『Half Dragon:第二章#2 裂かれた比翼』


 

此度も難なく乱を治めた二人を祝い、米沢城にて盛大な宴が数日に亘って催されてから、一夜明け
朱燐の間でダラダラと絡んでいた政宗と幸村は、真昼を過ぎた頃に漸く起き上がった。


「政宗殿、お召し物を…」
「…ン」


着の身着の儘で事に及んでいた為、すっかり着崩れ皺になった着物を預かった幸村は
長櫃から持ち出した蒼の小袖を手馴れた所作で政宗に着せ付け、濃紺の帯紐を綺麗に結う。
それから、気に入りの香が焚き染めてあり
派手過ぎぬ控え目な刺繍が施された藍の羽織をふわりと着せ、衿もしっかりと伸ばし
仕上げに乱れていた鳶色の御髪を手早く手櫛で整えた。
こうした身支度にしろ、食事にしろ、日常生活における殆どの補助を
侍女ではなく幸村が率先して行っており、寧ろそれが己の役目であると、他の者にさせようとしなかった。
初めの頃こそ、勝手が判らぬ事もあり、手際が悪い処もあったが
一年も経たぬ内にそんな物はしっかりと覚え込んで身に付けたし
かしずく者達とはまた違った丁寧さと要領の良さは、既に申し分ないほど満足に足る物である。
何より、どんな些細な事や時間であれ、誰の介入も無く互いが互いを独占し
二人きりで過ごせる欣幸は、政宗にとっても幸村にとっても、多いに越した事はなかった。


「…さて、アンタも支度しな、幸村」
「今日はどちらへ?」
「アンタの一番好きな甘味処だ。もちろん、行くよな?」
「はい!!」


片倉に幾度叱られようとも、町へ下りるのをやめられないのは
満面の笑みで頷く幸村の、この嬉しそうな顔を見たいが為。


「政宗殿っ!では参りましょうぞ!」
「あぁ」


いそいそと紅い小袖に着替え、政宗のものと同じ華馨が香る
蘇芳の羽織を羽織った幸村が、待ちきれぬとばかりに急かす。
先程までの落ち着いた仕草は何処へやら、童子の如く目を輝かせ、そわつく様は心底愛おしい。
薄く微笑した政宗は幸村の右手を取ると、いつものように、こっそりと城を抜け出した。

 


城下に広がる精美な町並みは、賑やかな活気に溢れ
行き交う人々の表情もまた、活き活き明朗としている。
天下人たる蒼紅の居城のお膝元でもある為、皆安心して勤めに励み
そして制限のない自由な商売が許されている恩恵で、町は栄え潤い
遠方からの連雀商人達も挙ってこの地へと集った。
故に物珍しい物や様々な技術も次から次に伝わり広がり
必然的に町全体は目覚ましい発展を遂げ、日に日に繁栄し続けている。


「ついたぜ、どれでも好きなのを好きなだけ選びな」
「まっ、まことにござるか?!」


この掛茶屋もまた、様々な地方からご当地甘味を取り寄せたり
その味を真似たりと、店を覗く度に新しい品が増やされており
云わずもがな、すぐに幸村の贔屓の一店に加えられ、今では足繁く通う常連の内の一人だ。
店の者も、既に顔馴染みとなった上得意の幸村へ、変に畏まったりせず、気さくに対応してくれる。
そういう処も、格別に愛顧する所以。


「毎度!また来て下さったんですね、今日は何に致しましょう?」
「とりあえず、お茶を二人分!それから、えーと、えーと、、」
「面倒だ、全部頼んどけ」
「…へ?よ、宜しいのでござるか??」
「Yes、of course、イイに決まってンだろ?オレを誰だと思ってやがる」


どこぞの強面みてぇなケチじゃねェ。可愛いアンタの為に、金子なんか惜しむかよ
それに、アンタの事だ、それぐらいじゃねぇと腹の足しにならねェだろう?
と悪戯っぽく哂う男に、幸村は見事に図星を指された事と、云わずとも判ってくれていた気恥ずかしさ
それから歯の浮くような科白に照れ、仄かに頬を上気させた。
そんな惚気を否応無く見せ付けられた店の者はと云えば
見慣れたいつもの光景に、「ご馳走様」と溜息混じりに溢して、一旦店の中へと戻り
暫くの後、熱い茶と共に、定番の団子から発売したばかりの新作まで
両手の指ほどの種類の甘味を次々と運んだ。


「ッ政宗殿!それでは、いただき申す!」
「おう。しっかり喰え。But、咽喉に詰まらせるンじゃねェぞ」


日和も良いので店先の縁台へと腰掛け
政宗は茶を、一方の幸村は団子を手に取り、早速パクリと食いついた。
余程甘い物が好きなのか、政宗の忠告などお構いなしで
まっこと美味そうにどんどん頬張り、その幸せそうな顔と云ったらない。
政宗は自然と表情を綻ばせて終始眺め耽り
時折思い出したように幸村が此方へ手を伸ばして口元へと勧めて来る、甘ったるい団子を齧った。
そうこうする内、あっという間に全て完食し
「馳走になり申した!」と大仰に両手を合わせ深々と礼を取った男が、「次は何処へ?」
と訊くので、歌舞伎でも観に行くかと答えた政宗は
縁台に代金を置いて立ち上がると、幸村の手を取り
右足が覚束無い足取りを気遣って、ゆっくりと歩き出す。
…が、然程も進まぬ内、急に振り返ると、不愉快極まりない声を投げた。


「…Well、何でテメェが此処に居るんだ?小十郎」
「おや、気付かれましたか」


聞き覚えのある低い声に、ハッとして振り向いた幸村も、心底愕いた。
城に居る筈の重臣が、物陰から姿を見せたからである。


「一丁前に気配なんざ消してンじゃねーよ。
 っつーか、テメェのツラ見た通行人の顔が、恐怖で引き攣りまくってンだ、気付かねェ訳ねェだろ」


ちったァ自分の容姿を鏡でも見て自覚しやがれ、と皮肉を吐く主に構わず
片倉は二人の傍まで歩み寄ると、剣呑に据わった眸で睨む。ただならぬ威圧感だ。
然もあらん、普段よりも数本皺の多い眉間が、怒りの度合いを如実に物語る。
敢えて察するまでもない、またしても黙って城下町へと下りた事に対し、憤激しているのだ。


「…ところで政宗様、なぜ此処に居るのか、というのは些か愚問ですな。
 確か先日、お供すると申し上げた筈ですが、なにか文句がおありで?」
「………ウゼェ」


意図的な皮肉にやり返すが如く、厭味な物云いをする男に、思わず零した口調が荒む。
そもそも、どうして城を抜け出した事を勘付かれたのか…
否、きっと朱燐の間をずっと見張って居たに違いない。
そして息を殺して背後にピッタリ張り付いて来たのだろう。
(此奴がコソコソ抜き足差し足忍び足など、想像するだけで嗤える話だ)
まったく暇な野郎だぜ、と嘆息した政宗は、心底鬱陶しげに口を開く。


「OKOK…判ったからよォ、頼む、もうちょい離れて歩け。顔が見えねェ程度まで。You see?」
「……仕方ありませんな」


これほどの執念を見せる心配性の近臣を
追い払うのも撒くのも難しいと踏んだ政宗は、妥協案として一つの条件を出した。
これを呑むなら供でも何でも好きにしやがれ、と。
普段、中々意思を折らない政宗が、此処までの譲歩をしたのは奇跡的といっても良い。
なので片倉は渋々ながらも頷くと、云われた通り、顔が判別できなくなる距離まで遠ざかった。


「Ah−…これで少しはマシになったか…。行こうぜ、幸村」
「は、はい、、」


マシなどころか、逆に鋭く背に突き刺さる視線がチクチクと痛い気がするのだけれど
やむを得まいと己を納得させ、政宗に手を引かれる儘ついて行く。
そんなこんなで人通りの多い表道を一ト切ほど進んだ頃
幸村は不意にザワ…と妙な胸騒ぎを覚え
「政宗殿、」と隣へ視界を転じた次の瞬間、事は起きた。


「ッ?!」


ヒューッと空気を裂く高音と共に、空より巨大な槍が数本飛来し
ズン!という地響きをすら伴う轟音で、前方の地面を深く穿って突き立つ。
何事かと瞠目する二人の目の前で、濛々と砂埃が舞う中
一瞬で恐慌に陥った人々が悲鳴を上げ、泡を食って逃げ惑い、周囲は騒然となった。
しかも、地に刺さった大槍の先端部に取り付けられた香炉に似た装置から
シューシューと不気味な音を立てて、妖しげな色をした何かが噴霧され
忽ちの内に紫暗の煙が辺り一帯に立ち込め、濃く蔓延。


「…っな!」


一体何が起こっているのか全く状況が掴めず、とにかく此の場を離れるべきだと踵を返しかけ
しかし周りに居た町人達がいきなりバタバタと倒れ始め、ギョッとする。
…これは、まさか…!と今更煙の正体に気付いても、もう遅い。
二人とも十分過ぎる量を吸い込んで居た。
俄か、躯中から恐ろしい勢いで力が抜け、立っている事もできず
ズルズルと支え合うようにして地面へと崩れ落ちる。


「…ま、政宗…殿……っ…」
「ッ…幸、村……」


指先すら動かせぬ程の脱力、筋弛緩に加え
強力な睡魔までもが襲いかかり、もはや目蓋を開けている事すら困難。
政宗と幸村は必死に互いに掴んだ手を放すまいとするが
とうとう、スルリと指は儚くほどけ、意識は暗渦の闇へと落ちた。


「…ヒッヒッヒ……上々よの」


そうして一人残らず地へと倒れ伏す惨状の中へ、下卑た哄笑と共に現れたのは
全身を病的なまで隙間なく白布で包んだ大谷である。
何故こんな処へ、など云わずと知れた事。此度の奇襲を仕組んだ張本人だ。


「黒田、運べ」
「へいへい」


名を呼ばれ、続いて姿を見せたのは、紫煙を吸わぬよう顔下半分に布を当てた大男で
昏睡する蒼紅へと近付くと、六尺か七尺はあろうかという巨躯を屈ませ手を伸ばし
まるで綿毛を抓むが如く、軽々といとも容易く幸村を肩に抱え上げた。


「黒田よ、判っているとは思うが、ソレは三成の所望の品ゆえ…くれぐれも丁重にな」
「わーってるよ!」


釘を刺す物云いに荒っぽく答えた黒田は、その見目にそぐわぬ慎重さで
深い眠りに落ちてピクリとも動かぬ無抵抗な細い躯をしっかりと担ぎ、そろそろと立ち上がる。
此奴ら、卑怯な手を使って大胆にも不意打ちを仕掛けた挙句
あろうことか、恐れ多くも竜の片割れである幸村を攫うつもりのようだ。


「…待、て…テメェら……!」
「ほぉ、まだ意識のある者が居たか。
 しかもぬし、わざわざ此処まで這いずって来たのか?これは愉快愉快」


其処へ響いた制止の声に、ゆるりと振り向いた大谷は、思わず嘲ら笑う。
視線の先に居たのは、片倉だ。
風に乗った毒煙はかなりの範囲まで広がっており、道の遠くだとて作用は甚大である。
にも関わらず、容赦なく襲い来る眠気と脱力に抗い、血が滲むまで歯を食い縛って
気つけの為に太腿に小太刀を突き立て蒼紅の元まで這いずって来た
その渾身の努力と忠烈ぶりは、賞賛に値した。
況して意識無く倒れ伏す政宗を護るように身を挺しつつ
幸村を連れて行かせまいと決死の形相を浮かべ声を絞り出す様は、壮絶と云うより他にない。


「大した男だが、同時に莫迦な男よ…近寄らず逃げてさえ居れば、死に急ぐ事もなかったであろ」


今にも昏倒に至らんとする脆弱な者の息の根を止めるのは、赤子の手を捻るより易き事。
大谷は自身の周りを浮遊していた大きな数珠へと手を伸ばす。


「おい、まずいぞ刑部…!やっこさんが大勢来た!」


されど焦る黒田の声に止められ
顔を上げて煙の合間より遼遠に見える米沢城へと目を向ければ、僅か砂塵が見て取れた。
町で起こっている異変を察知し、慌てて兵共が此方へと疾駆しているに違いない。
愚図愚図して居ては、折角の苦労が水の泡となろう。


「…やれ仕損じた。あわよくば独眼竜の首も手土産にと思うて居たに……まぁ良い」


虻蜂取らずだ、欲は張るまい。目的のモノが手に入っただけでも金星よ…
そう呟いて背を向けると、幸村を抱えた黒田と共に、濃煙に紛れるように姿を消した。

 


 

【3へ続く】


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あとがき

序盤はどうしようもない甘々バカップル、というか寧ろ夫婦っぷりをお披露目でしたが
幸せクラッシャーの大谷氏が無事にブチ壊してくれましたwwグッジョブ誘拐!
次回、三成氏の居城にて。

2011/01/16  いた。