※「走れメ■ス」のパロです。 
 王様:筆頭、メ■ス:幸村 で推して参りつつ、世界観は適当に戦国?風にアレンジしてます; ご注意を!

 

 


 

 

幸村は激怒した。
必ずや、かの邪知暴虐の男を討たねばならぬと決意した。

 

『走れ幸村』

 

幸村は武士である。
愛槍両手に陣中を駆け、華々しい魁の功名は数知れず
そのうえ侠骨精神あふるる実直な男ときたものだから、周囲の者達からは好かれていた。
いささか短絡かつ単純な思考と若さ故に若輩者と侮る者も居たが
中々どうして、その熱血漢とも云わしめる勇往邁進ぶりは誰もが認めるものであり
易々と真似できるものではなかった。

幸村はこの程、遠く離れた他国、奥州の地を訪れていた。
己が仕え敬愛する主の誕辰を祝う賀宴が近々催される為
何か一風変わった珍しい物を献上したいと思い立ち
異国渡来の品々がよく出回っていると評判であるこの市場へ、はるばる足を運んだのである。

「…むう、目移りしてしまうな…」

見世棚に並んだあれやこれやを興味津々に吟味しつつ、市場の端から端までをゆっくりと歩いて往復し
日ノ本では見た事もないような毛色の毛皮やら、手の込んだ細工が施された調度品など
これはと思った物をいくつか見つけると、惜しげもなく大枚をはたいて買いつける。
(この日の為にあらゆる倹約に努め糊口を凌ぎ、金子を準備した幸村であるが
 「俺様のお給金は?」という雇われ忍の切実な訴えを爽やかな笑顔でもって黙殺したのは、また別の話)
大荷物を背に負って、折角の奥州である、物見遊山とまでは云わぬから
色々と見て廻りたい、いや本心を云えば巷で小耳に挟んだ、なにやらとか云う餅を食したい。
その為に、実は小銭を残してある。大好きな甘味が絡むとこういった計算は素晴らしく良く出来た。
少々浮かれ調子に大通りを歩いて、目当ての甘味処で楽しく一服し
さて満足したところでそろそろ出発するかと帰る路の途中、幸村は町の様子を怪しく思い足を止める。
どこか、ひっそりしているような気がしたのだ。
すでに陽は暮れて、町の仄暗いのは当たり前なのだが
けれどもそれは、近付く夜の気配のせいばかりでは無く、この広い城下町全体が、やけに寂しい。
元気が取り得の幸村も、だんだん心許無くなってきた。
そこで路すがら、若い町人をつかまえて、何かあったのか
仮にも城下町ならばもっと賑やかで然るべきであろう、と訊ねた。
しかし誰もが目を反らし、固く口を噤んで答えようとしない。
ならばと幸村は、近くに居た老爺に、今度はもっと語勢を強くして同じ事を訊ねた。
が、やはり返事はなく
それでも幸村は諦めずに真摯な表情で老爺と向き合い、もう一度重ねて問い質す。
すると老爺は、あたりを憚る低い声で、わずか答えた。

「独眼竜、政宗様は…戦に限らず、人を殺めます」
「なんと!それは聞き捨てならぬ、なにゆえ殺めるのだ!」
「悪心を抱いている、と云うのですが、誰もそんな、悪心など持っては居りませぬ。
 しかし問答無用とばかりに、まずは父君を。それから側室と、その御子様を。
 そして御令室とご自身のお世継まで。更に弟君、次は母君を」
「よもや独眼竜殿はご乱心か…!」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を信ずる事が出来ぬ、と云うのです。
 この頃は、臣下の心をもお疑いになり、たとえ古参の賢臣であろうとも
 人質をひとりずつ差し出す事を命じて居ります。ご命令を拒めば打首か磔にされます。
 今日は、六人です…」

聞いて、幸村は激怒した。

「左様な非道極まりなき男、生かしてはおけぬ!!」

幸村は直情径行な漢であった。そして小難しい事は考えぬ。策も弄さぬ。ただ己の信念を貫くのみ。
大きな荷物を背負ったまま、ずんずん城を目指し、目を丸くする門番を蹴散らして、

「天!覇!絶槍!!この幸村、逃げも隠れもせぬ!独眼竜殿、出て参られよ!」

目立つ長槍は生憎と置いて来てしまっていたので、柄の短い手槍を小気味よく振り回し
「ちょっと旦那本気?!」という影からの声も耳に入らず、朗々声高に吼えながら
続々と駆けつけてくる衛兵達を、百戦錬磨の槍さばきで次々に打ち倒した。
さすがの腕っ節である。
なれど状況が悪かった。
ここが戦場であり、味方さえ揃っていればいざ知らず
たった一人、敵城のど真ん中で、何が出来ようか。
案の定、すぐに取り押さえられ、城主の前へと引き出された。

「Well,well well. きゃんきゃん煩ぇ子犬が迷い込んで来やがったと思ったら、とんでもねぇ暴れ馬じゃねェか。
 何が目的か知らねェが、これだけ好き勝手したンだ、ただで済むと思うなよ?」

暴君政宗は静かに、けれど残酷に凄んだ。
その顔は端整であるが慈悲を持たず、刻み込まれた眉間の皺は深く、冷たい炯眼は何者をも寄せ付けない。

「某は幸村と申す。この町を暴君たるおぬしの手から救うため参った。いざ尋常に勝負致せ…!」
「…Ha?」

幸村は少しも怯む事無く真っ向から勇んだが、政宗は薄く嘲笑し、吐き捨てる。

「救うだと?おめでてぇ奴だ。テメェに何が判るってンだ?」
「判らぬ!」

幸村はいきり立って反駁(はんばく)した。

「人の心を疑うは、最も恥ずべき悪徳にござる!これまでのおぬしの行いは聞かせてもらった…
 皆の忠誠さえ疑って居るようでは、国主など務まる筈もない…!」
「疑うのが正当な心構えだってオレに教えてくれたのは、お前が云うその『皆』とやらだぜ。
 人の心なんざ、あてにならねェ。人間はもともと、私慾のかたまりだ。
 裏切る。騙す。貶める。何度でもな。 信じるだけ莫迦を見る」

政宗は諭すように呟き、これみよがしに溜息をつく。

「オレだって、平和を望んでるンだぜ?」
「それは、何の為の平和か?己を守る為か」

今度は幸村が憫笑した。

「疑心暗鬼となり、何の罪も無い人々を殺めておいて、何が平和だと申すか」
「Shut up!」

政宗は鋭く遮った。

「口ではどんな綺麗事だって云える。オレには、人のはらわたの奥底が見え透いてならねェのさ。
 アンタだって、今に泣いて詫びるだろうぜ。じっくり甚振ってから、磔にしてやる」
「嗚呼、貴殿はまっこと悧巧にござるな。せいぜい自惚れて居るが良い。 
 某は命を賭する覚悟で此処へ来た。
 おぬしが期待するような無様な命乞いなどは決してせぬ。 ただ……」

云いかけて、幸村は足元に視線を落とし、少し躊躇った後

「ただ、願わくは、三日間の日限を与えて下され。お館様の誕辰を祝いたく…
 三日のうちに、某は国へ戻って祝宴を張り、必ず、ここへ帰って参る」
「…Are you joking?」

政宗は堪らずクツクツと低く咽喉で嗤った。

「逃がした小鳥が帰って来るって?」
「いかにも。帰って来るのでござる」

幸村は必死に食い下がった。

「約束は守る。どうか某を三日間だけ許して下され。どうしてもお館様に会わねばならぬ。
 …そんなに信じられぬなら、良かろう、ここに刎頸(ふんけい)の交わりを持する者を呼ぶ。
 名は佐助と申す。其奴を人質として置いて参ろう。
 某がもし、三日目の日暮れまでに戻って来なければ、其奴の首を刎ねるがよい」

そう潔く啖呵を切る様を見て、政宗は、残忍な心持ちでほくそ笑んだ。
随分と生意気な事を豪語しているが、どうせ帰って来やしない、そう決まっている。
ならばこの寒々しい嘘をつく熱苦しい男の話を信じた振りをして、云う通り、放してやるのも一興。
そうして身代わりの男を、三日目に散々痛め付けて殺してやるのも気味がいい。
人は、これだから信じられないと、いかにも悲しい顔をして
世の中の、正直者だとか正義漢づらする奴らに、しっかりと見せ付けてやろうではないか。
人の世のまっこと醜き事を。

「OK、その願い聞いてやる。佐助とやらをすぐに呼びな。
 So?ちゃんと三日目の日没までに帰って来いよ。 遅れたら、アンタの身代わりをオレの手で斬り刻む。
 クク、ちょっと遅れて来な。幸村、アンタを永遠に許してやるよ」
「ッな…!何を申すか!!」
「HAHA!命が惜しけりゃ遅れて来いっつってンだよ。テメェの心胆なんぞお見通しだ」
「〜ッ!!!!」

幸村は悔しさのあまり拳を強く握って顔を紅潮させた。ものも云いたくない。
ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべる暴君政宗から一旦距離をおいた幸村は
自身の影に向かって「佐助」と声を掛ける。
すると、忍らしく音も無く、まさに煙のように姿を現した男が、訳知り顔で口を開いた。

「なるほどね、一度帰って大将に事情説明して
 援軍引き連れて戻って来るって寸法?うんうん、旦那にしちゃ賢いかな」
「たわけ。左様な卑劣をすれば、それこそあやつの思うつぼ…
 否、あやつと同類になる。 俺を卑怯者にしたいか佐助」
「…はあぁぁ……絶ェェェェッ対、そう云うと思ったよ」

長い付き合いである。幸村の性格をよく知っているだけに、
佐助は殊更軽口めかして云って見せたが、やはり説得できる気配はない。

「ま、いざとなったら変わり身の術でどうにかするし」
「ならぬ。それでは意味がないのだ。判るな?」
「……へいへい、判りましたよ、判りましたから、そんな恐い顔しなさんなって」

至って大真面目な顔をして釘を刺してくる幸村を宥めるように両手で制した佐助は
「それじゃ捕まってやりますかね」と肩を竦めて見せた。
佳き主従である。
佐助はすぐさま縄打たれ、幸村は振り返る事無く出発した。
濃く更けた夜、空は綺羅の如く星が輝いている。
幸村は一睡もせず帰路を急ぎに急いだ。
馬に無理をさせ、漸く甲斐の館に辿り着いたのは、明くる日の午前。
陽は高く昇っており、下男下女達が忙しく働いている姿が目に入るも
いつものように親しく話をしている暇などない。
荷を降ろした途端倒れ込んだ馬を「よく耐えてくれた」と厚く労い
急ぎ館の中に飛び込んで、「お御足を…!」という下女の声も無視し
汚れた足を適当に払って主の居間の前で平伏した途端、中より「幸村」と声を掛けられ
若干驚きながらも静々と襖を開いて座敷へ上がった。

「早かったのう幸村よ。かの地はどうじゃった」
「…はっ!異国の物が溢れ、まこと華々しく…!」

其処で何があったのかをまさか気付かれる訳には行かず
大袈裟に声を張って答えれば、僅か信玄の片眉が持ち上がる。
されど何を云われるよりも先に、幸村の方から話しを切り出した。

「ときにお館様…!実は某、奥州に所用を残して参った次第!
 然らば、お館様のご誕辰の祝宴を、明日にでも執り行いたく……!!」
「明日か。それはまた急だの幸村よ」
「は!どうしても、明日でなくては、なりませぬ!」
「なに故じゃ?」
「云えませぬ…!」
「ふむ…」

傍から聞けば滅茶苦茶な云い分であるが、信玄は腕を組み
暫し考え、柔らかく笑んでこう云った。

「幸村、おぬしが其処まで我を通そうとするのは初めてじゃの」
「…いかにも…!なればこそ、是非、某の我が儘を通して頂きとうございますれば…!!」
「よかろう。おぬしの好きにせい。ただし家臣達の説得はおぬしが自分でやるのだぞ」
「ッ御意!!!!」

幸村の一途な勢いに根負けしたのか、信玄はとうとう妥協した。
感極まった幸村と、深く頷いた信玄の、
「お館様ぁああああッ!!!」「幸村ぁああああッ!!!」
といういつもの掛け合いが幾重にも館に響き渡った。
そして幸村は座敷を辞すると、腰を落ち着ける暇もなく
家臣達を説き伏せるために駆けずり回る。
当然、難儀した。
それはそうだ、予定の日はまだ先なのだから、何の準備も出来ていないし
そもそも、日取りを前倒しにする意味が全く判らぬと、みなが渋った。
そこを何とか!この通りでござる!と深々頭を下げて頼み込み
やっとの事で了承を得られたのは、とっぷりと陽が暮れた頃である。
それでも幸村に休む時間などありはしない。
大急ぎで大座敷の席を調え、己が買い揃えていた献上の品を見栄えよく飾り
まだまだする事は山ほどあるからと、あれやこれや館中の者達に指示を飛ばして
下働きの連中が面食らうのも構わず自ら率先して手伝い
その猛烈な奮闘のかいあって、深夜、宴の段取りをあらかた終わらせる事が出来た。
これならば、あとは明朝から酒と料理の準備をするだけである。上出来だ。
そう安堵した途端、どっと疲れが押し寄せて
まるで糸が切れたように幸村はその場へ倒れ込み、ピクリともせず深い眠りについた。

夜が明けると、外は薄暗く、妙な空模様であった。
どうにかこうにか全ての仕度を済ませ、正午過ぎ、急拵えの宴が始まる頃には
重たげな雲が黒々と空を覆い、ぽつりぽつりと雨が降り出して、やがて滝の如き滂沱の雨となり
広い庭には瞬く間に庭潦(にわたづみ)が出来上がった。
祝宴に列席した面々は、何か不吉なものを感じたが、天の機嫌まではとれぬと思い
各々気持ちを引き立てて、酒を酌み交わし、唄を囃(はや)しては熱く語らう。
幸村も、いつからか政宗との約束さえ忘れ、満面に笑みを浮かべて楽しんだ。
夜の帳があたりを包めばいよいよ宴も酣(たけなわ)となり、誰も外の豪雨の事など気にしなくなった。
幸村は、ずっとこのまま此処に居たい、この者達と共にこれからもお館様に仕えていきたい
そうしみじみと願わずにはいられなかったが、今は、己の躯であって己のものでは無い。
儘ならぬ事である。

「……っ…、」

ぐるりと一度座敷の中を見渡して、皆やお館様の和気藹々(あいあい)とした様子を眺めていると
しっかり腹を決めていた筈なのに、いとも容易くぐらついた。
出来るならば、もう少しでも永く、ここに留まっていたい。
紅蓮の鬼と謳われる幸村とて、未練の情はあるのだ。
それでも、幸村は己を奮い立たせ、とうとう決意を固めると
上機嫌に酒を呷っていた信玄の側らに寄って深く平伏し

「お館様、まっことめでたき事にございますれば、某、心よりお慶び申し上げる。
 なれどそろそろ酔いが廻って来た次第… ついては一足先に下がらせて頂きとうござる。
 明朝は、かねてから申し上げていた通り、奥州へ参る所存…大切な、大切な用向きがあり申すゆえ……」

すると信玄はやんわり頷いて、頑なに下を向く幸村の頭をわしわしと豪快に撫ぜた。
幸村は、俄かに泣き出しそうになったのを、何とか堪えた。
お館様は果たして、何もかもを見通して居られるのやも知れぬと思うと
また目頭が熱くなり、懸命に泪を我慢する。
宴席を離れ、居室に戻った幸村は、せめて英気を養うため、昏々と眠った。

眼が覚めたのは翌日の明け方である。
幸村は跳ね起きた。
しまった、寝過ごしたか、いやまだ大丈夫、すぐに出発すれば約束の刻限までには十分に間に合う。
今日は是非とも、あの暴君に、人の信実の存するところを見せてやらねばならぬ。
そして笑って首を差し出してやるのだ。
そう思えば、枯れたと思っていた気力も自然と湧いて来て、幸村は手早く身支度を整え外へ出ると
厩(うまや)から愛馬を連れ出し、ひらりと軽やかに飛び乗った。
雨はいくぶん小降りになっている。

「さて、行くか…!」

幸村は両手の手綱を撓らせ、小雨の中、矢の如く馬を駆った。
今宵殺されると判っていながら、殺される為に行くのである。
身代わりとなった佐助を救い、暴虐なる政宗の邪智を打ち破ってやるのである。
細い畦道を抜け、広い野をつっきり、いくつか農村を通って
山道を越えた頃には雨もやみ、陽もかなり高く昇って来ていた。
そろそろ馬を休ませる必要がある。
確か程なく行った先に川があった筈だ…と足を進めた幸村は、はたと立ち止まった。

「…なんという事か…!」

前方に見える川はもはや、幸村の知る川ではなかった。
昨日から降り続いた豪雨により、増水氾濫した川は轟々と恐ろしい音を立てて荒ぶる濁流となり
橋桁を木っ端微塵に吹き飛ばし遥か下流へ押し流してしまっていた。
幸村は呆然とあたりを眺めまわし、誰ぞ探したが人っ子一人見つからず
頼りの渡し舟とて浪にさらわれており影も形もない。
まさしく災難である。
さすがの幸村も荒川を鎮める神通力など持ち合わせておらず、どうしたものかとまごつく間にも
流れは益々ふくれ上がり、もはや内海にすら見える。
幸村は焦った。
先へ行くにはどうしてもこの川を渡らねばならぬ
このまま此処で立ち往生し、いたずらに時を無為にすれば、佐助の命が無い。
そんな事は断じてならぬと唇を噛みしめようとも、目の前の激流は、まるで幸村を嘲笑うかの如く勢いを増し
浪は更に大きな浪に呑まれ、逆巻きぶつかり合い、飛沫を散らし、止まらない。時間も。

「〜ッぬぁあああ!!この幸村、決して諦めぬ!!!見ていて下されお館様ぁあああ!!!!」

咆哮した幸村のその意気やよし。
川岸に馬を残し、単身、荒れ狂う川の中へと飛び込んだ。
いかにも、泳ぎ切るつもりなのである。無謀と云うより他にない。
しかし幸村は、突風のように全身を叩く奔流に果敢に立ち向かい
渾身の力を腕に込め、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、えいなにくそと掻き分け掻き分け
めくらめっぽう獅子奮迅の姿を見せ、驚嘆な事に、対岸へと見事泳ぎ切った。人間技ではない。
気息奄々(えんえん)ながらも、ぶるりと一つ大きな胴震いをした幸村は、すぐにも先を急いだ。
ほんの一寸たりとて時は無駄にできないのである。
陽は既に西に傾きかけていた。
健脚逸足を自負する幸村をしても、いくつか峠を越えた頃にはぜえぜえと息が切れ
それでもようやっと奥州の国境を越えたその時、突然、目の前に数人の男達が躍り出た。
汚らしい風体からして野臥せり、いわゆる山賊であろう。

「待て」
「何用か。某は急いでいる。陽の沈まぬ内に、城へ行かねばならぬ。そこを通せ」
「どっこい通さねぇ。持ち物を全部置いて行きな」
「某には、命の他には何も無い。そのたった一つの命も、これから独眼竜にくれてやるのだ」
「ふふん、その命が欲しいのさ」
「…む!さてはおぬしら、独眼竜の命令で某を待ち伏せしていたか…!」

図星か、男達は何も云わず一斉に刃のこぼれた刀を振りかざし、襲い掛かって来た。
幸村は素早く身を捻って躱し、手近の一人をむんずと掴まえ引き倒すと
得物を奪って振り返り

「正義のためだ、観念せよ!」

目にも留まらぬ鋭い一閃は、たとえ峰打ちであろうとも、狼藉者の骨を砕き一撃で昏倒させるに至る。
格が違った。
あっという間に三人を片付けてしまい、残った者達は戦々恐々震え上がって道をあけ
幸村は刀を地に突き刺すと、一瞥もくれずにさっさと走り抜けた。

「はっ、はぁ、ぜぇっ、ハァ…ッ!」

深い森を抜け、なだらかな丘を越え、脇目も振らず一心不乱に走り続けるものの
広大な奥州である、まだまだ先は長い。
ましてや濁流を突破し、山賊を征し、尚休まず走っていては
さすがの幸村とて疲労困憊となり、幾度となく膝が震え、脇腹が切るように痛み、眩暈に襲われる。
いつしか足は遅い歩みとなり、これではならぬと気を取り直しては、よろよろと二三歩進むも
不意に草鞋がぶつりと切れ、そのまま、がくりと倒れこむ。
一度倒れてしまうと、もう、立ち上がる事ができない。

「…うぬぁああ…!」

呻き喚いたところで、鉛のように重く強張った四肢はどうにもならず
汗が吹き出ていたあらゆる処に土埃がまぶりついて
干上がって渇いた咽喉は呼気を繰り返すたびにひゅうひゅうと妙な音を立てる。
苦しい。そして悔しい。
幸村よ、おぬしはそんなやわな男であったか、まだ道半ばぞ、ここまで来て、情けなし…!
これでは佐助を殺されてしまう、あやつを犬死にさせてよいのか
そうなれば、稀代の不信の人間として末代まで嗤われ、まさしく、あの冷酷な独眼竜の思うつぼとなる…!
と己を叱咤してみたが、もはや指先一つ動かせず
歯を食い縛り悔し泪をぼろぼろ溢しながら足掻かんとしても、芋虫のごとく這いずる事さえままならぬ。
こうなると、躯だけでなく気力まで萎えるものだ。
それこそ、勇猛果敢な幸村におよそ似つかわしくない不貞腐れた根性が、じわじわと心の隅に巣食い
最初から無理だったのだとか、もう十分に頑張っただとか
もし刻限に遅れてしまったとしても、佐助ならば恨む事もあるまいだとか
己の都合に良いように、次々と云い訳が浮かんで来る。

「…ふ、ぅぐう゛ぅ゛…っ」

洟を垂らすに任せ嗚咽しながら、挙句の果てには、もうどうにでもなれだとか
後ろ指さされて嗤われても構わぬだとか、捻くれた諦念が頭をもたげ
『ちょっと遅れて来な』という悪鬼の耳打ちがふと、生々しく甦る。
遅れて行けば、身代わりを殺し、幸村を助けると約束した狡猾な男。
幸村は其奴を憎んだ。必ず討つと誓った。
しかし今になってみるとどうだ、この有様は。
あの男はきっと「それ見た事か」と嘲笑い、そして、事も無く幸村を放免するだろう。
もしそうなったら、武士の名折れどころではなく恥曝しだ
一生消えぬ不名誉の烙印に苛まれ、お館様にもあわせる顔がなく、ずっと人目を忍んで生きて行くのだ。
…ああそうだ、もういっそ悪徳者として醜く生き延びてやろうか…
正義や信実や矜持やら、考えてみれば、くだらない。
他者を殺して己の生をもぎ取る。それがこの戦国の世ではないのか。
そうであろう。やんぬるかな。
幸村は地に這いつくばった儘、うつらうつら、微睡んだ。

「…………、……っ、、」

不意に、さらさらと、水の流れる音が聞こえ、幸村は息を呑んで耳をすました。
すぐ側で、水が流れているらしい。
渾身の力を込めて、どうにかこうにか這いずって行くと、岩の裂け目から
こんこんと清水が湧き出ていた。
ありがたい…!
その小さな泉に吸い込まれるように、幸村は頭ごと突っ込み、がぶがぶと音を立てて水を飲んだ。
まるで夢から覚めた心地であった。
今なら歩ける。行こう。そう思った。

「…ッ、くっ…!」

咽喉の渇きと肉体の疲労が少しばかり癒えると共に、気力も取り戻し、何とか力を振り絞って立ち上がる。
いつの間にか斜陽の紅い光が辺りを染め、一面が燃えるばかりに輝いていた。
日没までには、もう間もない。絶望が足音を立ててやって来る。
なれど、たった一人幸村を信じ待っている者が居るのだ。佐助である。
確かに、佐助は幸村が遅れたとて決して恨むまい
だがその佐助を死なせたら、裏切ってしまったら、幸村は人ではなくなる。鬼になる。
よもや腹を切って詫びるなどという虫のいい事など、この期に及んで詮無い事だ。
なんとしても佐助を救って報いなければならない。
そもそも斯様な事になったのは己が原因である、己で責任を取らねばならん。
然らば、先程の悪鬼の囁きは忘れよう。悪い夢だったのだ。

「ッ負けぬ、この幸村、断じて負けぬぁあああっ!!」

再び走りだした幸村の熱い咆哮が、暮れなずむ城下町に響き渡る。
無我夢中の内にようやく町まで辿り着いたのだ。
路行く人々を押し退け跳ね飛ばし、幸村は、燃え盛る炎の勢いで
屋台で屯する呑んだくれや荷物を抱えた商人をぶつかり散らしながら駆け抜ける。
そのすれ違いざま、「今頃は、可哀相になぁ、磔にかかっているよ」
という不吉な会話を耳にし、ゾッと血の気が引いた。
ならぬ、それは佐助の事か、その佐助の為に、こうして死に物狂いで走っているのだ。
もっともっと急がねば、何が何でも遅れてはならぬ
今こそ絆と誠の力を知らしめてやろうぞ。
幸村は、少しでも身軽になる為、ずたぼろになった草鞋と着物を毟り捨てた。
ほとんど全裸である。
風体なんぞこの際どうでもよいのだ、約束の時間に間に合いさえすればそれでいい。

「ゼッ、は…!、かひゅ…ッ、かは…!」

呼吸もろくに出来ず、二度三度、口から血が噴き出した。
すぐ向こうに、城が見える。
もう少しだ。
立派な本丸が、夕陽の照り返しで茜色に眩く光っている。
幸村が走るより早く、どんどん陽が沈んで行くのが判る。
誰かが「もう間に合わない、走るのをやめろ、おまえさんも死んじまうぞ」と叫んだ。
意に介さなかった。
また他の誰かが「あいつはあんたを信じてずっと待ってたぞ、何やってたんだ」と罵声を浴びせてくる。
それも幸村は気にしなかった。
云われずとも、だからこそ、諦めず走っているのだ。
間に合おうが間に合うまいが、命がどうなろうが、問題ではなく
もっとずっと尊く大きなものの為に走っているような気さえした。
最後の死力を尽して走る幸村の頭は既に真っ白に空っぽで何もなく
ただただ何某かの力に突き動かされるように走り続け
とうとう地平線に滲む太陽が全て没し、最後の一筋の残光も儚く消え失せる間際
幸村は、風の如く城内に飛び込んだ。

「待て、殺してはならぬ!幸村は帰って来た、この通り、約束を守ったのだ…!!」

と大声で叫んだつもりであったが、咽喉が潰れて嗄れた声が幽かに出たばかり。
広大な敷地内には、簡易的な刑場がつくられており
いわんや見せしめの為であろう、どっしりとした磔台がそびえ立つ周囲には
集められた群衆があたかも堅牢な塀のように幾重にも密集しているのだが
誰一人として幸村に気付かない。衛兵もだ。
その中心で、縄を打たれた佐助が太い柱に高々と括り付けられ、徐々に吊り上げられていく。
幸村はそれを目にした瞬間、最後の勇を鼓して、今日の濁流を果敢に泳いだ時のように
群集を掻き分け掻き分け、ついに飛び出すと、衛兵の制止をかいくぐり
佐助の足元に縋り付いて叫んだ。

「独眼竜殿!幸村にござる!某は戻って参った…!さあ今すぐ処刑をやめて下され!!」

精一杯の掠れた訴えは、果たして届いたか
民衆や兵士達はどよめき、次いで、「あっぱれ!許してやれ!」と町の人々が口々に囃し立てた。

「旦那ってば来るの遅いよ。俺様もうダメかと思ったぜ」
「すまぬ、だが間に合った」
「よっぽど様子見に行こうかと思ったけど、ちゃんと大人しくしといたんだから、給料上げてよね」
「む?それはまた別の話しだぞ佐助」
「えー!ひっどー!」

それより旦那、なんて恰好してんのさ。と指摘されて初めて、幸村は己の身形を見て
「これは酷いな」と、佐助と共に声を上げて笑った。
何せ身につけているものは六文銭ぐらいのもので、あとは足袋が片方にあるだけで他は丸見え満身創痍である。
いい笑い話ができたんじゃないとニヤニヤしながら佐助は、いともたやすく縄抜けして見せ
衛兵達が瞠目する中、すとんと身軽に着地した。
群集からは拍手喝采である。
二人がなした事は、まことに素晴らしかった。
これであの無慈悲な暴君も改心しただろう、まさか戻って来た幸村を処刑にはすまい
と皆が当然の期待を抱いた時、それは起きた。

「とんだSurpriseだぜ、まさかホントに戻って来るとはな。
 But、喜びを分かち合ってるとこすまねぇが、まさかアンタ、このまま無事帰れると思ってねェよな?」
「っ!?」

床几(しょうぎ)から悠々と腰を上げた政宗が、背後から幸村を羽交い絞めにする。
咄嗟に佐助が暗器に手を伸ばすも、「動くな佐助!」と、誰あろう幸村に鋭く命じられ、ピタリと止まる。
なんで止めるのさと歯痒げに視線を投じた佐助は、はっと息を呑んだ。
静かに頷く幸村の顔には、覚悟しかない。

「はじめからそのつもりで戻ったゆえ、逃げはせぬ。独眼竜殿、いつでも某の首を刎ねるがよい」
「Hyu!いいねいいねェ、命乞いしねえってのもホントみてェだな。堪ンねぇ」

下卑た口笛を鳴らし、耳元でねっとり囁く政宗の薄い唇が幸村の耳朶を掠る。
それを見た佐助は心底不快げに眉をしかめ、再び臨戦態勢を取ろうとするも
僅かに首を振った幸村が
「やめよ、これは俺が決めた事。おぬしはこの幸村の代わりにお館様の元へ行き、生涯仕えよ」
と諭すので、とても快諾できたものではないが、渋々、承知しましたよと唇をとがらせた。
ここで「そりゃないっしょ旦那」と茶化すほど、幸村を甘くみるつもりもないし、矜持を踏み躙るつもりもない。
そのやりとりを見守っていた町の人々は、二人の絆の深さにますます胸を打たれ
「二人とも許してやれないのか」と大声で喚き寛容を訴え始める。
政宗はそれを冷めた横目で眺めつつ、片っ端から斬って捨てて黙らせる事も吝かでないと
恐ろしい事を考えながら

「Hmm、Take it easy. そう騒ぐなよ。心配しなくても殺しゃしねぇさ」

途端に、ワッと歓喜の声を上げる人々を静かに鼻で嗤い(気付いたのは幸村だけである)
固唾を呑む幸村の項をゆるゆると親指の腹で撫でつけ
周囲に聞こえぬ低声で、一言一言を刻み付けるようひっそりと囁いた。

「どうせ一月も経てば、あいつらは今日の事なんざすぐ忘れる。そんなもんだ。
 …それより、アンタなかなか愉しめるじゃねェか。気に入ったぜ」
「っ、!」
「最初から、信実なんぞどうでもいい…オレが唯一興味をもったのはアンタだ、幸村…」

チリと耳朶に痛みが走る。
政宗が一瞬強く噛んだのだ。

「なァ、もう少しオレに付き合ってくれよ…アンタは他の奴らとは違う、オレを落胆なんかさせない、そうだろ…?」

刹那に悟る。
政宗がちらつかせる、人の手には負えぬ禍々しい狂気を。
救うべきは町の人々ではなく政宗の方だったのだ。 しかしこれは……

「アンタの人生オレがもらった」
「あ…」


幸村は戦慄した。

 


 

【終】


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あとがき

ほぼ原作に忠実というか、大真面目にパロ…いやパクry 
あとタイトルの捻りの無さwwまぁ判りやすくていいですよね^^(開き直るな)
そしてお久しぶりのお館様の口調が凄くあやふやになったんですがゴリ押ししました(笑)
それと拙宅の筆頭の辞書に『改心』の文字などないww
\岩崎様ありがとうございました!楽しかったです★/

2015/06/28  いた。