『Half Dragon:第二章#6 出陣』

 


戦明けの朝、まず三成は城の周囲に千の兵を置き警戒にあたらせた。
然もあらん、かつて大和の松永を電光石火の勢いで討ち取り幸村を奪還した時と同じように
怒れる稲妻の如き勢いで独眼竜がこの江州へとやって来たのだ。
まして一度追い返したぐらいでは決して諦めまい、再び舞い戻って来るのは明らかであり
加えて用心深い大谷が、


「東の竜の半身とも謳われる真田幸村を狙う輩がこれより先現れぬとも云い切れまい。
 何せ最強と畏怖される竜とは、蒼紅二人が共にあってこそ…
 どんな事があろうと互いに傍を離れなかった比翼が今、二つに裂けているのだ
 斯様な好機は二度とあるまい?」


と云うのだから、余計に警護は手厚くなる。
…否、実の処それは建て前に過ぎない。
本当は、幸村が政宗の事を思い出し、己の元から逃げるのではないか
己はまた裏切られるのではないか… それがとてつもなく恐ろしく
露骨に云えば幸村を半ば軟禁している、というのが事実である。


「…刑部、答えろ。何故あの時、真田はあんな真似をした」
「ああ、戦場での事か… 我の術が解けた訳ではないが
 思うたより、蒼紅の結びつきが強かったようだ」
「何だと…?」
「なに、案ずるな。今朝方術をかけ直したゆえ、同じ事は起こるまい」
「…お前がそう云うなら、疑う余地は無い」


云ってそれ以上食い下がる事もなく、踵を返し幸村の居る私室へと向かう背中を
大谷は静かに目を眇めて見つめながら
なるほど、先日の癇癪は其れが起因だったかと得心し


「…嫉妬、とは気付いておらぬだろうな…」


独りごちて、白布で見えぬ口端を持ち上げた。

 

 

一方その頃、質素な奥の居室にて
幸村は突如目前に手枷をつけた大男が現れ詰め寄られるという、由々しき緊急事態に見舞われていた。
まさか暗殺の類の間者かと、応戦しようとしたがしかし
よくよく考えれば斯様な巨躯の、しかも堂々と真正面の襖から押し入る忍など聞いた事もなく
此奴は本当に敵なのであろうか?と逡巡し、冷静に様子を窺って居れば
不意に膝を折って身を屈めた男が、ジッ…と前髪で隠れた双眸で此方を凝視
否、観察しつつ、徐に口を開いた。


「真田幸村だよな」
「…?い、いかにも、、」
「噂にゃ聞いてたが、まさかホントにあの独眼竜が
 血相変えて飛んで来るとはなぁ… お前さん本物だぜ」
「、、え?…は…?」
「しかも何故だか知らないが、凶王三成までいたくご執心ときた。
 って事は、お前さんを上手く使えば、凶王脅して此の手枷の鍵を出させる事も
 おっかない独眼竜を手玉にも取れるって訳だ!
 つまり、天下握ったも同じじゃないか!!」


其処いらの国主を捉まえりゃあ国が動くが、お前さんの場合は天下が動くな!
と興奮気味に息巻いて饒舌に話す男が
一体何を申しておるのか、さっぱり理解出来ず
幸村は混乱を極めるあまり言葉も出ない。


「ん?ああ、そういや刑部に記憶を…」


反応が無い事を怪訝に思うでもなく勝手に納得した様子で
しかも憐れみすら滲ませる声音での呟きに、変な引っ掛かりを覚え
どういう意味だと言及すべく口を開きかけるが、


「兎にも角にも!小生は成り上がってやるぞ!」


鼻息荒く拳を握り決意表明した男の声に遮られた。
呆気に取られポカンと見上げて居ると、急に立ち上がった男に腕を取られ
幸村は慌てて身構えるも、到底太刀打ちできる力ではなく
「しまった…!」と焦り足掻くが、やはり掴まれた腕は振り解く事はできない。
あまつさえ、屈強な肩の上に俵の如く担ぎ上げられそうになって
よもや攫われては堪らぬと、必死に畳に縋りついて蹴りを繰り出せば
鳩尾の辺りに当たった筈なのに、男はピクリとも反応せず
なんて腹筋だと瞠目した矢先、唐突にバシン!と襖が開け放たれ


「あ」


と間の抜けた声を零したのは、幸村ではなく大男の方だった。
何事かと視線を転ずれば、間口に居たのは三成であり
中の状態を見てとるや、眉間に壮絶な皺を寄せ、憤怒の殺気を迸らせる。
現状の経緯など把握しなくとも、男に、黒田に引き摺り寄せられている幸村を見ただけで
何処かしらの緒がブチリと音を立てて引き千切れるには十分であった。


「官兵衛、貴様ァ…」


地鳴りを思わせる低音で唸った三成が、緩く猫背になり
脇差に手を掛けゆるりと酷く緩慢に抜刀したその時
直後に散る筈の血飛沫はしかし、一滴も無かった。
其処には、ただただ驚愕に目を見開く黒田と
この一瞬で翻した刀身を振り下ろし切る寸前でピタリと静止させた三成、そして


「…真田、何のつもりだ?」


三成が今まさに斬り捨てんとした痴れ者を庇うように身を挺する幸村が居た。


「三成殿…短気は、なりませぬ。先日も癇癪で家臣と侍女の首をお刎ねになったばかり…
 この者が何者なのかは存じませぬが、どうか、寛大なるご処置を」
「本気か」
「無論にござる」


冷然と故を問う三成に対し、凜と答える幸村に恐れや迷いは無い。
己の危険を顧みず、そうまでして庇い立てしようとするなど、正直、三成には理解できなかった。
だが、理由はどうあれ幸村に手を出した時点で黒田の斬滅は確定だ。


「其処を退け!!」
「ッ退きませぬ!!」


もはや黒田の命は幸村が掌握していると云っても過言ではあるまい
青褪め固唾を呑み成り行きを見守る中、激昂し歯牙を剥く三成と
臆せず凶王に立ち向かう幸村の、互いに譲らぬ睨み合いが暫し続く。
されどその拮抗が崩されるのは、案外早かった。


「其処までだ、二人とも」
「…刑部か。邪魔をするな」
「落ち着け三成よ。まずは刀を下ろせ」
「………チッ」


其処でようやく脇差を仕舞ったのを見て、幸村もやっと肩の力を抜いた。
そんな二人を視界におさめ、次いでチラリと黒田へと視線を向けた大谷は
事の次第と黒田の思惑を容易く推察し、嘲笑も露わに口を開く。


「なんの騒ぎかと思えば、黒田よ、どうやら勇み足を踏んだようだな」
「〜うるせぇ!」
「先だっての奥州での手柄で、枷から重りだけは外してやったというのに、愚かな男だ」
「…くっ、、」


奥州の手柄とは即ち、幸村奪取の助力に他ならず(勿論幸村は知らぬ事だ)
それがあったからこそ黒田は三成の城の中で行動でき
外れる事のない手枷から、一時的に巨大な重りの取り外しが認められていたのだ。
されどこうなっては、手枷の鍵ではなく引導を渡されるであろう
悪知恵の働く此奴の莫迦面を拝めるのもこれまでかと
大谷は判り切った指示を仰ぐ為三成を見たが、返って来たのは予想外の言葉であった。


「…手枷に重りをつけ直せ。今までの、倍の物をな。
 それから穴蔵に戻して二度と這い上がれぬようにしろ」
「……!、相判った」


先程は緊迫した場を収める為に三成に刀を引かせはしたものの
斬首するのが少し遅れる事になるだけだと思っていたのだが
まさか本当に首を落とさずに事を済ませるつもりなのか
一度激怒した三成に限ってそんな事がまことありえるのかと
そんな驚天動地の思いを見事おくびにも出さなかった大谷は
短く返事を返し、座敷に無様にへたり込んでいた黒田を引き立たせる。
そしてその横では、


「お前の希望は聞いてやった…ただし、覚悟は出来ているな?」
「はい」
「ならば来い」


今にも噛み付きそうな視線で幸村を見据え
手首を掴んで引き摺るように座敷を出て行く三成を見た。
俄かには信じられないが、幸村が望んだが為に三成は癇癪を抑え込んだ、という事だ。
しかしその代償は決して安くはなかろう…

奥の室から悲鳴じみた幸村の声が聞こえて来るのに、そう時間は掛からなかった。

 


―――――――――――――

 


「護りは?」
「堅いです。城周辺に置かれた兵は優に千を超えます」
「HA、どんだけ本気だよあの野郎」
「我らの襲撃を警戒してのものでしょう」
「だったら、正面切っての全面戦争だ。奥州全土の兵をかき集めろ。いいな」
「御意」


奥州米沢城である。
軍議の場には片倉をはじめ、古参の者から歴戦の将まで錚々たる顔ぶれが居並び
たった今政宗により下された大戦の決断にみな黙って頷いた。
もうすぐ冬が訪れる。
白皚々たる雪に覆われては戦など出来ぬゆえ
それまでにケリをつけなければならなかった。


「いや〜随分と勇ましいな」
「あ?何悠長な事云ってンだ。テメェがきちっと囮役務めねぇと話にならねェんだぜ?」
「ああ、ちゃんと判っているから、そう恐い顔して睨まないでくれ」
「…役に立たねェと判断した時点で殺す。次は石田だ」
「肝に銘じておく」


厳然な此の場において、まるで他人事のような事を云う男、家康に、白い目が集中する。
そうでなくとも、みな気が立っており
余所者が大層な口を利くなとばかりに憤然とする者が多く
政宗が鋭く釘を刺していなければ、きっと一悶着あっただろう。
何はともあれ、早急に出陣の準備を整えるべく、全員が一斉に立ち上がった。


「小十郎」
「は」
「大谷は何が何でもオレの前に引き摺って来い」
「幸村様の記憶、ですね」
「Yep…いじれるんなら元に戻せる筈だ。っつーか元に戻すまで生き地獄を味わってもらう」
「承知」


底冷えのする眼光を湛え吐き捨てる主に頭を下げ、片倉は素早く座敷を後にし
陣触れに沸き血気盛んに騒ぎ出すであろう兵達を纏め上げる為、己の持ち場に急いだ。
みな幸村の奪還失敗からずっと燻っていたのだから
いよいよ本格的な戦と知れば、果たしてどれだけ士気が高まろう。
己とて血潮が熱くなるのを感じているのだから

(…況してや政宗様は、尚更だろうな)

恐らく誰よりも逸っているのは、主自身に違いなかった。
よくぞ此処まで堪えたものだ、と感心せずには居られない。
いつ単騎で江州に斬り込むかと不安でしょうがなかったが
全軍で総攻撃と命じられた時には正直安堵すら覚えた。
と同時に政宗の本気が知れ、久しく忘れていた武者震いに苦笑する。

たった一人の為に、鬼にも竜にもなり
大軍を動かす事を厭わぬ男に喧嘩を売った凶王は一体どうなるか…

いずれにせよ、日ノ本の安寧の為にも今度こそ絶対に幸村を取り戻さねばならぬと
片倉は固い決意をもって仕事に取り掛かった。

 


―――――――――――

 


「おい、知ってるか?とうとうでっかい戦になるらしいぜ」
「知ってるさ、でも一度幸村様の奪還にしくじっ…」
「ばっか!だからだよ!どっかのアホが竜を本気にさせちまったのさ!!」
「ひえぇっ、くわばらくわばら!」


奥州に奔った陣触れは兵達だけでなく、民草をも興奮させ
人から人へ、瞬く間に奥州を駆け巡り、国中その話で持ちきりだった。
しかも久々の大戦であるが、一方で民達の不安は少ない。
何故なら、彼らは知っているからだ。
半身が傍に居ない時の、竜の容赦ない恐ろしさを。


「全滅、だろうな」
「全滅、だろうよ」


而して、一週間という短期間の後、ついに奥州独眼竜が地を揺るがす大軍を引き連れ出陣した。

 



【7へ続く】


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あとがき

短いですが、きりが良いので区切ります。次から佳境です。
もう2〜3話で終わらせたいので頑張ります。

2012/09/16  いた。