『Tranquilizer6』

 


幸村が甲斐へ戻ってから、暫く何事もない時が過ぎた。
盟約を結んだと云っても、国が統合した訳ではないので
戦でもない限り、統治する者がそれぞれ居るのだから、それは当然だ。
しかも、ついこの間まで、ほぼ一週単位で奥州へと薬を引き取りに往来を繰り返していたのだが
この所、信玄から使いをパッタリと頼まれなくなってしまったので
いよいよ奥州の地を踏む機会がない。
たかが逢瀬にも都合の良い云い訳が無くては、中々足の運びが悪いものだ。

(…それにしても、お館様が薬を使われなくなったのは、回復の兆しがあるからであろうか…?
 ……にしては、日に日に痩せて行くばかりのような気も…)

何にせよ、当分奥州へと赴くような用事は無さそうだ。

―――しかし半月と経たず、幸村はすぐに奥州へと呼び戻されることになる。

というのも、伊達政宗直々の親書が間を置かず届き、茶の湯や鷹狩りやらの誘いの数々があり
それとは別に、重臣の片倉から届いた書状に
深刻であるが故、何卒来て欲しい、訳は直に話す。と切羽詰った字で訴えてあるのだ。
これはもう行かぬ訳にはいくまい、そもそも、断り切れぬ。
病状が一向に良くならぬ信玄が心配ではあったが、
「これもお主の努めじゃ」と背を押され、幸村は再び奥州の地へと舞い戻った。

 

 

「一体、何がござった」

米沢城についた幸村は先ず、出迎えに来た片倉に問うた。
伊達の誘い云々は一先ず置いておくとして、あの冷静な竜の右目が「何卒」と訴えてきたのだ
余程の事があったのだろうと真剣に詰め寄る。

「…ここじゃなんだ、ついて来い」

人の耳があると示唆した片倉は、頷いた幸村を連れ城の空いた座敷へ入ると
ピタリと襖を閉め、畳の中ほどで疲れたように腰を下ろした。
幸村も倣って胡坐をかき、「いかがされた」と再度問いかけると
片倉は眉間に深く皺を刻み、何か思い詰めたような顔を上げ、こう切り出した。

「…あんた、ウチの筆頭と、懇ろなんだろ?」
「…?!なっ、なっ、ななッ…何を仰っているやら…!!」
「別に隠さなくたっていい。あんだけイチャつかれたら、誰でも判る。大人しく認めろ」
「……は、はい…」

話が進まねェ、と半ば脅すように睨まれ、幸村は縮み上がって首を縦に振った。
独眼竜の右目と世に云わしめる男の貫禄は、さすがと云うしかない。

「で、だ…。どういう経緯があってそうなったのかは俺の知ったことじゃねーが、
 あんた、…知ってるのか?あの人の、もう一つの顔を…」
「……無論に御座る」

片倉が云わんとしているのは、町での辻斬りのことだろうと見当がつき
幸村は躊躇うことなく肯定した。
何しろ、初めての出会いが、その四つ辻斬りとしての伊達だったのだから。

「なら話は早ぇ…、実はその事であんたに聞いてもらいたいことがある」

一つ肩の荷が下りたというような顔をした片倉は
しかしすぐに表情を引き締め直し、滔々と話し始めた。

「…政宗様の辻斬りは、何も今に始まったことじゃねぇ…もうかなり前からだ」

きっかけは判らない。
ある秋の朧月夜、最初の犠牲者として、城の侍女が斬られた。
理由は定かではなかったが、何ぞ不興を買ったのだろうと、その時はさして問題にもならなかったが
それから一ヶ月の間を置き、今度は寝所の見張り番が斬られた事により、事態は暗迷へと向かう。
明らかな粗相をした上の手討ちならまだしも、これがどうも違うようなのだ。
誰ぞ訳を知っているかと問うのだが、誰も知らぬと首を振り
それならば見張り番の役目怠慢かと聞けば、いや中々精勤であったと皆が云う。
だったら何故と、小さな疑問は浮かべども、まさか疑わしいというだけで
城主に詰め寄る訳にも行くまい。
得心できぬ違和感を感じてはいたが、先の侍女と同じに、不問に付し捨て置くこと暫く
その違和感が、今度は目に見えて判るようになる。
伊達が普段、戦や格式ばった行事以外は煩わしいと帯刀しない刀を
四六時中手元に置いて手放さなくなったのだ。
ここに来て、さすがに様子がおかしいという事に気付いた片倉は
新しい見張り番に、決して主を寝所から一歩も外へ出すなと見張らせたが
それが功を成す事はなく、数日後、血の海の中、肉塊となって発見された。
城内に戦慄が奔る。
すぐに見張り番は取り替えられたが、結果は同じ。

そうして夜な夜な閨から抜け出すようになった伊達は
抜き身の刀を携え、城を徘徊し、出遭った者を片っ端から斬って回るようになった。
侍女の次は見張り番。
その次は厩(うまや)番。
次は、家臣。

次第に凶行の間隔は数週ごとから数日ごとと短くなり
終には城中の者が「次は我が身か」と怯えて震え上がり、役目を放り出して暇乞いを願う者が続出した。
これはもう、どんな事をしてでも手を打たねばならぬと
片倉や他の家臣が何度身を挺して「恐れながら…!」と進言し
手討ち覚悟で数人掛かりで取り押さえ、柱に縄で括りつけようとも、結果は駄目だった。
斬らせなければ、三日と経たず暴れて手がつけられなくなり
「斬らせろ!」「死んでしまう!」「オレを殺したいのか!」と大声で喚き立てるのだ。

誰が好き好んで城主を縛り上げ、殺めたい等と思うものか…!

片倉と家臣達は泣く泣く縄を解き、どうか私共の首で最後にして下されと、
それで気が済むのであれば、喜んで差し出すと平伏した所
一時我に返った伊達は、暫し無言の後、城から姿を消し
二日後、何事も無かったかのように悠然と現れ、それきり、城の者を斬る事はなくなった。
しかしそれは、束の間の平穏・仮初の安寧であり、すぐにも片倉達の安堵を粉々にした。

伊達は人斬りをやめた訳ではなく
その獲物を城の者から別の者へと変えたに過ぎなかったのである。

―――到頭、城から町へと下りて行き、その凶刃で何人もの町人の命を奪い始めたのだ。


「……それが今、四つ辻斬りとして恐れられていると…」
「その通りだ…」

頷いた片倉は、真剣に話に耳を傾ける幸村を見詰め

「…ただ、こっからが大事だ、よく聞け。
 政宗様の人斬りの衝動は、だいたい週に一度は爆発する。多けりゃ三日に一度だ。
 まぁいくらか偏りはあるが、だいたいそうだ。
 だが最近、町へ下りても、辻斬りをしないで帰ることが多々あった…。何故だと思う」

試すように問われ、しかしさっぱり判らぬと幸村が首を横に振ると
片倉はグイと意味深に左の口角を持ち上げ

「真田、お前だ」

短く云い切った。
と、云われても、何の事やら得心できる筈もなく、幸村は眉を顰め首を捻り
「某が一体…」と頭を悩ませていると、妙に確信めいた顔をしている片倉が
まぁ聞け、と次を続ける。

「この間の盟約後の九日間の長居で、ハッキリした」
「…何がで御座ろう…?」
「判らねーか?お前が居る間、政宗様の発作は一度もなかったんだよ」
「…!」

云われて初めて、確かにそうだったと気付かされ
片時も離れることがなかった自分が、一番よく判っていなければならぬのに
全く気にも掛けていなかった事に対し、衝撃を受けた。
蜜月のような濃密な時を共に過ごすあまり、辻斬りの事などすっかり忘れていたのである。

「確認させてもらうが、あんた、この城に来る前も、よく町で政宗様と逢ってたんだろ?
 その時、辻斬りしてたか?」

問われ、記憶を手繰り寄せれば、最初と二度目こそ、この目で目撃したものの
それ以降は全く無かった事に思い当たり、ハッと目を見開いた。

「…ハ!今気付いたのか。とんだ無自覚だな、真田」
「っしかし…!」
「しかしも糞もねーんだよ。実際、お前が甲斐に帰った途端
 政宗様はまた町に下りて辻斬りを繰り返し始めた…これを他にどう説明付けるンだよ」
「…そんな…っ、なれど某…どうやって止めたかなど…!」
「何か決まった行動とか、兆候はなかったか?」
「……あ、」

そう云えば、二度目に血を啜られた時
「衝動が治まった」と呟いていた伊達を思い出す。
その時はあまり気に留めていなかったが、要はそう云う事なのだろう。
そう考えると、逢う度に血を欲する伊達の行動も頷ける。

「これで判っただろう…あの人を止められンのは、真田、あんたの他に居ねぇんだよ」
「………」

だから、だから頼むと、
主の伊達以外に片膝すら屈したことのない男が、幸村に深く頭を下げている。
それをどうして断る無慈悲が出来ようか。
幸村は静かに頷くと、その場から立ち上がった。

 


 

【7へ続く】


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あとがき

筆頭、アンタ鬼だ…

2009/11/10  。いた。