『一八』 -#11-


 


「丁方ねェか!半方ねェか!」


博徒共を煽り立てる政宗の威勢の良い声が、緊張と興奮こもる長屋を小気味良く打つ。
一斉に木札を張り飛ばす者達の様子を、以前ならば遠巻きに傍観しているだけであった幸村だが
ここ最近は、「オレが誰をカモにしてンのか見極めてみろ」という政宗の命令で
胴元である政宗本人の少し後ろに単座し、博徒達の一挙一動を間近から、じっと観察している。
そうしている内に、今までならば見逃していたであろう
否、気付きもしなかった他人のちょっとした仕草や癖、表情や声音の変化を見て取れるようになった。
其れはひとえに、政宗から叩き込まれたスリをやりこなすと共に嫌でも培われて行った
洞察力の賜物と云っても過言ではなく、心底辟易するものの
実際のところ、相手の所作に勘付き、ある程度行動を予測できるというのはやはり
出来て悪いとか不要とかいう物ではなかった。
鈍感愚昧であった幸村にしては素晴らしい進歩である事に変わりなく
本人としても、それは実感として自覚する処である。
つまりは今回のカモの目星は既に付いていた。
幸村から見て左から二番目に座っている、半月ほど前からこの賭場に通いだした男
身なりは小奇麗で居住まい正しいが神経質そうな顔つきをしており
手元の木札などは全てきっちりと端と向きを揃えて置いて居るのだが
左様な細かい男が果たして運否天賦で出目の丁半を張るだろうか?いいや張らぬ。
よくよく見ていて気付いたのは、前の勝負で一番勝った者が張った出目と木札の数を
次の勝負の時に必ず真似て居る、というものだった。


「…っくそ!また負けた…!」


それはたまに当たりもするが外れもする。
なれどどんなに繰り返そうと、その自分で決めた法則を律儀に守るというか、固執しているようなので
次は丁半どちらに賭けるのか、容易く予測する事が出来た。
例えば今なら、一つ前の勝負で一番勝ちしたのは『半』に全木札を賭けて張った者だから
恐らくそれと同じにする筈だ…と見当をつけた幸村の目の前で


「うあああ!そんなぁあ!!」


半に全ての持ち木札を張った其奴が、賽の目『丁』で大負けし、激しく慟哭したのだった。
大の大人が人目も憚らずにつんのめっておいおいと声を上げて号泣するあたり
ここで負けてはならぬ処まで金を注ぎ込んでいたのだろう。
気の毒に…などと云えば、「Ha?何トボけたことぬかしてやがる。自業自得だろうが」と
政宗は一蹴するに違いない。
正論である。
と云いたいところだが、それはあくまで出目の結果に政宗が関与していなければの話だ。


「So?もう誰がカモだったか判ったな?」


噎び泣く男が政宗の手下によって引き摺られて行き
賭場が御開きとなって誰も居なくなった後にそう問い掛けられ、幸村は頷いてみせる。


「Good. で、何がどこまで判った」

 
更に突っ込んで訊かれたので、連れて行かれた男がどのようにして出目を張っていたかを口にすれば


「Hmm…それだけか?」
「っ、それだけも何も、それさえ判れば、後は貴殿が賽を取り替えて…」
「莫迦かテメェは。それじゃ採算が取れねェだろうが」
「さ、採算…?」


云われてみれば確かに、さっきの男のやり方でいくと
単純に考えて、前の勝負で一番勝った者が得た分と、真似た男が次で負けて毟られる分、足し引きは同じである。
ならばどうやって採算を取れというのだろう。


「そう難しく考えるなよ。カモがああいう賭け方すンなら、一番勝ちしてるヤツが肝だ。それは判るな?」
「う、うむ…」
「なら、その一番勝ちが味方だったら話は簡単じゃねェか」
「…!!まさか先程の大勝負で一番勝ちだった男は…!」
「Yep、オレが仕込んだ」


なんという事であろう、賽の目だけでなく博徒の中にも仕掛けをしていたのだこの男。
なるほど云う通り、手下なり何なりを使い操っていたのなら、一番勝ちをさせる事など容易かろうし
其奴が勝って得た分の金は全て政宗の手元に返って来る。うまい寸法だ。
左様な邪道、一生かかったって幸村には思いつかぬ。


「まぁ、同じヤツがそう何度も勝ったり負けたりしちゃあさすがに怪しまれるだろうからな。
 お察しの通り、オレが様子見つつ勝負をコントロールしてた訳だが
 なんにせよ、折角のカモを毟り倒す前に逃げられたら面白くねェ」


然り、頃合いを見計らって、さっきのような大勝負をして根こそぎ金を奪い尽くすのだ。鬼である。


「ちったァお勉強になったか? ん?」
「っ…、、」
「アンタの視野はまだまだ狭ェ。もっと広く構えな。OK?」
「…………判り、申した…」


納得は出来ないが、狭隘な思考というのは一理ある、故に幸村は渋々ながらも肯んじた。
政宗が云うことなすこと全てに反抗していた頃に比べれば、格段に素直になったもので…

(…いやいや、何を考えておるのだ幸村!これは此奴を油断させる為…!仕方なくだ…!)

などと云い訳がましく己の心境を否定してみたものの
政宗に対する考えがここのところ徐々に変わって来ているのは確かで、完全に否むのは難しい。
というのも、さっきのように叱られる時は大抵、幸村に何らかの非があり
つい政宗の口の悪さに目が向きがちであるが
政宗なりの価値観を元に、ぼんくらな幸村を窘めているようにも思え
だからであろうか、稀に政宗の指示や期待にそった時は、上機嫌に褒められる事もある。
ちょうど物心がつく頃に親が他界し、その後も世間の荒波に揉まれる事なく箱入り同然で育った幸村は
折檻ありきで手厳しく怒られるのも、逆に褒め甘やかされるのも、慣れていない。
特に、あの冷徹無慈悲な政宗から、ちらとでも褒められようものなら
あってはならぬ事だが、心が、妙に浮つくのである。
今まで佐助や他の使用人達からどんなに優しい言葉をかけられても、そんな風に感じた事はなかったのにだ。

それが些細な変容などではなく、いかに重大な変貌であるか
幸村自身は勿論、ここ暫く全く接しておらぬ佐助も当然ながら気付いていなかった。

 

――――――――――――

 

幾月経っただろうか、スリの腕も十分こなれ、大事を起こす事も無く
政宗の命令を要領良く…とまでは行かぬまでも、それなりにこなせるようになっていた幸村は
見張り役としてついて廻る小十郎から、道中、「これだけは覚えておけ」と
疎かった沽券やら地代といった類の常識、そして、政宗が抱えている金主の事や
博打の伊呂波など、あこぎな知識も教え込まれた。
政宗がそうするよう命じたのだろう。
囲っている幸村に対して左様な教養を施す意図は判らぬが(やたら箔に拘る政宗だ、つまりそういう事だろう)
何にせよ、今まで知る由も機も縁もなかった事を覚えるのは新鮮であったし
思わず驚嘆し唸ったのも一度や二度ではなく
総じて結論は、己がどれだけ無知であったか身に沁みて判った、という事だ。
散々政宗に莫迦か阿呆かとなじられて来たのも致し方ない。


「まぁ、これまでのお前の境遇をどうこう云いたかねえが
 それだけ大切にされて育って来たって事だろ。あまりの過保護っぷりに反吐が出そうだがな」
「、、うぅ、そこまで云わずとも…」


それでよく今日まで無事に生きてこられたなと嘆息する小十郎に頭すら上がらず
しょぼくれる幸村はトボトボと歩きながら、今日スリ取った分の巾着を手渡した。


「ほお、今日は気張ったな。これなら政宗様も満足して下さるだろう」
「ま、まことにござるか!」
「ほら、少しやるから、何でも好きな物を買って来い」
「!なればあそこのみたらし団子を…!……あ、その…後で怒られませぬか…?」
「お前が政宗様に自己申告でもしねぇ限り大丈夫だ。
 というより、てめぇでスッて来た金だろうが。叱られる訳がねぇ。いいから黙って買って来い。
 それに、こうやって上前をはねるって事も、覚えといて損はねぇだろう」
「っ…判り申した!」


飼い主の機嫌を過度に気にする犬のような心配をする幸村がイジらしいというか何というか
少々呆れ気味に苦笑した小十郎は、幸村の頭をガシガシと乱暴に撫ぜ、「さっさと行け」と急かす。
幸村はつんのめりそうになりながら、されど素直に受け取った小銭を握って店へと走り
いくらも経たぬ内に小十郎の元へと戻って来ると、


「ふぁい!」
「…何のまねだ?」


串がついたままの団子を行儀悪く口に頬張ったまま、幸村がくぐもった声と共に右手からは釣り銭を
左手からはたっぷりとタレが絡んだ団子を差し出した。
面食らった小十郎は片眉を跳ね上げて真意を問うも
幸村の方は「何かおかしい事でも?」とばかりに首を傾げる。
自分の分だけでなく小十郎の分まで買って来て、しかもおつりを返すなど
幸村の育ちの良さが垣間見える行為であるが、なかなかどうして、純粋過ぎるのではなかろうか
少なからず憎らしいと思っているであろう相手に打算抜きで斯様なまねをするとは
まだまだ世間ずれしていない、否、底抜けのお人好しなのか…
どちらにせよ、政宗や小十郎が身を置く裏の界隈では其れがあだとなりかねない。
あっという間に団子を食べ終わって暢気に口元についたタレを舐めている幸村を眺めつつ
黙って釣り銭と団子を受け取った小十郎は、政宗が云うところの『教育』がもっと必要かも知れないと考えながら
甘ったるそうな団子にかぶり付き、「甘ぇな…」としかめっ面を浮かべ
幸村と共にいつもの帰路を辿って屋敷へと向かった。




「ただいま戻りました、政宗様」
「おう」


薄暗い夕暮れの中、屋敷の門番の畏まった挨拶を後目に庭の奥の離れ家へ向かうと
ちょうど提灯を携えた政宗が母屋の方から出てきたので、小十郎は頭を下げた。
政宗の後ろには下女が控えており、常の通り幸村について井戸端まで行くと
歩き回って汚れている幸村の足を、濡らした手拭いで丁寧にぬぐい清める。
その間、それを見るともなく見る政宗に
小十郎がこの日一日の報告を手短に済ませ、ついでに幸村の盗ってきた巾着を渡す
というのが日課となっており、今日も今日とて変わりなく
「OK」と頷いた政宗は、身奇麗になった幸村が傍に戻って来ると
云わずとも自ら離れ家へ足を進める幸村の後にのんびりと続く。
されど、立礼する下女と小十郎とすれ違いざま
ポンと小十郎の肩に手を置いた政宗が、幸村に聞こえぬ静かな声で、囁いた。


「団子はうまかったか?」
「!」


硬直する小十郎へ、含みを持った笑みを向ける政宗は、更に続ける。


「それと、撫で心地はどうだった?アイツの髪は柔らけェだろう?匂いもイイしな」
「……は、」
「あの長い栗色の髪が、背中の紅い竜に纏わりつくんだぜ?堪ンねぇだろ」
「………」
「これからも、アイツのおもりをしっかり頼むぜ」


ただし、オレを怒らせるなよ。と釘を刺され、小十郎は冷や汗を浮かべながら「御意」と唸った。
幸村を外に出すにあたり、小十郎という堅実無比な見張りを付けるに留まらず
町の方々に散っている手下連中からの迅速な報せを
こと幸村に関しては特につぶさに、そして優先的にさせているのは勿論知っていた
しかし此度に関して小十郎の認識の甘かった点と云えば
己に対する信用云々ではなく、政宗の幸村に対する異様な執着具合である。
ピンはねについては小十郎の予測通り何の言及もなかったが
幸村自身と、幸村に対しての言動には、例え些細な事であろうともこうして口出ししているのが良い証拠だ。
日頃の小十郎の忠誠の賜物なのか、単に政宗の許容範囲内だったのか、どうにかお咎めなしで済んだものの
冷酷無慈悲な政宗の事である、もし逆鱗に触れれば、小十郎でさえ躊躇なく斬り捨てられるやも知れぬ。
そういう恐ろしい御方なのだと、改めて畏怖の念を抱く小十郎に、ヒラと片手を振った政宗は
幸村と共に離れ家の中へと消えた。

そして云わずもがな、今日の幸村の嬌声は夜がとっぷりと更けるまで引っ切り無しに続いたのだった。

 

―――――――――――――――

 

数ヶ月に一度か、年に一度、不確か極まりない
云うなれば政宗の気分次第で開かれる、特別な賭博がある。
決して宣伝はされず、所謂、特定の上得意だけに耳打ちされるその限定的な博打は
最低掛け金からして普段とは桁が違う為、数百両からそれこそ千両箱単位で金が動く。
故に、御上の関係者や富豪の博打打ち達が続々と国中から集まってくるのだ。
賭場とていつもの狭苦しい長屋ではなく、数寄屋造りの立派な高級料亭を借り切って行われる。
統一された高価な調度品に手入れの行き届いた室内、行儀作法がしっかりと身に付いている給仕達と
贅を尽くした料理や上等な酒が惜しげもなく振る舞われる中
広い大座敷で皆が興じるのは芸妓衆の持て成しなどではなく、法外な金銭を賭けての博打だ。
と云っても、人数が少しばかり多い為、皆で一斉に行う訳ではなく
いくつかの組に分けて順に廻していくのである。
そうなると、博打に参加していない組の者達には政宗の目が行き届かない為
小十郎が常に気を配る(睨みをきかせる、とも云う)。
そこで今回政宗は、幸村も同席させる事にした。
上客だからと云って上品に振る舞うとは限らぬのが人間だ
まして阿漕な連中が一堂に会するのである、何をしでかすか判ったものではないので
小十郎と同じように睨みをきかせろとは云わぬまでも、見張るぐらいはできるだろうと。
何せ幸村の洞察眼は、政宗がさせたスリや博徒のカモの見破りなどの経験で、格段に磨かれているのだから。
そしてもう一つ


「これが独眼竜殿の秘蔵っ子か」


と、好奇に満ちた声が口々に囃し立てるのを社交辞令で往なす。
然り、そこらの芸子など見飽きているお歴々は、余程に物珍しいものでないと興味を惹かれぬのだ。
だから予てより「あの独眼竜が大層大事に囲っている」と噂されていた幸村の存在を
堂々とお披露目してやった訳である。
毎度のご機嫌取りほどウンザリするものはないが、代わりに気持ちよく大金を落としてくれるのだから
多少のサービスはしてやろう、というのが政宗の商売上の心入れだ。


「挨拶しな」
「幸村と申す。お見知りおきを」


目に鮮やかな紅で染め抜かれ煌やな友禅模様の着物を纏った幸村が、丁寧にお辞儀をする。
腐っても名商家の育ちだ、いっぱしの作法は身についているし
政宗が見立てた品の良い装いも相俟って、中々様になっていた。
容姿の話だけではなく、これまでに色々な場数を踏ませたお陰で、ちゃんとそれなりの色気も出ている。
それに、事前に金主達の事や注意点を小十郎から教えさせていた為、心構えも出来ていよう
あとは持ち前のそそっかしさで粗相さえしなければ、十分に役に立つ筈だ。


「See you later、幸村。何度も云ったが、何かあったら小十郎かオレに報せろ。一人で動くなよ」
「心得申した」


別れ際、政宗に再度念を押された幸村は、云われずともそうするとばかりに頷いた。
斯様に豪華な大座敷で開かれる博打の席で、しかもこの面子である
もし何か問題が起きたとて、幸村が的確に対処できる訳もない。
上辺は凜として見せているものの、内心は戦々恐々だ。
昔の幸村ならばすぐに逃げ出してしまっていたかも知れない
なれど今は、「何事もやってみなければ身に付かぬ」という政宗の徹底的で厳格な教えと
スリで叩き上げられた度胸により、とりあえずは与えられた役目を果たそうという心持ちに落ち着いて
前以って政宗に指示されていた通り、次から次へとやって来ては幸村を質問攻めにする輩達の相手と、様子を探る為
若干ぎこちない、けれど愛想の良い笑顔を浮かべた。

そうして幸村の周りにあった人垣が漸く捌けた頃には
座敷には幾度も「丁方ねェか!半方ねェか!」と政宗の煽り慣れた良い声が響き渡り
そろそろ半分ほどの組が廻り終えただろうか
各々に談笑する博徒達をそれとなく見回した幸村はふと、一人の壮年の男と目が合った。
咄嗟に会釈をすると、その男は徐に立ち上がり、幸村の方へ物静かに歩み寄ると
あたかも此処が茶室かと錯覚しそうなほど丁寧な所作で正座し
まっこと慇懃に一礼したのち顔を上げ、自らを「松永久秀」と名乗った。
品格とは斯くあるべきというような、物腰優美な男である。
それはさておき、小十郎から教えられた上客の中に、確かそんなような名前があった気がすると
朧気に思い出した幸村は、己も名乗ってから深々と一礼した。
頭を下げた拍子に、スルリと髪が流れ、開いた襟刳りから
項や首筋に這う紅い鱗が垣間見えた瞬間、男が細く目を眇めたとも知らずに。


「…なるほど、卿は囲われの竜か… それとも、張子の虎かね?」
「ッ?!」


人の良さそうな微笑をしつつ渋味のきいた声音で問われ、幸村は息すら忘れ固まった。
にわか仕込みの知識や度胸、一人では何も出来ない自分、無理矢理に彫られた入墨による偽りの箔…
『張子の虎』とは云い得て妙、全て見透かされているではないか。
此奴は一体何者なのか、何が目的なのか、得体が知れない、怖い…。
幸村は、まさに己が懸命に纏っていた張りぼてが、
一気に溶けて剥がれ落ちてしまったような感覚に陥って、戦慄いた。


「クク…そう怯えて警戒する事はない、少しばかり話しをしようではないか。
 実は私の欲しい茶碗を、あの独眼竜が所持していてね」
「………」
「是非譲ってくれと穏便に頼んではみたものの、博打で勝てたら、と云う。
 運任せ、というのは正直私の本意ではないのだが
 まぁ、たまには良かろうと思い今日まで付き合っていたのだよ。
 しかし、やはり性に合わなくてね…そろそろ飽いて来たところだ」


つまり、その茶碗を餌に、いつからどれだけ政宗に毟られて来たのかは知らないが
此処にこうして居るという事は、まだ莫大な財産を有していると見て間違いないだろう。


「しかし考えてもみたまえ。この世は果たして運だけかな?」
「…!」
「そう、答えは『否』だ」
「ッ…あ」


唐突に項を引き寄せられた幸村が瞠目するのも束の間、耳朶に掠るほど近く唇を寄せた松永が
「出目を操っているのだろう?」と囁く。
俄かに幸村は激しく狼狽した。
実際にイカサマをしているのは政宗で、自分は加担などしていない、それなのに、まるで己が悪事を暴かれたような
そんな居心地の悪い緊張感がドッと押し寄せたのだ。それが何故かは判らない。
それに、不正を見抜いていながら
どうしていまだにこうして賭け事に興じているのか…
何にせよ、今確信をもって云えるのは、此奴がただの博徒ではない、という事。

「己の欲望を満たす為に手段を選ばぬ独眼竜は非常に好ましい処ではあるが
 私もどちらかと云うと、欲しい物は是が非でも手に入れたい性質でね…」


卿はどうだ…?と深みのある枯れた声で問い掛けられた幸村は
何かあればすぐに報せろという政宗の命令すら忘れてしまうほどに頭が混乱しており
ただただ早鐘のように打つ鼓動をどこか遠くに感じながら
間近から漂って来る松永の着物に焚き染められた何とも云えぬ香の匂いに思考を絡め取られつつあった。
とその時、不意に松永が身を離し、わざとらしいまでにゆっくりと優雅に立ち上がって口を開いた。


「そういう恐い顔もするのだな、独眼竜よ」
「Ha、茶器にしか興味が無ェのかと思ってたが、こんな処で年甲斐もなく口説き落としか?」
「否定はしまい。久々に面白そうなモノを見つけたのでね」
「!」


明らかに刺々しい険も露わな政宗の嫌味に怯みもせず、悠然と肯定した松永は
政宗を更に挑発するかのように、幸村の長い後ろ髪を指で掬い上げる。
幸村はゾクリと身震いした。


「Hey、悪ィが其れはオレの私物だ。お触り禁止だぜ?手を引っ込めな」
「ほう」


瞬く間に剣呑な雰囲気を醸す二人の男の間で板挟みになってうろたえていた幸村であったが
『私物』という言葉に少々、いやかなりカチンと来て
思わず政宗に「某は物ではござらん!」と噛み付くより先に、


「ならば話は早い。譲ってもらえまいか?」
「…What?」


信じられない事を男が云い出すので、さすがの政宗もあからさまに片眉を跳ね上げた。


「アンタ、確か茶碗が欲しいとか云ってなかったか?」
「失敬失敬、元はそういう話しだったかな?勿論、其れはいずれ私が手に入れよう。
 その時は、卿と同じく手段は問うまい。案ずるな。 
 しかし今は、卿が頗るご執心な代物の方が気になってしまってね」
「…Ah?喧嘩売ってンのかテメェ…」

途端、政宗の放つ怒気の質が変わり、その場の空気が体感できるほど冷め切った事に誰もが気付いた。
そして真っ先に動いたのは小十郎である。
居並ぶ面前で大惨事を起こしてしまっては、さすがの政宗とてお咎めなしでは居られまい
何としても止めねばならぬ。
長い付き合いで政宗の短気と冷酷さを知っている博徒もまた
遅れ馳せながら小十郎に加勢して政宗を止めに入り、座敷は一時騒然となった。


「…ふむ、少し興が削がれた。日を改める事としよう」


騒がしいのは好かぬとばかりに呟いた松永は、いやにあっさりと踵を返し
ざわつく大座敷から悠々と立ち去る。
ポカンと呆気に取られて其れを見送った幸村の横では、今にも暴れだして人を喰い殺しそうな竜を
大捕り物よろしく大勢でよってたかって押さえ込んでの奮闘が騒々しく続くばかり。

結局、その後政宗の機嫌は直らず大賭博はお開きとなり
そんな一部始終に居合わせてしまった上客達の口に戸などたてられる訳もなく
この事件とも云える一件の噂は風よりも速く町を駆け巡った。



 

 

【12へ続く】


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あとがき

みたらし団子っていつからあるんだろう…?(まぁいっか;)
やっと念願の松永センセー様を書けたので満足しつつ
尺が長すぎたかなと反省しとります;でも楽しかった^^ こっからどんどん進展させたい!

2015/09/21  いた。