陣入り乱れる国境である。
数多の怒号が嵐の如く一帯を包み、止まらぬ激争が大地を震わせる中


「テメェら如きがアイツに手を出そうなんざ、嗤い噺にもならねェよ。死んで後悔しなァ」


嘲笑露わに低く吐き捨てた男は、稲妻の如き六筋の刀閃で、瞬時に戦場を斬り裂いた。

 

 

 
『実に酷情』(前編) 
※政宗氏not奥州筆頭、幸村の家臣設定にて。ご注意を

 


「此度の戦も一番手柄はおぬしだな、政宗!」
「たりめーだ。オレを誰だと思ってやがる」


勝ち戦に沸く軍を率いて帰城した政宗を労う快活な声が座敷に響く。
そんな有り難くも畏れ多い城主の褒言に対し、口端を上げ不遜に切り返した政宗へ
「口が過ぎるぞ!」という諫めの言葉は、何処からも飛んで来ない。
居並ぶ家臣達の誰しもが、「此奴はそういう男だ、云っても直らぬ」と
疾うの昔に悟り諦めているからだ。
何より、ニコニコと嬉しそうな笑顔で上座に居座る主自身が全く気にかけないので
いつからか斯様な遣り取りが自然となってしまった。


「ところで、すまなかったな。またおぬしに全て任せてしまって…」
「Ah−?気にすンな。あんな小競り合い、アンタがわざわざ出るまでもねェよ」


至る処で覇権争いが勃発する群雄割拠の乱世において、紛争など常のこと。
起こる小事にいちいち国主が出向いて居ては、国は廻らぬ。
領土が狭ければまだしも、数々の戦で勝利を収め着々と勢力を広げて来た此処甲斐は、大国だ。
右往左往せずとも、どっしりと構えて居れば良い。
と、政宗や臣達に幾度と無く云い聞かされて尚、どんな事にも自ら行動して当たらねば気が済まぬ
人一倍責任感の強いこの男の名は、真田幸村。甲州の頂点に座する男だ。
齢十七という若さながら、世に「紅蓮の鬼」と云わしめる実力は折り紙付きで
炎を纏い戦場を疾駆し立てた赫々たる武勲は数え切れない。
その癖、ひとたび戦から離れれば、屈託のない明るさで無邪気に振る舞い
性根は何処までも真っ直ぐで歪みなく、ほんの細事にも全力で向き合うのである。
一生懸命になるあまり、周りが見えなくなる事もしばしばあるけれど
揶揄ではなく、親しみを込めて、「熱血漢」と、周囲の者達は苦笑混じりに幸村をそう呼んだ。
この荒んだ世に、その眩いばかりの純粋さは、まさしく一筋の光明が如く稀有であった。
だからこそ、民草も信頼を寄せ、安心して日々を暮らし、家臣達も心から慕い、尽くしている。
そんな主が統べる豊国を、隙あらば侵略せんと狙う輩は少なくない。
幸村自身相当な手練であるから、自ら応戦するのも吝かでないが
先も云ったように、迂闊に城主が城を空けて居ては差し障りがあろう。
そこで、此度のような小戦には、決まって彼、伊達政宗が赴いた。
名立たる家臣の中で、幸村が最も信をおいて居るのがこの男であり
その傍若無人さが似合うだけの桁外れた強さと(幸村と同等であると、皆口を揃えて云う)
独眼竜と恐れられる甲斐一番の切れ者っぷりは、主の御墨付きである。
奇抜な智恵と機転の良さは群を抜き、政の面に於いても何かと頼る事が多い。
そしてそれだけでなく、幸村が政宗を気に入っている所以はもう一つ


「褒美は何を望む?」
「Ha、ンなモン要らねェって、いつも云ってンだろ?」
「うむ!そうであったな!」


まっこと清々しいまでの無欲さだ。
斯くも出来過ぎた将が、己のような不出来な君主に仕えてくれて居るのは
本当に有り難い事であり、これ以上なく嬉しい事だ、何物にも代え難いと
幸村は胸を熱くしながら実感しつつ、深く頷いて笑みを浮かべた。


「ンじゃ、オレはもう下がらせてもらうぜ」
「おお!ご苦労であったな、ゆるりと休め!」


今宵の酒宴には遅れるなよ、という声に
ヒラリと片手を挙げた政宗は背を向けると、御座所を辞してピタリと襖を閉める。
そして、


「…オレが本当に欲しい物は、後できっちり貰ってやるから安心しな…」


細く弧を描いた唇からひっそりと囁かれた言葉を聞いた者は、誰も居なかった。

 


――――――――――――――

 


「謀反の気配あり」


という不穏な報告が齎されたのは、隣国へと政宗が遠征に発ってから凡そ二ヶ月を過ぎた初夏の頃である。
しかも、首謀は其の政宗であると、俄かには信じ難いものだった。
何故左様な事が明るみになったかと申せば
「経過は上々」という定期報告を寄越しておきながら、中々帰って来ぬ男を不審に思った城の臣が
遠征隊の別の者に文を宛てた処、すぐにも返書が届いたのであるが
「何の問題もない」と綴っておる筆墨それその物に重大な問題があったのだ。
簡潔に云おう、筆跡が違う、つまり欺書であった。
斯様な欺瞞と来れば通款(敵方への寝返り)だと、相場は決まっている。
されど、


「そんな莫迦な話がある訳なかろう」


と一蹴したのは、他ならぬ幸村だ。
然もあらん、政宗への信用は厚く固い。瑣末な事で決して揺るぎはせぬ。
そうまで強く云い切られては、家臣達もそれ以上の言及は出来ず、押し黙るしかない。
しかしながら、世は主君を弑すなどと云う大逆で下剋上が罷り通る動乱の時代だ。
よもや彼らとて、主の右腕とも云える男を疑いたくはないが
大和の松永然り、最悪の事態も万一に有り得るのだという事を考慮に入れ
幸村に気付かれぬよう秘密裏に間者を用意し、「奴の動向を探れ」と急ぎ走らせた。

 

 

処変わって、甲斐に接する隣国は領内、敵大将の居城である。
其処に政宗は居た。縄を打たれて居らぬ処を見ると、此処での立場は捕虜ではない。
つまりこの時点で、彼へ掛けられていた疑いは確たるものになった訳だが、何かがおかしい…
天井裏に隠れた忍にそう思わせたのは、目前の状況がどうにも腑に落ちないからだ。
城主の姿が何処を探しても見当たらず、其れどころか
その城主が居座るべき上座に、何故か政宗が鷹揚に脇息に肘を付いて凭れ掛かり
胡坐を崩し片膝を立てて寛いで居る。
一瞬、彼奴は敵城の占拠征服に成功しており、嫌疑など取越苦労に過ぎなかったのかとも思うたが
それならば遠征隊を引き連れ、とっくに甲斐へと戻って居る筈だ。
…そう云えば、屈強揃いの真田軍の姿が、否、影一つ無い。
これは、もしや、、


「Hey、其処で何してる」


不意に、天井に向かって声が掛かる。
完全に気配を消して居たというのに、どうして感付かれたのかと瞠目し
瞬時に姿を晦ませようとしたものの、それより先に天井板が下から切り崩され
轟音と共に無様に真下の座敷へと落下した。


「Who are you?なんて訊くまでもねェな。わざわざ甲斐からご苦労なこった」
「…!」
「そう愕くなよ。spyの一人や二人、来る事は予想してた。
 しっかし今更になって諜報たァ、のんびりしてやがるぜ」


まァお陰で邪魔な熱血真田隊は片付けれたし、そろそろこっちの準備も整う。
という意味深な呟きを、忍の男は聞き逃さなかった。


「…準備?どういう事だ」
「Hum、忍の癖に喋ってンじゃねェよ…
 と云いてェところだが、最近オレは気分がイイ。特別に教えてやる」


近々、甲斐を落とすぜ? と云って、男はニィと口角を上げて見せた。
果たして、甲斐に居る家臣達の不安はやはり杞憂などではなかったのだ。
末恐ろしい事に、主に最も近しい者が、反逆へ走ったのである。
されど、忍の心胆をゾッとさせたのは、そんな外道ではなく


「アイツがどんな顔するか、愉しみだ…」


こう続けた政宗の科白と、隻眼に浮かぶ狂喜染みた愉悦である。


「ッ…貴様のその目…!決してあの方に向けて良いモノではない…!!」
「Oh、奇遇だな。オレもそう思うぜ?」


政宗が「アイツ」と指した人物が誰であるか、すぐに気付いた忍は
御君に迫る、命の危機とは全く別の、尋常ならざる不穏を察し
此処で此奴を止めねば必ずや惨事が起こると、隠し持っていたクナイを抜き放つものの
薄ら寒い笑みを崩さぬ政宗に容易く刀で弾き飛ばされ
寸後、避ける間も無く、強暴な凶刃に脳天をカチ割られた。


 


【後編へ続く】


【小説一覧へ戻る】

 

 


あとがき

すみませっ、長くなったので分けますね;

2011/07/17  いた。