊かれれば、狂狗、この一言に尽きた。


ひとたび陣中に立とうものなら、悠然とした笑みを修羅か羅刹かと見紛う歪んだ狂喜に変え
両手の二槍と全身には、かつて見た炎の代わりに相手の返り血を纏って真紅となり、戦場を疾駆するのである。
其の、「紅蓮の鬼」と畏怖される点においては、これまでと変わりないのであるが
侍共の心胆を芯まで寒からしめるゾッとした冷たさは、間違いなく以前には無かったものであり
まして相対すれば確たる死を覚悟せねばならぬ絶対的な無慈悲は、ここ最近生じたものだ。
しかも極めつけは、伊達がその様を見て眉を顰めるどころか
「完璧だ」と吐息を零し、一緒になって鬼人の如く六爪を閃かせ殺戮に及んだ事。
虎だけでなく、竜まで狂ったかと、敵方によらず自軍をも凍らせるに十分であった。

また、戦が終われば終わったで
剥きだしの牙や爪を隠し引っ込める幸村ではあるものの、やはり厄介な事に変わりはなく
伊達以外の誰にも近寄らず、また近寄らせず
殺気立って居るならまだしも、ゆったりと不穏な笑みを浮かべ静かにしているので
何を考えているか皆目見当もつかず、とにかく気味が悪くてかなわない。
とは云え、城の中でその姿を見る事は稀であり、それがせめてもの救いであった。
伊達が奥の私室に独り占めするように身を置かせている所為だ。
時折、夜と云わず昼と云わず、淫らな嬌声が漏れ聞こえ、城内の者はそれを意図して無視しなければならなかったが
それが普遍となる程に、伊達が寵愛を注いでいるのは周知の事実であり
いくら幸村が鼻持ちならぬ薄ら寒い存在といえど、城主が可愛がっているのである
下手な真似をしようものなら此方の首が飛ぶと、誰も諫言を呈する事などしなかった。
実際、重臣の一人が下女を使い幸村へ毒を盛った時(無論、毒見役が毒を受け、幸村は無事である)
下女もろとも八ツ裂きにされた挙句、見せしめで城外に四日吊るされたのは記憶に新しい。
また、それを非難する者があれば、伊達は容赦なく杖刑にかけ
その徹底振りは、片倉に言及の余地すら与えなかった。
もはや幸村を中心とする主の言動に節度や限度といったものは無い。
幸村が「欲しい」と云えば、金を湯水の如く使い何でも取り揃え
幸村が「こうだ」と云えば、無理難題でも悉く恣(ほしいまま)に叶え
要するに、幸村のやりたいようにやらせ、幸村の為なら何でもしたのだ。
幸村も幸村で、そんな異常な情を注ぐ伊達を愛してやまないのか
伊達の蕩けるように甘やかす声には、優艶とした最上の笑みで応え
伊達の言動だけに関心をおき四六時中べったりと離れず
何より、自分と同じ血塗れの手に、こよなく懐いた。
それを飼犬よろしく愛玩犬と云うなら聞こえは良いが、陰ではハッキリと「傾国」と揶揄する輩も少なくない。
だが、決してその様な生易しいモノではないと、伊達軍一の忠臣である片倉は断言する。

そもそも、どうして幸村が奥州の独眼竜の傍に身を寄せ、斯様なまでの豹変を遂げたのか。

それは半年前に遡る。

 


「アンタ、中に何を飼い殺しにしてる」


武田と伊達が交えた戦火の折、戦場の真っ只中で
幸村と対峙した伊達が鍔迫り合いの離れ際、云い放ったその言葉こそが、事の始まり。


「…幸村!一旦撤退じゃ!!」
「聞いてンでしょ、旦那、撤退命令だよ」
「……あ、あぁ…」


独眼竜は何が云いたいのだと、呆けていた幸村は腕を引かれ、そこで漸く信玄と佐助の声を認識した。
されど、決着のついていない戦や、中途のまま打ち切られた勝負の事も頭になく
ただ占領するは、不敵に哂う男の顔と科白である。
何か、胸の奥にある小さな綻びを、指で穿られたような
形容し難い、胸騒ぎに似た感覚を抱きつつも背を向け、撤退兵達に混じり退却した。
そんな幸村の後姿を、どこまでも、舐めるように見詰めるのは伊達である。


「…アイツ、とんでもねェ化物だぜ」
「真田、ですか…?確かに手強い相手ですが、所詮、政宗様の敵では」
「本当にそう思うか?」


含みを持たせた云い方に、「何故です」と問えば
苛烈を極めた陣中において、敵を斬って捨てる度に、双眸に宿した微かな火種を妖しく揺らめかせ
ひっそりと笑みを浮かべていた事に本人は全く気付いていなかったのだと
至極嬉しそうに低く咽喉で嗤うので、片倉は背筋に寒気を覚えた。
幸村に対して、ではない。
主の隻眼に浮かぶ鋭い眼光が、気に入りを見つけたと言外に物語っているからだ。
こんなにも愉しそうな表情はかつて見た事がない。

(…よからぬ事にならぬといいが…)

という心配は、存外すぐに現実のものとなった。

 


「真田幸村が狂った」


などと云う、耳を疑うような噂が広まっていると、米沢城の伊達に報告したのは、片倉だ。
一瞬続きを躊躇するも、更に口を開き


「事実、武田信玄が病に歿した後、忽然と姿を消しておりましたが
 最近、神出鬼没に各地の戦場に現れては、旗色に関係なく兵達を皆殺しにして居るようです」


苦々しく云い切り、顔を上げる。
すると、恐ろしい程に口角を吊り上げた城主と目が合い、思わず小さく息を呑む。


「…ま、政宗様…?」
「小十郎、支度しな」


何の、と問うより早く、立ち上がった主の背を、慌て追い掛け
馬を駆って辿り着いたのは、数日前より小競り合いが続き、一戦あるかと危ぶまれていた国境である。
いよいよ今日あたりに動きがありそうだと云ってはいたが、今まさに一悶着起きている。
否、そうではない。
よくよく見れば、睨み合っている筈の両勢力を、たった一人が掻き回し、混乱に陥れている。
一体誰だと目を凝らせば、紅蓮の姿に二槍
果たして居たのは渦中の人であったから愕いた。


「あの噂は本当だったのか…!」
「Hum」


瞠目する片倉を鼻で嗤い、伊達は馬から降りて徐に歩みを進めると
槍を振り回す幸村へと近付き、腰に差していた刀を引き抜く。
若虎もああなっては、斬って捨てるのもやむなしか…
察し、固唾を呑んで見守る中、


「…なっ!政宗様ッ!気でも違われたか…!!」


あろうことか、伊達は幸村ではなく、敵味方入り乱れる周囲の者を両断した。
続けて二人、三人、四人、、容赦はない。
あっという間に各々百近い兵を斬り、気付けば立っているのは片倉含め、三人だけである。
唖然と突っ立つ片倉は、声も出せず、狼狽。
目の前で何が起こったのか、既に理解の範疇ではない。


「真田幸村ァ、」
「……伊達政宗…」
「漸く起きたか」


血糊を払い、刀を鞘に収める伊達の声に、幸村が振り返り、静かに片側の口端を上げる。
いかにも意味深な科白と反応である。
しかし片倉にその真意を測る事はできず、息をつめて佇立するのみ。
ただ先程から、嫌な汗が幾度も額を伝った。


「自由になった気分は?」
「…すこぶる良いでござる」
「Good、待ってた甲斐があったぜ」


云いながら、幸村の項へと手を伸ばした伊達は、勢い良く引き寄せ、じっくりと見つめる。
点々と返り血を浴びて尚、小生意気に整った顔は、怖気付きもせず此方を見返し
あの戦の時に垣間見た以上の、妖艶で禍々しい笑みを浮かべている。
何より、双眸に燈る獰猛で暗い光は蠱惑的で、ゾクリとするものがあった。


「逢えて嬉しいぜ?」


これがアンタのあるべき姿だ、と囁く伊達は、この瞬間を待ち侘びた。
たった一度の邂逅の時、本能で嗅ぎ付けていたのだ
コイツは同類だと、幸村の中には修羅が眠っている、と。
それを周りの者達は気付かず、日本一の兵だの武田一番槍だのと持て囃していたようだが
唯一感づいた伊達が本来の幸村を揺さ振り起こそうとする前に、信玄に邪魔をされた。
あの唐突な一時停戦は、そう云うことだ。決して、戦略的なものではない。(何故なら双方に利はなかった)
だからこそ断言できる、「間違いなく、あの坊主は知っていて眠らせている」と。
そうまでして、守りたいか。莫迦が、偽善にも程がある。と嘲るのは然り
なかなかどうして、これだけの大物をよくもまぁ抑え込めて居たものだと、その点は賞賛に値した。
つまる処、要は信玄であり、その死は即ち堅牢な檻の錠が外れたも同義。
閉じ込められていた獣が解き放たれたが如く、幸村の本性は産声を上げて覚醒したのだ。


「愉しめよ。もっと、今までの分まで、存分にな」


これからは思いの侭に生きれば良い。
我慢もせず、抑圧もされず、己の好きに。それ以上の事などないだろう?
嗚呼、全て判っている。
己とて同じ穴のムジナだ。


「…ところで政宗殿、何故ここに?」
「Ah?決まってンだろう、アンタを迎えに来たのさ」


判りきった事を訊くなと、掴んだ項を更に引き寄せ、噛み付くように口付けた。

 

それ以降は、戦だ一揆だと聞けば二人して飛んで行き
他所の陣中だろうが何だろうが、横槍よろしく乱入。
手当たり次第に場を乱しては凶殺の限りを尽くし、全身に返り血を浴び具足が赤黒く染まる様から
いつしか幸村と伊達には「陣荒らしの朱修羅」という異名がつき
よもや戦場にその姿が見えようものなら、幾つ命があっても助からないと
ことごとくが裸足で逃げ出した。


「…クックック…、はーっはっはっは!!!」


特に幸村の有様と来たら、全く普通ではない。
狂ったように斬っては捨て、薙いでは踏み、突いては嗤うので
此処は地獄か奈落かと、みなを震え上がらせた。
それを見やる伊達は、幸村が嬉しそうで何よりだと柔らかな笑みを浮かべつつ
しかしやっている事と云えば、幸村と何ら変わらぬ。


「政宗殿!堪らぬなァ!愉快極まる…!」
「Yeah、オレもだ」


刀身が鎧の守りを貫き、肉を断ち骨を砕く感触は、何度味わっても爽快だ。
乾いた土地が、赤く染まり潤って行く様を見るのは気持ちが良い。
屠殺される豚が如く、延々続く無様な悲鳴など、どんな麗しい琴の爪音にも勝る。
何より、温かな命を狩った瞬間の得も云われぬ恍惚と来たら最高だ。

この間なぞ、刎ね飛ばした首が三十を超えたあたりで、伊達は辛抱できず勃起し
隣で四十二人目に槍を突き刺していた幸村の腕を引いて捕まえれば
案の定、自分と同じように興奮していたので、その場で青姦。
屍累々の血溜まりの中、狗のように四つん這いになって息荒く腰を撓らせる幸村を
背後から思う様突いて揺さ振る伊達を見て、あとから駆けつけた片倉とて、正気を疑い手が出せず
性と死と狂気が入り混じって混沌とする空間から、堪らず目を背けた。

 

そうした頭の痛い状況が続く中、片倉はたった一度だけ
幸村と一緒について来た戦忍の佐助に、腹に据えかねたあまり問い詰めたことがある。
「あれは本当に真田か!テメェに主を止める気はねぇのか!」 と。
けれどそれに答えた時の佐助の表情ときたら、背筋が凍りつくのではなかろうか
何の色も感慨もない、愕く程に冷めたもので、


「あんたが俺様にそれを云う?自分はどうなのよ、右目の旦那。…あんま寒い事云ってると、殺っちゃうよ?」
「…!!」
「っつーか、どうしたもこうしたもないっしょ。旦那が幸せなら、俺様基本的に何でもいんだよね。
 ま、化けの皮が剥がれたと思って、素直に受け止めて仲良くしたげてよ」


云って微笑む忍に対し覚えた戦慄は、生涯忘れまい。
硬直する片倉に、「とりあえず、他人の事とやかく云うヒマがあったら、自分のトコのどうにかすれば」
と痛烈な厭味を吐いて、音も無く姿を消した佐助に、前に見た剽軽さはない。
情けなくも、ブルブルと震える片倉の拳のやり場は、どこにもなかった。

 

――――――――――――――

 

米沢城最奥、伊達の私室である。
一切の余計な邪魔が入らぬその場所で、幸村は安心して寛ぐ獣のようにゆったりと寝そべった侭
上半身を甘えるように伊達の膝にだらりとしな垂れ掛け
優しく頭を撫で髪を梳く大きな掌に、心地良さそうに目を細めていた。
伊達は飽きる事無く、そんな幸村を愛しくて堪らぬと云う風に眺め可愛がりつつ


「幸せか?」
「この上なく」


答えの解りきった問いを投げれば、一寸と間を置かず返事があり、満足気に笑みを浮かべた。
幾度繰り返したか忘れたこの遣り取りも、互いに視線を交える指呼の間
確認ではなく呼応であり、もはや共通の意思である。

互いに、幸福に満ち満ちていた。


「また、戦があればよい」
「あるさ、この世から争いと憎しみが消える事はねェ」


云って、するりと片手を着物の衽に差し入れる伊達に
幸村はクツクツと低く咽喉で哂いながら、自ら帯紐を解き抜いて足を開き、次なる戦に想いを馳せた。

 

 

【終】


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あとがき

黒幸?黒村?でしたっけ、あまりに萌えたので手を出してみましたが、どうでしょう;
やり過ぎましたかね;;;すみませんorz
とりあえず、明智さんにしか見えない高笑いがポイントかと(笑)

2010/04/18  いた。