※筆頭が変態です。むしろ危険人物です。
 それでも大丈夫!という心の広い方、閲覧の方向で一つ…

 

 

『虎口を逃れて竜穴に入る(上)』

 

野分き立つ秋の口、吹き荒ぶ風が容赦なく全身を打つ平原で
紅と蒼、二色の陣が怒号を上げて入り乱れ、両勢力どちらも拮抗を崩さぬ戦模様にて
渦潮が如く激しい衝突を繰り広げていた。
その荒海のような怒涛の陣中の真っ只中、揺るぎもせず仁王立ち、睨み合うは両軍大将

「……よう、相変わらず可愛いな、真田幸村」
「……まだ、そのような虫唾の走る事を云っておるのか、伊達政宗」

片や余裕綽々に六爪を手に下げ、うっとりと囁く男に対し
片や油断なく二槍を構える幸村は、嫌悪も露わに吐き捨てた。

「Ha、随分な云いようじゃねェか。クク…そこがまた堪ンねェ…」
「ッ、黙れ! それ以上の戯言、某の矜持において、許さぬ…!」
「Ah〜…アンタのその矜持とやら、原型留めねェ程ぐちゃぐちゃにしてやりてェな」
「…くっ!」

「Come on、My kitty」と気に食わぬ鴃舌(げきぜつ)を、さも愉しげに囁く男が
人を喰ったような笑みを浮かべ、幸村はカッと血を沸騰させる。
こちらを挑発する為の言動ではなく、獲物を前に牙を濡らす毒蛇の自重を伴わぬ喜悦であり
況や対等の相手などとは思っていないのだろう
隻眼に揺らめくは歪んだ光で、それがどうしようもなく癪に障った。

「ッ貴殿のその目、不愉快極まる…!!」

完全に冷静さを欠き、怒りに任せて繰り出した槍の一突きだが、易々と躱され
勢いあまって前方へと傾いだ躯に、瞬速で放たれた六閃が
鎌鼬の如く身を切り裂いたと同時、圧倒的な剣圧を生じて
幸村の躯は小枝のように吹き飛ばされ、遥か後方へと数転した。
その衝撃の、なんと苛烈なことか。

「…っう、ぐ……、、!」

さしもの幸村も、これには堪らず蹲って唸る。
息も出来ぬ打身の激痛が凄まじいばかりでなく
ぐにゃりと見苦しく揺らぐ視界が一向に定まらず、立ち上がるは困難
即ち身動き取れぬこの状況、致命的だ。

「Hum、勝負あったな。今回もオレの勝ちだ」

芋虫のように這い伏し地を掻く幸村へ、鷹揚に歩み寄った伊達は
一刀のみ片手に残し、あとは全て鞘に収めつつ、真上から声を降らせた。
その声色には勝利の優越ばかりでなく、仄かに薄暗い情欲めいたものが混じっており
幸村は沸々と湧き上がって来る厭な感覚に、冷汗を滲ませた。

「…っ、く、、寄るな…っ、何を、するつもりだ…ッ」
「ん?そうだなァ…」

問う幸村のすぐ傍へ屈み込んだ伊達は、そう云いさし
徐に片手を伸ばして幸村の栗色の長い後ろ髪を鷲掴んだかと思うと

「もらってくぜ」
「ッ!?」

バッサリと切り取った。
あっと云う間のことゆえ、何が起こったのか判らなかった幸村だが
漸く明瞭になりだした視界に、立ち上がった伊達が手にしている物が見え、ギョッとした。
まさしく、己の髪だ。
陣中のさなかに、突如理解出来ぬ行為に見舞われ、唖然とする。
そんな幸村に構わず、一人満足気な笑みを浮かべた伊達は、一糸たりとも取り落とさぬよう
しっかと握り締めた髪房を片手に、これで用済みだとばかりに悠々と背を向けると
いまだ混戦中の自軍に、

「Hey guys!引き上げだ!」

上がった口角を隠しもせず、短く命令を下すと、さっさと騎乗して身を翻してしまった。
あまりにも突発的な主君の言動に、さすがの伊達軍も混乱したが
御大将について行かぬ訳にもいくまい、みな刀を収め、わらわらと退却していった。

「くっそ…!またもや…!!」

突然の遁走は勿論、先程の云うに漏れぬ伊達の奇行、実はこれが初めてではない。
敵対する奥州と甲斐は長期間に亘って小競り合いを繰り返しており
半月ほど前の国境でも一戦あったばかりで、その時にも、一対一の勝負の末
負けを喫した幸村は、額に締めていた紅い鉢巻を「戦利品だ」と持ち去られた。
国境を護る要である幸村を攻略したというのに、それ以上甲斐に攻め入りもせずに、だ。
一体何がしたいのだと、頭を抱えて悩んだものの
あの男の真意なぞ、知る由も無い。

いつの間にか野分き止んだ平原に取り残された武田軍同様
ただただ茫然とするしかない幸村だった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「…うわ、旦那ソレ、一体どーしたのよ」
「おお、佐助、遅かったな」

気晴れせぬ小戦を終え、躑躅ヶ崎館ではなく自身の居館にて具足を脱ぎ休む幸村に
お館様の所用にて馳せておった佐助が戻って来たのか、声が掛かる。
されどその目は愕きに見開かれており、「ソレ」と指摘された幸村はと云えば
不機嫌そうに眉を顰めた。

「あ〜、もしかして、また?」
「…うむ」

先の鉢巻の事は無論知っていた佐助なので、察しをつけて問うてみれば
やはり肯定の返事があり、「あちゃ〜」と頭を掻いて溜息をつく。
一度目の鉢巻はともかく、此度の髪房は少しばかり、否、大いに問題だ。

「旦那ってば、えっらい男に目ェ付けられたんじゃないの?」
「ッ知らぬ…!某は何もしておらぬし、そもそも、あんな男に目を付けられる覚えはない!」
「う〜ん、そうは云ってもねぇ、ホラ、旦那ってさぁ、なんかこう…」

変態ウケしそうじゃない?
という余計な一言を、寸での処で飲み込んだ佐助は
初っ端に伊達と幸村が相対した時の事を思い出す。
独眼竜などと世に恐れられる男が、一目幸村を見た瞬間
目付きを変え、その隻眼に形容し難い光色を孕み
半日をかけての凄まじい激闘を経て、更に一層その色が濃く深くなった事を。

(絶対あの時から惚れてんだよねー…)

近頃はこの居館に矢文よろしく、クナイに結ばれた文が打ち込まれ
(すかさず佐助が後を追うと、伊達の寄越した黒臑巾の仕業と判った)
てっきり果たし状の類かと分厚い文を解けば、
懸想文と云うのも憚られるような一方的な言の葉が
つらつらと書き綴ってあり、幸村の心胆を芯からゾッと寒からしめるに至る。

「あ、そうそう、今日も届いてたよ、文」
「…捨てろ」

幸村から云わせれば、「勘弁してくれ」と嘆息するのも至極道理
よく知りもせぬ男に鉢巻を取られるは髪を切られるは
挙句の果てに自分勝手な愛を語る文を間を置かず送りつけられては、ほとほと神経が参りそうであった。
故に陣中で顔を合わせる事すら心底嫌なのだが、そんな我侭で武田の一番槍を疎かには出来まい。
なにより、左様な事でお館様の采配に障るなど、以ての外である。

「…しかし、出来るならば、もう二度と顔も見とうない…」

そんな切実な願いを嘲るように
僅か一週間後、再び伊達が甲斐国境へと進軍してきた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「……いい加減、貴殿も諦めてはどうか?」
「Ha、何をだ?武田との勝敗をか?それとも、」

アンタを、か?
ニィと不気味に吊り上がった口端に、赤い舌がチロリと這い
幸村は己の項の毛がザァッと逆立ったのを感じて身震いした。
目前の男の科白が気味悪かったのと、例の如く一騎打ちを嗾けられ
いつの間にやら戦場の中心から離れてしまい、薄暗い竹林の中に、まさか二人きりという現状が
どうしようもなく恐ろしかったからだ。

「なにをそんなにビクビクしてる。オレが恐ェか?」
「なっ…!貴殿など、恐れてはおらぬっ」
「あっそう。じゃァ何でそんなに震えてンだよ」

まるで、襲って欲しいって強請ってるみたいだぜ?
と、クツクツと咽喉で哂う伊達に気圧され、幸村は思わず一歩下がる。
しかしそれがいけなかった。
瞬く間に間合いを詰めた男の鋭い一刀が、首筋にヒタリと突きつけられ
「あ、」と間抜けた声を上げた幸村は、ゴクリと息を呑んで硬直し

「また、オレの勝ちだな」
「ッ…!」

あっさり決した勝負のあまりなお粗末さに、死ぬほど己の小心を呪った。
腑甲斐無いと自責すれども、いつ首を落とされようとおかしくない状況は覆らない。

「…某の、首をとるか」
「Ah〜?何を云ってやがる、ンな勿体ねェ事なんざするかよ。それより、」
「…?」
「今日は何を貰おうか、迷うねェ…」
「っ!?」

甘く囁いた伊達が不意に手を伸ばし、短くなった幸村の後ろ髪ごと項を掴み寄せ
呼気が感じられるほど間近に迫り、薄い唇が鼻先を掠る。
瞬間、ゾクリと戦慄した幸村は、咄嗟に逃げを打とうとしたが
ツゥと首の薄皮を裂く伊達の刀に遮られ、一寸たりとも動けない。
ぶわりと冷汗が噴き出し、心臓が喧しく脈打った。

「Are you ok?酷ェ汗だぜ?」
「、っう…く、、」
「つーか、アンタの匂い、すげぇ興奮する…」

云いながら、汗滴る首筋に鼻面を埋め、深く息を吸い込んだ男の所作に
全身が金縛りになる程の怖気を覚え、幸村は情けなくも握っていた二槍をガランと取り落とす。
最悪であった。

「Yes、決めた。真田幸村、今すぐ着てるモンを脱ぎな」
「?!」
「グズグズすんじゃねェ」

鉢巻、髪と来て、今度はそう来たか。
この期に及んでまたもや常軌を逸した要求である。
半ば本気で男の正気を疑えど、咽喉笛に刀を突きつけられていては、無論抵抗などできる筈もなく
幸村は慙死に値する恥辱を歯を食い縛って耐えながら
汗で張り付く己の具足を、のろのろと手間取りながらも脱ぎ渡した。

「Thanks、貰ってくぜ」

湿った焔模様の袴や籠手どころか、傷んだ草摺りに至るまで、赤備え一式を小脇に抱え
何がそんなに嬉しいのか、小憎たらしい満悦の面でヒラヒラと片手を振って背を向けた男に
幸村は怒りと羞恥に震えるあまり、罵声の一つも浴びせる事が出来なかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

「なんたる屈辱…ッ!」

戦場から半裸で帰って来た幸村が、そう怒り狂って切歯扼腕するのを
「まぁまぁ、それだけで済んで、逆に良かったじゃない」と佐助が宥めるも束の間
数日後、いつものように伊達から文が届く。
冷め遣らぬ憤りの勢いに任せて幸村が広げてみれば、紅潮していたその顔色は、一瞬で蒼白となった。

それもその筈、文の内容がこれまでになく醜悪であった。

いつぞやの鉢巻は肌身離さず持っているだの、髪房は大事に保管しているだの
おまけに先日の具足は、、…嗚呼ッ、口にするのも悍ましい!
毎夜のように自涜(じとく)に用いているだのと、知りたくもない事ばかりが細かく書き連ねてあり
その過ぎたる気色の悪さと異常さに、幸村はくらりと卒倒しかけた程である。
しかも、此度はそれだけに止まらない。
文の量が一月と経たぬうちに、何倍にも膨れ上がり
(要するに、週に一度という間隔で送りつけられていたものが、ほぼ毎日届くようになったのだ)
この大量の紙束、当然幸村は「見るに堪えぬ」と目を通さずいたが
つい先日、佐助が「ちょっと旦那、コレ見てよ」と
苦虫を噛み潰したような顔で一通差し出すので、仕方なく確認した処

『昨日、団子屋の店主と酷く親しげに話してたじゃねェか。気に入らねェ』

と書き殴ってあり、実際、近くの町の甘味処に立ち寄っていた幸村は
何故そんな事を知っているのだと、度肝を抜かれた。
(恐らくは例の黒臑巾組が逐一見張り報告して居ると見て間違いない。
 他国の将を見張らせるにしても、腕利きの忍連中の斯様な使い道、甚だ誤っていよう)
されど、この際そんな事はどうでもいい。
気に入らないから何だと云うのだ。
痴れた世迷言をほざくのも大概にしろ、と即座に文を破り捨てた幸村であったが
そのたった二日後、あろうことか、その団子屋の主人の生首が館の玄関先へと届き
全身からザァと血の気が音を立てて引いていった。

明らかに、度が過ぎている。
深化というより、悪辣な悪化だ。

「……佐助、あの男は、気が狂うておる…ッ…」
「…うん、ちょーっとヤバいね…。旦那、気をつけなよ」

そんな遣り取りをした、たった四日後に、伊達軍再襲来の報せが届いた。



 

【中へ続く】


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あとがき

すみません、あまりに長くなったので、上中下の3つに分けます; ひ〜;;;orz
追記:「虎口を逃れて竜穴に入る」=「一難去ってまた一難」

2010/10/09  いた。