『悪因悪果』(前編) ※長編小説「弦月の烙印」設定にて、番外編

 

伊達が己の手元に幸村を取り戻し、同時に
幸村が伊達の物だと自ら諦認してから、早くも一月程が経とうとしていた。
城奥の御座所は勿論のこと、余程の事がない限り、常に伊達の傍に置かれる幸村は
愛玩物と云っても過言ではない日々を送っており、過ぎたる寵愛を一身に受けていた。
「大人しくして居るなら、髪の毛の先まで可愛がってやる」と云う言葉以上に、その愛で方は過剰であり
何気ない仕草は無論のこと、瞬きの一寸でさえ見逃さぬとばかりに一挙一動を見つめられ
何かと些細な事であれ「可愛い」と囁かれては、犬猫の毛並みを梳くが如く頭を撫でられる事は日常的不変であり
(この間なぞ、いつもは幸村にさせる酌をわざわざ侍女にやらせ
まるで其奴に見せ付けるように、膝の間にしっかりと抱え込んだ幸村を終始手放す事も無く、片手で撫ぜ続けた)
そして暇さえあれば、飽きもせず、濃密で卑猥な情事に明け暮れるのである。

それら全てを反意抵抗なく受諾する幸村は、半ば人形であった。
光無く虚ろな瞳は何をも映さず、されるが侭に身を任せ、ただ呼気を繰り返す。
それがいかに哀れであろうとも、この奥州で伊達に逆らえる者など居はしない
すなわち幸村に救いは無いのであった。


「……ん…、」

今日も今日とて、処を考えぬ伊達に、寝所ではなく湯殿で散々好き勝手にされた幸村は
案の定、のぼせ上がって気を失い、今しがた目を覚ました。
いつの間にか伊達の私室に移されており、しかも柔らかな褥の上である。
濡れていた髪が十分に乾いているあたり、相当長い時間倒れていたらしく
着物も仕替えられ、織り模様が変わっていた。
いまだ倦怠感を訴える躯ながらも、何とか起き上がった幸村は、ふと違和感を覚え、薄っすら眉を寄せる。
いつものように全身に纏わり付く筈の視線を感じないからだ。
怪訝に思って室内を見回すと、やはり、伊達の姿は無かった。
こんな事は滅多にない。
外せぬ用向きでも出来たか、或いは賓客でも来たのだろうか、それとも…

(……いや、…どうでも、いい…、、)

俄かの疑問も、すぐに空漠と白け
思案する其の僅かな労力すら惜しいと思えるほど、躯も頭も重く、ぐったりと再び褥へと臥せる。
そもそも、伊達が何用で何処に行ったかなど、考えるだけ無駄だ。
とにかく、今の内にもう少し休んでおきたい。
どうせまた顔を合わせれば、心を無くさねばならぬのだから…

「………」

幸村は目蓋を閉じ、細い吐息をつきながら、力を抜く。 酷く疲れていた。
その暫くの後である。
ウトウトと沈みかける意識の狭間、小さな物音が聞こえ、ピクリと敏感に反応した幸村は
何だ、もう戻って来たのか…と、ぼんやりと視線を上げ、静かに襖が引かれた間口を見遣ったが

「…?」

現れたのは伊達でもなければ世話役の侍女でもなく、見た事もない男であった。
風采からして城の家臣で相違あるまいが、一体誰だ・何事か、と若干愕きに目を瞠る。
なにせ城の者には、「幸村の居る座敷へは城主の許可無く出入り不可」なる絶対の掟があるらしく
破れば情状酌量の余地なく罰せられるだとかで、これまで幸村は数人の決まった顔しか知らぬ。
つまりその数人こそが、伊達から特別に許可を得た者達という事で
今居る目前の男は、云わずもがな立入りを許されぬ者だ。

「…何者、だ、、」
「っし〜、声を出すな、…静かにしろ…!」
「、ッ…?!」

問うた途端、見るからに挙動不審な慌てようで襖を閉めた男は
押し殺した声でそう云うと、幸村の傍まで忍び歩いて屈み込むなり
いきなり腕を掴んで引っ張り上げて来るではないか。
それどころか、そのまま無理矢理に引き摺って行こうとするので
幸村は混乱しながらも、連れて行かれまいとて右足を一歩踏み出し、踏ん張る。
すると着物の衽が肌蹴て、太腿に点々と散る赤黒い鬱血の痕の中に、殊更異彩を放つ弦月の印が露わになり
途端、男の双眸に云いようの無いギラついた暗光が燈って、幸村はハッとした。
これは、そう、いつぞやの山間の農村で
皆が豹変した時と全く同じ…欲に濁りきった人間の目だ。

「…へへ…、うまく立ち回れば二千両…いや、もっと凄い大金が手に入る…!」

などと息巻く此の男、どうやら城の禁を破ったばかりでなく
幸村を拐かし、どうにかして金子をせしめるつもりのようである。
確かに、竜の私紋が付いた物、所謂『紋付』は
厳しい規制により、人の目に付かなくなって久しく、もし出廻れば、闇相場でも破格の値がつくだろう。
しかも、此処に居る幸村、ただの紋付ではない。
男が云うとおり、かつては大判金二百枚という巨額の賞金を懸けられた事もあり
皆が血眼になって捜した上、とある村では醜い取り合いの末に同士討ちが勃発、一夜にして一村が灰になった。
ゆえに其の価値は唯一にして無二、もはや計り知れぬものがある。
何処ぞへ売り捌くことは無理だとしても、持ち主である伊達に
同額か、それ以上の大枚をふっかける魂胆は、口に出さずとも明け透けに見て取れるのだが

「…貴殿、一つ忘れて居る……」

紋付に手を出せば、ただでは済まないと云う事を。
問答無用で極刑に処すと記された高札は健在であり
過去、その禁を犯した者は城主自らの手で斬首された。
まして此の幸村、伊達が策略と労力を惜しまず費やしての大掛かりな捕り物劇を経て取り戻した
他とは明らかにその存在性を異とする紋付であり、況や伊達の異常とも云える執着たるや、類を見ぬ。
まっこと、幸村本人の意思はさて置くとしても、過度格別に愛でられて居る寵宝なのだ。
そんな生きた御物に手を出そうなどと云うのだから、此奴、余程の命知らずであるが
世には愚にもつかぬ事を、そうと判っていながらもせしめんとする莫迦が実際に居る、という事である。

「…ッ忘れてなんか居ねぇよ!だから俺だって焦ってんだ…!もう後には引けねぇ…!
 ……筆頭は暫く戻って来られない筈だ…、さぁ、今の内に、来い!」
「っ…やめ、よ…! 某に…触れてはならぬ…ッ……離せ…っ」

何を根拠に暫く戻って来ないなどと云うておるのか知らぬが、左様な問題ではない。
そもそも、勝手に座敷を離れて良い訳がなく、否、それ以前に
世話役は別としても、「オレ以外に触らせるな」と、きつく云い刺されて居るにも関わらず
こうして手首を掴まれてしまった事が、もう甚だ恐ろしくて仕方がないのである。
もしも斯様な状況が明らかとなれば、一体どのような仕置きが科せられるやら、想像すらしたくない。
それに、いまだ地下牢に捕らえられている信玄の身に、なんぞあったらどうしてくれるのだ。
加えて云うなら、此奴がいかに拙略をめぐらせようとも
後にどういう末路を辿るかは、容易に目に見えている。
伊達からは絶対に逃げられない。
だからこそ、幸村は必死に「貴殿こそ、今の内に、姿を隠せ…!」と勧告した。
どうせ失敗する目論見なら、早々に諦めて、気付かれぬ内に一刻も早く此の場を立ち去るべきだ。
あの鬼のような城主が暫く戻って来ないのが真であるなら、きっとまだ間に合う筈である。
最悪、幸村の方は手酷い仕置きを受ければ済むが、この男の場合、罰死は必至。
それはあまりに忍びなかろう、此処で人生を棒に振る事はない。
なにより、己が関わったが為に、また誰かが命を落とすなど、御免だった。
されど、そんな幸村の切願と慈悲は、呆気なくも無意味と終わる。

「オレの座敷で騒いでンのは、だァ〜れだ」
「!?」

突如、座敷の外より軽い口調で低音が響き
弾かれたように振り返った幸村達の視線の先で、するりと襖が開き

「Wow!Surprise,Surprise!…愕いたか?」

奥州頂点、伊達政宗が、嘲るような笑みを湛え、姿を見せた。

「…そっ、そんな…!どうして…!!」

一瞬で蒼白となった男の顔に、ぶわりと脂汗が浮かび、納得できないというように戦慄く。
と云うのも、伊達は予てからの密約の取り決めで
遠方より参った他国の領主と、今頃は密談の真っ最中の筈だからだ。

「残〜念、オレの目を盗んだ気にでもなってたか? Idiot、甘ェんだよ」

何故判ったのだと焦る家臣に対し、余裕の失笑混じりで云い放った伊達は
男に腕を掴まれた状態のまま石のように硬直している幸村に、チラリと視線を向ける。
この本人は無論、片倉以外の家臣達の誰も知らぬ事だが
見えぬ陰ながら黒臑巾共が常に幸村を監視しており、何かあれば迅速に伊達に報告が飛ぶ仕組みになって居る。
いちいち幸村の傍に見張り番を付かせぬのは、その為であり
また、一見して無用心を装う事で、此度のように愚か者を食いつかせる分には、最適最善であった。
(ちなみに今回、重要な密談の直中に黒臑巾より報せがあったのだが
政略と幸村のどちらを優先するかなど、天秤にかけるまでもない、勿論伊達は迷わず幸村を取ったまで)
そうとは知らず、激しく狼狽する家臣は、自分がこれからどうなるのかを嫌でも悟り
今更ながら「何という事をしでかしてしまったんだ…っ」と後悔の波に溺れると同時
目前に迫る避けようの無い死を恐れ、怯え、「どうにかして命長らえたい…!」と思った末、取った行動とは

「ッう、動かないで下さいよ、筆頭!コイツがどうなってもいいんですか…!」

あろうことか、小刀を引き抜き、腕に捕らえた幸村を人質にした。

…嗚呼、一番してはならぬ事を、此奴はやってしまったのだ。

果たして、小莫迦にしたように笑んでいた伊達の表情は一転
眉間に不愉快げな皺を寄せ、隻眼に冷徹極まりない眼光を射し

「…いつまでも阿呆を相手にしてる程、オレはヒマじゃねェんだよ… 死ね」
「!!」

そう吐き捨てた一寸後、瞬速で抜刀した脇差を投擲。
恐るべき速さで投じられたソレは、寸分の狂いなく男の額に命中し
さすがの豪腕である、刀身は半ばどころか根元まで、硬い頭蓋を貫通。
声もなく一瞬で絶命した家臣は白目を剥き、あっけなく倒れた。
当然の結果だ。
ろくに刀を抜いた事もない城仕えの臣である弱男が、かの奥州筆頭に敵う訳がない。
あまりに一瞬の事ゆえ、呆けたように瞠目していた幸村は、やや遅れ
フラフラと腰を抜かしたように、その場にヘタリ込んだ。

「Oh、可哀相に幸村…恐かったか?ヨシヨシ」

間近に居ながら何の手を打つ事も出来ず、またも徒に命を奪われた現実に放心する幸村に
故意か本気か判らぬ白々しい言葉を寄越した伊達は、鷹揚に歩み寄ると
項垂れる栗色の頭をくしゃくしゃと慰めるように撫でつつ、こう続けた。

「But、ちゃ〜んと躾けてあったハズだぜ? オレの物と自覚した上での行動を取れとな」
「…っ、」

窘める科白に、幸村はビクリと過敏に跳ねる。
伊達が云う通り、気が飛ぶような連日の執拗な房事の際には
先にも挙げたような、他の奴に触らせるなとか、他の奴を見るなとか云々、兎角「オレだけ」と釘を刺され
更に、もしもの時は相手の一物を食い千切ってでも抵抗しろと、再三囁かれ続けて居た。
要するに、此度の一件での幸村の言動、伊達にすれば物足りぬ不満が大いにあるという事で

「躾け直しだ」
「…ッ!」

地を這うような冷たい声色は久方ぶりであり、ゾッと震え上がった幸村は思わず後退りかけるも
素早く伸びた手に後ろ髪を鷲掴まれ、力尽く引っ張られては堪らず、短く悲鳴を上げ
まして縺れて立てぬ足を伊達が構う容赦などあろう筈もなく、ズルズルと引き摺られて行った。

 



【後編へ続く】


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あとがき

若干長くなったので、前後編に分けます; 次はお待ちかねのお仕置き&調教タイムです★←

2010/11/13  いた。