※引き続き、捏造前提パラレル全開。 my設定が不意に飛び出しますゆえ、ご注意を。

 

 

『一八』 -#2-

 

「旦那!一体こんな時間まで、何処に居たの!?心配したでしょうが!!」

眩しい朝日がいくらか位置をずらし、そろそろ町や人々が忙しくなり始めようかと云う
明五ツ半(午前九時頃)、そんな時刻に屋敷の門からフラフラと帰って来た幸村に
まず飛んで来たのが、この叱責。
幸村は苦笑を浮かべ

「すまん、心配をかけたな、佐助」

掃除でもしていたのか、袖を巻くって手拭いを片手に
眦を吊り上げ怒気を露わに玄関先で出迎えた背の高い姿に、此方は眉を下げ小さく詫びた。
それをどう思ったか、ピクリと空気を変えた佐助に何か云われる前に
履物を脱いだ幸村はその横を通り抜け、奥にある自室の襖を開いて身を滑り込ませ、素早く閉じた。

「…ふぅ、、」

こうすればもう、呼ぶまで入って来る事はない。
…如何にも、そう、逃げたのだ。
屋敷での佐助の仕事振りは然ることながら
物事を素早く見抜く洞察力と推断力は類を見ないものがあり
己には勿体無いほどの従僕、否、忠僕と云っても過言ではなく
良く出来た使用人ではあるが、今はその鋭さに、若干の恐れすら抱く。

「…博打に狂っているのは知っておろうが、
まさか手篭めに遭ったなどと、ゆめゆめ勘付かれたくはない…」

溜息をつき、皺が寄った着物の袖を二の腕まで上げると
両腕に赤黒く帯紐の痕が残っており、甚だ見苦しい事この上ない。
顎先や両膝に出来ている擦り傷は「転んだ」とでも云えば誤魔化せようが
これはどうやっても云い逃れできぬ。
それでなくとも博打の元手にと、屋敷にあった高名な茶碗を無断で売り払ってしまったのだ
よもや事が知れるのは時間の問題であろうとも、これ以上、余計な面倒事を増やしたくはない。
何処かで「自業自得」と自咎する声が聞こえたが
そんな事は判っている、判っているからこそ、どうしても云えなかった。

「…はぁ…」

幸村は再度大きな溜息をつき、明障子を開いて外の景色を眺める。
庭師達が完璧に整えた、優美な庭が広がり、奥の池には水鳥が数羽、羽を休めていた。
この広大な庭も、立派な屋敷も、代々真田の財産として受け継いだものだ。
そもそも、幸村の祖父にあたる初代がこの地で両替屋として商いを成功させ
たった一代で莫大な財を築き、町の外れにこうして居館を構え、定住するようになり早幾年。
その初代が世を去り、二代目である幸村の父が店を継いで暫くは商いを続けたが
幸村が物心つく頃に、病で急死し、その折に商売はすっぱりとやめた。
とどのつまり、今現在、事実上の真田家当主は幸村であり
手に職持たず、巨額の遺産で苦労無く暮らしている、と云う訳だ。
(それで何故、博打のツケが嵩んだかと云えば
 金子の出入や使い道、つまり出納簿の一切は、大雑把で学のない幸村の代わりに
 番頭である佐助が全て管理しており、そのおかげで、勘定計算に間違いがないのと同時
 幸村は当主であるにも関わらず、自由に使える手持ちの銭が制限されているからだ)

些か、肩身の狭いような心持ちながらも
恙無く日々を送る屋敷には、利発明敏な佐助の他にも、たくさんの使用人達が居り
身の回りの世話や様々な所用をこなしてくれたりと、本当に良く尽くしてくれている。
家督を相続したとはいえ、露骨な表現をすれば亡き親の脛を齧るだけの当主に
よく文句もなく仕えてくれているものだと、幸村にとってはそれがまさに得難き財産だった。

「…それでも、俺は、、」

共衿から覗く寂しい首筋に手を這わせ、いつも有って当然の物がない
消失、否、如何ともし難い喪失感に苛まれつつ、小さく囁いて唇を噛んだ。
政宗に奪われた六文は、ただの小銭ではない。
かつて先代から死に際に托された、この世に一つしかない、特別な六文である。
家紋にも用いられている其れは、初代が名商家として商いを成功させる切っ掛けともなった物であり
家督と同時に代々受け継がれて行かなければならぬのだと
幼い頃より云い聞かされており、謂わば「我が真田家そのものと心得よ」、と
その教えを金科玉条としてきた。
無論、代わりは利かない。 あれでなくては駄目なのだ。
それに此処で諦めてしまっては、矜持でもなく、面子でもなく、凡そ言葉では形容できぬ
もっと大事な「何か」を失ってしまいそうな気がする。

家の者達には申し訳ないが、どんな犠牲を払っても、何が何でも、あの六文銭だけは取り返さなくてはならない。

「……すまぬ、許してくれ…」

誰にも聞こえはしない謝罪をひっそりと呟いた幸村は
夜も更けた頃合い、再びあの長屋へと足を向けた。

 

―――――――――――――――――

 

「丁方ねェか!半方ねェか!」

郭(くるわ)・揚屋(あげや)が軒を連ねる夜の町、負けず賑わう長屋の一角で
今日も今日とて開帳された賭場では、威勢のいい煽り文句が飛ぶ。
堅気の商売で稼ぐ商人から、阿漕な仕事で儲ける輩まで
がん首揃える博徒達の熱狂も、最高潮に昂ろうかと云う、そんな頃合い
俄かに、長屋の戸口が騒がしくなった。
一体何事だと、壷皿を振る手を止めた政宗は、怪訝の目を向ける。
すると、見張りに立っていた者の制止の手に阻まれながらも
遮二無二長屋の中へと押し入ろうとしている、見覚えのある姿が目に入った。
途端、ニィと底冷えのするような薄ら寒い笑みを浮かべた政宗は
されどすぐにその表情を消すと、「騒がしいぜ、静かにしな」、と
賭場の熱気に水を注した乱入者、真田幸村に、剣呑な声を投げた。

「っ、政宗殿…!お頼み申す! 某と、一度話しを…!!」
「Ah〜?何云ってンだ、話すことなんざ何もねェ。とっとと帰ンな」

羽虫でも追い払うが如く、右手の平を数度邪険に振るう仕草をし
政宗は賭けの続きに戻らんとて、壷皿に手を掛ける。
それを合図にしたように、幸村を押さえ込んでいた屈強そうな男が、グイと強く肩を引くので
ここで追い返されてなるものか、幸村は無我夢中で大声を出した。

「…ッ、政宗殿は、約束を違えている…!
 負けた代償の中に、六文銭は入っていなかった筈だ…!!」
「……Hum」

あの晩、賭けに負けた幸村に、政宗は「躯でチャラにする」と云ったのにも関わらず
最後の最後で幸村が動けないのを良いことに、首から無情にも毟り取って行ったのだ。
たかだか六文の銭を、金に苦労して居よう筈もない男が、どうして奪い去ったのか
その由など知りもしないが、とにもかくにも、

「何卒、お返し頂きたく…!」

必死に云い縋る幸村に、政宗は冷めた視線を寄越して、口を開いた。

「返せたァ、めでたい野郎だ。負けた分際で四の五の云ってンじゃねェよ。
 それにアンタ、ここを何処だと思ってる?
 そんなに取り返してェなら、賭けで勝負しな。 アンタが勝てば、返してやる」
「…ッ!!」
「どうした。是が非でも取り戻してェんじゃねェのかよ?」
「……承知致した…。 ただし、やるからには、必ず約束は守って頂く…!」
「Ha、云うねェ…。 OK! 小十郎、放してやンな」

その命令に、幸村の肩をがっちりと掴んでいた五指があっさりと離れ
勢い余った幸村は、数歩たたらを踏む。
政宗はそれを後目に、博徒達の方へ振り返ると

「悪ィな、つーワケで、今日はこれでお開きだ」
「ッええ!そりゃないッスよ…!俺らはこの日の為に銭をしこたま溜めて来てるンですぜェ?!」

まだ始まって間もないというのに、カラリと云い放たれた終いを告げる科白に
すぐに不満げな声が噴出し、それに便乗するかのように他の者達も、そうだそうだと騒ぎ出した。

「……あ゛? テメェら、このオレの云う事が聞けねェのか…?」

長屋に不穏な空気が満ちかけたその時、背筋を凍らせる氷塊のような声色が静かに響いて
瞬間、ハッと同時に口を閉じた博徒達は
今更ながら自分達が、一体誰を相手にしていたのかを思い出し
冷水を浴びたようにビッショリと脂汗を浮かべると、身支度も漫ろに立ち上がって
バタバタと慌て転げて我先にと一斉に長屋から飛び出して行った。

「さぁ、アンタの為に席を空けてやったぜ?其処へ座りな」
「…判り申した」

鶴の一声、とはよくぞ云ったもので
この町の博界においては、偏倚であれ、やはり政宗こそが絶対の権力者だと
着の身着のまま裸足で逃げ出した博徒達が、如実に物語る。
改めて、己は恐ろしい男に楯突いたものだ、と武者震いする幸村は
向かい側を顎でしゃくりながらの政宗の命令に、逆らう事なく唯々諾々と腰を下ろした。
すると、徐に二つの賽子が目の前に差し出され、「まずは確認しろよ」、と促される。
その云わんとする事にすぐに気付いた幸村は、黙って賽を受け取り
小さな其れの各四方の長さを、臀に敷いていた茣蓙の目を使って、慎重に測った。

「問題はねェな?」
「…確かに」

問う声に肯定で答え、一辺たりとも寸分の狂いなく同じであった賽を返す。
しっかりと己が眼で確かめたのだ、間違いない。

「それじゃァ始めようじゃねーか。小細工なしの、正々堂々の勝負をな…」

ゆったりと笑みを浮かべ、左手に賽子、右手に壷皿を持った政宗に
幸村はゴクリと唾を飲んで頷いた。

 



【3へ続く】


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あとがき

本当は勝負が決するところまで書いていたのですが
あまりに長すぎたので、ここで一旦区切ります。

2010/06/13  。いた。