※引き続き松永氏登場。嗜虐行為・流血表現あり。

 

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『Half Dragon:#6竜の唸り』

 


用意した水桶に清潔な手拭いを浸して絞った侍女に、丁寧に躯を拭かれる。
汗を吸いぐっしょりと重くなった浴衣は、すぐに上等な単衣に取り替えられた。
されるが儘に身を任せている間、松永の方も身形を整えに母屋の方へ戻っていたらしく
再び幸村の前に顔を見せた時、羽織った綴れ錦の模様が変わっていた。


「……某にまだ何か用か」
「おやおや、そんなに邪険にせずとも良いではないか。少し一服せんかね?」


気さくに云う松永に、一体どの口が一服などと抜かすのか
「否」と完全に拒絶の意思を示すも
半ば強引に茶室へと連れられ、幸村は嫌々客畳に正座する。


「………」


手持ち無沙汰に視線を漂わせていると
床の間には目を惹く掛軸や茶花が飾られ、あまり禅や花に興味がなかった幸村ですら
一室の醸し出す趣に、鬱とした気分をほんの一時の間忘れた。
その間、松永はと云えば、点前畳で既に茶道具を置きつけ
茶器や茶碗を清めると、風炉で沸かした湯で温めた茶碗に
棗から茶杓で抹茶を入れ湯を注ぎ、茶筅で手早く点てると、正面に向けた茶碗を幸村の方へと差し出す。
その全てが流れるような所作で行われ
どの様な有名な茶人でも舌を巻く程の点前であった。


「生憎、菓子が切れていてね。茶しか出せぬが、まぁ許せ」
「…構いませぬ。……それでは、御点前頂戴致す」


少しばかり、否、実のところ茶より菓子の方が好きなので
かなり残念に思ったが、幸村は一礼して茶碗を右手に取り
左手に乗せ懐回しに二度回すと、数度に分けて飲み、最後は「すっ」と音を立てて飲み切った。
やはり苦い。
どうも抹茶は好かないのだ(茶菓子がなければ尚更のこと)
幸村は内心のみで眉を顰め、茶碗の飲み口を右手の指先で拭ってから
そう云えば懐紙を持っていなかったと、ハタと気付いて動きを止める。
まさか着物の裾で拭く訳にもいくまい。
考え倦ねていると、


「これを使いたまえ」
「…!か、忝のう御座る…」


松永が自らの懐紙を差し出し、


「なに、気にするな。そもそも、持っていないのは知っている」


と、悠然と哂ってみせた。
実際幸村は奥州から浴衣一つで大和へ来たのだから
茶の湯に必要な懐紙も扇子も袱紗(ふくさ)も何も持って来ては居ないし
さっき単衣に着替えた時にしろ、急なことで何も持たせてくれなかったのだから、当然と云える。


「それより、随分と渋い顔をしていたな。そんなに茶は苦手だったかね?」
「…ぅ…、」


借りた懐紙を恐る恐る返す幸村に、松永は意地悪く口端を上げて問い掛けた。
指摘された当人は、しまった顔に出てしまっていたのかと赤面する。
ついでに云うなら茶道自体あまり得意な方でない。
無作法にならないよう気をつけていたつもりでも、茶道に長けた松長から見れば
ぎこちなく見えた所も多々あったに違いない。
日頃からもっと茶事を嗜んでおけば良かったと、恥じ入ったように俯く。


「今度一服する時は、きちんと茶菓子を用意しておく事にしよう」
「!」


縮こまってしまっている幸村を慰めるでもなく、自然に話を逸らした松永の
その気遣いとも云える科白に愕き、弾かれたように顔を上げると
既に茶碗や茶杓を清め終え、使った茶道具を片付け終わった所であった。
その手際に至るまで、ほんの僅かの間に済ませてしまうのだから、文句のつけようがない。
此処に来るまでの過程が全く違い、ちゃんとした別の機会がもしあったとしたら
幸村は余すことのない尊敬と羨望の念を抱いた事だろう。


「そろそろ戻るとしようか」


立ち上がった松永に促され、幸村は複雑な思いで茶室を後にする。

この時、きちんと松永の顔を見ていたら
一服が終わったほんの一瞬の間に口端が不気味に吊り上った事に気付いていたら
或いは、この後に起きる最悪の事態を免れたかも知れない。
しかし俯く幸村は、まだ自分の身に何が起ころうとしているのか、知る由もなかった。

 

襖を開け、元居た一つ間に戻る。
松永も母屋に行かず幸村と共にそこで落ち着くと
すぐに侍りに来た侍女に何事かを耳打ちし、畳に腰を下ろした。
一瞬目が合うが、無言でただ口端を上げるのみ。
幸村も無言の儘、畳の上に胡坐をかき
一体どうするつもりなのかと、暫く様子を窺っていると
さっきの侍女が盆に小太刀と晒しと手拭いと紐、それから小瓶のような物と小さな袋を載せて持ってくる。
何事かと見守る中、それは盆ごと松永の側に置かれ
「下がれ」と短く命じられた侍女は、頭を下げ静々と一つ間から消えた。
束の間、静寂が訪れ
幸村は急に不安な心持ちになる。


「…松永、殿…?」


耐え切れず呼び掛けると同時に、立ち上がった松永が、行き成り幸村の腕を掴んだ。
反射的に振り払おうとするも、不意に覚えのある甘ったるい匂いが鼻先を掠め
途端に力が入らないような感覚になり、「う…っ」と顔を歪めてヘタリ込む。
訳が判らず松永の腕に縋りつくと、掴んだ腕を引っ張られ
無理矢理立たせられた後に、近くの角柱に押さえ付けられた。
幸村は冷たい木目に頬や胸を圧迫されながら、背後にピッタリと覆い被さる松永から離れようと踠くが
益々甘い匂いがきつくなり、躯から力が抜ける。


「……ッな…ん……っ…、」


正体不明の変調の原因が何なのか、必死に問う幸村の目の前に
さっきの小袋がチラつかされ、それが松永の手によって懐へと潜り込まされた。
たぶん、匂い袋のようなものなのだろう
近ければ近い程香りが濃くなり、比例して症状も悪化する。
思考に靄が掛かりだし、脳髄が痺れたようにジンとするのだ。
これと全く同じ感覚を、幸村は奥州から大和に連れて来られる最中
夢現に何度も味わっていた。


「……ぁ、…あ…、、」
「さて、一つ訊こう。卿は『竜の珠』と呼ばれているのを、知っているのかね?」


朦朧としている幸村の耳朶をやんわりと噛みつつ、松永は掠れた声色で囁く。
しかし『竜の珠』など、聞いたことがない。
それが幸村自身を指しているのだという事すら判らず
そんなものは知らないと、力なく首を振った。
珠というぐらいなのだから、さぞかし貴重な物なのだろうという見当はつくものの
それがどうしたというのだろうか。


「…某には、何の…、ことやら……っ」
「竜とは、勿論独眼竜のことだ。そして珠とは、卿のことだよ。まぁ、知らないのも無理はない」


噂好きの輩が勝手にそう呼んでいるのだ、と云われても、得心ができない。
まず、誰が誰の珠だと?
疑う前に失笑を禁じえない。
己の何処を見てそのような呼名がつくのか、全く理解できぬと
幸村は自嘲気味に目を瞑り、自身の最近の境遇の凄惨たるを思い出し
珠という比喩の悍ましさに鳥肌を立てた。


「……あんな、ものは……違う…っ、なにが……珠だ…っ…!」
「あながち間違ってはいないだろう。少なくとも私は適格に的を射ていると思うよ」


現に卿の為に厳重に護りを固め、かつ一日と間を置かず褥に通い詰めている
それに、下女を一人その手で手討ちにしたそうじゃないか、 と
何故そんな事まで知っているのだと云う事まで指摘され
幸村は瞠目して身を強張らせた。


「卿は卿自身が思っているよりも、竜に大事にされている」
「ッ…莫迦、な…!」
「そして、恐らく竜は大切な珠を取り戻す為なら、どんな物でも差し出すだろう…」


確信を持って咽喉で哂う松永は、貴重な壊れ物を撫でるようにそっと、幸村の項に口付ける。


「私は、竜と取り引きしたいのだよ」


その為に、態々遠く離れた奥州に赴き、危険を冒して卿を捕らえたのだと
ゆっくりと幸村の単衣の裾をたくし上げ、剥き出しになった太腿を思わせ振りに撫でながら


「今、卿はどんな宝珠よりも価値がある…」


うっとりと囁いた松永は、幸村に立った状態のまま柱に抱きつくように腕を廻させ、手首を紐で纏めると
一度その場を離れ、盆に残っていたものを取りに行く。
何をするつもりなのか…
嫌な予感はするものの、柱に腕を固定され
己の懐から漂う甘い香の所為で躯は思うように動かず、逃げることはできない。
怯える幸村に、戻った松永は背後から手拭いを噛ませ、頭の後ろで括り、それから奇妙な事を口にした。


「ところで、竜の珠よ。珠たる卿に足が生えて自由に歩いているのは、可笑しいと思わんかね?」


至って静かな声色の中に、狂気と冷徹さを孕み、松永は徐に屈み込むと
身動きできない幸村の右足の脹脛をゆったりと撫で
それからピンと張った踵の腱に辿り着くと、手に持った小太刀をヒタリと宛がう。
ゾッと悪寒が走り抜け、しかしそれは止める間もなく、真横へ一閃した。


「…ッっっ!!!!」


声にならない悲鳴が幸村から迸る。
鋭く熱い、身を焼くような激痛が右の足首を中心に襲い、のたうつように身悶えていると
血がしとどに流れる傷口に、血止めか化膿止めと思われる小瓶に入った薬を塗りつけられ
真っ白な晒しを手際良く巻かれた。
丁寧で迅速な処置ではあったが、痛いことに変わりはない。
幸村はブルブルと震えながら手拭いを食い締めた。
この猿轡が無ければ、恐らく絶叫した挙句に舌を噛み切っていただろう。


「どうだね?これで卿は晴れて本物の珠になった訳だが」
「………っ…、…ふー……ッふー…ッ」
「しかし、残念だ。かの独眼竜ならば
 このぐらいはすると思っていたのだが、中々、よく我慢が利くようじゃないか。嘆かわしい」



「竜に伝えてくれたまえ。もっと己の欲望に忠実に生きろ、とね」



幸村が聞いたのは、そこまでだ。
到頭、気を失ったのである。

 


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「それは確かな情報だな?」
「はい。現に、大和の国境でそれらしき一行を見たという者も居ります」
「…OK。小十郎、すぐに出陣の準備だ。明日の朝には出る」
「御意」

「…全く、ふざけた文送って来やがって…!」


伊達は手に持った文を握り潰し、忌々しげに吐き捨てる。
文とは、大和の国を統べる大物大名・松永久秀からのもので
その内容とは、伊達を愕かせるに十分のものだった。


『卿の探し物は私が預かっている。丁重に持て成しては居るが、さぞ安否が心配だろう。
 そこで、卿の大切な珠をお返ししたいのだが、卿の所有する六爪刀『景秀』と交換ということでどうだろう。
 色好い返事をお待ちしている』


などと、書き始めに行き成り幸村を攫ったことを明かし
そればかりか堂々と交換条件まで付けて来たのだ。
この様な不条理な条件、これが幸村以外だったなら
云うまでもなく文など破り捨て人質も見殺しにしている。
しかし、今人質にされているのはその幸村だ。
前々から地方の貴重物や骨董物を集めて回っているという松永の話を小耳に挟んでいたが
まさか、自身が所有する刀にまで、斯様な方法で触手を伸ばしてくるとは思わなかった。
他に方法なら幾らでもあったろうに
全て、幸村が伊達にとっての弱みと確信しての行動だろう。
流石に奸智に長けると有名な男である。


「…しかも、人の神経逆撫ですんのが巧ぇじゃねーか…」


極め付けは、文の間に挟まれていた栗色の髪の毛一房である。
幸村を人質に取っているという証なのだろうが
それすら伊達の許す範囲を超えるものであった。
幸村の肌は勿論、髪の毛一本たりとも、他の男に触れられたくない。
況して、最近の幸村は本人が気付かぬ内に、匂い立つような色香を纏っている。
陣中に女を連れ込むような噂のある松永が、ただ幸村を捕らえておくだけの筈がない。
もし何か手荒な真似をされているやも知れぬと思うと、全身の血が沸騰し、腸が煮えくり返った。


「…絶対ェブッ殺してやる」


嘗て無い殺意を迸らせながら、伊達は急の出陣準備に沸く家臣達の指揮を執る為
本丸大広間へと向かった。

 

 


【7へ続く】


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あとがき

すみません、茶道とか全然判りません。
一応ネットで調べてみたんですけど、もう何が何やら、サッパリ…。泣
襖の開け方から始まり掛軸の見方まで云々…色々決められてるし道具の数もまた半端ないし……
しかも点て方一つでも表とか裏とか…もう情報量多すぎてパニックですよ…
それっぽい所だけ掻い摘んで書いてはみたけれど、たぶん見る人が見たら「デタラメだし無作法も甚だしいワ!」
って言うんだろうなぁ……誠に申し訳ございませんorz
(松永氏が優れた茶人だったらしいので、どうしてもその描写を入れたかったのですが…撃沈)

2009/08/27  。いた。