※ぬるい性描写あり。ご注意を

 

 


『憂き目に愛なれど浮世に鬼はなし』

 


一日経ったか、それともほんの一刻か、何にせよ次に目が醒めた時
しかし其れを疑うような、悪夢の如く醜悪な有様に吐気と眩暈を覚えた。


「…っ、…ッぁ、…あ…、っ…ぅ、ぐ…、」


だらりと投げ出した四肢の内、腕は顔の両横に無造作に転がり
後の両脚は不気味なほど大きく左右に開いて、宙に浮き、膝より下が不自然にふらふらと跳ね揺れ
霞む視界を転ずれば、股の間に某の両膝を軽々と掴み開いて腰をゆする男がおり
意識の戻った某に気付いても尚、薄い唇に厭らしい笑みを乗せただけで、一向に動きを止めない。
ぐち、ずぶ、としつこく小突かれる度、じっとりと汗を噴いた重い躯が畳に擦れ
痛みという感覚を微かに思い出すものの
散々嬲られている菊座の方はもう、熱いやらそうでないやらよく判らぬ。


「、、ふ、…ぐ…っ、ぅう…ッ、あ、、」


傍にあった筈の亡骸が何処にもなく、それ処か畳に血糊の一滴たりとも残っていない事から
別の座敷に移ったのだというのは容易に察しがついたが、その記憶は無い。
ただ確実に云えるのは、気を失っていた間も、こうして好き勝手に凌されていたという事で
慰み者よろしく人形を弄ぶと何ら変わらぬ仕打ちに
ともすれば溢れそうになる悔し涙を歯を食い縛ってこらえつ
せめて無様極まりなかろう顔ばせだけは見られとうないと横に背けた途端
身を乗り出して覆い被さって来た伊達の手が顎を掴んで正面に戻し
「イイ面しやがる」と熱っぽく囁いて下唇を啄む。気持ちが悪い。
懸命に真一文字に口を引き結んで居ると、やおら此の座敷へ近付いて来る気配を感じ
視線だけを其方に向けると、僅かな床板の軋みと共に衣擦れの音が聞こえ
恐らくは何者かがその場に単座したのだろう、果たして、襖の外より硬い声が掛かった。


「政宗様、申し上げます。武田の使者が参っておりますが、」
「射殺せ」


みなまで云う前に間髪を容れず命令したのは、伊達である。
あまりにも躊躇なく、無慈悲に、事も無く命じたものだから
一瞬、何を云ったのか理解できなかった。
しかし、某の頭がまだ正気であるならば
目前の男はあろう事か、武田の使者を殺せと、そう云ったのだ。
一国の主ともあろう者が左様な短慮を行っていい筈がないのは明白だが
ゆめゆめ忘れてはならぬ、此奴は真田が預かる領地の一部を躊躇いなく火の海に沈めた男だ。
どのような常軌を逸した行動を取ったとしても何ら不思議はない。
つまりは、盟を破棄する事は元より、戦火を交える事もいとわぬ、という事。
俄か、ザワ…と冷たい戦慄を覚え、慌て伊達の腕を両手で掴み
「っ、おやめ、…あッ、下され…!何卒…お考え直しを!…お頼み、申す…!」
と、恥を承知で声を荒げて訴える。
襖の外の者も同じ考えなのか、先の伊達の命令に応えず、その場に留まっている。
なれど、


「どうした?小十郎。Orders are orders. とっとと行きな」


もう用は済んだとばかりに伊達は素気無く云い捨てる。
そうして一呼吸おいた後、「…御意」と
その声音から表情を読み取る事は出来ないが、襖の向こうから低い声が聞こえ
立ち上がる気配と共に静かな足音がどんどん遠ざかって行った。


「…そんな!っ政宗殿!どうか、どうかご容赦願いたく…!使者など、捨て置けば宜しかろう…!」
「No way. 云った筈だぜ?アンタに関わりのあったモンは全部消すってな」
「…ッ」
「だいたい使者なんて案じてどうする?
 それとも、戦になってオレの身が危険になるのがそんなに嫌か?ン?
 Dont worry…アンタはオレだけ見てりゃいい」
「、ん…!」


口角を上げて虫唾の走る事を不遜に嘯き、また腰を大きく動かす。
最初から伊達にとって、甲斐との盟約など、どうでもいいのだ。
精々此方を油断させる為の手段の一つとしか考えて居らず
最終的な目的を果たす事の方が、よほど重要なのだろう。
其の誇示する主張の異常さは底を知らず到底理解もできぬが
兎にも角にも此奴を何としても止めねばなるまい。
手元に刃物の一つでもあれば、そっ首掻き切ってやるものを
生憎と武器になりそうな物は座敷内に一つとして無く
だからと云って敷居を越えようものなら、理不尽かつ容赦のない制裁が待っている。
つまりは身動きできぬという事で…
こんな時に佐助が居てくれたならと、あらぬ願望が頭に浮かび
今更そんな、してもしょうがない妄想をしてしまった己に失望すると共に
自身の不甲斐無さと、いかにあやつに頼りきっていたのかを痛感し
思い出したように膨大な喪失感の波が堰を切ってドッと押し寄せ
無性に苦しくなって、悲しくなって、寂しくなって、ぼろぼろと泪が溢れて来る。


「…う、ぐ…っ、ふぅ…う…っっ、、」
「Oh…Here kitty…もう少しの辛抱だ、そう泣くなよ。
 みーんな殺して、不安なんか取っ払ってやるからな?」


よしよしと頭を撫でる筋違い甚だしい男の手を振り払う事も出来ず揺すられながら
「だったらまずおぬしが死んでくれ」という恨み言を、辛うじて呑み込んだ。

 


――――――――――――

 


無駄に豪華な食膳は咽喉を通らず、ほんの少し箸をつけただけで殆ど残してしまった。
ふと今はなんどきであろうかと気になったが
外界と隔絶された此の座敷では陽の高さすら判らない。


「………」


あれだけ入り浸っていた伊達の姿は暫く前より無く、辺りはシン…と静まり返っており
少しの身動きで生じる僅かな衣擦れの音でも、やけに大きく聞こえる。
然らば、某の無様な悲鳴やら嗚咽やらは一体どこまで筒抜けになっていた事だろうか…
そんなしなくてもよい想像をして一人胸を悪くしていた処
廊下を確かな歩調で進む足音が聞こえ、思わず身構えて襖を睨んでいると
「入るぞ」という聞き覚えのある硬い声の後
左顎から頬にかけて傷跡のある男が躊躇いなく入って来た。
声は無論、其の顔にも見覚えがある。
片倉だ。
伊達の右目とも称される重臣が一体何の用向きかと
敵愾心も露わに警戒を示す某を一瞥し、
何とも云えぬ重苦しい雰囲気を纏う其奴は徐に腰を下ろし物々しく正坐すると
懐から、何やら白い包みを取り出して畳の上に置き、ゆっくりと此方へ呈する。


「……何でござろうか…」
「見てみろ」


にべもないが、しかし断る事など許さないような響きがあり
訝りながらも恐る恐る手を伸ばしてみれば、白い物はどうやら懐紙のようで
綺麗に折り畳まれた其れを開いて行くと、包まれていたのは、一房の髪である。
誰のものであろうか?
そんな当然の疑問を込めた眸で強面の男を窺えば、昨日伊達に手討ちにされた者の遺髪だと云う。


「…っ!」
「親類に届けようにも、どうやら居ねぇようでな… 
 無縁仏の上に形見分けも出来ねぇんじゃ、あんまりにも浮かばれねぇから、テメエに渡しておく」


其れが此奴なりの情けなのか、はたまた、けじめなのか
(今目の前に居るのが伊達であれば、某への完全なるトドメだ)
いずれにせよ、心優しかったあやつの末路が斯様にも哀れなものである事に酷く打ちのめされ
いみじく震える指先でそっと握り込み、堪らず嗚咽した。


「…どこぞ土へ…、埋めてやりたいのだが…」
「…持っていなくていいのか?」
「隠していた処で、あの男にはすぐ見つかってしまい申す…
 そうなれば、取り上げられるのは火を見るより明らか…」


死して尚あの鬼畜に玩ばれるぐらいなら、土に還してやるべきだ。
片倉の心遣いには感謝すべきなのであろうが
現状が現状なだけに、どうかそうしてやってくれと懇願し頭を深く下げる。
怨敵の腹心に何を血迷った真似をと蔑まれるやも知れぬが
今此処でこうして縋る事ができるのは、唯一この男のみであった。


「…立て」


暫くの後、短く投げ掛けられた言葉が咄嗟に理解できず
頭を下げたまま固まっていると、続けて「ついて来い」と男が云い、立ち上がって襖を開く。
よもや聞き違いかと半信半疑で顔を上げれば、まこと信じ難い事に
片倉が敷居の向こうへと顎をしゃくって促すではないか。


「…さ、されど、某が其の敷居を越えては…」
「心配するな、見張り番は下がらせてある。無論、俺も見て見ぬふりをする」
「…!」


其れが何を意味するのか
必死に思考を働かせようとするも、男は薄暗い廊下をさっさと歩き始め
某は弾かれたように立ち上がり、慌て後を追う。
云う通り、常に控えていた筈の見張りの者は居らず
点々と置かれた灯りの中、足音を忍ばせ、終始口を開かず進んで行く。
あれだけ某を座敷の中に閉じ込めておく事に固執していた伊達である
こうも簡単に、しかも当人が不在の処で座敷を出るなど(しかも拘束も無しに)
さすがの某にだとて「有り得ない」事だと容易に判る。
なればこそ、恐らくは此奴の独断である事が推察できるのだが
果たして如何様な目論見なのかは杳として知れない。
そんな覚束無い心持ちで片倉の背について行くこと暫く
ガタリとつっかえ棒が外され、久しく使われておらぬような古い小さな開き戸が
ギシギシと軋んだ音を立てて開き、現れたのは、夕映えである。
呆気に取られて居ると、片倉は更に淀みなく陽暮れかかる仄暗さのなか歩を進め
予め用意してあったのか、草陰から何やら荷と草鞋を引っ張り出すなり、某に押し付ける。


「、ちょ、片倉殿…!一体…!」
「でかい声を出すな。いいか、黙ってよく聞け。
 馬を貸してやりてぇ処だが、政宗様は目敏い。
 一頭減っているだけで、すぐに勘付いて山狩りをなさるだろう。そうなればテメエなんぞすぐ見つかる」
「っ…!」
「だが城内に隠れて居ると見せかけておけば、時間を稼げる筈だ。
 それが判ったら、此処から先は自分の足で逃げろ。いいな?」
「…わ、判り申した。いや、そうではなく…!」


何故こんな危険を冒してまで、某を逃がしてくれるのか皆目見当もつかず
動揺丸出しで詰め寄ると、深く溜息をついた男が酷く疲れた声で答える。


「テメエは毒だ…出来る事ならそっ首撥ねてやりてぇが
 今の政宗様に対しては逆効果だろうからな… 全く始末が悪い… 
 こっちで甲斐の虎の方には文を出しておいたから、勝手に生き延びて勝手に保護されてろ。
 そしてもう二度と奥州を引っ掻き回してくれるな…」


テメエのような若造が傾国なんざ嗤えねぇ話だと
皮肉めいた口調で呟いた後、こうも続けた。


「まぁ、あんな散々な目に遭っておきながら、敵方の身を案じて碌な反抗もせず
 あまつさえ徒の傍仕えが手討ちにされただけで泪ながらに嘆く甘ちゃんが
 あのまま飼い殺しにされるってのも、酷な話だ」


要するに、主君の命令に従うだけが忠臣ではないと目の前の男は云い
そして仁義厚い性分なのか、某のこれまでの言動を慮った上で、此度の事と相成ったのだろう。
(もし某が己の身可愛さに暴れ廻り逃げ出していたなら
此奴はきっと何の容赦もなく某の首を落とした筈だ)
どこぞの誰ぞと違い、筋の通った男だと若干感服を覚えながら
あと一つ、気掛かりで仕方なかった事を確認する為に口を開いた。


「その…、つかぬ事をお訊ねするが……武田よりの使者は…、」
「…それは今気にする事じゃねぇだろう。さっさと行け」
「…承知致した」


一刻を争う時に、余計な詮索をするなと云うその答えが
暗に結末を悟らせるには十分なものであり、某もそれ以上は言及せず
抱え込んだ荷物に顔を埋めるように深く黙礼し
荷と共に渡された草鞋を手早く履いて、振り返る事もなく駆け出す。
どうやら通って来たのは城外への抜け路の一つだったらしく
黄昏に沈む山中はそこはかとなく薄気味悪いが、人目につく心配などなさそうであり
慎重な足取りながら、鬱蒼と生い茂る木々の間を縫うように先へと進んだ。
完全に夜の帳に包まれてしまっては進退ままならぬ為
それより前に出来るだけ移動しておくべきだと考え歩き続けるも
迫り来る夜気の気配は存外早く、たちまち辺りは真っ暗闇となった。


「、、致し方なし…、休むか…」


適当な処で腰を下ろし、多少なりと眠った方がよいかと思い浮かんだものの
周囲への警戒と治まらぬ不安感とで過度に鋭敏になった神経では
とてもではないが睡魔など訪れはしない。
結果、まんじりともせず長い長い夜を過ごし(幸いな事に、野生の類の襲来も無く静かだった)
徐々に空が白み始め、彼方に滲み出した陽の光が、漸くの夜明けを告げる。
いまだ緊張を保ち続けている所為か、腹も減っておらず
ならばと早々に腰を上げ、再び道なき道を歩き始めてやみくもに突き進むこと何刻であろうか、


「っはあ…!はあ…!、はッ、、」


短く切れる息がどうにも苦しゅうて、一度脚を止め近くの木の根元に座り込んだ。
途端、膝と云わず何処と云わず、全身を隈なく襲う疲労感は凄まじく
いつもなら山の一つを走破するなど容易いというのに
斯様な貧弱な躯に鍛えた覚えはない筈だと、自身の低体力っぷりに悪態をつきたくなり
而して伊達の非道な無体に苛まれていた所為に他ならぬと気付いて、ほとほと嫌気がさした。
されど、今少し頑張ればもうすぐ町なり街道なりに出られるであろうと自らを鼓舞し
そう云えば片倉がわざわざ用意してくれた物は一体何ぞやと、ふと思い立ったので
質素な風呂敷包みを引っ張り出して検めてみれば、食糧と路銀と、そして衣である。
まことに有難い事だと胸中で礼を述べ、しかし一つ大変気になるは衣、否、被衣だ。


「……ふ、ふむ…、、」


広げて掲げ、どこの角度からどう見ようとも
藍染め麻に、小奇麗な刺繍と間地に金摺箔が施された派手な模様が州浜形に肩と裾を彩る其れは
所謂、肩裾模様と云うやつである。
よもや、おなごに扮せよとでも云うのであろうか…
だが確かに、派手な緋色の小袖に帯を纏う今の恰好が目立たなくなる上
追っ手の目を誤魔化すという点においては、これ以上ないほど適しているだろう。
ついでに結紐でも解いて長い髪房を肩口より前に垂れさせれば完璧か?


「…うぐぐ…」


武田の一番槍を自負するにあたり、左様な女装という手段に激しい羞恥と抵抗を覚えるは已む無く
まっこと嗤えぬ冗談であるが…


「…ええい!ままよ!」


背に腹は変えられぬ。
見つかって捕らえられては元も子もないし、片倉の苦労が水の泡だ。
決心して立ち上がり、ずんずん進んで行くと不意に森が切れ、幅の広い道に出た。
差し当たって誰も通り掛っておらぬ。
それ今の内に!と藍の被衣を頭から目深に被り、袖は通さず
風で飛ばぬよう衿下を掻き合わせるように手で押さえた。
己の姿が傍目にはどう映っているかはよく判らぬが、きっと誰が見ても被衣姿のおなごだと思う筈だ。


「、よし!」


こうまで手を尽くしているのだから、見事伊達の手から逃げ切り
無事に甲斐に辿りついて見せようぞと、改めて意気込み歩き出す。
精々、男とばれぬよう、しずしずと…


 


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あとがき

四周年フリリク一つ目 『「愛閾」の続きで、幸村逃亡編』 という事で書かせて頂きました!
久しぶりに逃げモノ書いてテンション上がった所為か、妙な所に力を入れてしまい
あまり話が進まなかったなと反省しつつ、「幸村、なんちゃって女装で頑張れ!」と
エールを送りつけながら、とりあえず今回はここまでで終わっときます^^
ところで幸村って静々歩けると思う人ー! …し〜ん…。 \ですよね!/(笑)

2014/01/18  いた。