※性描写あり。ご注意を


『Tranquilizer9』

 

翌朝、情緒不安定の幸村をとても独りにはしておけぬと
一泊した伊達は、一晩中腕に抱いていた幸村の顔を覗き込んだ。
眠ってはいるが、目蓋は赤く腫れ上がり、目尻と頬は泪の跡を色濃く残して、酷い顔をしている。

「……ん…、」
「Good morning…起きたか」

長い睫毛を震わせ、ゆっくりと目を醒ました幸村は
声を掛けられ暫くの後、ようやく伊達に見つめられている事に気付いたのか
慌てて身じろぐものの、しっかりと抱き竦められている為、無意味だった。
まさか夜すがらこの様に、幼子をあやすが如く傍に居てくれたのかと思うと
恥ずかしいやら情けないやら嬉しいやらで、泣き腫らした顔を隠すように俯き

「……お見苦しい所を、お見せしてしまった…」
「なァに、構わねェよ。Cuteな寝顔も存分に見れたことだしな」
「…っ!」

役得だと、意地悪く口角を上げた伊達に、額に一つ啄むような口付けをされ
幸村は真っ赤になって、更に俯いた。
その様子を見て、一先ず安堵の息を胸中でついた伊達は
さて、これからどうするかと悩む。
一見、落ち着いたようにも見える幸村だが、いつまた動揺と混乱を来たし
その果てに昨日のような暴挙に出るか判らない。
このままずっと傍に居てやりたいのは山々だが、そうも行くまい
早々に国主として奥州に戻らねばならぬのだ。
いっそ己がもう一人、と在らぬ事を考えてしまうものの
生憎、伊達の身は一つである。
それが現実だ。

「……もう、行かれるのか」

無言になった伊達の顔を見ずとも、察した幸村は、静かに口を開いた。
必至に暗く震える声を出さぬようにと努めたが、僅かに語気が掠れる。
こんなにも心細いと感じている事を、悟らせてはならぬと思っているのに
寂しさと孤独感は、早くも背筋を冷たく撫で始め…。
だからと云って、引き止める事などできないのは、痛い程判っているつもりだ。

(ッ…されど…!)

「……幸村、オレはもう帰るが、もう二度と逢えねェ訳じゃねェ…」
「…………」
「Look、オレを見ろ…死んでねェ、生きてる…判るな?」
「……は、い…」
「いいか、オレが居ない間に、その肌に傷の一つでも付けてみろ…」

「奥州に攫って帰って、座敷に閉じ込める」

OK?と念を押され、「それならば今すぐ共に連れて帰って下され…!」という悲鳴を呑み込み
幸村は黙って小さく頷いた。

 

そうして伊達が奥州へと帰って数日後、
幸村は再び右手に匕首(あいくち)を持っていた。

 


―――――――――――――――――――

 


「…で?」

米沢城は謁見の間の上座にて、伊達は剣呑極まりない声で
下座に平伏した甲斐よりの使者を見下ろし、先を促した。
というのも、奥州国内の内情が暫し落ち着かぬ時期が続き、かれこれ一月に亘って幸村と逢えず
その分を補うように何度文を送っても、一向に返事を寄越さない幸村の代わりに
「至急、お伝えしたき事が御座います…!」と云ってこの男がやって来たからだ。
どの程度の地位にある家臣か知った事ではないが、誰にせよ、幸村でないのなら
自らが直々に対応するのも煩わしいと、大層な不機嫌を隠しもせずに、眉間に皺を寄せる伊達は
控えている片倉の溜息を意図して無視した。

「奥州の独眼竜こと伊達政宗殿に於かれましては、、」
「御託はいい。さっさと用件だけ云いな」
「っは、はい…!それでは…お、恐れながら申し上げます…!我が主、幸村様を助けて頂きたいのです…!」
「…なにィ?」

幸村の名が出た途端、表情を変えた伊達に鋭く凄まれ
「ヒッ」と短く悲鳴を呑んだ甲斐の使いの男は、まだ頼まれてもいないのに
その訳を急かされるように話し始めた。

「ご存知の通り、甲斐の国は、今や幸村様が統治することに相成りましたが
 お館様が身罷ってより、まだ日も浅く…、それに、年若い事もあり…」
「国の政が覚束無ェと」
「ッしかしそれは、仕方がない事なのです…!
 他の誰であろうとも、お館様の代わりを務めよと云われ、易々と出来よう筈が御座いません…!」
「じゃあ何だ。愚臣共の傀儡になってンのか」
「………それならばまだ、どんなに良かったか…っ」
「……どう云う事だ」

それよりも危惧すべき事態が他にあるのかと、怪訝に隻眼を細めた伊達は
しかし次の瞬間、最悪の予感が脳裏に掠める。

「…まさか…」
「自らを刃物で傷付ける、恐ろしい所業をやめないのです…!!」

止めても、止めても、躯の至る所に刃を立て続け
いつそれが自刃と達するか、気が気でないと、半ば声を震わせる男は
もう甲斐の誰の手にも負えないと、主に黙って此処まで、伊達に泣きついて来たのである。

「…あンの大莫迦野郎…!!」

途端に声を荒げて立ち上がった伊達は、周りの制止も耳に入らず
城で一番の早馬に跨ると、矢のように甲斐へと向かった。

 


―――――――――――――

 


「…幸村アァッ!!」

記憶を頼りに幸村の居館へと辿りついた伊達は
屋敷の者達が飛んで来て「お待ちを…!」と止めるのも構わず、勝手に上がり込むと
礼儀もへったくれもなく大声を出しながら、ズカズカと奥の座敷へと闊歩する。
しかしこれだけ騒ぎ立てても気付かないのか、幸村が顔を出す気配はない。

「…気に入らねェ…」

低く唸った伊達は、憤怒も露わに見覚えのある襖をバシンと開いた。
すると、無表情にのろのろと此方を振り返った幸村が
その姿を認めるなり、見る見る内に驚愕の表情を浮かべ、信じられないというような瞠目を見せた。
それが尚一層気に喰わない。
伊達は背後に追い縋っていた侍女を無造作に払い除けると
座敷の中心で未だポカンとした面持ちで座している幸村に歩み寄り
両手で衿首を掴み上げ、俵のように軽々と肩に担ぐと、来た時と同じ荒々しい足取りで屋敷を出る。
幸村は何が何だか判らない儘、外に繋がれていた葦毛の馬に乗せられ
一体何処へと問おうとするも、有無を云わせぬような只ならぬ伊達の怒気に逆らえない。

「…お、お待ち下さい…!」

其処へ屋敷の侍女や下人達が追いついて
目の前で主が連れ去られてしまっては堪らないと、慌てて取り縋って来るのだが
伊達は「うるせェ!オレは奥州筆頭伊達政宗だ!文句のある奴はブッ殺すぞ!」
という、身も蓋もない物騒な物言いで黙らせると
そのまま幸村を乗せた馬に跨り、さっさと走り去ってしまった。

まるで風の様に現れ風のように消えた男の後には
呆気に取られて棒のように突っ立つ使用人達と、俄かに起こった騒動が嘘のような静寂が残った。

 


「っ、ま、政宗殿…!これは一体、どういうつもりか…!」

奥州への道すがら、急に脇道へと入った伊達に
隙間風の入る粗末な掘っ立て小屋に連れ込まれた幸村は
またしても担ぎ上げられていた逞しい肩からドサリと小汚い板間に下ろされる。
かと思えば、いきなり小屋の一枚板に掛かっていた麻縄で両腕を縛られ
意図が読めず非難の声を上げると、恐ろしい程に怜悧な隻眼に見下ろされた。
ゾクリと背筋が凍る。
このような眼は、かつて見た事がない。

「…テメェはオレの云い付けを破った…」
「……あ…、」
「城に連れて行く前に、ここで罰を受けてもらう」

酷薄な低音で呟いた伊達に反論すら出来なかった幸村は
何故云い付けを違えた事を知っているのか云々より、こうして改めて指摘されなければ
己が己の躯を傷付けていた事実を、すっかり忘れてしまっていた事に愕然とした。
着ていた着物を剥かれ、腕や太腿が露わになると
真新しい傷跡が線状に幾つもあり、その様を見て、これが本当に自分の躯かと、疑ったぐらいだ。
となれば、殆ど無意識の内にやっていた事になる。

「…許さねェ…この躯に傷を付けていいのは、このオレだけだ…」

それが例えお前自身であっても、許しはしないと嘯いた伊達は
幸村の左腕の傷跡にゆっくりと舌を這わせ
全てなぞり終えると、今度は右の太腿の傷へと移動。
細い線のような傷口を一つ一つ丹念に舐め、それから、グッと鋭く歯を立てた。

「…ッ!…ぅ、く…、、」

激しい痛みを伴い、ジワリと血が滲むのを感じるが
それを一滴残らず舐め取られ、唾液の湿った音がぴちゃぴちゃと鼓膜を犯す。
匕首の斬り傷が、伊達の牙に無理矢理抉られ、暴かれ、拡げられ
まるで傷の上塗りのようだと身を震わせると、反対の左の太腿の傷も、同じように抉られた。
伊達が漸く顔を上げる頃には、幸村の両の太腿は赤透明な唾液でてらてらと光り、何とも卑猥である。
その上、肩口に残る常の歯型を指で強くなじられると
何がそんなに気持ちよいのか、信じ難い程の快楽を感じた。

「…っつ、あ…ッ」

気付けば、幸村の股座の牡は浅ましく勃起し
はっはっ、と短く呼気を乱して胸を喘がせる様は、明らかな昂揚によるもので
早くも物欲しげにヒクつく菊座は、伊達を誘う。

「…なァ、一月ぶりだぜ…?アンタの此処を使うのは…」
「、ん…っ!」

誘われるまま、伊達はもったいぶって其処を撫でた後
唾液で濡らした指を突き立てる。
仰け反った幸村は、労りの欠片もない痛みによる悲鳴を、辛うじて呑み込んだ。

「…なァ、何でオレの文を無視した?そんなにツラかったのかよ…?」
「ッう…、…あ…!…ッ」
「たった独りで、オレに助けも求めねェで、勝手に傷だらけになりやがって…」
「…っっ!」
「オレは、じゃあ、一体何の為に生きてる?オマエにどうしてやればいい…」

敏感な粘膜を掻き回され、苦しげな呻き声を上げる幸村よりも
酷く苦しそうな光を湛えた隻眼を眇めた伊達は、ずるりと指を引き抜くと
昂った己の牡を掴み出して宛がうなり、一気に幸村を貫く。
その無慈悲なまでの性急さは、伊達の憤りそのものを表していた。

「ッひ…!あ゛ぁあ…っぐ!!」

何故、頼らなかったと言外に詰られた気がして
幸村はこの一ヶ月の間の苦悩と煩悶の日々を思い出す。
云われずとも、どんなにか目の前の男に救いを求めたか知れない。
されど、互いに一国を背負う身なれば、易々と国を空ける訳に行かず
しかも幸村は、一刻も早く信玄の後継者として国を纏め直す必要があった。
それがまた、生半な事ではやり果せない。
古くからの城仕えの重臣には若造と侮られ、一方では歴戦の兵達からの絶対的な支持を受け
まさに板挟み状態で、忙殺というよりは拷問に近いものがあり
そんな中、伊達からの文を読んでしまえば、鬱積した不平不満
何より、募り募った伊達への恋慕が暴発して、何もかもを投げ出して奥州へと走ってしまうやも知れぬ。
そう思うと、両手の指の数程は届いただろう文に、返事を書くどころか目を通す事すらできず
ただ己の都合のみで日々を送り、それでも尚容赦なく山積する国主としての仕事をこなしていく。
やらなければならない。逃げたい。逢いたい。申し訳ない。逢いたい。
繰り返される葛藤は幸村を苦しめ、捌け口として己を傷付ける行為へと再び駆り立たせたのだ。

「…申し訳、っありませ…ぬ、…許して、許して下され…ッ…某は、某は…っっ」

折角身を案じてくれた伊達の気持ちを裏切るような真似をして
幸村は自分自身が情けなかったし、伊達に対し申し訳が無かった。
全ては、己の脆弱さが齎した事だと詫びようとしたが
このごに及んで今更何を云っても云い訳がましいと口を噤み
伊達の云う通り、今のこの痛みは愚かな自分への罰だと、甘んじて受けようと目を閉じる。

「……アンタは、何でもかんでも一人で背負い込みすぎだ…」
「…っ…?」
「オレが居るって、何回云や判る……」
「…!、あっ…く…、…ぅうッ、、」

半ば祈るように囁いた伊達に、些か乱暴に腰を揺すられ
耐え切れず裂けた縁に痛みが走るも、痛いぐらいが、幸村にはちょうど良かった。
戒めになる。
思い知らされる。
伊達を感じられる。
満たされる。
容赦の無い行為の最中、そうして与えられる痛みと
同じぐらいの痛みを伴った伊達の情けの言葉に
幸村は目頭が熱くなるのを感じた。

「…政宗殿、っ、政宗殿…ぉ!」
「幸村…ッ」

粗末な掘っ立て小屋で、恥も外聞もなく互いの名を呼び合い
血を流しながら激しく交わり合う。
いつしか言葉もなくなり、ただ本能が求め合う儘、獣のような荒い息をつき
逢えなかった一月分を取り戻すが如く、殆ど乱行とも云える激しい情事に耽り込んだ。

 

 

【10へ続く】


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あとがき

す、進まない…;;;

2009/11/21  。いた。