※軽い性描写あり(射精)。ご注意を

 

 

『一八』 -#5-

 

ガタリと引戸が開く音と、ズカズカと近付く遠慮のない気配に
眠っていた幸村はぼんやりと目を覚ます。

「…っ!」

すると、いきなりバサリと四角い紙が衾床の上に広げられ
素っ裸のままビクリと愕いて跳ね起き、目を瞬かせた。
焦点定まり切らぬ視界に飛び込んできた紙面には、達筆な字で綺麗に何やら書き連ねてあり
よくよく見れば、幸村が所有する家屋や調度品等の一切の財の所有権を
政宗に譲り渡す事に同意を示記した、所謂『念書』であった。

「署名と捺印をしろ。血判でいい」

開口一番に素気無く命じられた幸村は、寝起きという状態も手伝い、暫しポカンと呆けた。
己はもしや夢でも見ているのかと、そんな思考すら浮かびもせず
その儘いつまでも茫然としていると、唐突に政宗に右腕を掴まれ
ズルズルと衾床の端まで引き摺られて行く。
そして縁取りの固い板敷きに、先程の念書が開いて置かれ、右手へ無理矢理に筆を握らされた。

「さっさとしな。こういうのは早めにしねェと面倒なんだよ」

云って、此処だと紙の左端の空いた処をトントンと指差され
漸く状況を飲み込み始めた幸村は、のろのろと両目を文頭に戻して再度内容を読み直し、静かに身を強張らせた。
謳っている文面は確かに承諾していた事であったが
いざ斯様な物を目の前にして筆を持って見ると、なかなかどうして
覚悟はしていたつもりでも、やはり迷いは生じる。
それを予め想定していた政宗は、おもむろに懐へと片手を入れ六文銭を取り出すと
紐を指に引っ掛けて、これ見よがしにチャラチャラと音を立てて揺らしながら、口を開いた。

「いいのか?どっかの山奥なり、ドブ川なり、いつでも捨てて来るぜ?」

そんな風に脅されては、幸村にぐうの音も出ない。
苦渋に満ちた顔で渋々と名を書き、親指を咬んで血判を捺した。

「OK、次は沽券だ」

口惜しげに歪む表情を眺めながら、政宗は出来上がった念書と六文を懐にしまい
続けて笑みを浮かべて云い放つのだが、幸村は何の事か判らず

「こけん…?」

小さく首を傾げながら、問うた。

「……アンタ、ほんっとうに何も知らねェな。箱入りのボンクラっつーより、阿呆だぜ、阿呆」

氏より育ち、とはよく云うが、いくら元名商家であり家柄が良くとも、教育がなってなければ意味がない。
こうまで物事を知らぬなど、憐れみを通り越して失笑に余り有る。
恥じろよ、その無知。
と、嘲笑混じりにそんな事を云われても
難しい事は佐助が全てやってくれていたし、周囲の人間は己に優しくするだけで
誰も何も教えてくれなかったのだから、しょうがない。
とは申せ、開き直ってそれを云える程、矜持が無い訳でも恥知らずな訳でもなく
幸村は茹で上がったように赤顔し、唇を噛んで俯いた。

「仕方ねェ、教えてやるから一度で覚えろ。
 銭やら調度品はともかく、土地に関しての権利云々は念書じゃ話しにならねェ。
 その土地の明細やら売買代金も記載されてる沽券っつう紙切れが絶対必須だ。
 OK?理解できたらハイと云え」   ※沽券:土地の権利証。売買に用いられる契約書のようなもの。
「は、はい、、」
「Good。 まったく、テメェがそこまでとは…可愛さ余って何とやら、だな。
 まァいい。後で色々叩き込んでやる。 さァ、ぼんやりしてるヒマは無ェぜ?」
「?」

云い置いて、一度前室へと姿を消した政宗は、すぐに何かを脇に抱えて戻って来た。
訝しんで見遣っていると、緋色の着物と羽織が投げて寄越され

「とっととソレ着て仕度しな」

と命じて仕切戸の枠に凭れ掛かり、腕を組んで待っているからには
これから何処かへと一緒に出掛けなければならないのだろう。
たぶんモタモタしていては叱られる。
幸村は慌てて遠くに放られていた己の下帯に手を伸ばそうとしたが
「ンなもん着けてる時間なんざねェよ」と一蹴され
仕方なく諦めてすぐに着物へと袖を通し、羽織を身に着けた。すると、

「Ah−…思った通り、アンタには紅が似合うな」

政宗が妙に得心したように、顎に手を当て目を眇める。
思えばこんな派手な色を纏った事は生まれて初めてで
帯紐を不器用に締めながら改めて着物を見直してみた幸村は、ギョッとした。
まるで位の高い女郎が着るような、鮮やかに目立つ金糸の刺繍が煌びやかに施され
しかも上品な触り心地と繊細な造りからして、この上なく上等な反物であると素人目でも判る。
間違いなく値が張る高級品だ。
そんな代物をカタギの人間が、しかも男である幸村が着こなせる筈もなく、完全に衣装負けしていた。
まさに着ているというより、着られている。
同じ事を思ったか、紅が似合うと云ったクセに、クツクツと咽喉で忍び嗤う政宗が
ジロジロと遠慮のない視線を纏わりつかせるので
幸村は何とも居心地の悪い気分になりながら、小さく口を開いた。

「…一体、何処へ参るのでござる…」
「決まってンだろう?沽券を取りに、アンタの家に行くのさ」

ニヤと不愉快な笑みを浮かべた男に手首を引かれ、開かずの扉を抜け外に出ると
溢れんばかりの眩しい陽射しと共に、数人の男達が頭を下げて出迎えた。

 

――――――――――――

 

「テメェら往生しな!此処の物は全部、政宗様のモンだ!」

町外れの真田邸に突如響き渡った乱暴な怒声と凄まじい物音に、佐助は仕事の手を止め玄関口へと走った。
昨日の晩からずっと戻って来ない主の事を心配していた矢先、一体全体何事だと
苛々しながら顔を覗かせれば、家中の使用人達が戸惑った様子で集っているのが見え
その人垣の向こうには、ガラの悪そうな見知らぬ男達が脅すような声色で口々に何やら喚きつつ
手近な家財に手を伸ばして運び出そうとして居る。
そんな只ならぬ騒動の中、いかにも彼らの首魁とおぼしき風体の隻眼の男が鷹揚に仁王立ち
その隣に佇む紅い着物の男の顔を認識した瞬間、佐助は思わず声を上げていた。

「…な!…旦那?!」

色町で見かけるような派手な身形からして、てっきり首魁の情人かと思いきや
なんと行方を案じていた主が、しっかりと男に腕を掴まれ立っており
これはどういう事だと、混乱する頭で状況の説明を言外に求める佐助に対し
幸村は今にも泣きそうな顔をして、フイと視線を逸らした。

「Hey、アンタこいつの従僕か?さっきの聞いたろう?此処の物は全てオレが貰い受ける」
「なんだって…?」

背後へと一歩隠れようとする幸村の腕を、させるかとばかりに意地悪く手前にグイと引っ張りながら
男が涼しげに云い放った科白に、佐助はピクリと片眉を跳ね上げ、問い返す。
急な展開に見まわれ、著しく平静を欠いている心境を表に出さぬよう努めつつ
「そんな話、信じられるワケないでしょ」と、引き攣る顔で突っぱねるが、しかし

「信じないも糞もねェよ、此処にちゃんと念書がある」
「…!!」

見な、と目の前に突き出された紙には云う通りの旨が明記されており
見覚えのある字体で、つまり幸村本人の直筆で、署名と捺印があった。
そして何より佐助を愕かせたのは、真田の財を受け取る者として書かれていた名である。

「……政宗って、まさか、あの伊達政宗…?!」

先程も手下らしき者の一人が叫んでいた其の名は
恐らく思い当たった人物とみて相違なく、顔色を真っ青にして唸った。
町の陰で「独眼竜」などと大層な渾名で呼ばれ、須らく関わるべからずと恐れられている男の事は
博徒ではない佐助でさえも知っていた。

「Oh、オレを知ってンのか。感心感心」
「当然でしょ…かなりのワルだって有名だよ、あんた」

密かに飛び交う数々の噂に裏打ちされたその悪名高さは筋金入りで
この間も、金を返せぬ博徒の一人が川に浮いていたという事件は記憶に新しい。
どうやら幸村はとんでもない札付きに捕まってしまったのだと、佐助はクラリと眩暈すら覚えた。

「So、だったら話は早ェ。大人しく真田の財産を渡してもらうぜ?
 …でもまァ、さすがに使用人共は要らねェな。もうウチに腐る程居る」

何処へなりと好きな処へ行きな。
と酷く簡単に云ってくれるが、そう易々と次の勤め先が見つかる訳がない。
若い者はまだしも、歳を取った者はどうすればいいというのだ。
随分勝手な事をいけしゃあしゃあと、よくも平気で云えるものだ、と佐助は奥歯を噛み締める。
しかし、当の使用人達よりも先に慌てて抗議したのは、幸村であった。
政宗の蒼い着物の袖を掴み、「何とか面倒を見てやってはくれぬか!」と
懸命に頼み込むものの、「嗤わせるな」の一言で両断されてしまい

「ッ…政宗殿、お頼み申す…!せめて、せめて佐助だけは…!!」

半泣きになりながらも食い下がり、なりふり構わぬといった具合で、必死に取り縋って哀願する。
挙句、余程にその佐助が大事なのか、「此奴は器量良しで、何でも出来るし、頭も切れる!」云々と
説得の為に力説し始め、政宗は知らず知らずの内に、ニィと口角を吊り上げ嘲笑を浮かべていた。
莫迦、いや、阿呆だとはつくづく思っていたが、よもや此処まで愚かだったとは計算外だ。
そんなにも優秀な人材ならば、此処で暇を云い渡されたとて、次の奉公先に困る筈がなかろう。
なのに此奴は、あろう事か阿漕な男(自分で云うのも何だが)の処へ、わざわざ就かせたいらしい。
本人は良かれと思うての嘆願なのだろうが、まったくもって要らぬ世話だ。
これが嗤えずに居られるか?

(…しかしまァ、保険は多いに越した事はねェ…。後で人質として存分に役に立ちそうだしな)

「Ha!いいだろう…But、世の中Give&Takeだ。この間の博打の時にも教えてやったろう?」

代償なしに要求は成立しない。
勿論幸村とて、政宗相手に無償無条件の要望がまかり通るとは思って居らず
されど土地も家も銭も躯も、既に掌握されてしまっている。
なれば、どうすればいいのか…
考えあぐねて結局口をついて出て来た言葉は、一番云ってはならないものだった。

「……なにが、望みだ…」
「クク、だんだん賢くなって来たじゃねェか」

褒めてやるぜ、と幼子にするように手荒く頭をクシャクシャと撫ぜられた後
背後に廻り込んだ男にいきなり着物の衽を肌蹴られ
露わになった内腿を這い登った片手が無遠慮に一物を握り込み、愕いた幸村は短く息を呑んで硬直する。
斯様な明るい場所の、しかも皆が見ている目の前で、何をするつもりだと焦る最中
「アンタの矜持と体裁が崩れるサマを、この目で見させてもらおうか…」
と低い声が耳朶に吹き込まれ、目を見開きビクと震えた途端、意図的な手付きで牡を揉みしだかれる。

(ッ、、なんという、悪趣味な真似を…っ!)

胸中で口惜しく叫んだけれど、辛酸を舐めるのも致し方なし
反意抵抗なく好きにさせるしか術はないのだと、己に云い聞かせる幸村であったが
ヒシヒシと突き刺さる周囲の視線がどうにも痛くて、特に佐助の方など恐くて見れやしない。
かつてこんな恥辱を耐え忍んだ事などあろう筈もなく
ブルブルと小刻みに戦慄く躯が、やけに熱くて堪らず、現状から逃避するようにキツく目蓋を閉じるも
其れを嘲るが如く、政宗の巧みな手が容赦なく牡を攻め立てる。

「…ふ、っ、、ン…ッ」

噛み殺しきれず漏れた吐息が、どうしようもなく恥ずかしいのに
そんな心情など露知らず、呆気なく反り返って天を向く牡の先端から
早くもジワリと先走りが滲んで、政宗の手が動く度に微かに発せられる卑猥な水音が耳について離れない。
気の所為か、誰かがゴクリと生唾を飲む音も聞こえた。
こんな嬲り者を甘んじている時点で、幸村の矜持も体裁も脆く崩れ、もう十分に政宗の望みは叶えられている。
それなのに、男は更なる非情を宣った。

「子種を漏らす前に、世話になった奴らに宣言しな。
 財だけでなく、真田幸村の身も心も、政宗殿のモノです
 たかが六文の為に皆を見捨ててすみません、ってなァ」
「…っ!!」

それを今此処で云わせるのか。
幸村は動揺を禁じ得ず、思わず閉じていた目を開く。
と同時、佐助は「なるほどねぇ…」と内心で合点をつけていた。
博打に狂っていたとはいえ、程度を弁えぬ幸村ではなく
きっと何か理由があって政宗に全財産を奪われたのだろうと察しはつけていたが
六文銭をネタに脅されたと見てまず間違いない。
そしてこの様子からして、それを盾に、恐らく手篭めにもあったのだろう
況や此度のような無理難題にも、強制的に従わされているのだ。

(…っていうか、それって最悪の展開じゃない?旦那…!)

六文銭が絡むと幸村は周りが見えなくなる。
その事を理解している佐助は、俄かに巨大な恐怖と寒気を覚えて冷汗を流した。
悪い予感しかしない。
そんな佐助の目前で、まさに政宗の命令に唯々諾々と踊らされる幸村の姿があった。

「…っ、……も、………ござ……」
「ハァ?何だって??」

か細く消え入りそうな声は、果たして一番近くに居る政宗でさえ聞き取れぬ。
それを無論良しとしない政宗は、底意地の悪い笑みを浮かべるなり

「やり直しだ。屋敷の外まで聞こえるぐれェに、もっと大きな声で、ハッキリとな」

などと厳しく窘めながら、グリと濡れそぼった鈴口に爪を立てる。
幸村は痛烈な痛みと共に燃え上がる慙愧を耐え
じっとりと汗ばむ全身をカーッと朱に染め上げつつ、ヒュッと大きく息を吸い

「ツッ…!、、こ、この…幸村の、ッ身も心も…っ、…んッ…、政宗殿の、、モノ…!!
 、、う…っ、……みなを見捨ててしまい、まこと申し訳、ござらぬ…っっ」
「OK、上出来だ」
「…っあ…!」

詰まりながらも何とか云い切れば、耳元で満足気に囁いた政宗に
弱い亀頭を激しく絞るように扱かれ、限界間近だった一物からビュルと勢い良く白濁が迸った。
ハァハァと気息を乱す幸村の白い内腿に、トロリとイヤらしく滴が幾筋か伝い落ちる。
そのあからさまな猥雑さと色にあてられた、政宗の配下の男達が何人か
下卑た眼差しを向け、真田家の使用人など、あまりな光景に殆どが棒のように突っ立って茫然として居た。

「で?佐助とか云ったな。主にこんだけやらせといて、まさか奉公しねェとか云わねェよな?」
「…っく…!」

煮え滾る羞恥を抑え込み、一寸たりとも足掻かなかった幸村が、今にも慙死しそうな程顔を真っ赤にして俯く中
佐助の神経を逆撫でるように、思わせ振りに幸村の腰や太腿に触れる男がまるで試すように問う。
無論、佐助に「肯」以外の答えなど、出来る筈がなかった。
そもそも、下劣な辱めを受ける主の様を、手を拱いてただ黙視していたのは、何としても供について行く為である。
何故なら、「生涯離れず尽くす」と誓ったのは、後にも先にも幸村一人だけ。
かつて幼かった主人がその宣誓を覚えているかどうかは別としても
幸村が六文の教えを金科玉条としているのと同じように、佐助にとっては其れが絶対遵守の掟だった。
例えどんな事があろうとも、幸村の傍を離れはしない。

「…判った。あんたに従うよ…」
「Good」

血を吐くが如く、憎々しげに声を震わせる佐助の承諾を
さも当然だと云わんばかりに受けた政宗は次いで

「さて、最初の仕事をくれてやる。此処の沽券を持って来い」

あたかも茶を所望するが如く、気安く傲慢に命じた。

 



【6へ続く】


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あとがき

佐助を巻き込む事に成功(笑)
沽券うんぬんのくだりは、浅い知識ながら、どうしても書きたかったので書きました;
…で、前回のあとがきで政宗サンの趣味を暴走させるとか言いましたが
それを書く前に長くなったので、一旦区切りまして、次回に持ち越しですorz
皆様、どうか気長にお付き合い下さいませ(汗)

2011/03/19  いた。