『掠り傷とてご用心』(長編小説Tranquilizer設定にて、番外編)

 

米沢城、御座所の前である。
主に呼び付けられた片倉は、すらりと襖を開くなり、軽く目を瞠った。

「…珍しい。真田は一緒ではないのですか」
「あぁ、このくそ暑ィ中、町まで団子を買いに行くンだとよ」

難儀なこった。オレは小十郎にでも買いに走らせろと云ったンだがな、
自分で行って来ると云い張って聞かなかったンだ。
と云って、伊達はパタパタと団扇を扇ぎ、気休め程度の生温い風に眉を顰めた。
聞き捨てならない科白はともかくとして、土用近付く水無月の大暑の節気である
外はカンカンに照った陽が容赦ない。
大丈夫かと心配する片倉に、「あの体力バカには余計な世話だ」
とカラカラ哂うので、まぁそう云われればそうだと納得。
差し当たって、目の前で今にも蒸し死にしそうだというような顔で団扇を扇ぎ続ける城主に
水桶でも持って来ましょうかと勧めたが、

「それより、うまい茶ァ冷やしておいてくれよ」

もうすぐアイツが帰って来る、団子をたっぷり持ってな。
口角を上げるので、なるほど、他でも無い、呼んだのはこの為かと頷く。
なればすぐにでも、と座敷を後にするその前に

「真田と離れていて、大丈夫ですか?」
「あ゛?…そうだな、一日ぐれェならNo problemだ。それ以上は保障できねェ」
「左様ですか。ならば宜しいのですが…」

一番気がかりだった事を確認し、ひとまず安堵の息をつく。
まさか団子を買うのに半日もかかるまい。
例の恐ろしい発作が起きる事は万に一つとて無かろう、片倉は今度こそ座敷の襖を閉めた。

(…しかし、真田のやつ、あの色気でよくも外なんか出歩きやがる…)

むしろ、そっちの方が心配だった。
なにせ、浮名の絶えなかった伊達が片時も手放さず溺愛しているのだ
男である筈の幸村に、元よりなかったものが滲み出たとて、なんら不思議はなく
それを仕方ないと云ってしまえばお終いだけれど
当の幸村が自身の変化に無自覚であるので、尚のことタチが悪い。
つい先日も、物憂げに縁側から庭を眺めていた姿に見惚れていた家臣を
「手ェ出したら政宗様に殺されるぞ」と片倉が叱り付けたばかりである。
残念ながら、これは脅しでもハッタリでもなく、正真正銘起こり得る事で
もしも幸村に手を出す輩が居れば
家臣だろうが町人だろうが第六天魔王だろうが、確実に闇に葬られること間違いない。

(……面倒な事にならなきゃいいがな…)

片倉は引き攣った笑みを浮かべた。

 

−−−−−−−−−−−−−−

 

「ご主人、だんごを下され」

城下町、人や荷車の往来多く賑わう大通りに軒を連ねる店の一つ
城の侍女達が「町一番」と教えてくれた甘味処の前で
幸村はニコリと笑みを浮かべ店主に声を掛けた。

「まいど!いくつ包みましょうか?」
「50本ばかり」
「…は?」

笑顔が愛らしい客だと、店主が愛想良く対応したのも束の間、耳を疑う。

「ん?聞こえませなんだか、ごじゅっぽん、と申したのだ」

幸村は先程よりもゆっくり云い直したのだが
店の主人が確認したかったのは其処ではない。

「…あの、、そ、そんなに一体どなたが…?」
「む?決まっておろう!
 某のが十本(食後のおやつ朝用)
 某のが十本(食後のおやつ昼用)
 某のが十本(食後のおやつ夜用)
 某のが十本(夜中の夜食分)
 土産が十本(政宗殿へ)、しめて五十本だ」
(ちなみに幸村の団子購入基本単位は最低でも十きざみである)

何か問題でも?とキョトンとした風に小首を傾げるので
店主は「殆どあんた一人が食べるのか!」と思わず叫びそうになった。
可愛い顔して、よくもまぁ素っ頓狂というか何というか
とにかく度肝は綺麗に抜かれ、目をしばしばさせる。
されど、其処は腐っても商売人、上っ面は平常を保ち、辛うじて「あい判りました」と返事をした。
まさか客相手に下手な事は云えぬし、さも当然とばかりに云い切られては、此方は頷くしかないだろう。
そんな事より、店頭に用意してある商品が、ものの十秒で買い占められてしまったのだ
店の棚はすっからかん、次の客に出す物が無いのは非常に不味い。
大量に品物が売れたのは大いに結構だが、店は回転率が勝負である。
大急ぎで新しい団子を作らねばならぬし
そもそも、50本もの団子を一度に包む手間が大変で仕方ない。

「なに、焦らずとも、ゆっくり包んでくれればよい」

そんな店主の心情に気付いて居るのか居ないのか
優しい言葉を掛ける幸村はと云えば、早くも団子のお代(無論、伊達が用意し持たせてくれた)を
チャリチャリと巾着から出して、大事そうに握っていたりする。

「…お、大急ぎでやらせて頂きます…;」

店を始めて長年になるが、こんな客は初めてだと
嬉しいような、悲しいような、、店主は泣く泣く団子を風呂敷に詰めていった。

 

「…っお待たせ致しました…!包めましたよ、お客さん…!」
「おお、かたじけない。それでは頂戴いたす」

たっぷり一ト切り(約10分)は経った頃、漸く全てを包み終え
息の切れ掛かった店主の声に、幸村は頷いて銭と引き換えに団子を受け取って店を後にする。
追いかけるように、「次に来る時は、前もって云って下さいよー!」
と云う背後からの声には、「心得た!」と欣快に答えた。

「…しかし、暑いな」

空は晴天、陽射しは鋭く、汗も流れる。
歩き通しの身にはちとキツイが、お目当ての物が手に入った喜びに比べれば、何のその。
早く政宗殿にお持ちせねば、と想うだけで、ゆるりと自然に顔が綻ぶのだから
案外己にも甲斐甲斐しい処があったのだなと、緩む口角を僅か上げる。
その優しげであり何処か困ったような表情が、あんまりにも優艶で
たくさんの団子が入った大きな風呂敷を両手いっぱいに抱えている姿と果てしなくチグハグであり
本人まったく与り知らぬ処で、道端の女子達だけでなく
往来する男共の頬までも赤く染めて動揺させる程には、十分であった。

「ん?」

とその時、幸村は徐に立ち止まって視線を下げる。
然もあらん、目の前に齢十ばかりの男児が一人、物欲しげな目でじっと此方を
正しくは幸村が腕に抱えてある団子を見詰めているのだ。

「……欲しいのか?」

問えば、一寸の間をおかずコクコクと頷くので、

「………仕方ない。一本だけだぞ…?」

物凄く悩んで葛藤した末に、腰を屈ませ、団子を取らせてやった。

「兄ちゃん、ありがとう!」

途端にニコォと破顔した童は、遠慮なく団子の串を掴み、礼を云うと
幸村に空いた方の手を振りながら、走って帰ろうとするのだが
如何せん、前を見ていなかったのが悪い

「…いってェな、クソ餓鬼…どこ見てやがる」

通り掛かりの男に真正面からぶつかり
尻餅をついて「ごめんなさい」と謝りかけた子供の顔から、ザッと血の気が引いた。
腰にこれ見よがしに長物を差した男の見て呉れが、明らかに粗暴な破落戸(ゴロツキ)だったからだ。
最近、町に四つ辻斬りが現れなくなった所為か
こうした素行の悪い輩が幅を利かせるようになってきたのである。
(奇しくも、これまでは伊達の「四つ辻斬り」としての存在自体が、抑止力になっていたようだ)

「お行儀の悪い子には、お仕置きしねェとなァ!!」
「ッ待たれよ!相手はまだ子供だぞ!」
「あぁ?何だテメェは」

今にも乱暴を振るいそうな男の前に、幸村が咄嗟に童を庇うように飛び出すと
「邪魔をするならテメェも痛い目みるぜ」と、険悪な目と唸り声が向けられる。
されど、幸村を見るなり、その視線はギラついた物からねっとりとした粘着質なものに変わって
上から下までじっくりと舐めるように流れた後
もう一度確認するが如く、無遠慮な其れが、また上へ戻り

「…へぇ?」

不精髭の生えた顎に手を当て、男はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
その心情、妙な正義面した町人ならば此の一振で黙らせてやろうと思ったが
やめだ、そんな勿体のない事ができるものか、だ。
抱えた風呂敷からはみ出ている団子はこの際なしとして
此方を睨みつける強い眼光を更に差し引いたとしても尚
それを上回る、整った顔立ちに滲む艶である。
否、むしろ全身から漂うコレは、もはや香だ、惹き寄せられてどうしようもない。
白い首筋に、ツッ…と汗が流れ、共衿の間から僅か見える鎖骨にまで達する様ですら
何やらやたらと淫靡で官能的に見えてしまう。
栗色の長い髪房が、その汗ばんだ首元に幾筋か張り付き
ゆるやかに肩や胸の方に流れている様も、なかなか良い。

知らず、ゴクリと生唾を飲む。

臆しもせず歯向かう姿は、それこそ敢然ではなく婉然であり
痩躯過ぎぬ躯付きは組み敷き甲斐が事の他あろう
着物の裾から見えるほっそりとした足首など、掴みたくてしょうがないし
無論、その奥を暴きたいと欲するは当然にして湧き上がった劣情である。

なんだ、この、匂い立つ妙な色香は。

堪らない。
何処の誰かは知りもせぬが、
(まさか、町を震え上がらせた四つ辻斬の手付け済みである事も
すなわち奥州国領主の気に入りだと云う事も、ゆめゆめ存じていよう筈もない)
例え男だろうが何だろうが、これは、是非とも手に入れたい…!
身の程知らずにも、そう望んだのが、この男の人生最大の過ちであった。

「…よォ、だったらテメェが責任取ってくれんのかよ」
「詫びよと云うなら、某がいくらでも詫びよう。童には手を出すな」
「くはは!そいつはいい、お前が大人しくしてるなら、考えてやる」

云うなり、幸村へと近付き、臀に手を廻して鷲掴む。

「…なるほど、そういう事か」
「へ!可愛い顔して生意気な口を利きやがる。それが人に詫びを入れようってェ態度かよ?あ?」
「…まことに申し訳ござりませぬ。これで満足であろう?その小汚い手を放せ」
「ッ!テメェ、嘗めてンのか…!!」

周囲を惑わすような凄艶さとは裏腹に、酷く冷めた幸村の煽り言葉にいとも易く激昂した男は
カッと頭に血を上らせた勢いで腰の長物を掴むと、真昼の町中であるにも関わらず抜刀。
幸村は反射的に身を捻り、最初の一太刀を紙一重で躱すが、僅かに切っ先が頬を掠め
鋭い痛みを伴い、ツゥと鮮血が滴って、一滴ポタリと地面に落ちた。

瞬間、幸村の目付きが変わる。

抱えていた団子を、背後で震えていた子供に預け
無言でゆらりと男の方へ向き直ったかと思うと、

「…貴様…、なんと云う事を! 許さぬッ!!」

噛み付かんばかりに吼え、帯刀していた得物を鞘から引き抜きざま、破落戸の脇腹へと横一閃。
目にも留まらぬ、とはよくぞ云ったものだ。
誰もが直後の血飛沫を覚悟したが、「ぐ、ぅ…」と白目を呻いて倒れた男の腹は綺麗なもので
要するに、峰打ちである。
とは云え、あっという間に悪漢を片付けてしまった幸村に、周囲はやんややんやの拍手喝采。
団子を預かったまま腰を抜かしていた子供も「スゲェ…!」と感動して目を輝かせ
更に極めつけは、幸村がポツリと呟いた次の科白である。

「…某に傷をつけてよいのは、政宗殿だけだ」

それが聞こえたのは、すぐ近くに居たこの童だけであったが
意味は良く判らずとも、凜とした立ち姿や言葉の醸す特別な雰囲気は、十分に理解できるもので

「……兄ちゃん、綺麗だな…」

思わず感じた事を素直に口に出せば、振り返った幸村が、はにかむように苦笑した。
見るなり、カァァッっと幼いながらも面映げに頬を赤く染めた童の反応は、云ってしまえば当たり前
剣の腕は勿論のこと、容姿も言動も全て華艶で凛々しく申し分ないのだ、憧れというより魅了に近い。
そうして己が見惚れられているなどと、これっぽっちも気付かぬ幸村は
子供から団子を返してもらい、別れも漫ろに城への道を急いだ。
下らぬ事に時間を費やした焦りからではない。
散々云い含められていたのに、伊達以外の手によって傷を負ってしまったからだ。

…まずい、大変まずい。

これを知った時の反応なぞ、容易に想像がつく
きっといつぞやの時のように怒り心頭に発し、とんでもない仕置きを慣行する筈である。

「さて、困った事になった…」

そう独りごちながらも、ひっそりと胸の隅にある期待にも似た確信は
幸村の足を止めはしなかった。

 

―――――――――――――――

 

「ま、政宗殿…?ただ今戻り、、」
「おう、遅かったじゃ………幸村、そりゃァ一体、どういう事だ…?」

座敷の襖を開いて恐る恐る顔を覗かせ、中の男と視線が合って一寸後
飛んで来た剣呑な声に、幸村はその場で固まる。
想像以上の不興振りだ。
やっぱり逃げた方が良さそうだと、慌てて踵を返そうとするが
後ろからやって来た片倉に「こんな処でなにやってる、さっさと入れ」と背を押され、一緒になって座敷へと。
悲しいかな、逃亡は未遂と終わった。

「幸村、今すぐ此処に来て、座れ」
「…は、はい」

静かで抑揚のない声がまっこと恐ろしい。
されど覚悟を決め、抱えていた団子を片倉に預け(その異常な量に辟易した片倉は、思わず何も云えなかった)
幸村は大人しく伊達の正面へ膝を揃えて正座する。
途端、素早く伸びた手に顎先を掴まれ、グイと引き寄せられた。

「………コレは何だ。云え」

その氷のような冷たさに、一番愕いたのは片倉で
待ち侘びた幸村が帰って来たというのに、どうしてそんなにも怒っているのだと
進めようとした茶と団子の準備を途中やめにして、様子を窺う。
するとどうだ、なんと幸村の頬に一筋、真新しい傷があるではないか。
既に血は止まっているようなので、手当ては必要なさそうであるし
掠り傷程度の為、後々痕になって残る事もなかろうが
よもや団子を買いに行った先で、生傷をつくって帰って来ようとは思わなかった。
しかも、よりによって顔に、である。
これは伊達が激怒しない方がおかしい。

「っこ、これには、ワケがござる…!」
「へェ…?一応聞いてやる。話せ」

まるで地を這うような低い声で詰め寄られ
幸村はダラダラと冷や汗を流しつつ、町であった事を洗い浚い話し始める。
しかし、それで納得し怒りを静めるような男ではない事など、百も承知していた。

「……どんな理由があったにせよ、オレとの約束を違えたンだ……どうなるか判ってンな…?」
「っあ、政宗殿…!」

傍に片倉が居るにも関わらず、乱暴に幸村を組み敷いた伊達に情け容赦はない。
燻る怒気も露わに、此方を見下ろす隻眼に射竦められた幸村は
ほんの小さく息を呑んだが、その眸の中に、見間違いようのない色濃い心配の色を見つけ。
申し訳ないと思う気持ちは勿論あるものの、反面、俄かに沸いた「嬉しい」と云う本心は
万が一にも気付かれてはならぬだろう。
まして、伊達にこうして身を案じられる度、震えるような快楽を感じているなどと。

嗚呼、もしや悟られては居まいか、、チラと上目で窺えば

「…今日から三日、寝れると思うなよ」

壮絶な笑みを湛えた伊達に(片倉に云わせれば鬼畜極まりない。この時、流石に空気を読んでそっと座敷を離れた)
幸村は滾った情欲を抑え切れず、ゾクゾクと身震いした。
今すぐにも骨まで喰い尽くされそうで、至上である。
手荒に着物を剥ぐ手に対し抵抗する気も無く
早くも熱く火照り始めた四肢を、ゆっくりと伊達に絡ませた。

 

その後、久々に城下町に現れた四つ辻斬りに
件(くだん)の破落戸がバッサリと斬られたのは、云うまでも無い。

 


 

【終】


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あとがき

もれなく天に召されました(合掌)
もう少し幸村のフェロモンパワーを強調したかったのですが、あえなく失敗…
歩いてるだけで皆が振り返ると信じてやまない今日この頃ですv

2010/05/09  。いた。