『Tranquilizer3』

 


「…最悪にござる…」

草臥れた褥から起き上がり、幸村は頭を抱えた。
隣には、明障子から淡く差し込む日の光を受け、隻眼の男が寝息を立てて眠っている。
誰と云うまでもなく、この町で四つ辻斬りと恐れられている男だ。
それが、こんな容姿端麗な上に年若いと判れば、町中がどれだけ驚愕するか知れない。
そもそも、この安宿に男二人で雪崩れ込んできた時点で
店主にはかなり胡散臭がられたし、時刻も子の刻あたりを疾うに過ぎていたのだ、どう考えても怪しいだろう。
しかし男があまりにも堂々としていた為か、それともたっぷりと銭を握らせた為か
未だに同心が飛んでくる様子はない。

結局、幸村は夜すがらこの男と情事を繰り返したのである。

「……何と云う、ていたらく……お館様に、なんと顔向けしてよいか…、、」

本来ならば、今頃は甲斐への帰路についており、もう道半ば辺りの筈だ。
と、そこでハタと懐に大事に仕舞ってあった風呂敷の存在を思い出し
慌てて素っ裸の腹をまさぐるという愚を犯してから、
畳の上に視線を走らせ立ち上がろうとして、強かに腰と局部を襲った鈍痛に「うぅっ」と呻く。
顔を歪めながら漸う褥から這い出して、情けなく四つん這いで探し回り
果たして、脱ぎ捨てて座敷の隅に打ちやられていた己の着物の下にあった。

「……良かった」
「…朝っぱらから騒がしい野郎だ……何してる」
「ひっ!?…いや、別に、なっ何もしておらぬ…!」

安堵の息をつく幸村の背に、男の起き抜けの掠れた声が掛かり
ビク!と大袈裟に飛び上がった幸村は、着物から手を離し、しどろもどろに吃って振り返る。
それを見て怪訝に思わぬ者が居よう筈もない。
例外なく男の眉間に深く皺が寄り、褥から跳ね起きて幸村の方へと大股に歩み寄ると
あの万力のような力で幸村の腕を掴む。

「ッ!痛っ、…おっお放し下され…っ、某は…っ!」
「まさかオレが寝てる間に、とっととトンズラしようとしたンじゃねェだろうな…」

てっきり、何を隠しているのだと詰め寄られると身構えたのに
何やら、都合の良い勘違いをしてくれているようだ。
幸村はホッと内心息を吐き、肩の力を抜くと
不機嫌な男に引き摺られるまま、乱れた褥の上に逆戻りし
覆い被さってくる逞しい体躯に逆らう気もなく、大人しく足を開いた。

 


「…もう行くのか」
「…はい、急ぐ旅故…」

宿屋から外に出ると、既に空は茜色に染まり、遠くの方で入相の鐘が鳴っていた。
名残惜しげに隻眼を細める男に、幸村も同様だという事を隠せず
暫く互いに見詰め合う。

「…次はいつ来る」
「……それは、判りませぬ…」
「そうかよ…」

名は、互いに聞かなかった。
それが暗黙の密約であるような気がしたのだ。
それに、聞いてしまった途端、この関係が崩れてしまいそうで、怖い。

腕を組んだ男に見送られ、幸村は惜別の情にて後ろ髪を引かれながらも、甲斐への帰路についた。

 


―――――――――――――――――――――

 


「…遅くなり申した!お館様…!」

と、信玄の居る座敷の襖を慌しく開けた幸村は
途端に「莫迦者!落ち着きが足らん!」と一喝され、その場で飛び上がって平伏した。
すぐに不躾だった事と、此度の奥州への使いが長引いてしまった事を詫びる。

「構わん。それより幸村、奥州の様子はどうじゃ。お主のことじゃ、町の甘味処を探し、さぞ歩き回ったのであろう」

対して信玄は、その遅れた分については何も怒っていないのか
幸村にお咎めは無く、それどころか、相好を崩してニコニコと問うのだ。

「…っは!それはもう、立派な町並みで御座ります…!
 商人は豊かで、町も町人も、活気があり申し、これも独眼竜の優れた統治の賜かと…!」
「うむ!」

甘味も美味しゅう御座った!と報告する幸村に、信玄は何の疑いもなく、大仰に頷いて見せた。
実際の所、幸村は甘味処なぞ行っておらぬし
行ったのは粗末な安宿で、しかも丸一日そこで名も知らぬ男と行きずりの情事に耽っていたのだ。
そんな事は口が裂けても云えぬ。
その場は何とか云い繕い、早々に自室へと下がった。

(…申し訳ありませぬ、お館様…)

嘘をついた後ろめたさから、胸の内でのみ謝り
されど男と過ごした一日は、決して後悔はして居ないと
肩に残った噛み痕を、ひっそりと指で辿る。


それからも、何度か信玄から奥州への使いを頼まれ(無論、いつも同じ内容でだ)
その度に幸村は、四つ辻斬りの男と逢瀬を重ね、激しい情けを交わし合った。

 


そうして三ヶ月ばかり経ったある日、甲斐の国に静かな激震が走った。
信玄が病に臥せったのである。
しかも、そんな抜き差しならぬ状況の折に、奥州の独眼竜こと伊達政宗から書状が届き
予てからの盟約の返事を寄越せという催促をしてきたのだ。
とてもではないが、信玄が直に出向いて、等という遠出はできぬ。
そこで、最も信頼できる者に代わりを務めさせよということで、幸村に白羽の矢が立った。

「…この幸村、必ずや役目を果たしてみせますぞ!」

持たされたのは、盟約同意をしたためた密書。
それをしっかりと懐に、大役を任された幸村は
一両日中にも仕度を済ませると、数人の供として下人を連れ、奥州へと出立した。


 


【4へ続く】


BASARA小説一覧へ戻る




あとがき

またも佐助が空気です。
でも彼が居ると色々ややこしいので、恐らく、このままずっと空気です。申し訳ない

2009/11/06  。いた。