※長編小説『Half Dragon』の続編になります。なので、そちらを読んだ後にお目通し推奨。
 ちなみに三成氏が高確率で出張る予定です。それでもOK!な御仁はどうぞ本編へお進み下さい。

 

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『Half Dragon:第二章#1 波瀾の兆』


 

日ノ本へ暗澹たる闇を落としていた諸悪の根源、尾張の魔王が討たれ
禍乱を極めた戦国の長きに亘る憂いが漸く終焉を迎えてから、早一年が過ぎた。
世は泰安。
民草は餓える事も戦に駆りだされる事も
況してや恐怖に震える事などない平穏な日々を、噛み締めるように過ごして居る。
それもこれも全て、東の竜とその半身が
今まで誰も成し得なかった織田の討伐を果たし、見事に天下統一の覇業を遂げ
されど驕らず逸らず、善政を布いているお陰に他ならなかった。
故に人心は須らく、余すことの無い最上の感謝と共に二人を褒めそやし
誇るように語り継ぐのだ、「破魔たる竜、是即ち蒼紅、奥州に在り」と。



 

「政宗様!幸村様!!」
「「ん?」」


空高く群青に澄み渡り、陽射し暖かな日和に包まれる奥州は米沢城
天下人たる政宗と幸村の居城である。
相変わらず朱燐の間に引き篭もって寛いでいた二人へ、突如凄まじい雷のような怒鳴り声が落ち
同時に振り返った政宗と幸村は、楓模様の襖を開け放って鬼の形相を見せる重臣へ
これまた同時に息の合った返事をした。


「『ん?』ではございません!昨日、また黙って城下町へ出歩かれましたな…!
 おやめ下されと、何度も申し上げた筈です!!」
「Ah〜、別にイイだろ?硬ェこと云うなよ、小十郎。
 コイツがどうしても団子が喰いてェって云うから、一緒に買いに行っただけじゃねェか」
「ッそんな事は、城の侍女なり何なりに云い付ければ済む事だと、以前も進言致しました…!」


つい此の間も、似たような理由をつけて幸村と共に城から抜け出した主に
懇々と諫言を呈したのだが、耳に逆らうも糞もない、馬耳東風とはこの事
端から反省も、それどころか聞いても居なかったようである。
そうやって周りの心配を他所に、ちょくちょく連れ立って町へと繰り出すものだから
仲睦まじく手を繋いで堂々と道を歩く姿は最早、町人にとって見慣れた光景となり
(何せ、何処へ行くにも、何をするにも、必ず二人一緒だ)
誰ぞがやっかむように「比翼の鳥」と囃せば、恥じもせずに肯んじるのだから、いっそ憎らしい。
さりとて片倉や家臣達からすれば、この二人だけの「お忍び」こそが気掛かりの種。


「いくらお二人と云えど、些か無用心が過ぎますぞ!」


数多の国を一つに纏め上げ、その頂点に立った経緯は、云わずもがな腕っ節による実力で
向かう処敵無しの謳い文句が相応な、大した最強ぶりであるが
もっと天下人たる自覚をしっかりと持って貰わなければ困る。
要するに、虎視眈々と御命を狙う野心家共はいくらでも蠢いている、と云う事だ。
大事があってからでは遅いのだと、片倉は必死に獅子吼するものの
当の政宗は幸村の栗色の長い後ろ髪を手持ち無沙汰に弄り、これっぽっちも耳を貸す素振りを見せず
その幸村とて、困ったような笑みを浮かべるだけで、政宗を諫める様子もない。
まことに頭が痛い現状である。


「か、片倉殿…?貴殿の云う事は尤もでござるな、申し訳ない…
 然らば、政宗殿が云う通り、悪いのは某にござりますれば、、」
「幸村様は黙って居て下さい、どうせ政宗様が唆したに違いないのですから」
「…ンだとテメェ、喧嘩売ってンのか」


苦悩の表情でこめかみを押さえる重臣の心情を察したか
おずおずと上目遣いで此の場を納めようとする幸村を
しかし遮るが如くピシャリと云い切った片倉は、予想どおり食いついて来た政宗に剣呑な眼差しを向けた。


「何か違いましたか?政宗様も、幸村様が大切ならば、もう少し考えて行動して頂きたいものです」
「……あァ?」


ハラハラしながら事の成り行きを見守る幸村の前で、見えぬ火花がバチと散った気がした。
これが世に云う修羅場かと、若干逃げ出したい気分だ。


「ともかく、これからは城の外へ遊歩される際は、必ず一言お申し付け下さい」
「ハァ?阿呆かテメェ。ガキじゃあるまいし、ンな面倒くせェこと誰がするかよ。ふざけンじゃねェ」
「ええ、ふざけてなどおりません。
 幸村様も、宜しいですね?この小十郎が、お供として付いて参りますので」
「…えっ、」


日ノ本全土の万民の為、尊き御二人の身を案じればこその提言に御座います
と仰々しく頷いて見せる片倉に

…それはさすがに、ちょっと、、

と、幸村でさえ顔を引き攣らせた。
政宗などは見た事もないほど口をあんぐりと開き、唖然としている。
何が悲しくて、小童が泣きながら裸足で逃げ出しそうな強面の男に
終始見守られつつ町を闊歩しなければならないのか。きっと息が詰まること請け合いだ。
早くも二人は暗黙の内に、「逃げるぞ、幸村」「…はいっ」という会話を目の色だけで済ませると
まさに阿吽の呼吸、何の合図も無しに、政宗は幸村を左腕一本のみで抱え上げ
幸村も心得たように政宗の首へ両腕を廻して落ちないようにしがみ付き
片倉が陣取る間口とは反対側の襖へと一目散に走る。
逃げるが勝ちだ。
磨き抜かれた廊下に飛び出した途端、「待ちやがれ!!」と
ドスのきいた声が(恐らく片倉の素が出たのだろう)二人の背中を追い


「Ha!誰が待つか!バァーカ!!」


ニィと不敵な笑みを湛えて捨て科白を残した政宗は、脇目も振らずに遁走した。


そんな平和な米沢城に、不穏な報告が齎されたのは、その二日後であった。


 

―――――――――――


 

「摂津にて、焦臭い動きがあります」


静然たる朝議の場に、片倉の硬い声が通った。
摂津といえば西日本統括における重要な拠点であり、盟友である豊臣に行政などの一切を任せてある。
いかに政宗と幸村が優れた統治者であろうとも、万能に非ず
広大な領地の端々にまで目が行き届く訳では勿論ないので
西に関しては面倒を見てくれと命じてあったのだ。
野望の塊りのような男に其の様な重事を一任して良いものかと、当時は懸念の声も少なくなかったが
今の今まで特に何事もなかったので、いつしかそんな話をする者も居なくなり
瞬く間に一年という月日が流れた処で、この疑惑。
なるほど、面従腹背とはよくぞ云ったものだ
どうやら水面下にて色々と画策していた、という事である。
(それを早い段階で察知できたのは、智将と名高い片倉の抜かりない情報収集の賜物だ)


「恐らく、政宗様と幸村様を弑逆奉り、天下の覇権を狙う魂胆かと…」
「だろうな。…ったく、魔王には恐くて手ェ出せなかったクセに
 竜には勝てるとでも?…Idiot、調子づきやがって」


身の程知らずの大猿には、キツイ灸を据えねェとなァ?
悪戯っぽく同意を求める主の言葉に対し、家臣全員が満場一致で頷く。
皆、奸計を憚らぬ愚男に怒りを覚えているのだ。
この奥州、否、日ノ本を照らす光たる二人を奪うことは
誰であろうと何があろうと決して許してなるものか、と。
そうして拳を握り、気色ばむ顔色を隠そうともしない忠臣達を
上座より眺める政宗と幸村は、揃って小さく笑みを浮かべる。
これ程に臣達から慕われて、嬉しくない筈がない。


「おいおいテメェら、オレらより先に手ぇ出すンじゃねぇぞ」


獲物の横取りは罰則を科すぜ。という軽口に、その場がドッと沸く。
それでこそ、我らが筆頭だ。


「小十郎」
「は!」


これからも油断なく見張れ、と命を下した矢先
焦臭く燻る火種が音を立てて燃え上がったのは、案外早かった。

僅か半月後、豊臣謀反の報せが届けられる。

得意の数に物を云わせた挙兵で摂津を発ち、この奥州に着々と迫っているというのだ。
やはり動いたかと、政宗はすぐさま応戦の構えを整えるべく
臣達を召集し軍議を開いたものの、思いもよらぬ事が起きた。
なんと豊臣秀吉が討死したのだ。
合戦の火蓋を切ってもいないのに、一体どういう事だと、急ぎ黒臑巾を走らせ詳細を調べさせれば
どうやら腹心である家康の突然の裏切りで勃発した紛争の際に討たれたらしい。
而して大将を消失した豊臣軍は、呆気なく総崩れとなったのだ。
しかも、愕くべき事はそれだけではない。
主君を殺され激怒した近臣、石田三成が、復讐の怨念に取り憑かれ
崩れた軍を僅か数日で纏め直して率い、一直線に三河へと進攻を始めたのである。
対しての家康も徹底抗戦を辞さぬとばかりに軍勢を整え前進させ、止まらぬ両軍は伊勢国にて衝突。
激しく飛び散る戦火の何たる迷惑さは云わずもがな、あまりの急展開に、さしもの蒼紅も茫然とした。
売られた喧嘩がいつの間にか掠め取られた挙句、全く別の処で売買を終え
気付いた時には蚊帳の外になって居た。
こうなればもう他人の揉め事だ。
いっそ放って置こうかと考えぬでもなかったが、懐での好き勝手を見逃す訳にもゆくまい。
それに、戦が長引き拡大すれば、無関係である民草が否応無く巻き込まれ
被害に遭う事は火を見るより明らかであり、鎮圧に赴くは必至である。

…などと、至極それらしい理由を並べてはみたが


「幸村、こりゃァ早く止めねェとなァ!」
「左様でござるな、政宗殿!」


久々の戦だ(しかも横槍ならぬ、容赦ない仲裁)
不躾にも武人としての血が騒ぐのを抑えられぬのであろう、喜色満面で嬉々とする政宗と幸村に
片倉が盛大な溜息をついたのは、云うまでも無い。


「……まったく、このお二人は…」


何にせよ、早急な出陣支度が始まった。

 


――――――――――――


 

処変わって激戦地、勢州。宵を迎えた戌の刻(午後八時)。
暗くなっては戦も糞もなく、石田・徳川両軍勢とも、構えた陣地の中に大人しく収まり
食事を摂ったり仮眠をしたり、束の間の小休止を有効に活用していた。
陽が昇って朝になれば、かれこれ一週間以上も続いている、終わりの見えない壮絶な死闘がまた始まる。


「三成よ、一つ問題が生じた」
「何だ」


大一大万大吉の紋が染め抜かれ、立派に張られた陣幕の一つに、静かな声が篭もった。
大谷吉継と石田三成である。
運ばれた食膳に箸を付ける事もなく
刀の手入れに集中する男の素気無い返事に構わず、大谷は更に続けた。


「東の竜が、此方へ向かっている」
「何だソレは」


そんなものは知らん。とでも云うように
熱のない切れ長の双眸を向ける三成へ、大谷は僅かに瞠目した。
亡き主君である秀吉以外に興味を持たぬ男だとは判って居たが
よもや此処まで他の事に無関心であったとは思わなかった。


「あの尾張の魔王を討ち取り、民草から破魔の竜と崇められて居る、伊達政宗と真田幸村よ。
 …まぁ、一言で云うなら、邪魔者だ。
 ぬしが復讐を遂げる為、ひいては天下を取る為には、まずその竜を屠らねばならぬ。
 二人揃えばちと厄介だが、なに、引き離しさえすれば、後は易きことよ」
「天下などに興味はない。私が欲しいのは家康の首だ」
「判っている。そうは云うが、三成よ、家康の首を落とすより先に、やらねばならぬ事もある」
「そんなモノはない。くどいぞ刑部」


有無を云わせず吐き捨て、再び細刀へと視線を戻す三成に
大谷は気付かれぬようそっと溜息を零すと、小さく口を開いた。


「…必ずや、竜はぬしの行く手を阻むであろう」
「フン、それがどうした。その時は、私のこの手で排除するのみ」


能面のような無表情でそう返した三成は、それきり会話を打ち切った。


 

翌々日、晴天の正午。
既に石田軍徳川軍は轟音を伴って入り乱れており、どちらも一歩も譲らぬ膠着状態に突入していた。
中々進展せぬ戦況に痺れを切らした三成は、軍略の主脳でもある大谷が敷いた布陣の最奥から
目にも留まらぬ速さで飛び出すと、異様に細長い一刀の鍔に手をかけ
カチリと弾き抜こうとした。その時、


「Hey!テメェらいい加減にしとけよ!」
「…?!」


泥沼の一途を辿る陣中にも関わらず、朗々と響き渡った声の方へ振り向くと
戦場の中心部へ矢が如く突き刺さる騎馬小隊があり、先陣を切る鮮やかな蒼と紅が垣間見える。
速い。
傍で何者かが、「あれは…蒼紅だ…!本物だ…!!」と怯え戦く声が聞こえた。
途端に兵共に波紋のような動揺が走る。
そう、恐るべきは、数々の赫々たる戦果や輝かしい名声を裏付ける其の出鱈目な強さだ。
たった二人で土手っ腹を刺すように敵陣のど真ん中へ斬り込むなり
馬を乗り捨て背中合わせに威風堂々と構えた姿は一分の隙もなく
迸る覇気たるや、不可視の突風のように吹き寄せ他を圧倒する。
況して三爪と二槍が、舞い踊る雷火が如く鮮烈な攻撃を仕掛ければ
一瞬でバタバタと兵が薙ぎ倒され、蒼紅通った後には次々と折り重なって山となった。
(後続の騎馬隊など、連れてきた意味が果たしてあるのか、慎ましやかな援護を送るのみ)
当然、瞬く間に戦況は一変。
石田・徳川両軍は混乱の渦に陥り、武器を捨て逃げ出す者まで続出した。


「三成様―!!どうか、御下知を…!!」


必死に指示を仰ぐ部下の悲鳴が飛び交うが
当の三成はそんな声も耳に入らず、ただただ目前の光景を、紅蓮を凝視して居た。
隻腕隻眼の男に付かず離れず、炎を纏った槍で周囲の敵を容赦なく征し
そのくせ、強く真っ直ぐな光を燈した穏やかな眸は常に蒼を気遣い、全身全霊で護っている。


「……あの目…」


ポツリと零した呟きは、戦塵の喧騒と侍達の叫声に掻き消され、誰の耳に拾われる事もなく霧散。
三成は形容できぬ衝動に駆られ、ゆらりと一歩踏み出す。
されどすぐに背後から肩を掴まれ、振り返った。


「三成、一旦引くぞ」


大谷だ。


「…放せ」
「莫迦を云うな。ああして二人揃って居ては、ぬしにも誰にも勝ち目はない」


見遣れ、と徐に指で示す方へ視線を投げれば、敵軍大将である家康も全く同じ考えが過ぎったか
大音声で撤退の命令を下し、さっさと身を翻して遁走を始めている。
大谷は散り散りに逃げ惑う自軍を何とか纏めると、三成を連れて退却した。

 



「それみた事か、三成よ」


必ず邪魔になるであろと申した通りになったではないか。と、
近江の佐和山城へと戻るなり、忠言を呈す友へ、三成は静かに一瞥を寄越し


「刑部、答えろ。アレは誰だ」


唐突に訊ねた。
一瞬誰の事か判らず、大谷は首を捻りかけたが、渦中の蒼紅以外は考えられまい


「…ふむ、知りたいのは紅い方か?蒼い方か?それとも両方か?」
「紅だ」


問えば一寸の間をおかず返事があり、少しばかり面食らいつつも、答えた。


「真田幸村が、どうかしたのか?」
「アレを私の前に連れて来い」
「!」


矢継ぎ早の問答の末、大谷は大きく目を見開いて愕きを露わにする。
太閤が討たれた後、仇敵である家康の命以外に興味を示さなかった男の口から
まさか斯様な科白が出て来ようとは、夢にも思わなかったのだ。


「どうした刑部。お前ほどの奴が、まさか『出来ぬ』などと云うんじゃないだろうな」
「…案ずるな、ぬしの願い、しかと叶えよう。なれば念の為、生死を訊いておく」
「死んでいなければそれでいい」


つまり、多少の手荒い手段も厭うな、という事だ。
「承知した」と大谷は深く頷き背を向け、座敷を出て行く。
一体竜の半身の何が此処まで三成の氷心を揺さ振ったのか
関心は尽きぬが、今はそんな事はどうでもいい。
奇しくも望み通り、家康より先に蒼紅を始末できそうだと
幾重もの白布に隠れた口角をひっそりと吊り上げた。


 


【2へ続く】


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あとがき

半竜続編いよいよスタートしました。いつもどおり結末はまだ考えてません←
ただ、冒頭の注記にも書きましたが、凶王が今後どんどん出張る予定です。(ダテサナ前提、三→幸な感じですね)
とりあえず今回の萌えどころと致しましては、幸と筆頭のアイコンタクトと
片倉氏の「真田」呼びではなく「幸村様」呼びで、言葉遣いもちゃんと丁寧な辺りですかねv笑

2011/01/02  いた。