『Tranquilizer2』

 


甲斐、武田信玄の居館である。
奥州から数日をかけ、急ぎ馳せ戻った幸村は、夜分遅くではあったが
使いとして言付かっていた届け物を、急ぎのご入り用やも知れぬからと、恭しく信玄に差し出した。
さすれば、「よくやってくれた!さすがは幸村じゃ!」 と、存分に労いの言葉を頂戴し
それはもう疲れも何もかも吹き飛ぶ程に嬉しく、思わず破顔した。
それから下がって良いと許しが出たので、有り難く座敷を辞して
宛がわれた自室へと戻って襖を閉めると、思い出したかのようにどっと長旅の疲れが出る。
今日はもうこのまま床についてしまおうと、既に準備されていた夜具に身を横たえたものの…

「……あの男は、一体何者だったのであろうか…」

思い出されるのは、城下町の四つ辻で出遭った男のことである。
只者ではない太刀捌きと身のこなし
氷のような殺気を纏って此方を睨み据える眼光は、今でもゾクリとするものがある。
それに、顔を覆っていた布をずらした時に垣間見えた
月光に照らされた端正な顔が、どうにも目に焼きついて離れない。

その夜、幸村の寝付きは酷く悪かった。

 


それから、半月ばかり経った或る日。

「悪いが幸村よ、もう一度頼まれて欲しいのじゃが、よいか?」
「勿論に御座います!この幸村、喜んで行って参ります!」

再び信玄に呼び出された幸村は、またしても奥州への使いを言付かった。
使いの内容は前と全く同じである。
それを内心複雑な心持ちながらも引き受け、早速旅の支度に取り掛かる幸村は
此度は万が一の事を考え、小さな脇差を懐に仕込む事にした。
あの広い町で、再びあの男と遭うとは考え難いが、用心の為である。
否、寧ろ心の何処かに「願わくばもう一度…」という思いがあったやも知れぬ。

ともあれ、翌朝幸村は甲斐を発った。

 


―――――――――――――――――――

 


「なんだよ兄ちゃん、また来たのか」
「すまぬ、某も急なことで…」
「いいっていいって!話は聞いてる!これを上手い具合に手に入れられんのは、この俺ぐらいのもんだしな!」

気にするな、ちゃんと礼もたっぷりもらってある。と自慢げに例の風呂敷を手渡され、幸村は頭を下げながら受け取った。
相変わらず質屋の男は威勢がいい。

「ところで、兄ちゃん運が良かったなぁ」
「…?、何のことで御座ろう?」
「いやいや、兄ちゃんが帰ったすぐ後になぁ、何と出たのよ四つ辻斬りが!」

若い娘っ子がやられちまった!と手振りで刀の太刀筋を作って見せた男は
続けて幸村を指差し、

「ただ、そっからオカシイのよ…老若男女構わずってのが四つ辻斬りの売りみてーなもんだったのに
 最近はちょうど兄ちゃんぐらいの若い男ばかりが狙われるようになってなぁ…」

俺も外を出歩くのが恐いぜ…と三十路も近いだろう癖に、冗談めかして云ってみせた。
その時幸村は、その件に関して己が全く関係ないということを云い切る事ができないでいた。
何しろ、神出鬼没の四つ辻斬りの顔を見て、こうして生き延びているのだから。
恐らくあの男は口封じの為に動いているのであろう。

「重々承知した…ならば某も用心して帰ることに致そう」
「…おいおい兄ちゃん、人の話聞いてたかい?ほんっっとに危ないって!」

もう日も暮れたし、外は暗い。
にも拘らず踵を返そうとする幸村を、慌てて制止する店主の心配は当たり前と云える。
目の前の幸村は四つ辻斬りから見れば、まさに格好の獲物だ。
しかし幸村は片手で制すると、懐の脇差を見せ
「心配無用」と笑んでから、店の戸を開け外に出た。

(……某が無関係ではないと知った以上、避けて通る訳には行かぬ…)

出来るなら一刻も早く甲斐へと届け物を渡しに戻りたかったが
己が知らぬ顔をする所為で、更に犠牲者が出ては御免こうむる所であるし
後味も悪いと、裏道から表通りへと歩いて行く。

既に小さな星粒が瞬く黒い空の月は天高く、今宵は雲が一つもかからぬ、美しくも妖しい弦月だ。

肌寒い夜道を歩く幸村が、件の四つ辻に差し掛かると、

「…またお主か」
「ヘェ?覚えててくれたのか?嬉しいねェ」

気配を感じ声を掛ければ、やはり、思ったとおりの男が立っていた。
前と同じ、黒ずくめの姿に、顔を半分以上布で隠して
右手には抜き身の刀が光る。

「偶然、という訳ではないようでござるな」
「その通りだ。町を出るには、この四つ辻を通るしかねェ」
「…成程」

町の至る所にある大小様々な四つ辻の中、こうも容易く遭遇する訳がないのだが、男の答えに納得する。
こちらが男を探そうがそうでなかろうが、いずれは町を出るにあたり、関所を兼ねた大門を通らねばならぬ
その大門へ通ずる道は、この大きな四つ辻を真っ直ぐに行かねばならぬのだ。

「…して、態々某を待ち伏せなぞして、一体どういう用件で御座ろう」
「あぁ、アンタにはこないだ、顔を見られたからな」
「…生かしてはおけぬと…?」

幸村の問いには答えず、ニヤと気味の悪い笑みを浮かべた男は
徐に一歩を踏み出すと、更に二歩三歩と近付いてくる。
身を強張らせた幸村は、いつでも懐の脇差が抜けるような体勢を取り
低く構えて居たのだが、男はその横を素通りし

「ッ!」

いつの間にか背後に通りかかっていた商人と見える若い男の首を、何の躊躇もなく横薙ぎの一閃にて両断。
商人は叫び声もままならぬ内に、見事に首を刎ね飛ばされ
その首はゴロゴロと岩のように道を転がり、残された胴体は棒のように立っていたが
暫くの後、糸が切れた人形のようにばったりと倒れた。
愕いた幸村はすぐ様脇差を取り出そうとするものの
その利き腕を男に掴まれ、その場から逃げるように何処かへと引き摺られて行く。
慌てて「放せ!」と振り解こうとするも、尋常でない男の力に抗えず
結局表通りから裏道へ連れ込まれ、そのまま奥の細い道を走り
辿り着いたのは古い社であった。

「…っつ、」

鳥居を抜け、狭く短い参道の先にあるボロボロの社の壁に
道から死角となる所で縫い付けられるように押さえ込まれ、
幸村は打った背中の痛みに小さく呻く。
こんな所、夜更けでなくとも誰も来そうにない。

「放せっ、放さぬか…!下郎ッ」
「アンタ莫迦か?放せっつって放す阿呆が何処に居る」

いいから大人しくしろと、顔の真横に刀を突き立てられ
幸村は抵抗を止めて大人しくなる。
代わりに、怒気も露わに男を睨み上げ、低く訴えた。

「…何故、あの様な惨い事を繰り返す…!刀の斬れ味を試す為か…!」
「Ha!何を云うかと思えば…、…ンな甲斐性なしと一緒にすんなよ」
「では…!」
「オレはなァ、人を斬らねーと、狂っちまうンだよ」

飢えて飢えて、死にそうになる。どうにも抑えられない。と、呟いた男は
顔の布を引き下げ、狂気を燈した眸で幸村を見下ろした。
身の毛が弥立つような恐ろしい眼光だ。
しかし幸村は、またしても恐怖とは違う物を感じ、口を噤んでその隻眼に魅入る。
己の頭はオカシイのかと内心罵倒しながらも、目が逸らせない。

「……ならば、某も斬るのか…?」
「…いいや、アンタは斬らねェ。特別だ」
「…特別?」
「この間、アンタの血を舐めた時、何でか知らねーが衝動が治まった。
 それに、それとは別で、純粋にアンタに興味が湧いた」

だから殺さず生かす。と、口角を上げた男は
幸村の股の間に片膝を割り込ませ密着すると、いきなり幸村の着物の衿に手を掛け
現れた肩口にこの間と同じように噛み付く。
前回の傷跡が薄く残る箇所を再び鋭利に引き裂かれ、溢れた血は瞬く間に男が啜り、咽喉を鳴らす。
激しい痛みが幸村を襲うのだが、熱い舌が肌をなぞると、嫌悪とは別の云い知れぬ何かが湧き
小さく震えながら息を詰めると、気付いた男があの怜悧な隻眼を眇めた。

――――この、眸に、どうしようもなく、惹かれる。

「…あ…、」

冷酷な光の中に、何か縋るような逼迫したものを感じ
どうにかしてやりたい…否、いっそどうにかして欲しいと
そんな事を思う己は、やはり頭の何処かが狂っているのかと煩悶する。
第一、辻斬りを繰り返すような残忍な男に血を啜られて、
ましてや「特別」だと求められて、まさか嬉しいなどと…本当にどうかしている。
されどそんな葛藤は、男の手が着物の裾をたくし上げ太腿を撫で
濡れた舌が首筋を這った途端、どうでも良くなった。

「…あ、…ぁ…、」

互いの名も判らぬのに、まるでそうすることが当然であるが如く
性急に肌を重ね合った。


 


【3へ続く】


BASARA小説一覧へ戻る




あとがき

その場の雰囲気に流されすぎだユッキー…;

2009/11/06  。いた。