「ゲームをしようぜ?幸村」

唐突に云い放たれた男の言葉を、俄かには理解できなかった。

 


『 Hide & Seek 』 ※流血・残酷表現あり

 

暖かな陽射しが降り注ぐ、悠然と広がる森の中で、獲物を探しに飛び立った鷹を追っていた。
本来ならばこの辺り一帯に連なる山々は奥州伊達の領地であり
国交もない甲斐武田の者が足を踏み入れる事は戦でも起きぬ限りまず無いのだが
然もありなん、盟友とあらば話は別。
近々控えた西勢力との大戦を前に、東で内輪揉めをしている場合ではなく
まずは手堅く盟を結んでおくべきだと両国の意見は一致し
それが形式だけの同盟とならぬよう、互いに人質を交わし終えたのは、つい先程の事であった。
ただし、若き奥州筆頭伊達政宗が人質にと指名したのは

「真田幸村ァ、ちゃんとついて来てるか?」
「無論にござる」

日ノ本一の兵と名高い男である。
信玄の近親ではなく一介の武将を所望する常識外れの酔狂に
周囲は首を捻ったものだが、よくよく考えれば、盟約の保障という点において
甲斐武田の主戦力と云っても過言ではない男を押さえるという事は、これ以上ない有効な手段であった。
何しろ真田幸村の価値はまさに一騎当千。俗に世に紅蓮の鬼と云わしめるは虚飾にあらず。
数々の戦で立てた武勲や、畏怖を込めた讃声は数え切れないほどだ。
もしも武田の将でなく傭兵であったなら、各国がこぞって取り合うに違いない。
左様な稀有な男を手中に収めておけば、おいそれと甲斐も奥州を裏切れぬだろう。
兎にも角にも、此奴でなければ人質として認めぬと、盟主である伊達が断固譲らなかった事は事実。
斯くて、渋々妥協した信玄の命令もあり、独眼竜の望み通り奥州へとやって来た幸村は
挨拶もそこそこに半ば無理矢理に山の中へと腕を引かれ、何故か鷹狩りに興じている、という訳である。
(付人兼見届け役として共について参った武田の家臣達は
 それぐらいならば我らもと、甲斐へ帰らず律儀に随従していたりする)

「しっかし、こうもあっさりアンタを手放すとは思わなかったぜ。
 対西勢の練策に躍起だなァ、虎のオッサンも」
「…大切な民草を守る為なればこそに御座る。伊達殿、此度の盟約締結、心より御礼申し上げる」
「Hum」

伊達の三歩後ろに付いて山を歩き回る途中、そんな具合でいくつかされた問い掛けにも
当たり障りの無い無難な答えを返しつつ、暫く付き合っていた幸村であったけれど、半刻と経たぬ内

「やめだ」
「…は?」

飽いたし、愉しくねェ。と急に云い出した男が
いきなり立ち止まったかと思うと、先行させていた鷹匠を呼びつけるなり「帰れ」と一言浴びせ
命令に従った鷹匠は逃げるようにそそくさと山を下りてしまったので、ポカンと呆気に取られる。
これでは何の為に山の中を散々歩き通したのか判らない。

「…あの、伊達殿…?僭越ながら申し上げるが、何か問題でも…?」
「Ha?ンなもんねェよ。それよか、オレの質問に正直に答えろ」
「は、はい、某に答えられる事ならば」
「おう。信玄坊主のどこがそんなにイイってンだ?」

あんな老い先短ェ奴なんか見限って、これを機にオレんとこに来いよ。アンタなら優遇するぜ?
と、人を喰ったような笑みを浮かべて不遜に腕を組む男に愕然とする。
云いたい放題も大概だ。何という侮辱。
いかに盟主であろうとも、己の主従関係に口を出された上に主をそのように貶されては
特に信玄を妄信する幸村にとって、甚だ赦せる筈がない。
カッと頭に血を上らせ、握った拳を振り上げようと動くより早く
「無礼であるぞ!」と同じように気色ばんで憤慨した武田の家臣が一歩前に出るも、

「うるっせェな、誰だよテメェ」

短く吐き捨てた伊達に、一瞬で抜刀した不可視の一閃で首を綺麗に刎ね飛ばされ
宙高く舞ったそれは緩く弧を描き、ドサリと地に落ち数度跳ね、何処ぞへと転がって行った。

「…なっ…!」

首を無くした胴体部分は血潮を噴き出しながら
糸の切れた人形のようにバタと頽れ、幸村は短く声を上げ瞠目する。
何が気に入らなかったのか、しかし、いくらなんでも手が早すぎるだろう。
お館様より、「抜き身の刀のような男」とは聞き及んで居たが
よもや此処まで暴君であったとは思わなかった。
少しでも癪に障れば、他国の臣だとて躊躇なく手討ちにする遠慮のない傲慢さが恐ろしい。
触れると斬れる、ではなく、触れずとも斬られる
そんな危険を孕んだ男だと、この瞬間理解した幸村は、ゴクリと息を呑んで
残りの家臣達に「動くな」と言外に含ませ片手で制した。

「で?答えは?」
「……折角のお言葉でござるが、某、応じかねる…」
「あっそ。まァいい。とりあえず暇潰しが先だ。オレとゲームをしようぜ?幸村」
「…なに?」
「遊べっつってンだよ。よし、hide and seekに決めた。隠れんぼだ、隠れんぼ」

ピッと一振りで血糊を払った伊達が、懐から取り出した懐紙で
刀身を手馴れた手付きで拭いながら矢継ぎ早に、かつ一方的に云い切る。
最初、幸村は男の言葉を理解できなかった。
一国の主が、事もあろうに童がするような遊びをしたいなどと、莫迦莫迦しいにも程がある。
一体何の冗談だと、眉間に皺を寄せた途端、「やるのか?やらねェのか?…どっちだ?」
不機嫌な声色で呟いた伊達が、右手に下げた侭であった刀の切っ先を
幸村の背後に居る家臣に狙いを定めるかのようにユラリと向ける。

(…今の独眼竜は何をするか判らない…)

そう悟った幸村は、これ以上伊達を刺激せぬよう
なるべく表情から険を取り、「では、お相手致す…」と従順に頷いて見せた。

「Good!ンじゃ早速、ルールを云うぜ?」

すると先程までの不興っぷりが嘘のように、パッと破顔した男は嬉々として口を開く。
まるで小さな子供だ。

「一、範囲はこの山の中のみ。
 二、刻限は麓の町の入相の鐘が鳴り終わるまで。
 三、オレが勝ったらアンタが奥州に居る間、何でも云う事に従ってもらう。」

もし途中で逃げ出したり、ルール(きっと今云った掟のことだろう)を破れば
今回の同盟は破棄だと脅し文句をろうする男に
幸村は内心で切歯扼腕しながらも「あい判った」と肯んじた。
まずは折角結んだ盟を守るのが最優先だ。
(それは武田の臣達も判っているのだろう、反意なく事の成り行きを見守っている)

「さてと、なら早速始めようじゃねェか。好きな処へ隠れな」

云ってしっかりと隻眼を閉じた男を後目に、それを合図と取った幸村は背を向け走り出した。
空を見上げれば、陽は正午よりもいくらか傾いており、夕暮れまではざっと二刻ほど。
それまで隠れ果せれば何の問題もないのだから、とりあえず適当な処にでも身を隠せばいいだろう。
されど、中々それが難しく、四方にウロウロと視線を巡らせる。
というのも、森ゆえ隠れ易そうな場所など其処ら中にあり
逆にこうも多いと何処にしようか迷ってしまうものなのだ、と気付いた。
土地勘も無い幸村にとっては尚更である。

「もーイーかーい?」

そんな幸村の耳に、遠くの方から声が聞こえた。伊達の声だ。
…これは、よく童達がしているように「まーだだよー」などと答えねばならぬのか。
少しばかり逡巡したけれど、返事をせぬ事によって、探し始められては堪らない。
だってまだ隠れても居ないのに。
意を決し、恥ずかしながらも大きな声で

「まっ、、まだにござる…!!」

と叫んだ。
ちゃんと聞こえているのかどうかは定かではないが、兎にも角にも、とっとと隠れてしまおう。
行く手を邪魔する木々の枝葉を払い除けながら
逸る気持ちで彷徨っていると、再び「もーいーかい」と鬼の声が急かす。
まるで早く探したくてしょうがない、ウズウズしている
そんな響きを含んでおり、幸村はゾクリと寒気を感じた。
あの男、どうやら本気で愉しんでいるようだ。

「っこうしては居れぬ…!」

独りごちつつ焦って森を突き進んでいると、巨大な岩壁を見つけ
苔生した岩の下の辺りには、ちょうど人一人が伏せて入れるぐらいの隙間がある。

「…よし!」

此処が良さそうだと判断し、這いつくばってジリジリと入り込んだ処で
「もう良いでござる!!」と声を張り上げた。
さぁ、これより先は身動きならぬ。声も駄目だ。
ただじっと時が過ぎるのを待つのみ。
戦場で大音声で名乗りを上げて二槍を振り回し、幾つもの死線をかいくぐって来たというのに
こうして大人しく息と身をひそめて居るだけで異様な緊張に襲われ、ドッドッ、と心臓が動悸を打つ。
決して見つかりたくない、見つかってはならない。
奥州に居る間中、ずっとあの男の云いなりになるなど、考えるだけで頭が痛い話だ。

「…………」

そして静寂の中で黙待すること暫し
時折、小鳥の囀りと、風に撫でられた草木の葉擦れの音が耳に届く。
始まってから、どれぐらいの刻が過ぎたのであろうか…
もう一刻以上は経った気がする。
鬼は今頃、どの辺りを探しているか…まだ日暮れは訪れないのか…
そんな思考ばかりが浮かんでは消え、長時間同じ姿勢でいる所為で固まった躯を僅かに動かして解す。
昔から鬼ごっこは得意で負けた事はなかったが、隠れんぼだけは酷く苦手だった。
すぐに見つかってしまう。
何故なら、

(……そろそろ、移動するか…)

ずっと一処に居るのは我慢ならない性分だからだ。
幼い時より、動いて何かして居ないと落ち着かない処があり、今でもそれは同じ。
そろりと顔を出して周囲を窺って安全を確かめてから、静かに岩の隙間から出て森に入る。
下手に走って音を立てては不味かろう、慎重に木の陰を伝うように
油断なく辺りを警戒しつつ歩いて、見付けた巨木の洞(うろ)の中に蹲った。
そしていくらか時間が経てば、また抜け出して次を探す。
そのようにして、何度か隠れ場所を変えながら移動し続け
程なく豊かに茂った草叢に辿り着き、これは良いと中心の深い処まで分け入って、片膝をついて屈み込んだ。
ふと空を見上げると、いつの間にか燃えるような茜色に染め上がっており、そろそろ鐘が鳴る頃だろう。
果たして、耳を澄ませば遥か遠くより、微かに一ツ目、二ツ目と鳴り始めた鐘音が聞こえる。

(嗚呼…、何とか無事に隠れ遂せたか……)

ほっと安堵の溜息すら吐く幸村は、まだ全ての鐘が鳴り終えていない内に早くも緊張の糸を解き
背後から忍び寄る蒼い影にも、まったく気付かない。
そして、

「見ィ〜つーけたァ〜」

謳うように抑揚をつけた囁きが突如耳元でしたかと思うと
逃れられない強さでそっと両肩を掴まれた。

(…ッ?!、ばっ、莫迦な…!!)

いくら気を抜いて居たとは云え、背後からの接近に気付けない筈がなく、驚愕する。
日頃の鍛錬の中でも、死角からの攻撃に備えて十分な修行をして居た。
ゆえに忍の輩でもなければ、易々と後ろを取られるような無様はありえない。
いやそもそも、この鬱蒼と広がる森の中を、どうやって見つけ出したというのだ。
此奴、もしや千里眼か何かかと、ゴクリと息を呑めば

「何も不思議がるこたァねェさ。アンタが通った後、一発で判ったぜ?
 枝とか折れてたし、足跡もバッチリ残ってやがった」
「…!」
「それに、どんなにうまく隠れたって意味ねェよ。気配ダダ漏れだ」

今後の為にも、気配の殺し方は身につけといた方がイイぜ?
云って、竜はクツクツと咽喉で嗤った。
…この男、ただの暴君ではない。
ゾクと戦慄を覚え身を強張らせると、冷や汗で項に張り付いていた後ろ髪を丁寧に取り梳かれ

「GAME OVER」

低く耳朶に吹き込まれた異国語と同時、最後の鐘の音が虚しく山に木霊した。

 



【終…?】


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あとがき

暴君筆頭推参★もしくは、無茶ぶりやんちゃ政宗(笑)
どっちにしろ手がつけられませんww 周りというか、主に幸村がいい迷惑ですね!
ワガママ自己中な筆頭と幸が遊んでる(遊ばれてる?)寒い構図が書いててツボだったので
『暴君シリーズ』とか銘打って、もしかしたら続きを書くかも知れないです(^^)v

2011/04/02  いた。