『Tranquilizer5』

 


幸村が米沢城に滞在するようになり、八日が経った。
本来ならばとっくに甲斐への帰路についているべきなのだが
初日に「翌日にはお暇致す」と云った幸村を、他の誰であろう城主の伊達が引き止め
ずるずると出立の日取りを引き延ばしているのだ。
しかも異例なのはそれだけではない。
この八日間、伊達は片時も幸村を手放さず傍に置き
その執着ぶりは単なる睦み合いというには、あまりにも度を越しており
例えるならば気に入りを寵愛するそれに近い。

「…政宗殿」
「…ん?どうした幸村」
「どうしたもこうしたも御座らん…。いい加減、お放し下され」
「NO、断る」

今日も今日とて私室に幸村を連れ込み、政務などほったらかして畳で寛ぐ伊達は
幸村の膝に頭を乗せ、心地良さそうに隻眼を閉じている。

「外は日和も良く、少しは躯を動かされた方が…」
「ああ゛?さっきあんだけ運動しといて、足りねェのか?」
「っ…!そういう意味合いで云ったのでは…!」

意地の悪い笑みを浮かべ揶揄してくる男に、頬を染めつつ語気を強めた幸村は
夜すがら可愛がられた腰と局部の鈍い痛みを思い出し、僅かに顔を歪めた。
それに、いい加減座敷に篭もりきって一日を過ごすという怠惰が、どうにも我慢ならなくなっており。
一武人として、毎日欠かさなかった鍛錬を早や一週間以上もしておらぬ事が
それはもう由々しき事態であるからして
甲斐に帰らせてもらえぬのは致し方ないとしても、せめて槍の稽古ぐらいしたい。
否、目の前に、他の追随を許さぬ六爪流にて、向かう所敵なしと謳われる男が居るのだ
是非とも手合わせ願いたく。

「某!政宗殿と一度でよいから手合わせしとう御座る…!」

習練用の木刀で構いませぬから…!と、生き生きと詰め寄られては、伊達もさすがに無下には出来ず
加えて日本一の兵と音に聞く幸村を相手取っての稽古とあっては吝かでない。
しからば、やっとの事で重い腰を上げ、「ついて来い」と座敷の襖を開けた。

 


「ほらよ、コレ使いな」
「おお!かたじけのう御座る!」

小さな道場を思わせる板張りの稽古場へと移動した伊達は、適当な長い棒切れを幸村に向かって放って寄越した。
槍の使い手だと聞き及んでいたので、木刀では扱い難く公平ではなかろうかと思ったのだが
やはりちゃんとした物を渡してやった方が良かったかと思い直し、

「やっぱ木刀にするか?」
「いえ!これで全く構いませぬ!」

問えば、ニコと破顔して、手に持った身の丈より少し短い棒切れを振って見せた幸村は
さぁ遠慮は要らぬとばかりに構えて見せる。

「…上等だ」

何とかは筆を選ばずというやつか、と感心した伊達は
まだ始まってもいないのに、妙な昂揚感を覚えた。

「……ただ手合わせしたンじゃ、つまらねェな」
「では、どうせよと?」
「一本勝負、負けたら勝った方の云う事を一つきく」
「…承知致した…!」

隻眼を悪戯っぽく光らせながらの伊達の提案に、幸村は快く頷いて見せた。
何しろ、自他共に認める大の負けず嫌いで、勝負事は嫌いではない。寧ろ好きな方だ。
俄然やる気が出てきたと、挑戦的に伊達を上目遣いに見やり

「いざ尋常に勝負!」

声高に吼えれば、それが開始の合図となった。
互いが同時に大きく踏み込み、先ずは間合いの長い幸村の棒の一突きが伊達の鳩尾を狙うが
それを寸での所で見極め、上手く往なし
腕が伸び切っている状態の無防備な幸村へ、今度は伊達が鋭く木刀を振り下ろそうとするも
感づいたのか素早く身を捻って躱され空を切る。
それが息つく間もない一瞬の出来事だったので
素人目から見ればもう速すぎて何が何だか判らない。
精々、よくもまぁ機敏に動く幸村と
始まってよりずっとその場から微動だにしていない(ように見える)伊達の立ち姿があるだけだ。
互いの得物が次にどう出るかなど、皆目見当もつかず
ただ一言云うなれば、どちらも凄いとしか云いようが無い。

「なかなかやるじゃねーか!」
「政宗殿の方こそ…!」

当人達もそれぞれが相手の実力を讃嘆し、自然と笑みが零れる。
同時に打ち合い、鍔迫り合いをする力の押し比べをしても
単純な腕力だけでなく、鬩ぎ会う間、見切りをつけ弾く引き際においてまで、全て互角。
こんなにも技量が拮抗しているのは、嬉しい誤算だった。
幸村も伊達も、かつて好敵手と呼べる程の相手に出会っては来なかったが
ここに来て初めてそれを互いに得る。
これが喜ばずに居れようか。

「アンタ、やっぱ最高だぜ…!」
「某も嬉しゅうござる…!」

何度目かに交えた得物の切っ先を弾き様、一旦距離を取ってから
半ば興奮気味に叫び合い、再び深く踏み込んで、激しく打ち合う。
まるでこの手合いを終わらせたくないと、一撃一撃を堪能するように味わいながら、暫くの間それが続く。
されど勝負とは、やがて決するものだ。

「…っ!!」

踏み込みが甘かった幸村の隙を突き
一気に下段から上段へと木刀を一閃させた伊達が、幸村の右手にあった棒切れを弾き飛ばし
次の瞬間には、急所の首にピタリと切っ先を寸止めした。

「…見事でござる」

これは完敗だと、素直に負けを認めた幸村は
木刀を下ろした伊達に、余すことの無い称賛を送り、礼儀正しく深く一礼。
負けたというのに、何やら清々しい気分である。

「…して、政宗殿は某に何をお望みか?」
「あん?ンなもん決まってンだろ?」

約束は約束だと、潔く自ら切り出した幸村に
ニヤリと不敵な笑みを向けた伊達は、持っていた木刀を無造作に放り投げると
幸村の方に歩み寄り、汗で湿った項に手を回して強く引き寄せ、

「オレの望みはアンタだ…」
「…んっ…」

噛み付くような口付けを与える。
幸村も自ずと唇を開き、進んで舌を出して絡め合い
熱気で匂い立つ伊達の体臭を芳しいと、半ば変態的な嗜好に
己は犬か何かと呆れながらも、あらぬ興奮を覚えているのは確かだった。

「…アンタ、匂いで発情してンのか?や〜らしィ…」
「っ!ほ、ほっといて下され…ッ」
「クク…心配すンなよ、オレもその口だ」

云いながら、汗で後ろ髪が張り付いている幸村の首元に鼻面を埋めると
深く息を吸い込み、味わうようにゆっくりと吐き出す。
その所作にゾクリと煽られた幸村は、己でも不可解なほど欲情したのを感じた。

「…っふ、…ぁ……ッ」
「そこに手ェついて、ケツ向けろよ」

掠れた声に命じられるまま、傍の支柱に縋るように手を廻した処で
俄かに「白昼に堂々とこんな処で…」という理性が湧き
何とか座敷に下がるまで待ってもらえぬかと訴えようとするも
容赦なく腰を引かれ、尻を突き出すような格好を取らされる。

「覚悟決めな…もう此処でヤるって決めたンだ。精々、声を抑えろよ」
「…あっ…、」

結局、こうなってしまうのかと、幸村は太い角柱にしがみつきながら、足を開いた。

 


―――――――――――――――――

 


「…長い間、世話になり申した」

翌日、快晴の九日目、長い説得の末に漸く伊達の意固地を押し切った幸村は
甲斐への帰路につく事にあい成った。
米沢城が表門にて、城主自らの見送りという
嬉しいやら恥ずかしいやら、兎に角、大変畏れ多い事をしてもらい
その上、土産だ何だと、見るからに高価そうな品や珍しい物をあれやこれや賜り
幸村一人ではとても持ち切れぬからと、供として連れてきた下人にも持たせ
来る時の倍以上もの荷物になった。

「気ィ付けて帰ンな。途中でもし襲われたら、そこの下人共囮にして、テメェだけ逃げろ」
「ハハハ!それは哂えぬ冗談で御座るな政宗殿」
「No,I'm serious…まァとりあえず、無事に帰ったら文寄越せ」
「承知致した」

隻眼を細めながら片手を上げる伊達に、幸村は笑顔で小気味良い返事を返すと
馬の手綱を切り、出発する。
名残惜しくないと云えば嘘になるが、同盟国となった以上
これからは人目を忍んで逢う必要がなくなった上、主の命令の有無によらず
いつでも奥州に足を運ぶ事ができるのだ。
伊達もそれは判っているのか、ある日の宿屋の前の時のように
「次はいつ」等という引き止めの言葉もない。
それが少しばかり寂しい、と思いつつ振り返った先に
果たして、もう恋しくて堪らぬというような目をしている男と視線が合い、途端に幸村はボッと顔を赤くした。
まるで初めて恋をしたような生娘が如く初々しい反応だと
己でも恥ずかしくて堪らなくなり、慌てて前に向き直り何事もなかったかのような態度を取るものの
その実、自分もあのように同じ目をしていたやも知れぬ、と
早くも次の逢瀬を考えているあたり、もうどうしようもない程のめり込んでいるのだと自覚せざるを得ない。

「…まっこと、酷い男だ…」

こんなにも胸の内を苦しく掻き乱し、その癖、一番深い所を鷲掴んで離さぬ
それがいっそ憎らしいと苦笑した幸村は
未だ背中に刺さる視線を感じながらも、今度は振り返らず馬の足を進めた。

 

 

「ただ今戻りました!」
「…おお、帰ったか幸村」

甲斐へつくなり、幸村は荷解きも漫ろにして、一目散に信玄の居間へと向かった。
ちょうど薬師の助けを借りながら、半身を起こし薬を飲んでいた信玄は
凡そ半月ぶりに顔を見せた幸村に、柔らかく笑む。
今日は頗る体調が良いのか、顔色は落ち着き、咳も少ない。
まずはホッと安堵の息をついた幸村は、すぐに褥の横に膝をつき
信玄が再び横になるのを助けようと手を伸ばす。
すると、以前は隆々としていた筋肉が、今は萎んで痩せている所為か
或いは、漲るような覇気が全く感じられぬ所為か、大きかった背中が丸く小さくなったような心持ちがした。
患っているとは云え、急激な衰えは幸村から見ても明らかで、ズキリと生じた胸の痛みと驚きは隠せない。
しかし、此処で身を案じる言葉を掛ける事は憚られるような気がして
敢えて体調の事には触れず、此度の奥州への使者としての役目を無事果たした旨の報告をするべく、畏まって正座した。

「首尾はどうじゃ」
「はい、滞りなく」
「それにしては、遅かったの」
「っも、申し訳ござりませぬ…!その…っ、まさむ、、ッ独眼竜殿と意気投合し、
 少しばかり羽目を外しておりました…!」

不意だけれど鋭い指摘に、幸村は慌てた様子でしどろもどろに答え
それを「よいよい」と哂いながら許した信玄は
何か愛息子を見るような、とても暖かい眼差しを向けた後

「土産話は、また明日聞くことにするかのう…。幸村よ、今日はもう良い、下がれ」
「…っは!」

未だ挙動不審気味の幸村と、傍で控えていた薬師を下がらせ、一つ深い息をつく。
ほんの短い間起きて話しをしていただけなのに、存外体力を消耗したのだ。
この所、体調は思わしくない。悪くなる一方だ。

「…そろそろ、考えておかねばならんようだな…」

緩く目を閉じる窪んだ目蓋には深く陰が落ち、甲斐の虎と異名を誇った、かつての精悍は微塵も無く
されど静かに呟いた、その鋼のような覚悟を聞く者は、誰も居なかった。

 

 


【6へ続く】


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あとがき

お館様、まさかの死亡フラグ。
思ったより進まなかった…この辺りで伊達氏のちょっとした過去とか
そういうの書きたかったのですが…
ヨシ、次で。

2009/11/09  。いた。