『続・宋襄の仁〜ぬばたま〜』

 

燭台の灯りがじりじりと鳴く。子の刻まで続けられた華燭の典の賑わいから一変、静寂の響き渡る寝所に座した幸村は幽かな音を聞きながら、垂れ落ちる蝋ばかりを眼へ映していた。
「浮かねえツラだな、疲れたか」
蔦の如く身体へ絡みつく腕の先、頻りに己の髪を梳く男の顔貌は振り返らずとも容易く想像がつく。丑三つに相応しく、禍々しい狂気を孕んだ声音が鼓膜を震わせた。精も根も尽き果てた幸村は乱れ切った夜着を整える気力すらないまま、只々愛撫を享受するのみであった。
「この後ろ髪は願掛けか?項が婀娜っぽいじゃねェか」
「……御戯れを」
一房のみ伸ばされた髪が掬い上げられる。日に晒された赤褐色は夜目にもよく映えたが、世辞にも美しいとは言い難い 。糸紡のように人差し指に巻き取られていくそれを視界の端に捉えながら、幸村は眼裏へ焼き付いた先刻の宴を反芻した。

下座の両脇にずらりと並んだ伊達及び田村の家臣は、政宗が現れるや否や、一糸乱れぬ整然さをもって平伏し、恭しく手を取られて後へ続いた正室のかんばせを拝そうと「面を上げよ」の声を待ちわびていた。それに気付きつつ散々勿体ぶる政宗はさながら童のように楽しげであったが、この先に待ち受けるであろう好奇の視線に晒されるこちらは気が気ではない。絢爛豪華な衣の下にじっとりと冷や汗が滲む中、いよいよ発せられた諾の合図に一斉に皆が上体を上げた。
間髪容れず聞こえた息を呑む音に、幸村はきつく目蓋を閉じた。婚礼の儀では被衣に隠れた顔も、色直しの場にお いては丸見えである。姫を見知っている者はあまりに違う面立ちに驚き、知らぬ者は女子にあるまじき髪かたちに目を丸くしているだろう。これは如何なる事か、姫は何処へ、此奴は何れの回し者か。各々の心情が手に取るようであったが、待てど暮らせど上がらぬ罵声に恐る恐る彼奴らを見遣れば、どの者も己を注視したまま固まっているではないか。何やらおぞましくなって横の「良人」を盗み見ると、政宗は有り有りと困惑の表情を浮かべながらも一向に口を開かぬ家臣達をぐるりと見回してから緩慢に唇の端を吊り上げた。
「どうかしたか?」
正に鶴の一声、せせら笑う政宗に一同がはっとする。
「これは失礼を!この佳き日を迎え、伊達家御当主政宗様、愛姫様におかれましては誠におめでとう ござりまする!」
「このように見目麗しき夫婦は見た事がございませぬ!いや、御世継ぎ御誕生が待ち遠しい限りにて!」
愛姫様、愛姫様。衆皆これに同じて言祝ぎ始める様に幸村の肌が粟立った。政宗の側近く仕える伊達の家臣ならばいざ知らず、どう見ても偽物、まして男子であると明白な己を前に田村の縁者達までが口を挟まぬなど異様な事態である。
(よもや、これ程までにこの男の気狂いぶりが知れ渡っていようとは……)
幸村の顔色は死骸の如く白くなった。
「愛姫様、末永き御多幸をお祈り申しげまする」
「……痛み入りまする」
一人の臣下が畳をいざって躙り寄ると、取り繕った笑みを貼り付けた男衆が我も我もと列を作す。未だ顔面蒼白ながらも甘んじて祝辞を受ける幸村とは対照に、政宗は喜色満面で媚びへつらう皆へ頷きを返していた。
「Take it easy. テメエら、こいつに手ェ出したらぶっ殺すぞ。さて愛、次は辻が花染めに着替えてきな。頬には臙脂をぼかしてな」
「は……」
わざわざ己を愛と呼び、紙のような肌色を揶揄する事を忘れないあたりにもこの男の底意地の悪さが窺え、幸村の全身は益々総毛立った。だが、ここで機嫌を損ねられてはかなわぬ。渋々ながら席を立ち、雅な小袖を纏って着座すれば、すぐまた次の衣替えが待っていた。二度、三度、その度に賛辞を送る者達に薄ら寒い心持ちを覚えたものの、この暴君の事、従わねば命がないと解っているのであろう。脂汗に塗れながら畳へ額を擦り付ける者達に哀れみの情が生じるのにそう時はかからなかった。
結局、一晩の内に衣装を取っ替え引っ替えした政宗は六着目にしてようやく飽 きたのか、それまでの嬉々とした様子が嘘のように幸村を連れてさっさと場を辞した。移り気な性分に振り回される周囲は堪らないだろうが、後は己が面倒事を引き受けるのみである。
人心地着く暇なく浴場へ引きずり込まれ、着衣のまま桶を返されれば、贅の限りを尽くした正絹の衣が見る見るうちに水浸しとなった。呆気に取られる下女達を追い出した政宗は「早くその厚化粧を落としな。オレはあんたが青くなったり赤くなったりするのを見ながら犯りてえんだ」と宣うと、やおら幸村の前髪を鷲掴んで湯桶へ頭を沈めに掛かる。拷問よろしく強かに湯を飲んだ幸村だったが、政宗はそのような些事など知った事かとばかり、強引に湯浴みを済ませるとそのまま一戦。抗ったところで何が変わる訳でもないと 身に染みている幸村は、昨日の今日でよくもまあ子種が尽きぬものよと他人事のように感心するのみであった。
果てなく続く交わりにとうとう幸村が正体をなくしかけると、政宗はただぽつり「つまんねエ」と零して瀕死の身体を控えていた侍女へ引き渡し、早急に身支度を整えて寝所へ寄越すようにと含め置き去っていったのだった。

「……此度はいいとして、田村の殿がお知りになられた際はどうなされるおつもりか。如何に伊達家が優位としても、姫が行方知れずなど御尊父様のお怒りは必定にござろう」
「Oh, そんなにオレの身が心配か?可愛いじゃねえか」
(………誰が此奴の身など案じているというのか。誠、気味の悪い男だ)
虫唾が走ったものの、疲弊し擦り切れた幸村には最早表情を変える力もない。返ってそれが色気を醸していると思われているなどとは露知らず、不躾な指が身体中を這い回るのをひたすらに耐える。逸らした視線の先でまた一筋滴った蝋が冷え固まると、しゃれこうべを彷彿とさせる凹凸が象られていった。
「田村ごときが楯突くとは思えねえが、万に一つもなんか言ってきた時は……hum, 一族郎党皆殺しの上、城下を焼き討ちってのはどうだ?赤が似合うあんたへのpresentにもなって一石二鳥じゃねえか。Oh!オレとした事が気付かなくて悪かったなァ!あんたもその景色が見たかったのか!そうと決まれば今からでも構わねえ、逗留してる奴等から片付けて明け方には城攻めだ!……Shit!どうせ火を放つんなら夜の方が綺麗じゃねえか、朝じゃこれっぽっちも面白くねエ!Damn it!!」
「な、何も斯様な事は申しておらぬ!どうかお留まり下され!!」
またしてもあらぬ方へ向いた政宗の思考に幸村は大いに慌てた。不本意ながら白い袖に取り縋ると、あれだけ動いたにも関わらずきちりと合わせられていた衣紋が大きく開く。それまで大人しくしていた幸村の懇願に気を良くしたのか、政宗は酷く満足気に口笛を吹いた。
「Well...、田村を滅ぼしちまったらあんたがオレの側にいる理由がなくなるか。いじらしいな。いいぜ、建て前が欲しいってんなら、もう少し奴らを生かしといてやる」
そうかそうかと頭を撫でつけてくる手が心底汚らわしく感じられたが、何処までも目出度い頭に幸村はほっと息を吐いた。
(仕方がない、某が我慢すれば良いだけの事……。今暫し様子を 見て策を講じるか)
だが、これが地獄の釜の蓋をほんの少しずらし見ただけであったとは、この時の幸村は知る由もないのだった。

それからの数日は正しく阿鼻叫喚、地獄絵図もかくやという壮絶なものであった。己の身体が弄ばれるだけならまだいい。女が政宗に酌をしようものなら「新妻を差し置いて出しゃばんじゃねえよ」と首を刎ね、廊下で幸村とすれ違った臣下の袖が触れたと見れば首を刎ね、庭師が枝を伐採している姿を眺めていれば「早速間夫を作ろうってのか」とまた首を刎ねた。城中の者達が幸村の姿を認める度、彼方に退き、此方に転がり、或いは停し、また一方では脱兎として逃げ出した。
しかし、悋気を起こす割に政宗は事ある毎に正妻として幸村を引っ張り出しては見せびらか すのを止めなかった。その都度増えていく生首に城内には得も言われぬ緊張が走っていたが、政宗の戯れは続く。さすがに他家の重臣にまで手を掛けるような真似はしなかったものの、先んじて噂を耳にしているであろう者達の及び腰は想像に難くない。
いかに政宗が奇怪な性癖の持ち主であると理解していても、己一人の為にこれ以上の犠牲を払ってはならぬ。耐えかねた幸村が意を決して止めてくれるよう願い出ると、政宗は待っていたとばかりの敏活さで村を一つ焼き払った。見せしめである。駆け落ちした愛姫の為、そして政宗と己に関わる全ての人間の為、雁字搦めとなって自害もままならぬ幸村はいっそ家臣の某かが誅殺を企ててくれはしまいかと儚い期待を持ったが、そのような考えが脳裏を過った 時に限って政宗は「Ah〜、誰かオレを殺そうとしていやがるなア」と鼻歌交じりに呟くのだから始末が悪い。幸村だけでなく、伊達の臣下、田村の者達ですら、そんな妖力めいたものでも持ちあわせているかのような政宗に歯の根が合わぬ日々が続いていた。その様に愉悦を浮かべる当人たるや悪鬼も及ばず、げに恐ろしき兇悪を孕みつつ呵呵と笑っているのだった。

そんな戦々恐々とした毎日を送っていた幸村に一つの進物が届けられたのは、あの忌々しい婚儀から二十日程が過ぎた頃であった。
「そら、手土産だ」
「……恐れ入りまする」
平生であれば政務を執っている刻限、突如として室を訪れた政宗はいやに上機嫌で上座へ腰を下ろした。束の間の安息を取っていた幸村と田村から供をして来た 侍女達は、思いも寄らぬ客人に内心穏やかでないながらも慌てて歓待の意を示す。ある者は白湯の用意を始め、またある者は二人の邪魔にならぬように几帳の裏へと身を隠した。
「……これは?」
差し出されたのは黒に金蒔絵の施された塗箱だった。
「いいもんだ。遠慮しねえで開けてみな」
「はあ……」
それでは失礼仕る。実のところ全く気乗りしない幸村であったが、政宗が手ずから持ち込んだ品物を断るなど、また一人贄を作ってくれと言うようなものだ。努めて楚々とした態度でもって蓋に手を掛けると、中にあったのは艶やかな光を讃える髢(かもじ)であった。
「あんた、人に会う度に髪を気にしてたろう?顔は化粧で誤魔化せてもこっちはどうにもならねえからな。妻の悩みを取り除 いてやるのも夫の務めなんだぜ?」
「………左様で」
何が「妻」なものか。吐き気を催す幸村を気に留めるでもなく、政宗はぐいとその肩を抱き寄せると赤茶けた髪を殊の外愛おしげに梳いてくる。
「オレとしちゃあ、こっちの方が気に入ってんだが他ならぬあんたの為だ。一級品を用意してやったんだぜ。ほら、触ってみな。いい具合に仕上がってると思わねえか」
「あ……」
言い様、右の手首を掴み上げた政宗は躊躇いと強張りの隠れぬ幸村の掌を髢に導くと、にやにやと何やら含みのある笑みを浮かべたまま、たっぷりとした黒髪の感触を検めさせた。吸い付くような手触りはこれが確かに上等な品であるという事を伝えていたが、触れれば触れるほどに纏わり付く冷たさに幸村は言い知れぬ戦 慄を覚えた。
(……何だ、これは)
未だかつて味おうた事のない寒気に、知らず総身に震えが走る。寵愛甚だしい幸村の一挙手一投足すら見逃さぬ政宗の隻眼は炯炯としてその状をつぶさに窺っていたが、幸村は長い髪から伝播するおぞましさに気を取られてそれどころではない。無念、悲愴、恐怖。怨霊めいた冷気がしんしんと身を凍らせていく。
とその時、ようよう白湯の準備を終えた侍女が静かに障子を開けた。
「―――っ!!」
途端、盆ごと畳を転がった湯呑み茶碗に幸村が驚いて女を見れば、その面蒼然として、僅かに開けられた口がわなわなと微動を繰り返しているではないか。驚懼に固まる目線の先にはどういう訳か、美しい髢の収められた塗箱があった。
「Oops!大事なpresentが湯を 被るところだったじゃねえか。“愛”の金魚の糞は躾がなってねエな」
「申し訳もございませぬ!幸いにも髢は無事でございますれば、何卒お咎めは我が身一つとして頂きたく!………?」
失態を庇うべく咄嗟にひれ伏した幸村であったが、謝辞を述べるでもなく、また微動だにせぬ侍女の只ならぬ気配に嫌な予感が心の臓を高鳴らせた。
(髢……、髪……、女の髪、それもこの上なく見事なぬばたまの………!)
「まさか……」
「Right. あんたに被せるのにそんじょそこらの女の髪じゃ何だろう?オレもあんな女の事なんぞすっかり忘れちまってたが、曲がりなりにも高貴な出っつーのを思い出したって訳だ。ちょうどいいのがいて良かったなア、幸村」
「ひ、姫様……!」
相も変わらず飄々とする政宗に、盆を取り落とした侍女が崩れ落ちる。さもありなん、出家の身でもなく、まして好いた男と連れ立って逃げた筈の愛姫が髪を失うなど、男子である幸村ですら同情を禁じ得ない一大事である。幼少の砌より世話を焼いていたであろう侍女の心中たるやいかばかりか。頭に血の上った幸村は、ほとばしる激情のままに政宗の胸ぐらを掴み烈火に燃ゆる鬼神の如く目を見開いた。
「何とむごい事を!して、愛姫は如何したのだ!?よもや殺め たのではなかろうな!!」
「Wow、あんたから迫ってくるなんて珍しいな。Here kitty、いいこだぜ」
仁王さながらの気迫を見せる幸村が喰ってかかってもまだ、政宗はまるで毛の逆立った猫でもなだめるかのような優しげな仕草でもってその背に両腕を回してきた。何処までも人を舐める事を止めぬ狂人に、ついに堪忍袋の緒の切れた幸村が政宗の脇差しに鋭い視線を送る。一触即発、ぴんと張り詰めた空気に几帳の影にいた侍女達もまた必死にそれぞれの口を押さえ、固唾を呑んで事の成り行きを見守った。だが、そんな剣呑さなど意に介さぬ政宗は至極落ち着き払ったまま寵姫の顔に唇を寄せると、そのまま薄い耳たぶに口付けを一つ。
「Don't be so serious. オレもそこまで鬼じゃねエよ」
睦言のように囁かれた意外に過ぎる一言に皆が瞠目すると、政宗は改めて幸村の身体を抱き直した。
「で、では、姫は御無事で……!」
断髪せんとした悪辣さは変わらず業腹であったが姫はまだ年若い。数年もすればある程度まで髪も伸びるだろう。命あっての物種、ほうと安堵の息の漏れる中、幸村もまた希望を宿した瞳で政宗を見上げる。死臭漂う城内に半ば軟禁されていた面々には、この針の先にも満たぬ情けすら有難く思えてしまうのであった。
「御恩情、誠に……」
「Wait」
然して菩薩でも拝み倒すかの如く双眸を輝かせる幸村達であったが、口上を述べ終わる前に遮ったのは他でもない政宗である。何事かと小首を傾げれば、政宗は徐に形の良い顎をしゃ くり上げると、うっそりとその目蓋を細めたのであった。
「それがなぁ、髪は女の命だとかほざいて男の方が逆上しやがったから斬って捨てたら、後を追ってあっさり自害しちまったらしいぜ?せっかく人が仏心で見逃してやろうってのに、本物の命を粗末にするなんざ頂けねえよな、全く」
「………は?」
信じ難い言の葉に、幸村は一瞬目の前の男が何を言ったのかわからなかった。間抜け極まりなくあんぐりと大口を開けたままでいると、政宗がさも可笑しそうに口腔へ三指を突っ込んでくる。
「うっ!げえっ!!」
堪らず嘔吐いた幸村の背を一撫でして、政宗はまたもや残酷な報告を続けた。
「おいおい、大丈夫かあ?心配しなくてもこの髢は死人の髪なんざ使ってねえよ。ちゃあんと生きて るうちに切り取ってやったんだ、気持ち悪ぃ事なんかひとっつもねえ。まあ、髪を切られた時点であの女にとっちゃ死んだも同然だったんだろうがなア。気の毒な事で」
「な、んという…っ、非道な……!……げほっ!!」
「非道?おっ死んじまったのはあいつの勝手だろう。オレは誓って殺せなんて命は下してねえ。そんな事したらあんたが泣くと思ってな、ま、オレなりの慈悲ってヤツだ」
尚も咳き込む幸村を抱き止める腕には罪悪感などまるでない。悲鳴を上げて卒倒する侍女達など見向きもせず、政宗は当然とばかりに幸村のみを介抱した。
(何が慈悲か、仏心か!この男の事だ、はなから両者とも葬り去る算段だったに違いない!)
憎悪やら嫌悪やらで気が触れそうになりながらも、幸村は 数歩先で腰を抜かしている侍女を見る。最早、女達の中で正気を保っているのは始めに髢を目にしたこの侍女一人であった。興味など微塵もないのだろうが、幸村が侍女の身を憂慮した事に気付いた政宗がふと女へ顔を向ける。よもや口封じに殺す気ではとどうにか上身を起こした幸村を穏やかな所作で制した政宗は、失禁寸前となっている侍女へ意地の悪い笑みを投げかけると、歌でも口ずさむかの如き軽快さで「田村に余計なこと吹き込んでみろ、お前ら全員磔獄門、翌日には総攻めだ」と言い放った。
その悦楽に浸りきった微笑みが掃かれた口元に、幸村は何もかもが手遅れである事を知る。事実、政宗に口止めをする気があるのであれば、これまで城の者どもを斬ったように首を跳ねれば良いだけだ。口先 ばかりの忠告をする理由はただ一つ、本物の姫を守りたいという目的を失った幸村の枷となる駒を一人でも多く生かしておこうという、いやらしくも残忍な計略があったればこそである。
「せめて、せめて二人の亡骸を共に葬らせて下され……」
ほうほうの体となった幸村が袴の裾を握り締めると、政宗はさも哀れみを含んだ眼差しでもってこれを包んだ。
「Don't worry.  あんたならそう言うと思ってな、でっけえ通りに二つ仲良く首を並べといてやったぜ。気の利く旦那がいて果報者だなア。Good for you、幸村」
「!!??」
今度こそ意識を失くした侍女は半開きとなった両の目を白くして、更には口から泡を吹いて畳へと倒れ込んだ。後から知った事には、この侍女は吐瀉物を喉に詰まらせて憤死していたのだという。伊達の家紋に泥を塗られた腹いせか、はたまた単なる気紛れであったのか、政宗は昏倒する女達を見渡すと高らかに笑い声を上げ、口も利けずにへたり込んでいる幸村を軽々抱えて次の間へと歩を進める。
「So、これで“愛”はあんた一人になった訳だ。安心しな、末永〜くオレが面倒を見てやるから、あんたは黙って正妻の座に胡座をかいてりゃいいんだぜ」
「………はい」
昼日中にも関わらず延べられた褥に降ろされた幸村から、幽鬼さながらのか細い声が発せられる。
(あ あ、某は何の為に生きておるのだろう……。いや、今更愚問であったな。この男の暇を潰す玩具として以外、何があると言うのか………)
憎き男の体躯を受け止めた幸村が心の中で姫の遺髪たる髢に手を合わせると、見計らったかのように政宗が赤い髪に接吻をする。髪、女の命、その軽さを思い知った幸村は、いつか己も次の「髢」となる運命なのやも知れぬと腹を括ると、そっと政宗の背へと指を滑らせた。
その日から、伊達家の正妻は誠麗しい黒髪の持ち主であるという評判が立ち昇ったのは言うまでもない。

 

 

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あとがき

いた様の宋襄の仁を拝読して数ヶ月、続きが読みたいながらも催促することが出来ずに悶た結果、
ついに自分で書いてしまうという身の程知らずな真似をいたしました。
本編の痛快さとは天と地の差がありますが、ファンアートとしてひっそり送らせていただきます。
これからも、いた様のヒャッホウ筆頭がヒャッホウし続けてくださいますよう……。

名はまだない

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2017/4/25