米沢城が城下、夜の町。
ここ最近、夜鷹ばかりが狙われる辻斬りが頻発していた。
年端もいかない私娼・酒に酔った商人・年寄り、まさに老若男女無差別であったが
決まって人気の無い四つ辻(十字路)で起こることから、「四つ辻斬り」と恐れられていた。

 

 

『Tranquilizer1』

 

 

甲斐の地より、幸村は訳あって奥州へ訪れ、独眼竜の居城である米沢城が城下町に足を踏み入れていた。
整備された大通りには、米屋・酒屋等、珍しい瓦葺の屋根が軒を連ね
所々には背の高い三階建て程の土蔵もいくつかあり
町の商人達の財力の豊かさや、城下町全体の繁栄、延いては城主の善政が見て取れるというものだ。
もう日も暮れたというのに、明りを置いた見世棚から売り物が仕舞われることはなく
道端では忙しげに振売が歩き回り、なんとも活気がある。
幸村は小さく感嘆の吐息を零すと、気を取り直し、袖の袂から折り畳んだ紙切れを引っ張り出した。
其処には町の簡単な地図と、これから行くべき場所が黒い印で塗り潰されている。

「……む、こっちか」

米屋の角を曲がって道裏へと入り込み、ずんずん奥へ進んでいくと
寂れた質屋があり、勢い良く引き戸を開け中に入る。

「らっしゃーい。今行くンでちょっと待って下さいよー」

店の奥から男の声が聞こえ、云われた通り入り口の前で待っていると
程なく背の高い男がヌッと姿を見せ、幸村を見るなり 「あぁ!」 と手を打った。

「某、然るお方よりの使いにて、」
「聞いてる聞いてる!そんな入り口に突っ立ってないで、こっち来なよ」
「これは申し訳ない」

手招きされ、慌てて男の方へと近寄る。
どうやら先方には既に幸村の事は知らされてあるらしく
幸村が名乗りもしない内に男は背を向け店の奥へ消え、早速風呂敷に包まれた品物を持って戻って来た。
恐らく事前に信玄が話しをつけてあったのだろう。

「コレだろ?兄ちゃんが取りに来たのは。確かに渡したぜ?甲斐の…じゃなかった、あの人には宜しく云っといてくれ」
「承知致した」
「しっかし、何でこんなもんをワザワザここまで引き取りに来たんだか…」

呟きながら風呂敷を幸村に手渡す男は、不思議そうに首を捻っていたが
生憎幸村に中身は知らされていないし、余計な詮索をするつもりもない。
ちょうど大人の拳程の大きさの物を素早く懐にしまった幸村は
早速踵を返そうとして、しかしすぐに男に呼び止められる。

「ちょっと待ちな兄ちゃん。もう夜遅いから、四つ辻斬りが出るかも分からねェ」
「…四つ辻斬り…?」
「そう、神出鬼没の恐ろしい辻斬りさ。兄ちゃんもバッサリ!なんてことになるぜ?
 悪いこた云わねぇ、大人しく近くの旅籠で一晩泊まってきなよ」
「…いや、某急ぐ故、遠慮させていただく」
「そうかい?ま、せいぜい気をつけな〜」
「心得申した」

脅かすように刀を振り翳す仕草をする男に一つ頭を下げ、幸村は外へ出る。
何とも物騒な話を聞いたものだが、辻斬り程度で尻込みするほど臆病者ではない。
それに、用は済んだ。長居は無用。
後は懐の物を主に無事届けるだけである。

ふと、空を見上げると、真っ黒な夜空に浮かぶ月の上に薄く雲が乗り
月光が赤錆色の輪となり淡く霞んで、何とも美しい。
少し冷えてきたと共衿を詰め、懐の物を落とさぬように静かに裏道から表通りへと出て
いつの間にやら明りが消え人通りの無くなった道を、来たように戻る。
辺りは真っ暗で、夜道を照らすものと云えば、仄かな月光だけだ。

暫く歩き、四つ辻に差し掛かった幸村は、徐に足を止めた。

「……血の匂い」

覚えのある生臭さに眉を顰め、様子を探りながら四つ辻を見渡すと
道の端に、男が一人立っている。
それだけなら、何の問題も無かったのだが
男の足元には、明らかに夜鷹と判る若い娘が倒れており
しかも、地面には影ではない何か黒い染みが広がっている。
男の手には、月光の照り返しを受け、鈍色に光る一振りの刀。

間違いない、

「…四つ辻斬りか」

呟くと、幸村に気付いたのか、男がゆっくりと振り返る。逃げる素振りはない。
黒い着物に、黒い布で顔の半分を隠している所為で、人相は全く判らず
ただ、尋常ではない殺気を燈した隻眼は、暗がりの中でもハッキリと見て取れ
知らず幸村は震え上がった。
決して臆した訳ではない。
何か、別の物が冷たくも妖しく項を撫で上げたのだ。
それは「魅入った」のだと云われても過言ではない。

「…………」

息を呑む幸村に、男が一歩近付く。
咄嗟に、幸村は一歩下がった。
こちらは丸腰。
目立つからと、愛用の二槍は置いて来たのだ。
ここは一目散に逃げるべきだと、理性は警告を発するのだが
しかし、また別の声が「背中を見せるな」と叱咤する。
そうして動けずに男の目を凝視し続けていると、不意に、その姿が掻き消えた。

「ッ?!何処へ…、!」
「目の前だ」
「、う…!」

狼狽する幸村の、果たして目前に一瞬で間を詰めた男は
幸村の咽喉を鷲掴み、側の土壁へと叩きつける。
衝撃で呻く幸村がハッと顔を上げると、ピタリと凶刃の切っ先が向けられていた。

「…今日はさっきの女で終いにするつもりだったンだがなァ…」
「ッ、放…せ…っ」
「ダメだ、全然足ンねェ……」
「なん…っだと…!」
「それにアンタ……美味そうだ…」
「…っつ、ぅ…」

男はうっとりと囁きながら、壁に押さえ付けた幸村の頬に鋭い切っ先を宛がい薄く引くと
プツと滲んで頬を伝い落ちた血を見るなり、顔の布を引き下げ、舌を出してねっとりと舐め取った。
その悍ましい所業に寒気を覚え、幸村は必死に逃れようと踠いたが
凄まじい力で抑え込まれた咽喉に空気を取り込めず
ヒュッ、ヒュッと か細い呼気を繰り返し、力の抜けてしまった腕で何とか男の胸板を押すのが精一杯だった。

「思った通りだ…アンタの血、甘ェ…」
「…っは、…ン…、、 ぅぐ…っ」

今度は幸村の着物の衿を刃先で肌蹴させ、現れた白い肩口へと切っ先を滑らせた男は
殆ど噛み付くように血を啜り上げ、夢中になっている。
その熱く真っ赤な舌が肌を舐めながら下へおりようとした時
懐の物を思い出した幸村は我に返り、俄かに緩んだ男の手を払い除け
慌てて衿を引き上げつつ距離を取った。

「っはぁ…!はっあ…、この、外道が…!」
「チッ、…んだよ、大人しくしとけって」

じゃねーと、あの女みたく、すぐ殺しちまうぜ?
と顔に布を当て直し、眼光鋭く刀を構えた男に隙はなく、只者ではない事が知れる。
されど幸村は気圧されて堪るかと、グッと睨み返した。
ここが戦場で、槍さえあれば、負けはしない。
それに、

「……アンタ、オレが恐くねェのか?」
「…恐れる訳が御座らん…!お主の目は、寄る辺なき野良犬と、何ら変わらぬ…!」
「…!」

瞬間、男の左目はこれ以上ない程大きく見開いた。
幸村はすかさず背を向け、振り返らずにその場から走り去る。

(逃げる訳では、ない…!お館様に、コレを届けねばならぬ…!)

だから、一時の矜持で、死ぬ訳にはいかないのだ。と。


「…おもしれェ」

遠くなっていく幸村の背中をずっと見つめながら、黒ずくめの男はニィと口端を吊り上げた。

 

 

【2へ続く】


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あとがき

とりあえず続き物にしてみました。
別の長編がまだ終わってないのに、この無謀…

2009/11/03  。いた。