※ぬるい性描写あり。ご注意を




『Tranquilizer8』



気怠げな湿り気を帯びた座敷に、明障子から淡い橙色の西日が射す。
其処らじゅうに散らばった着物や、畳に染みた汗の跡
中央で淫らに絡まり合い、一つの塊りとなっている二人をも、赤裸々に照らし出す。

「……政宗殿…」
「…ン?」
「……そろそろ…、…っ…、その……抜いて欲しいのでござるが…」
「NO、…断る」

身を焼くような激しい情事が一段落つき
されどその火種はいまだ燻っているのか、伊達の牡は依然として幸村の中に収められたままだ。
これでは身動きできぬと、幸村は背後から己を抱き竦める男に訴えたが
黙らせるかのように軽く揺すり上げられ、思わず息を呑む。
このままでは、融けきって互いに混ざり合ってしまうのではないかと、そんな莫迦げた杞憂すら湧くのだが
いっそそれでも良いかと考え直し、抗えぬ睡魔に誘われるまま、ゆるゆると目蓋を閉じる。

「おい、寝てンじゃねーよ」
「…ん…、も……眠いで…ござる…」
「はァ?まだ二回しかしてねェだろうが」
「……っあ…、されど…、これ以上は……ッ…、……某が孕んでしまっても、宜しいのか…っ…」
「HA!テメェにしちゃ哂えるjokeだ」

いいぜ、何なら孕むまでやるか。と、嬉々として身を起こし
幸村をうつ伏せにさせ圧し掛かった伊達は、本格的に情事を再開するつもりなのか
既に硬さを取り戻しつつある牡を、ゆっくりと前後させる。
そんな事をされては、さすがに眠る訳には行かなくなり
幸村も僅かに腰を上げ、膝を開き、伊達を受け入れ易い体勢を取った。

「、んっ、…んっ…、ンッ」

規則的に穿たれる度、中に残されている子種が掻き混ぜられ
ネチネチと卑猥な音を立てるのと、そこへ更に己の吐息のような喘ぎ声が上乗せされ、何とも卑猥である。
よくもまぁ飽きもせず、斯様にふしだらな色事に耽れるものだと思う反面
心地良く満たされていくのもまた事実であり
結局は背後の男と同様、相手に溺れきっているのは確かであると口端を上げた幸村は
硬い畳を掻き毟りながら、熱い嬌声を零した。

 


それから三日ばかり経った、氷雨降りしきる日。
米沢城に一頭の早馬が駆け込んだ。
何事かと門番が事情を聞くには、酷くうろたえた様子で甲斐より参ったという男が
文のような物を持って幸村に火急の報せ有りと云うらしい。
これは只事ではないと判断され、すぐに駆けつけた片倉がまずその文を預かり
城の伊達の私室へ居た幸村へと直に手渡した。

「……!!」

その文を開いてザッと目を通した幸村の顔色は、見る見る蒼白になり
次いで行き成り立ち上がると、伊達が「どうした」と問う声に気付かぬのか
そのまま座敷から出て行こうとする。

「wait!何があった」
「っ某…、すぐに甲斐へ戻らねば…!!」

ただならぬ様子の幸村の腕を掴んで引き止めようとするが
その制止を振り切った幸村は、間口に居た片倉を押し退け、風のように走り去ってしまう。

「Shit…!」

舌を打った伊達も廊下へ出たが、既に幸村の姿は無く
再度大きく舌を打ち、大股で厩(うまや)へと急ぐ。
甲斐へ戻ると云っていたからには、馬を繋いでいる其処へ向かっている筈だ。

「…幸村!待て!!」

しかし外へ出た途端、早馬で門を駆け抜ける幸村の後ろ姿を見つけ
すかさず己も馬で追うべく厩へ踵を変えようとしたが、背後から追いついて来た片倉が立ち塞がる。

「…退け!邪魔だ小十郎!」
「なりません、政宗様!」
「……聞こえなかったか?オレは退けと云ったぜ…?」
「ッご自重なさいませ…!!ここは座して待つのです!」

状況が判るまでの暫しの辛抱だと重ねて云われ
伊達は「Dammit…!」と口汚く吐き捨てると、苛々と怒気も露わに城の座敷へと戻った。

 

―――――――――――――――――

 

霏々として降りしきる雨の中、休む事無く、馬を乗り潰す勢いで
たった一人で甲斐へと辿り着いた幸村は、信玄の居館につくなり、馬を乗り捨て居間へ走った。
妙な胸騒ぎがしてならない。
報せでは「病状悪化、危篤」としか書かれて居なかったが、すぐに誰の事を指しているか判った。
だからこそ、伊達の制止も振り切って来たのだ。
早く、早く、様子を確かめたい。

「ッお館様!!」

見慣れた襖を勢い良く開いた幸村は、次いで、言葉を失う。
己を一喝する筈の声が、ない。
そんな莫迦な、と覚束ぬ足取りで座敷へ入ると
中央に出来た家臣達の輪の内の一人が振り返り、心痛な面持ちでこう云った。

「…遅かった、遅かったのだ幸村殿…!あと、あと一刻でも早ければ…!」

「……あ…、……お館様、……お館様あああ!!!!」

急ぎ馳せ戻った幸村を待っていたのは
既に息絶えた信玄だった。

横たわった儘の痩せた躯は、今にも動き出しそうだと云うのに、石のように動かず
やつれた顔は白茶けてはいるが、とても死んだ者のようには見えないのに
「幸村」と声を発することもなく、真一文字に口を噤んで、落ち窪んだ目蓋は糊で貼り付いたように開くことはない。

何もかもが、信じられなかった、信じられる筈がなかった。


「うあ、あああ…!ああぁあああッッ!!!!」


その慟哭は凄まじく、屋敷中に響き渡った。
誰もが同じ気持ちであった。
だから誰も止めなかった。
慰めなかった。

幸村の嗚咽は、甲斐の国に生きる全ての民を代弁していたのだ。

 

――――――――――――――――

 

訃報はすぐに同盟国である奥州の伊達にも伝わり、その心胆を驚愕せしめた。
当然だ。
尋常ならざる様子で甲斐へと飛んで帰った幸村からして
信玄の身に何らかの事があったのかと予想は付けていたが
まさかそのような事になっていたとは、思いもよらぬ所である。

「…すぐに甲斐へ発つ!」

やはり、あの時追い掛けていれば良かったと
伊達は拳を震わせ立ち上がり、激命を飛ばす。
今更悔やんでも、もう遅い。

幸村が気掛かりだった。

 


伊達が甲斐へ着くと、既に信玄は荼毘に付された後であった。
あまりにも早いと甲斐の者に詰め寄ると、「…病でありました故…」だから仕方がなかったのだと
口惜しそうに顔を歪めて云うのだ。
そこで漸く、此度の盟約の同意、その折に幸村を使者として立てた意味を理解した。

「…オッサン、あんた出来過ぎだぜ…」

恐らく、己の死期を感じていたのだろう
甲斐が強国として成り立っているのは、他でもない信玄の存在があるからこそで
その主柱が折れてしまえば、国の傾きは必至だ。
いくら幸村や他の堅実な家臣が居たとしても、例外はない。
そうなる前に、奥州と盟約を結び、国の安定を計る動きは、流石と云えた。
となれば、後の残る問題は後継者だろう。
信玄亡き後、その後釜を狙っての愚臣共の謀が活発になる筈だ。
しかし伊達が見る限り、そのような様子もない所を見ると
これも信玄が予め手を打っていたに違いない。
それで家臣達の反発がないのであれば、十中八九、後継者は幸村だ。

「…置き土産に、なんてデカいモンを背負わせやがる…」

呟いた伊達は、案内された幸村の居館に着くと
通された迎賓の間に片倉や供の者を残し、幸村が居る奥の座敷へと向かった。
主の座所にしては慎ましやかな襖の前で、一度立ち止まり、先んじていた下女を「もういい」と下がらせ

「…入るぜ」

返事を待たず襖を開けた伊達は、ぎょっとした。
畳に正座した幸村が左腕から血を流し、右手に匕首(あいくち)を持っていたからだ。

「ッテメェ…!何やってンだ!!」

すぐさま伊達は幸村の手から匕首を奪い取り
左腕を掴んで傷を見ると、肘の辺りから手首まで、痛々しい斬り傷がある。
幸いなことに、あまり深い傷ではなかったのか、出血は夥しくないものの
何を血迷ったかトチ狂ったか知れないが、兎に角、正気の沙汰ではない。
これは一体何のつもりだと怒鳴り上げると、幸村は心此処に在らずといった様子で
硝子玉のような栗色の瞳から、ハラハラと泪を流しながら 「某にも、判りませぬ…」 と細く呟いた。

「……とりあえず、手当てが先だ…訳は後で聞く。…いいな」
「………はい…」

低く云い含めた伊達は、その場に膝をつくと
近くにあった適当な布を裂き、丁寧に幸村の左腕に巻き付けていく。
その間、幸村はされるが侭に身を任せ、されど泪は止まる事無く溢れ続け
ポタポタと膝元に染みを作る様は、此方が苦しくなるほど不憫で痛ましい。

「…何故、泣く」
「……判りませぬ…、勝手に出て来て……止まりませぬ……」
「…何故、こんな真似をした…」
「……某にも、よく………
 ……ただ、……こうしなければ、…躯が冷たくて……仕方がなかったのでござる…」

冷たくて冷たくて、凍ってしまいそうだったと呟く幸村は
親同然にと聞き及ぶ程に慕っていた者が、唐突にこの世を去ったというのに
眉の一つも動かさず、それどころか、声も出さずに泣くのだ。
子供のように泣き喚くことが出来ればまだ良かろうに、恐らくそれがうまく出来ないのだろう
斯くも強い悲しみに打ちのめされているに違いない。
伊達は静かに隻眼を細めると、口を開いた。

「…死にたかったのか?」
「……………」
「違うよな。だったら最初から腹斬ってた筈だ」
「…………」
「いい子だ…もし自刃なんつー莫迦な真似しやがったら、残された奴らが路頭に迷う。
 信玄のオッサンも、そんな事望んじゃいねェ。…それに、
 このオレが居るって事を、忘れンなよ」
「…ッ…!」

アンタに死なれちゃ、オレはもう二度と正気に戻れない。と
苦笑しながら顔を覗き込まれ、幸村はそこで初めて能面のような表情を崩し
クシャクシャに顔を歪めると、箍が外れたように大声を出して噎び泣いた。
人形のように無機質で虚ろ気だった双眸に、漸く精気を取り戻し
人間らしく嗚咽する姿は、いっそ安堵感すら伊達にもたらした。
「気が済むまで泣けばいい」と囁き、幸村を胸に抱き寄せれば
縋りつくように鼻面を押し付けられる。
かつて、町の四つ辻で、己に向かって恐れなく「野良犬」と鋭くも痛烈な大口を叩き
かと思えばつい先日までこの腕に抱かれ、艶やかな姿を魅せ
たった一度手合わせした勝負の時は、生涯で初めて廻り合えた好敵手となり
その同じ男とは思えぬ程に、脆い姿だった。

其処にまた、強く惹かれていくのを感じる。

「…アンタはまだ、独りじゃねェ…」

だからオレみたいに絶対なるんじゃねェぞ…、と云う言葉は声に出さず
伊達は静かに幸村の頭を撫でた。

 

 

【9へ続く】


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あとがき

やってしまいました。ええ。泥沼ですよ。
そしてお館様、別シリーズに続いて二度目のご逝去、本当にすみません…

2009/11/14 。いた。