※流血表現あり。戦を終わらせたいが… オリキャラ出現につきご注意を。

 

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『Half Dragon:#10竜の決断』

 


「すぐにDoctorを、薬師を呼べ!!」


戦場から奥州国境内へと取って返し、幸村の傷に障るを懸念して
焼失した村を越えてすぐの所に幕営を張り、幸村の為の仮寝床の準備を急がせながら、伊達の怒号が飛ぶ。
片倉はすぐさま軍馬に跨り、最寄りの村へと駆け
残りの部下達は筵を幾重にも敷いた上に小汚い綴れを何枚も重ね
最後に陣幕の余った物を裂いて被せ、夜具の代用とした。
伊達は柔らかな其処へ、抱きかかえていた幸村を慎重に横たわらせる。


「っ死ぬんじゃねーぞ、幸村…!」


一度戻っていた幸村の意識は再び沈黙し、ヒュー…と今は虫の息を繰り返すばかりだ。
瀕死という状況なのは誰が見ても明らかで、何とか生き長らえていること自体が奇跡とすら云えた。
だからこそ、いつその命の灯火が消えてもおかしくない。
昏睡する幸村を見守る伊達の心中は、大嵐で荒れる暗海のようにざわめいて
常の余裕などは皆無である。

薬師を呼びに行った片倉の戻りが待ちきれず
居ても立っても居れぬと立ち上がった時、一頭の馬の蹄の音が聞こえ
幕営の外を素早く振り返ると、果たして、薬師を連れた片倉であった。


「Hurry up!急げ!!」


小走りに向かって来る時間すらもどかしいと、初老の薬師の衿首を掴み
幸村の処まで引き摺って行った伊達は、ほとんど投げ飛ばすようにして衿を放した。


「必ず助けろ…。もし、コイツが死んだら…テメェの命も此処で終わると思え」
「っは、はい…!」


睨み殺されそうな眼光で声色低く脅され
竦み上がった薬師は背負っていた大きな薬箱を下ろすと、早速幸村を診る。
まず、四肢にそれぞれある貫通した刀傷だが
これは清潔な布で血を拭い、縫合した上で化膿止めを塗って晒しを巻き、安静にしていれば大事ない。
しかし問題は腹の傷である。
貫通はしていないものの、深い傷で、未だに鮮血を流している。
中の臓器が傷ついている可能性もあるだろう。
そうなると、手の施しようがない。
薬師と云っても、しがない村医者で、蘭医学を学んでいる訳ではないのだ。
精々腹の表面上の傷を縫い、手製の血止めや化膿止めを塗りつけ晒しを巻き
調合した薬を処方してやることしかできず
後は本人の生命力と回復力、それから生きたいという意志に賭けるしかない。
薬師はグイと袖を捲ると、治療に取り掛かった。

半刻後、


「……やれるだけのことを致しました…。今晩から明朝までが峠でしょうな…」


一つ息をつき、一通りの作業を済ませ伊達へと言葉を掛けた薬師は、薬の調合作業に入る。
伊達はその一言で全てを悟り、隻眼を閉じ一度だけ大きく深呼吸すると
ドカリとその場に腰を下ろす。
薬師が治療を施している間に痛感したことだが
自分がどう足掻こうとも、どうにもならないのだ。
ただ、邪魔にならないよう離れた所で見守ることしか、今は出来ることがない。
ならば、見守るだけだ、と。


「…幸村、…生きろよ…」

ひっそりとした呟きは、切実であり、泣きそうな程、か細かった。

 


どれほどの時が経っただろうか。
真っ暗だった幕営の外が、薄ぼんやりと白み始め、暖かな旭が差し込む。


「……よく、持ち堪えられましたな…峠を越えましたぞ…」


薬師の静かな声がやんわりと零れ、伊達は弾かれたように立ち上がり、幸村の側へと膝をついた。
見ると、蒼白だった顔色は幾分か色を戻し
今にも絶えそうだった呼気は、しっかりと落ち着いている。
ホッと一息吐いたのは、何も伊達だけではない。
予断を許さぬ状態が続いていた幸村を一睡もせず看続けた薬師にも、漸く安堵感が湧いた。

しかし、峠を越えたと云っても、まだ瀕死の重傷を負っていることに変わりはない。


「まだ油断はなりませぬぞ。動かさず、安静にして、回復を待ちましょう」
「…Thank you. I'm deeply indebted to you…. …恩に着る」
「なぁに、大したことはしておりません。このお方ご自身の力です」


大した生命力だ、と寝息を立てる幸村に微笑んだ薬師は
血を吸って汚れた血止めの布と、出しっ放しにしていた薬やら乳鉢やらを纏め


「…それでは、私の役目はここまでですな。
 あぁ、これから熱が出るやも知れませぬから、熱冷ましを置いておきましょう」


小さな薬壺を幸村の側に置き、薬箱を背負って立ち上がった。


「Hey、待ちな。 アンタ、名は?」
「吉野と申しますが、」
「OK、吉野。アンタをこれからコイツの主治医として城に抱え上げる」
「!めっ、滅相もございません!私のような者を召し具すなど…!」
「アンタの腕は確かだ。それに、幸村の傷はまだ完治してねぇ。そうだろ?患者を途中で放り出す気か?」
「…それは!その…、しかしですな…」
「オレはアンタにこそ、幸村を看てもらいてぇンだよ」
「………承知いたしました…」


立ち去ろうとする吉野を引き止めた伊達は、決めたとばかりに畳み掛け
最初は畏れ多いと恐縮していた吉野だが
伊達の真摯な瞳と熱意に根負けし、白髪混じりの頭を深々と下げた。

 


丸一日後。


「……此処は…」
「!、気付いたか幸村…!」


目を醒ました幸村の視界に最初に映ったのは
伊達の嬉しそうな、されど憔悴しきった顔だった。


「吉野!吉野は居ねーか!!」
「はいはい、どうされました?…おお!御起きになられましたか!」


良く通る大声に呼ばれ、幕営を潜った吉野は中の状況を理解するなり、すぐさま駆け寄る。
何しろ、幸村が二日ぶりに意識を取り戻したのだ。


「さぁ、腕をお出しなさい。脈を診ましょう」


袖をまくって手首に指を当てる吉野にされるが儘、大人しくしていた幸村だったが
ふと伊達の顔を見上げ、


「…政宗殿……どう、なされた……顔色が、優れませぬ……」


声を出すのも辛いだろうに、懸命に嗄れた声で、己ではなく伊達の身を案じた。


「…Ahn?心配ねーよ。テメェは人の心配より、自分の心配をしやがれ」
「しかし、幸村様の仰る通りですぞ、伊達殿。この二日、一睡もされておられぬ。
 幸村様は私が看ておりますれば、少々お休みになられた方が宜しい」
「構わねーよ。で、容態はどーなんだ?」


吉野の歯に衣着せぬ物言いが、普段なら小気味良いと気に入っていたが
今はその進言を素直に聞くつもりはない。
そんなことよりも、幸村はどうなのかと、それだけが気に掛かる。


「…そうですな、あと七日は大事を取って、様子を見ましょう」



それから三日間、吉野の進言通り伊達軍はその場に幕営を張り続け
しかし更に一日経った晴天の四日目、伊達は出立の命令を出した。
吉野は「何を莫迦な!」と反対したが、伊達は首を振った。
そろそろ戦から一週間近く経つ。
とっくに明智の敗戦・死亡は織田に伝わっているだろう
その織田の動きが気になるのだ。
奔らせた忍からの報告では、やはり予想通り、向こうは着々と戦準備を調えつつあり
二三日中にも進軍できそうだと云う。
今、大軍を以って侵略されては、一溜まりもない。
自軍は勝利し、総数の一割も減っていないが
著しく士気を欠いているし、幸村がこの様だ。
体勢を立て直す必要がある。


「Hey guys 、Let's go」


漸く動かせるようになった幸村を担架に乗せ
伊達軍は常の勢いらしからぬ、ゆっくりと慎重な足取りで、米沢城への帰路についた。

 


――――――――――――――――

 

 

「申し訳、御座りませぬ…」


城の朱燐の間につくなり、幸村はそれこそ自刃しそうな程の自責の念からか、心痛な声色で詫びた。
伊達は気にするな、と
お前の命があっただけでも良しとする、と云ったのだが
それで気が晴れる程、幸村は子供ではない。
寝かされた褥の縁を握り締め、浅はかな自身の行動によって招いた結果を悔やんだ。
嫌でも過去の過ちが思い起こされる。
かつて幸村は、敵であった伊達に人質として利用され
武田を敗戦に追い遣った挙句、主君を失った。
そして今回、まさにその同じ轍を踏もうとした、否、踏んだのだ。
伊達が生きているとは云え、要はそう云う事になる。
此度は運が良かっただけだ。


(……もし、命を奪われていたら…!)


そう考えると、幸村の心胆はあまりの恐ろしさに凍りついた。
全身がガクガクと戦慄き、冷や汗が噴き出して
目の前の視界が見苦しく歪む。


「…おい!落ち着け幸村!オレは生きてる!しっかりしろ…!」
「ッ…!、あ…、、」


硬直した両肩を痛い程掴まれ、漸く我に返った幸村は
目の前の伊達に無我夢中で縋りつき


「幸村は…、…政宗殿なしでは……生きてゆけませぬ…、っ」


必死に訴えかける脆さは、伊達の胸の奥を激しく揺さ振った。


「なら、生きろ……オレだってオマエと同じなんだよ……ッ」


語気荒く告げた伊達は幸村を掻き抱き、互いに激しく口付け合った。

 


――――――――――――――――

 


伊達勢が城に帰り着いて、その僅か二日後


「織田が攻めて来ました…!!!!」


朝議を開いていた広間に、早馬で駆け戻ってきた部下が走り込んで叫んだ。
聞けば、既に奥州の国境を越え、その数凡そ一万五千の大軍だと云う。


「Cool down.近い内に来るこたァ判ってたンだ。国境越えたばかりならまだ時間はある」
「…しかし、政宗様、」
「幸村か?心配ねーよ。朱燐の間で待たせる」


未だ傷が塞がり切らぬ幸村は、伊達と吉野から厳重に云い含められ
常なら参加している朝議にも顔を出ず、今も尚朱燐の間にて床の住人となっている。
戦になっても出陣することは許さないと伊達が念を押せば
てっきり「某も一緒に…!」と駄々を捏ねるかと思ったが
此度の事が余程堪えたのか、それとも足を引っ張ると十二分に理解しているのか、随分と大人しい。
それもその筈、普通に動く分ならまだしも、無理をすれば傷はたちどころに開き
治りも悪くなるだろう、まだまだ動ける状態ではない事を当人が一番判っている。
それに、また人質に取られでもしたら、今度はどうなるやら判らぬと思うと
とてもではないが足が震えて褥から立ち上がれぬのだ。


「さァて、チンタラしてる暇はねーぜ?とっとと掻き集めた兵共に陣を組ませろ」
「御意」


この二日間、伊達とて手を拱いていた訳ではない。
足軽や地侍はもとより、そこら中の農民達から徴兵を掛け
集めたその数は織田軍に匹敵する。
ただ、農民上がりの彼等がすぐさま戦場で役に立つかと云えば、答えは否だ。
されど居ないよりはマシだと、伊達は片倉に指揮を執らせ
自分も甲冑を着込み兜の緒を締めると、城を後にして、既に出来上がりつつある布陣に向かう。
片倉は織田の鉄砲隊を見越して、盾を持たせた兵を隙間無く並べ
その後ろに弓、槍等の歩兵を多く配置し、その更に後ろには弾切れを狙っての騎馬隊を待機させていた。
前方から来る織田軍を迎え討つように凄然と整列し
最後尾には伊達と片倉が立つ。(まるで自軍に逃げ場は無いと云わんばかりだ)


「筆頭、今回はいつもみたく名乗らないんで?」
「魔王相手に名乗ってどうする。ンなことより、前から目ェ離すンじゃねーよ。…来たぜ?」


伊達が隻眼を細めた先、遠く離れた地平線に靄が見え
それは次第に砂埃を纏いゴマ粒程の大きさから巨大な黒潮へ姿を変えると
地響きを伴いどんどん近付いて来る。
その旗印が織田のものだとハッキリ見て取れる頃には
伊達勢の視界は全てその織田軍で埋め尽くされていた。
対峙する両勢力。
だが、睨み合いは一分と続かなかった。


「放て」


その魔王の一言で、織田の鉄砲隊から一斉砲火が始まり
伊達の言葉通り、名乗り合いもへったくれもなく、まさに火蓋は切られたのだ。
凄まじい轟音と共に、片倉が並べ立てた盾兵の盾に無数の弾がめり込む。
臆するなと鼓舞しながら、伊達は盾隊を僅かずつ進ませ
織田軍との距離(これが一番やっかいだ)を詰める策に出た。
距離が無くなりさえすれば、同士討ちを危惧して隙が出来るであろう織田軍に
一気に雪崩れ込んで畳み掛けることができる。
そうすれば機動力のある騎馬隊でどうとでもなるだろう。
何にしても鉄砲を封じるのが先決だ。

我慢強く戦線を前へ移動させ、漸く盾隊が敵の最前線に接触すると
待ち侘びたとばかりに盾隊の間から槍隊が突っ込み
伊達の狙い通り、織田の鉄砲隊の発砲が止む。
ここから、一気に混戦である。
流れの違う潮が混じり激しくぶつかり合うように戦線は入り乱れ
そこへ伊達の騎馬隊が指示を待たず突撃を開始したものだから
もうてんやわんやで何が何だか判らない。
押しているのか押されているのか、後ろから状況を見渡す伊達にも判断つかないのだから
他の誰が把握できようか。
兎に角、数の上では互角であるので、膠着状態に移ったのは確かである。


「………Shit、ヤベェな」


しかし戦が長引くにつれ、その拮抗が崩れ始めた。
何しろ、農民混じりの伊達軍の結束力は低く
加えて今回は幸村が居ない所為で、部下達に常の士気の高さが無い。
いつもなら、例えどんなに状況が苦しくなろうとも
諦めという文字を知らぬ幸村が先頭に立って奮闘し
それに鼓舞された伊達勢が我も我もと存外に奮うのだ。
それがたった一人、幸村の存在の有無だけで、斯様にも影響を及ぼそうとは、計算外だった。
戦況は芳しくない。
織田勢の鬼気迫る勢いに押され、伊達側の戦線は次第に後退しつつあり
特に中央部分は分断されかけている。
ここで素直に二手に割ってやって挟撃する手も考えたが
生憎その指示を出して機敏に動ける味方軍が、一体どれだけ居ようか?


「……怪我人は捨て置け。動ける奴、特に農民に片っ端から中央固めさせろ。
 その後ろで隊列を組み直せ」


指示を出した伊達の横顔に、冷徹な影を垣間見て、片倉は一瞬総毛立った。
かつて、この冷酷な同じ顔を、武田の戦にて見たことがある。
もしや、伊達は負けぬ最善ではなく、何か別の思惑により兵を動かそうとしているのではなかろうか、、
しかしこの逼迫した状況で、片倉に深く詮索する暇などありはしない。
指示通りに激号を飛ばし、農民を中央に集め
その後ろで最も信頼できる手練の部下達に隊列を整えさせた。
これにより、終に農民達の防壁は無残に打ち崩されるが
その後に構えた精鋭揃いは、織田の軍勢を大いに手こずらせる事に成功する。


「……さァ、とっとと出て来やがれ…」


隻眼を眇める伊達の視線は、織田軍の最奥、動かぬ魔王であった。
こちらの精鋭に対し埒が明かないとなれば、出て来ざるを得まい。


「この虫けら共が…、道を開けい」


果たして、伊達の目論見通り、魔王は動いた。
片手に単筒、片手に長刀を持ち、両脇に濃姫と蘭丸を従え
自軍を割って悠然と闊歩すると、伊達の精鋭揃いを小枝でも吹き飛ばすが如く、一瞬で排除した。
その化け物染みた力は、世に魔王と云わしめるに相応しい。
ギョッと目を剥く片倉に対し、伊達は悠長に口端を上げて見せると
自らも一歩踏み出して、魔王へと歩み寄る。
ここで慌てたのは片倉だが、伊達に片手で制され、黙って後に続いた。


「よォ、やっぱ来たかよ、魔王のオッサン。
 しっかし、随分早かったじゃねーか。お陰でこっちは碌な戦略立てれやしねェ。
 あんな変態野郎でも使い道はあったって事だな」
「フン、光秀か…是非もなし」
「Ha、嘘つけよ。いい厄介払いが出来たって顔に書いてあんぜ?酷ぇオッサンだ」
「フハハ!そう云う貴様も、たかが愛玩動物一匹の為に、随分と部下を犠牲にしたようだな」
「…………」


あんな雑兵ではいくら積んだ所で大した時間稼ぎにもなりはしなかった、と嗤う魔王に
片倉はザワと胸騒ぎを覚えた。
まともな方法では織田軍に勝てないと見越した伊達が
先程指示した策について、思う所があったのだ。
あれはまるで、足止めというよりは罠に近い。
総力戦で勝てぬなら、敵の頭、大将を潰すという考えは賛同できるが
その為に農民と自軍の精鋭達を、魔王を誘き出す餌に使ったというのは
あまりにも非情ではなかろうか。
否、そうでもしないと、伊達勢が負けるというのは判る。
そして伊達の敗北は、つまり幸村の死だ。
あの魔王が奥州筆頭独眼竜や、その逆鱗とまで云われた男を生かしておく筈がないからだ。
それを避けるべく、伊達は動いている。


「…政宗様…」


過去にも、松永の時然り、伊達は幸村を助ける為に
遠く離れた大和へと即刻進撃し、あの時など、自身の命をすら惜しまぬと云う無茶をした。
その事実が、今の目の前の状況が、片倉にとってはとてつもなく恐ろしかった。


「貴様に問おう。態々余を誘き出してまで、何ぞ云いたい事がある」
「なんだ、アンタ意外と物判りいいじゃねーか。
 それじゃ遠慮なく云わせてもらうが、一旦引いてもらいてェ」
「…何ィ?」


これには信長だけでなく、片倉も濃姫も、その場に居る全員が驚愕した。
総勢一万を超える勢力同士でこれだけの死闘を繰り広げておいて
一対一の大将戦を挑むでなく、ここであっさり休戦の提案など、未だかつて前例がないだろう。


「ハッハッハッ!!何を云うかと思えば、世を知らぬ小僧の戯言よ!」
「焦るなよオッサン。誰もタダで引いてくれなんて云ってねェよ」

「この右腕をくれてやる」


一言云い切った竜は、何の惜し気もなく右腕を差し出した。
ピタリと哄笑を止めた信長は、鋭く伊達の隻眼を見定める。
一点の迷いも曇りもない、怜悧な覇気を纏った眸であった。
これは目的なく自らが醜く命を永らえたいと願う愚か者の目ではない
生きる為の理由を知っている者の目だ。


「…良かろう!貴様の覚悟、いっそ小気味良いわ!」


気に入ったと讃嘆した信長は、差し出されていた伊達の右腕を、躊躇なく黒炎を纏った一刀のもとに断ち切ると
外套を翻し、あっさりと戦の最前線から踵を返した。


「え?!信長様、引いちゃうの?!」
「片腕を失った竜など、恐るるに足らず!いつでも叩き潰せるわ…!」


渋る蘭丸と黙する濃姫、それから何が起こったのか判っていない織田軍勢を引き連れ
魔王は奥州から去って云った。
後には呆けたように突っ立つ伊達軍勢と
踏み荒らされた戦地に数多の亡骸が取り残され
一陣の風が吹いて尚、空気が入れ替わることはなかった。


「…俺達、勝ったのか??」
「…ンな訳あるかよ、魔王が生きてンの見ただろ?」
「それより筆頭だ!!」


漸く忘我から立ち直った者達が慌てて背後を振り返ると


「無茶も大概になされよ!なんという、取り返しのつかぬ事を…!!」
「あ゛―…ウッセェよ小十郎。たかが腕の一本や二本でグダグダ喚き立てンじゃねーよ」


右腕を失った竜が地に膝をつき、
片倉がその腕を帯紐で止血しながら動揺を隠せぬ様子で叫んでいた。
部下達も慌てて得物を放り投げて駆け寄るが
「ッテメェらはさっさと素っ飛んで帰って吉野先生にこの事を伝えろ!!」と片倉に一喝され
飛び上がって城へと駆け戻り、片倉も伊達の左腕を肩に担ぎ支えながら、城への道を急いだ。

 

 

「…これは、何と…!」


帰城した伊達の有様を見るなり、吉野は驚愕する。
ものの見事に右の二の腕より下が無いのだ。
「筆頭の腕が、腕が!」と帰り着いた足軽が混乱を来たし喚き立てて自分を呼んだ為
何事かと心配していたが、まさか丸ごと腕が切り落とされていようとは思わなかった。


「これは一大事!すぐに其処に座りなされ!!」


吉野はすぐ様伊達を座らせると、片倉が止血の為に結んであった帯紐を外し
素早く邪魔な甲冑を剥ぎ取って、一瞬で再度止血の紐をしっかりと結び直し、傷の具合を見る。
刀傷なのは間違いない、しかし表面が黒く焼け焦げており
どんな人知を超える技か呪いか知ったことではないが、とにかく、出血が思ったより酷くないのは、この為だ。
不可解な現象はさて置き、これは不幸中の幸いと
吉野は戦の負傷者の為にと予め用意していた真っ白なサラシを
丁寧かつ機敏な手付きで傷口を塞ぐように幾重にも巻いていく。
しかし愕くべきは、伊達の尋常ならざる精神力だ。
これだけの重傷を負っているのにも関わらず、失神はおろか、呻き声の一つもない。
常人ならば叫びのた打ち回る程の激痛がある筈だ。


「よくもまぁ、平気な顔をなされているものだ…!」
「…ったく、大袈裟なんだよ」


アンタも小十郎も、と嘆息する伊達は、左手で器用に兜の緒を緩め床に放り投げると
それを拾い上げる片倉に「水」と一言命じた。
不遜な態度はいつもと変わりない所は、流石と云っていいのだろうか
片倉は云われたとおり水を取りに走った。


「……伊達殿、幸村様には…」
「余計な気ィ回すンじゃねーよ。オレが自分で云う」


戻ってきた片倉から水を受け取り
一気に飲み干した伊達は、すっくと立ち上がった。

 

 

「I’m home…幸村、帰ったぜ?」
「っ政宗殿!よくぞご無事…、…で……、、ッ!?」


朱燐の間の襖が開き、その気配と声だけで誰か判った幸村が
パッと破顔しながら振り向いた瞬間、引き攣った。
見る間に大きな眸が見開かれ、顔は色を無くし、驚愕の表情へと変わる。
伊達は態と構わず、襖を閉めると、幸村の傍にどっかりと胡坐をかいた。


「……政宗、殿…ッ……その、腕は…、いかが、、なされ……」


ワナと戦慄く幸村は、自身の腹の傷など忘れて褥から身を起こすと
震える両手を其処へと伸ばす。
今、己の見ているモノが、幻覚ではないのかと
手を触れれば、己の勘違いであると判る筈だ、そう思った。


「Ah?これか?気にすンなよ。どっかに落としてきちまっただけだ」
「〜ッ然様な戯れ言…!」


血の滲んだサラシは、やはり本物で、同時に
はぐらかすような物云いをする伊達に、幸村はもどかし気に語気を荒げた。


「此度の戦で…!魔王を討ち取った代償に…!」
「NO、戦の決着はついちゃいねェよ。魔王のオッサンも死んでねェ…」
「…!!それは、一体どういう…、、」


戦に勝ったのでもなければ、魔王を討ち滅ぼした訳でもないと云う
伊達の言葉の意味が理解できない。
ならば、何故、竜の右腕が失われなければならないのか…!
その意味する所は、

まさか…!


「これでオレとテメェの命が助かったンだ、安いもんだ…」


心から呟いた男の、僅かに笑んだ顔は、嗚呼、安堵すら湛えていた。
それを見て全てを悟った瞬間、幸村の胸の内に去来したものは
云い表し様の無い膨大な感情の波だった。
それが何であるか、「…嗚呼、嗚呼、、」と染み入るように噛み締め
奔流した情は止めようも無く、勝手に涙腺を使い滴となって溢れ出す。

泣いてはならぬという事は判っているのに、どうしようもなかった。


「…っひ、…く…、うぅ…ッ、、」


必死に泣き止もうと拳に爪を立て
声を押し殺し、歯を食い縛るが、ボロボロと泪が頬を伝う。
塩辛い味が口内に広がると、尚止まらぬ。
我慢すればしようとする程、嗚咽が漏れ、童のように泣きじゃくった。


「……オレの命はオマエのもんだ…そうだったな?幸村…」


もぅちったァ喜べよ、と
茶化すように噎び泣く幸村の頭を残った左手で撫で、ニヤと口角を上げた伊達は
幸村の顎先を掬い上げ、啄むように口付ける。


そんな慰め方をする男を、卑怯と罵る事はできなかった。

 

 


【11へ続く】


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あとがき

…やっちまった。
そろそろ結末へ向けて、、

2009/11/03  。いた。