※流血・残酷描写あり。ご注意を

 

 

『Half Dragon:第二章#7 而して暁光』

 

芙蓉枯れ始める秋の末。
夥しい隊列を成し、濛々と砂塵を舞い上げ
日ノ本を揺るがすような波なす大軍勢が、江州佐和山城前へと集結した。
竜の檄命にて東西各地より召集された武士共が
整然と陣を敷いた其の圧倒的な様相はまさに圧巻である。
かつての尾張の魔王討伐を知る者は口を揃えてこう云う、「あの時と同じか、其れ以上だ」と。
まして竜の片割れを奪った凶王に対する敵愾心で燃え滾る兵達の鋭気は凄まじく
其処彼処で飛揚する荒々しい鼓舞や雄叫びが幾重にも折り重なって
まるで轟雷の如く周囲を旋り、鼓膜だけでなく大気をも震わせる。
此の比類なき大軍を率いるは、総大将の伊達政宗。
その鋭い視線の先には三成の軍勢があり、数は凡そ1万前後といった処だろう
平生であれば其れも立派な大軍と云えるが
これだけの勢力を前にしては、芥子粒に等しい。
とすれば当然有利なのは奥州勢であり、これが只の戦ならば文字通り圧勝だ。
しかしそうはいかぬ理由がある。幸村だ。
先だっての奇襲の時も、あたかも敵のように振舞う幸村に戸惑い、何が何やら判らぬ侭に敗走を喫した。
何より、万が一にも人質に取られては全く手出し出来ない。
だからこそ今回は、打開策を講じている。


「独眼竜、ワシは最初から出る。三成の目に留まりやすいよう、前線に」
「OK、最初からそのつもりだ。陣は大きく三つに分ける。
 アンタ率いる囮組、まぁ陽動隊だな。それからオレが率いる本隊、そして小十郎が率いる別動隊」
「了解した。別動隊はおもに何を?」
「敵の包囲、及び大谷の確保だ」
「なるほど、これだけの大軍をうまく分けたな。…ところで三成は、」
「殺しゃしねェよ、安心しな」


念を押す家康に対し、片頬を上げ答えた政宗は次いで


「奥州筆頭、伊達政宗、推して参る」


地を這う低音で名乗り上げる事で自ら決戦の火蓋を切り
馬の脇腹を鐙で蹴りつけ怒涛の進撃を開始した。
一斉に動き始めた隊列を先導する政宗からは、時折稲光のような覇気が奔り
それを見た後続の者共はますます奮い立つように得物を振り上げ軍馬を疾駆させ
その勢いたるやまさに嵐そのもので、別方向から進軍させていた家康でさえ目を瞠りながら
此方も負けては居られんと、三河の同朋達を大音声で叱咤し、三成を目指して激走する。
すると案の定、逸早く家康に気付いた三成が、一瞬で豹変激昂し
呪詛でも唱えるかのように憎々しく家康の名を叫びつつ
周囲の事などまるで見えない、否、一切遮断したかの如く一心不乱に疾走して来た。
置き去りにされた石田軍勢の先行騎馬隊が遅れて後を追って来るものの
よもや馬より速かろうかという三成の速度に追いつける筈もなく
いまだ各々の軍勢がぶつかり合わぬ内、早くも家康と三成の因縁の対決が始まる。


「家康、貴様ァ…!秀吉様を弑した凶行に飽き足らず、独眼竜と手を組んでまで私の命が欲しいか…!
 その下劣…恥を知れ!そして私に誅戮されろッ!!!!」
「違うんだ三成!ワシはお前を…!」
「黙れ!貴様の全ての言動を拒否するッ!!」


全く聞く耳を持たぬ三成は、家康の言葉を遮り
憤怒と憎悪に塗れた形相で前傾姿勢となり抜刀の構えを見せると
目にも留まらぬ速さで懐に飛び込みざま、鋭く一閃。
されど寸前に見切った家康は分厚い防具を纏った拳で其れを凌ぎ
自虐的な思い込みをしている三成の誤解を解こうと口を開きかけるが
やはり其れを許そうとしない三成の猛攻に阻まれ、何も伝える事が出来ない。
やきもきしていると、追いついた石田騎馬隊と己の背後に居た軍が己を追い越して衝突し
ワァワァと凄まじい怒号と刃金同士が激しく鬩ぎあう喧騒は瞬く間に拡大。
おまけに幸村から引き離す事に成功した筈の三成の後方から、


「三成殿ぉお!今、助太刀致しますぞッ!!」


紅い鉢巻を翻しながら、二槍を手に騎乗した幸村本人が現れたから、さあ困った。
のっぴきならぬ此の状況では、紅蓮の鬼とも謳われた男の対処など到底出来ぬ。
まして、決戦前に「絶対に幸村には手出し無用」と
それはそれは厳しい竜のお達しが家康のみならず全ての者達へとあったのだから、尚更だ。
いよいよ焦った家康は、とりあえず合流を遅らせようと後退りかけるも
俄か、横合いから蒼白い雷電が奔り


「おっと、アンタの相手はこのオレだ」


幸村の馬の脚を止めさせ、現れたのは、三爪を構える政宗である。
率いていた本隊は、城前に取り残された石田軍本陣を叩いているようで
要するに、三成と同じように部下を置いて此処まで飛んで来たのだろう。
この混戦の中、よくもまぁ幸村を見つけ出し迅速に動けたものだと、思わず家康は感心した。
(然もあらん、誰よりも幸村の動向に目を光らせていたのは政宗だ)


「ッ!貴殿は、あの時の…!」
「Yeah…この間の事は覚えててくれてンのか?嬉しいねェ…
 ついでに昔の事も思い出してくれりゃあもっとイイんだがな」
「…?何を申しておるか判らぬ!それより、某の邪魔立てを致すな!其処を退け!」
「Hmm、嗤わせンな。通りたきゃ、力尽くで通って行きなァ!」
「っぐ!!」


語尾を強めると同時に繰り出された政宗の三爪を、交差させた槍で辛うじて受け止めた幸村は
小さく呻いて歯を食い縛ると、負けじと其れを弾き返し
体勢を崩す政宗に向かって右槍を突き出す。
だが政宗は上手く避け、息つく間もなく幸村が反対の槍で連撃しようとする前に、馬を目掛け刀を投擲。
脚に命中した事で馬は甲高く嘶いて素っ転び
無論巻き添えを食った幸村は地面へと投げ出され
全身を強打した衝撃が予想外に堪えたのか、顔を思い切り歪めて暫くの間蹲る。
その隙に政宗は悠々と馬を降りて自身の刀を回収すると
幸村が起き上がるまで手出しはせず、じっと待って居た。


「、、貴殿…卑怯なのか、ゴホッ、そうでないのか…」
「Well…どっちだと思う?」
「ッ、揶揄うな!」


それにしても戦場で刀を投げて使うなど、聞いた事もない… 
おまけに此方を揺さ振り掛けるような言動といい、何と戦い慣れした、そして底知れぬ男か…!
これは一筋縄ではゆかぬ相手だと判じた幸村は
短く吼えて二槍を構えると、ボツ・ボツ、と火を纏わせる。
それを見た政宗は、紅蓮の炎は健在かと、無意識の内に口角を吊り上げ


「Ha…!こうしてアンタとヤり合うなんてな…妙な気分だぜ」


自らも初っ端から全力とばかりに刀にバチバチと雷を漲らせると
瞬時に間合いを詰め、幸村へと強烈な三爪を振り下ろす。
一方の幸村も渾身の力で技を繰り出し、バチッ!ガキッ!と
火花を交えた常人ならざる壮絶な激突が勃発。
それを横目で見た家康は、正直、感心を通り越して驚嘆していた。
あれだけ幸村の事を溺愛し、「手出し無用」と傷を付ける事すら厭うていたというのに
この容赦の無さは、一体何なのだと。

(…いや、傷をつけるのすら己でなければ許せないのか)

歪んでいようが何だろうが、それだけ相手を想っているという事だ。
此処で漸く政宗の並々ならぬ情の深さを目の当たりにした気がして
家康は真摯な顔付きで三成へと口を開いた。


「三成…もうやめにしないか」
「…何だと?」
「何のつもりでお前が真田を手元に置いているのか、何となく判る。だが、触れてはならん絆もあるんだ」
「…貴様が、、貴様が其れを云えた義理かァアアッ!!!!」


私からッ、世界から秀吉様を奪った大罪人の貴様に「絆」を説く道理も権利も資格も無いッ!
と吐き捨てた三成は、禍々しい殺気を滾らせ家康へと襲い掛かる。
今にも血反吐でも吐きそうな程の痛々しい訴えを否定も肯定もしない家康は
苦渋に満ちた顔で防戦ばかりに徹する。
さっきからその様子をチラと気にする幸村は
政宗と戦いながらも、機あらば三成の元へ馳せ参じようと、何処か焦っており
記憶を弄られ操られているとはいえ、そうやって三成の事ばかりに気を取られ
此方を疎かにするなど、政宗に云わせれば、まことにまことに、腹が立つ。
例え一瞬でも、視線や意識が己から逸らされるのは、どうしたって我慢ならなかった。
いやしかし、現状は政宗が思い描いていた通りの展開である。
幸村の意識は三成へ、三成の意識は家康へ、家康の意識は三成へと向いている
つまり、不意の政宗の行動を止められる者など、誰も居ないという事だ。


「………」


ニィと音も無く薄い唇を弧にした政宗は
幸村の腱の切れた方の脚を意図的に狙って足払いを掛け転倒させると
背面の警戒など全くせずに家康へと猛進する三成の背後から
的確に右腕を狙い澄まして恐ろしい一振りを放つ。
寸後、高く宙を舞う、腕。
刀を握った侭の其れは、途中から三つに分かれボトボトと鈍い音を立てて地面へと落下した。
暫し、何が起こったのか理解出来なかったのか
三成は翻した筈の己の刀がいつまで経っても家康を斬り刻まない事を訝しがり
次いで、憎い仇が驚愕の面持ちで右腕を凝視しているのを見て己の腕を見遣り
其処で漸く、二の腕の半ばから下がいつの間にやら消失している事に気付いた。
途端、思い出したように凄まじい激痛が、鋭利に切断された切り口から脳天まで突き抜け
ガクと膝を折って出血夥しい傷口に左手を宛がい政宗を睨み上げる。


「…ッぅ、ぐ…!おのれェ、、伊達政宗ェエ!!」
「Shut up、気安く呼ぶンじゃねェよ。黙って刻まれてろ」
「ぐぁッ!!」


恨みがましく歯軋りする三成を冷徹に一蹴し
残った方の腕も情け容赦なく斬り飛ばした。


「三成!…な、なんて事を…!ッ独眼竜!話が違うぞ…!!」
「ああ゛?オレが約束したのは命だぜ?誰が五体満足で生かしてやるっつったよ」


後は両脚ブッた斬って終いだと、詰め寄る家康を軽く往なした政宗は
今や地に這い伏し此方を睨み上げるだけしか出来ない三成の下肢へと切っ先を向ける。
しかし、


「…よくも、よくも三成殿を…ッッ!!!!」


呆然と立ち尽くしワナワナと震えていた幸村が
かつてない殺意を纏い泪を流しながら、我武者羅に突っ込んで来た。
咄嗟に応戦する政宗だが、鬼気迫る幸村の攻撃はこれまでと違い半ば捨て身である。
迂闊に反撃すれば、避ける事をしない幸村の急所によもや当たりかねないと
チッ、と舌を打ち苛烈な矛先を弾き防ぐだけに留める。
されど三爪しかない状態で、本気の幸村の槍をいつまでも受けきれる訳もなく
幾度目かの一撃で兜が飛び、次の一撃で腕の鎧が裂け


「…ツっ!」


三度目の其れは避けきれず腹を突いた。


「…Shit…ッ、オレとした事が…」
「はぁはぁっ、はぁ!」
「腹に穴なんざ、アンタと一緒、じゃねェか……クク…それもイイな…」
「っ!!」


ドクドクと血の止まらぬ腹を指しながら、薄らと笑みすら浮かべて呟く男の言葉に
何故腹の傷の事を知っているのだと、幸村は目を見開き問い質そうとしたが
「政宗様!」と険しい声が飛んで来て、誰だと其方を向けば、強面の男が血相を変えて走って来る。
しかもあろう事か、拘束した大谷を連れて。
新手の敵か、と政宗の腹から槍を引き抜こうとした幸村であったが
それより前に、およそ戦場には似つかわしくない
おかしくて堪らぬという哄笑が、緊迫の空気のなか不釣合いに響いた。
ヒィヒィと、いつまでも狂ったように狂喜するは、誰あろう、大谷である。
一体何事かと、唖然とする皆の前で、漸く哂う事をやめた大谷は
最高の策が成功したかのようなしたり顔で幸村の方を見遣ると


「よくやった、竜の半身よ。さぁ、とくと見よ!ぬしが抉ったは誰の臓腑かを…!」


面白くて仕方ないといった具合にそう云うなり
自身の周囲を漂っていた数珠に手を触れる事もなく高々と掲げてみせ

直後、強い光が瞬いた。


「…ッ!!」


目を瞑る暇もなく強烈な閃光を直視した幸村は、ビクリと硬直し
そして今までに経験した事もないような現象に襲われ、指一本と動かせずに居た。
己の脳裏に、これまで失っていたと気付きもしなかった何もかもが一挙に押し寄せ
鮮烈鮮明な記憶の、修正が、それも一瞬で、強制的に行われる。
いつの間にか光が消えて周辺の景色が視界に戻って来ても
頭の中は酷く混乱していて、全く状況の整理が追いつかない。
だが、しかし、握った槍の重さは本物で
それが何某かを捉えている事だけは、ハッキリと判る。

…恐る恐る、幸村は其方へと視線を向け、そして、見た。

(……あ…、そんな…、…そんな…莫迦な……っ)

己の槍が、一体誰を貫き、誰の血で染まっているのか。


「……あ、…あぁ、あ…!、ッァああ゛ァア゛ア゛!!!!」


迸った慟哭は凄まじく、激闘を繰り広げていた者達の耳にも其れは届き
誰もが攻撃の手を止め、声がした方へと振り向いた、その直後である。
突風を伴った熱波がドッと逆巻き押し寄せ、数多の兵達が吹き飛ばされて尻餅をついた。
特に、幸村の周囲が著しく、そして熱い。
本能的に身の危険を感じた家康は逸早く三成を抱え其の場を離脱し
片倉も政宗を連れ戦場の外れへと一旦引く。
果たして異変の原因が幸村と気付いた者がどれだけ居ただろう
否、気付けたとしてももう遅い、ほんの数秒後、爆発的に燃え上がった赤黒い炎が
瞬時に辺りを覆い尽くし、巻き込まれた者共は、悲鳴を上げる間もなく焼け死に炭となった。
其の未曾有の大火は瞬く間に轟々と勢いを増し
逃げ遅れた者は片っ端から真っ黒な消炭と成り果て
戦場はもはや戦どころではなくなり、皆一斉に武器を捨て慌て転げ炎から逃げた。


「ヒャッヒャッヒャ!燃やせ燃やせ、全てを燃やせ!
 我はこれを待ち望んでいた!竜の破滅は即ち大凶事!斯くも不幸な事はない!!」


大混乱と大禍に呑まれる惨状を嬉々として傍観しながら、まるで言祝ぐように喜ぶ大谷は甚だ下衆であり
近くに居た片倉はピクリと青筋を浮かべ、「この糞野郎」と唸り刀に手を掛けるも
其れを制するように片手を上げた政宗が、肩を貸す片倉からゆっくりと離れ、口を開く。


「破滅…?嗤えねェjokeだな…オレも幸村も、まだ死んじゃ居ねェんだよ」
「なんと、まだ息があったか、しぶとい奴め。だがまぁ、時間の問題であろ。
 そしてぬしの半身はあのザマだ、もう誰にも止められぬ。
 全てを滅ぼした後、あれもやがて命尽きるだろう」
「Don’t be a fool… ピーピーと、よく喋る野郎だ… いいからもう、テメェは死ンどけ」


目障りだ、と云い捨てた政宗は、何処にそんな力があったのか
苛烈な雷撃を放ち浮遊していた大谷を打ち落とすと同時に
首と胴をいっそ清々しいまでにスッパリと綺麗に両断した。


「!!」
「、ぐっ、、」


絶命に気付く間もなくゴロゴロと何処ぞへと転がって行った白い頭部になど見向きもせず
刀を収めた政宗だが、苦しげに呻いて片膝をつき、片倉は慌てて駆け寄った。


「無茶をなさる…!傷が拡がってしまいますぞ!」
「…うるせェ…、ンなこたァ、どうだっていいんだよ…
 ……早く、…アイツ…を……、、」
「、政宗様?…ッ政宗様!!」


血の流し過ぎだ。
重傷を負っていながらあれだけ動けば意識を失うのは当然である。
寧ろ生きている事自体が不思議と云えた。
片倉は常の冷静さを欠いた焦燥状態で主を担ぐと
此度の戦に随従させた侍医、かつて瀕死の幸村を救った吉野が居る天幕へと急いだ。

 

―――――――――

 

三日三晩続く黒炎は、草木の一本に至る全ての物を只管に焼き尽くし
吹き寄せる熱風は十町先(約1km)まで届き、其処行く者が鼻面に汗を滲ませた程である。
まさに地獄の業火だと、果たして誰が云ったか。

既に石田軍は散り散りとなっており
(それもその筈、肝心の大将の両腕は削がれ、其の身柄は仇敵である家康が保護しているのだから)
片倉の判断で、奥州軍には撤退の指示が出されて居たのだが、いまだ多くの兵達が残っている。
このような状況になっても尚、幸村の戻りを信じ願う者達が、自らの意思で残留を決めたのだ。


「ずっと、この調子か」
「…はい」


傷の経過も良く、起き上がって歩けるまでになった政宗はまず一番に、幸村の様子を確認した。
一歩幕の外に出れば凄まじい光景は変わらず其処にあり、グッと眉を寄せる。
あの炎は、幸村が普段の戦で槍に纏わせるような輝かしい闘気の炎ではない。
もっとずっと壮絶で、悲壮で、何もかもを拒絶し絶望する、鉛の如き重さの其れ。
恐らく、己の命そのものを削り燃やしているのだ
此の侭では大谷の云った通り、いずれは命を落とすだろう。


「……まったく、しょうのねェ奴だ」


小さく溜息を零した政宗は、何を思ったか、全身をバチバチと白雷で覆い
全く悲観や不安など感じさせない声音で呟くと、徐に歩き始める。
其れを見てギョッとしたのは片倉だ。


「政宗様?!一体なにを…!」
「Ah〜?決まってンだろう。あのバカを連れて帰るのさ」


慌てて後を追い食い下がる片倉に対し、政宗はニヤリと口角を上げて見せると
制止を無視して焦土と化した地、絶対不可侵の炎の中へと何の躊躇も臆面も無く踏み込んだ。
片倉だけでなく、その場を目撃した誰もが愕然とし、「嗚呼…」と頭を抱え目を伏せる。
あの炎の恐ろしさは、皆よく知っていた。
政宗が目覚める前、何人かが幸村を救わんとて炎の中へ身を投じたのだが
一歩と進まぬ内に骨まで焼け焦げたのだ。
さすがの竜とて、もう二度と戻って来ぬやも知れぬ…


「…いやしかし、幸村様をお救いする事が出来るのは、やはり…」


政宗しか居ない、そんな確信があった。
なればと片倉は其の場へと正坐し、二人の帰りを待つ事だけに専念した。


 

一寸先は闇、と云う言葉があるが、此処はまさにそれであった。
行く手は見えず、激しい炎が進行を阻むかのように容赦なく襲ってくる。
躯を雷の鎧で守っていなければ、僅か数瞬で灰になるだろう。
されど、政宗は進んだ。
全てを焼き払う火の海の中、一度も立ち止まらず
悠々と、あるいは堂々と、いつものような不遜さで。
何の道標も目印も無かったが、自然と足は迷い無く進み
赤黒く燃え盛る炎が時折ボツと音を立てて爆ぜ、その勢いが一段と激しくなって来た頃
隻眼を眇めた先に、漸く、見つけた。


「幸村」


名を呼べど、返事は無く、小さく小さく子供のように蹲る幸村は
酷く怯えているのか、それとも政宗の声が聞こえなかったのか、顔を上げようともしない。
其れをどう捉えたのか、政宗は緩やかに笑み、ゆっくりと歩み寄って


「Hey、いつまで拗ねてやがる。いい加減、奥州へ帰ろうぜ」
「……!!」


こんな殺風景な場所じゃなく、あったけェ朱燐の間にな。と、
塞ぎ込む栗色の頭の上に左手を置き、くしゃりと撫ぜた。
まるで、いつぞやの織田との戦で右腕を失った時に、噎び泣く幸村を慰めた、あの穏やかさで。
その瞬間、大きく双眸を見開いた幸村は、次いで政宗の姿を見とめると
大泣き寸前の赤子のように顔をくしゃくしゃにして唇を戦慄かせ


「…っ政宗殿…!」


ありったけの想いを込めて名を呼び返す。
政宗は満足気にニヤと口端を上げ、力強く幸村を抱き起こした。

而して、頃合い良く吹いた一陣の風に、決して衰える事のなかった黒炎が
あたかも蝋燭の灯りを吹き消されるが如く、フッと消失し
今この時を以って、全ての落着を迎えた朝を照らすは、紛れもない暁光であった。


 


【8へ続く】


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あとがき

ふおあ〜!書き切りましたぞお館様ぁあああ…!(灰)
(きりがいい所までと思って書きましたら、結構なボリュームになってしまい、申し訳ありません;)
えーと、、まずは三成ファンの方、そして大谷ファンの方、すみませぬorz(土下座) 筆頭の怒りは止められませんでした^^;
次回、いよいよ最終話です!

2012/10/06  いた。