※ぬるい戦闘シーンあり。ルキアと恋次がちょっぴり(?)痛い目に遭ってますので、ご注意を。

 

 

『鬼ごっこ#10』

 


穴だらけのボロ屋根の間隙の向こうに、抜けるような青空が高くどこまでも広がっている。
雲一つ見えない。
強く射し込む陽光は特に眩しすぎて目が眩み、掌をかざして影を作ってから
仰向けのまま軽く顔を傾け辺りを見わたすと、随分と老朽化した納屋か倉庫の中に居るようだった。
硬い床に無造作に転がされていた為、ミシミシと強張る体を起こし立ち上がると、
現代社会に甚だそぐわない白装束姿の自分に気付く。
虚圏に拉致されていた際の恰好そのままに此処へ放り出されたのだ。
有無を言わせず身につけさせられた物をいつまでも着ているのはかなり癪だが、他に何も無いのだから仕方ない。
まぶりついた土埃をなんともいえない気分で払いながら腰を少しばかり屈めた途端
最近はもう慣れつつある重怠い感覚と尻穴の違和感にギクリと硬直する。
同時に、グリムジョーに捕らわれていた間にいいように扱われ味わわされた屈服と快楽の責苦を思い出し
腹の底から悔しさと怒りと情けなさが込み上げてきて、力任せに殴ったトタンの壁がグワンと安っぽい音を立てた。

「…フーッ、…フーッ、、」

俄かに昂ってしまった霊圧を、なけなしの理性で何とか殺し
深く長い溜息をついてズルズルとその場に座り込む。

このままでいい訳がない。
勝てないと判っていても、真っ向から、死神として対峙すべきだろう。
しかし…

家族に危険が及ぶのを承知で、自宅に代行証を取りに行くか?
無理だ、出来ない。
それなら浦原商店に義魂丸を、いやもういっそのこと、あの胡散臭い店主に助けを求めるか?
無理だ、出来ない。
誰一人として巻き込んだらダメだ。
今まで何度も何度も苦い思いをしたじゃないか、
後悔してもしたりない程の過ちを犯したのは決して忘れていない
だから同じ轍は絶対に踏まないし、二度と失敗はしない。
例え自分がどんな目に遭おうとも。
そう固く決意し直し、気持ちを切り替えて立ち上がった矢先、

「………え?」

ひらひらと、黒い揚羽蝶が、目の前を横切った。かと思えば、肩にとまる。
どこから入り込んだのだろうか。
魅惑的な翅を静かに閉じたり開いたりするその様をぼんやりと眺める内、
どこかで見た覚えがあるような気がして来て、ハタと気付いた。

「地獄蝶か?!」

尸魂界から現世へ死神を案内する他、伝令を伝えたりもできる、完璧な飼育を施された蝶だ
何の役割もなしにただこの辺りを偶然飛んでいた筈がない。
俺の霊圧は消してある、もちろん死神化もしていない。
ならばさっき一瞬だけ漏らしてしまった霊圧を察知して寄って来たのか。
何にせよ、関わらないようにするのが一番だ。
それにしても、今更こんなモノを見る事になるとは思わなかった。
鬼ごっこが始まって間もない頃にもしコイツが現れていたら、「助けが来た!」と喜んでいたかも知れないが
今となっては、そんな気持ちなど枯れ果てて、一縷の望みだって湧いたりはしない。
だって、もう何日経ったのかも判らない、それほどの長い時間、ずっと一人だった。
詰まる所、やはり護廷十三隊からは完全に見捨てられていたのだから
もしかしたらこれは何かの罠かも知れない。とすら思う。
……どうやら自覚しているより遥かに荒んでいるらしい精神は
恐ろしいほどの警戒心と猜疑心を有刺鉄線のように張り巡らせるばかりであり
この蝶を叩き落とすかどうするか…と危ない思案をしつつ凝視していると
ごくごく小さくて黒い装置が取り付けられているのを見つけ
直後、ジジジ…ッというノイズが聞こえたかと思えば

『一護!聞こえるか!』
「…!」

芯の通った女の声が建物内に反響した。
懐かしいとも思えるその声は、聞き間違いようもなく、ルキアのもので
俄かに胸がギュウと熱くなる。

『遅くなってすまぬ!恋次とこれからすぐに向かう!その場を動くな!』
「ッ…!」

ありえない、何を言ってるんだ、正気か。
状況をどこまで把握しているのか知ったことではないけれど
まったく予想外な科白がもたらしたのは、希望なんかじゃなく絶望だった。
もしアイツに見つかったらどうする。
みすみす死にに来るようなもんだ。
俺の苦悩とか辛労とか忍耐とか覚悟とかあらゆる全てが水泡に帰する。
無関係な人達を巻き込まず、大事な人を失いたくないから、何もかも耐えてきたというのに…!
熱くなっていた胸は、一瞬で冷め、そして恐怖に凍てついた。
事故と同じだ。
自分がいくら気を付けたって、向こうからやって来られたら、どうにもできない。
ならば、出来る限り先手を打って全力で回避する。それしかない。

「………来るな」

それだけを言い、肩の地獄蝶を払いのけ、脇目も振らずに走り出す。
骨の髄まで教え込まれた「ルール」が赤い警告信号のように脳裏で明滅し
居る筈のない男の、あの、官能的ですらある耳触りの声が
あるいは、淫靡な舌先が耳朶を掠めたような気がして、ゾクと震えた。
嗚呼、重々承知している。
招かれざる者の介入を、グリムジョーは決して許しはしない。

「はぁッ、はぁ、は…っ!」

だが久々の全力疾走はあまり長くは続かず、すぐに躰は悲鳴を上げ、息が切れる。
こんなに体力が落ちていたのかと、うんざりしながら
けれど噴き出す汗を手の甲で拭い捨て、棒のように感じる脚を必死に前へと押し出した。
いつまたグリムジョーが現れるか判らない。
それに、ルキア達の事もある。
「すぐに」という言葉通り、死神の『瞬歩』をもってすれば
誇大表現ではなく字面そのままの意味となるからだ。
従って、出来る限りあの場から離れた方がいいと判断し、がむしゃらに走って
その内に寂れた作業現場のような所を抜け出し、雑木林に分け入った。
手入れもされず伸び放題の枝葉が頬や二の腕といった肌の露出部分に当たり
あっと言う間に幾つも生傷を負ったが、いちいち構っている暇はなく
とにかく鬱蒼と生い茂る草木の中を奥へ奥へと突き進む。

「…ッ、くそお…!」

仲間からも、そしてグリムジョーからも逃げ、ひたすら身を隠すなんて
これじゃあまるで自分以外が全員鬼の、どこかのゲームのハードモードだ。
にもかかわらず主人公が初期装備すらないLv1のザコともなれば、詰んだも同然で
間違いなくクソゲー、否、無理ゲーだろう。
つまり何が言いたいかというと、

「…一護!なぜ逃げる!動くなと云ったであろう、この莫迦者め!!」
「ッ!!」

少し開けた場所に出た途端、行く手を遮るように現れた小柄な死神を振り切る事など
最初から不可能だったという事だ。
やや遅れてやって来たもう一人の死神、恋次が、プリプリと怒るルキアの傍に降り立ちながら
「まぁ追いついたンだからいーじゃねーか」と宥めすかして
こっちへ視線を寄越し、ほら早く謝っとけよと言わんばかりに両肩を竦めて見せる。
本来なら、それを何の躊躇いもなく受け入れ、安堵し
すっかり拗れが改善された二人の関係を、喜ばしく、そして微笑ましいと思うところであるが
生憎と、そんな場合ではない。
こうして接触してしまった時点で、俺も、こいつらも、ゲームオーバー確定だった。
足元の感覚どころか平衡感覚を失うほどの不安と失意にグラリと躰が傾くと同時
目を瞠った恋次とルキアがすかさず飛び出し両脇から支える。
地面との衝突は免れたが、この状況、グリムジョーの大不興を買うこと請け合いだ。
まさに死亡フラグってやつで、最悪としか言いようが無い。

「大丈夫かよ、おい!」
「…いいから、放してくれ…ッ、」
「何を云っている!貴様少し様子がおかしいぞ!先程も、どうして我らを避けた!
 確かに、もっと早くに来るべきだったが、なかなか許可がおりなかったのだ…
 すまないとは思っておる!しかし、やっとこうして助けに来たのだ!」

ルキア達とて色々と歯痒い思いもしたんだろう
必死ともいえる様相で言い募るのを、しかし視線で制した恋次が
掻い摘む程度に、これまでの流れを説明してくれた。
元々、ウルキオラという想定外の敵の襲来があった事によって
本格的な戦いを想定した山本総隊長の命令により、対破面先遣隊は一度、尸魂界へ戻され
守りを固めるべく隊長格は勿論のこと、ルキア達も勝手な行動を取ることが出来なかったという。
けれど漸く対抗戦力として人員が割かれる事になり
先んじて現世入りしていたルキアと恋次は、まずは行方の判らなくなってしまった俺の居所を探り当てようと
通信機を仕込んだ地獄蝶を地道に飛ばしていたらしい。
なるほど、俺が見限られていなかった事はよぉく判ったが
殊この今となっては、助けになんか来ずに放っておいてくれていた方が、逆に良かったのだ。
そうすれば危険な目に遭わずに済んだ筈なのに。

どうして、こういう風にしか、世界は回らないのか…
なぜ、俺はここまで運が無いのか…

「……ッンで、こうなっちまうんだよ…!!」

いっそ、グリムジョーに虚圏に監禁されたままだった方が、何の犠牲もなかったのかもしれない。
と、いよいよ追い詰められた俺の思考は、破滅的で自暴自棄な悲観街道まっしぐらだ。
ついさっき、ちゃんと対峙しなければと己を戒めたばかりだというのに、もうこのざまである。
それ程にグリムジョーは恐ろしい。
誰よりも俺はよく知っている。
とはいえ、そんな弱気でいてはこれから先やって行けないだろう
もっとポジティブに考えていかないと…
例えば、ほぼ諦めていた自身の死神化だって
ルキアが来てくれた事によって可能になるのだし
更に、不幸中の幸いというか、グリムジョーはまだ現れていないのだから
とりあえず、ルキアから義魂丸なりを預かり、早々に別れ、俺の事を忘れてもらえばいい。
そうだそれがいい、全て丸く収まる。
ただし、素直にルキア達が頷いてくれるとはとても思えない。
さてどう説得したものか…と頭を悩ませていると

「にしても、何なんだよ、その恰好は。まるでアイツらみてぇだぜ」

俺の気も知らず、空気を読まない恋次が指摘する。
ルキアまでも「確かにな」と険しい顔をして、俺の上から下までを神妙な面持ちで眺めた。
それも仕方ない、恋次が言うところの「アイツら」とは、すなわち破面の事であり
確かに俺は「アイツらみたい」どころか同じものを纏っている。
決して触れて欲しくない案件に、こうも直球が来るとは思わず、グッと唇を噤んで俯いた。
まさか虚圏に攫われ餌付けされた挙句に散々犯されまくって
お人形の着せ替えごっこ宜しくいつも身につけさせられていましたなんて
とてもじゃないが、口が裂けたって言えやしない。
その長い沈黙をどう捉えたか、顔を見合わせた二人は
言いたくない事を無理に言う必要はないと結論付けたか
「そんな事より、合流地点へ急がねば」とルキアが言い、恋次が「おう」と頷く。
変な気を遣わせてしまったようだが、一ヶ所聞き捨てならない単語があった為
「合流?」と食いつくと

「日番谷隊長や兄様も現世に来て下さる予定だ。
さっき連絡を入れておいたから、もう間もなく到着なさるだろう」

だから安心しろ、と心強そうな笑顔を向けてくる。
いや、それは困る、正直困る、かなり困る。
この上まだ人が増えたら、もう、グリムジョーが何をしでかすやら想像もつかない。
となれば、やはり敵わないと判っていても、正面から迎え討つしかないだろう。

「……判った。ルキア、っ…?!」

義魂丸をと手を出した直後、知り過ぎた霊圧が怒涛の如く押し寄せ、ハッと顔を上げた。
両脇の二人も弾かれたように頭上を仰ぎ見る。

「妙な気配がしやがると思って来てみれば、鼠が2匹か」

至極つまらなさそうな顔をした男が、晴天の虚空を裂いて突如現れた。

「…あ、…あ…!」

その姿と声を認識しただけで竦み上がってしまった俺は満足に声も出せず
ただただ教え込まれたルールをまたしても破った事に対する猛烈な罪悪感と
避けようもなく確実に強行されるであろう残酷な仕置きの恐怖のあまり
まるで真冬の海水に叩き込まれたように全身から血の気が引きガタガタと震え
とても立っていられずに膝が折れる。
その尋常ではない有様にいち早く気付いたルキアは
恋次に俺を預け素早く斬魄刀を抜刀し構えると
この緊迫殺伐とした状況にまったく似つかわしくない
可愛らしいアヒルのパッケージのソウル・キャンディを投げて寄越した。
しかし、強張って小刻みに戦慄く手ではうまく受け取る事ができず
ボトリと地面に落ちたソレを、片手を掲げ指先を向けたグリムジョーが
無慈悲に虚閃でぶち抜いて粉々にする。

「…!!」
「おっと、大事な物だったか?」

せせら嗤い、いかにもうっかりといった口ぶりで声をかけてくる男には底無しの悪意しかない。
死神化する為の道具と気付いた上で故意に破壊したのは明白で
だからと言って俺が死神化してグリムジョーにとって問題があるかといえば、そうではなく
己以外が俺に関わるのも、施すのも、干渉するのも、何であろうと全て気に入らないのだ。
そしてそれを強制できるだけの力を持っているのだから、まことに厄介な男である。

「で?いつまでそうしてる」
「!?、ッ恋次!早く放せ…!」

嗤った顔はそのままに、スゥと不愉快げに双眸が細められ
その意図を正確に読み取った俺は、いまだ躰を支えてくれている恋次に向かって怒鳴り
逞しい腕を引き剥がそうと試みる。
何故俺がそんな事をしようとするのか、まるで理解できないという風な表情をする恋次の疑問は尤もだが
説明する余裕など、いや、そもそも正当性も何もあったもんじゃないバカげた理由だ
真剣に訴えるのはとてつもなく憚られた。
そんなどうしようもない状態に窮していると、
「舞え『袖白雪』!」と解号を発したルキアが息つく間もなく技を繰り出し
強烈な氷雪系の攻撃による冷気がキン!と辺りに立ち込める。
しかし、

「だから、効かねーっつっただろうが」

意に介さないグリムジョーは面倒くさそうに吐き捨て、氷を砕き割ると
目で追えない速度でルキアとの距離を詰め、華奢な体躯に容赦なく拳を叩き込む。
みぞおちを狙いすました一撃により、への字になったルキアが宙に舞い、どしゃりと落下した。
見ていられないとばかりに「チッ」と舌を打った恋次は、俺から手を離し
「咆えろ『蛇尾丸』!」と始解し躍り掛かるも、圧倒的な力の差は歴然で
身を捻ったグリムジョーが事も無げに見舞った一発の廻し蹴りにより
壮絶な勢いで吹き飛ばされ、太い木々を次々と薙ぎ倒した後に停止する。
肋骨でも折れたのか、血反吐を吐いて呻き声を上げ、その場から動かない。

「恋次!ルキア!!」
「他人の心配してる場合かよ?」
「ッ、…う、あ…!」

へたり込む俺を振り返ったグリムジョーが、わざとゆっくり近づいてくる。
さっきから膨らんで止まらない俺の恐怖心を更に煽る為だ。
果たしてテキメンである。
仲間が目の前でこれだけ酷い目に遭っているというのに
情けない事に腰が抜けてしまって動けず、ブルブルと震え上がるしかなくて
おまけに、口角を吊り上げたグリムジョーの片手が顎を掬い上げた途端
背筋にゾワゾワと、躰が覚え込んで忘れない淫蕩な感覚が這いのぼって
妙な声を上げそうになったその時

「破道の三十一、赤火砲…!」

口の端から紅い泡を噴きながら辛々に詠唱した恋次の掌から放たれた炎の霊撃が
グリムジョーの横っ面に見事に直撃した。

「……先に消しとくか」

肌に掠り傷一つ負わずとも、邪魔をされたのが余程に業腹だったのか
低く呟いたグリムジョーが地を蹴りフワリと跳躍する。
「やめろ!!」と叫ぼうとしたが、不意に横から腕を掴まれ
愕いて視線を転じると、ようよう此処まで這いずって来たルキアが
懐からグローブのような代物(確か悟魂手甲とかいう道具だったか)を取り出し
小刻みに痙攣する手に嵌め、俺の肩をなけなしの力を振り絞って押しやった。
そして、

「っ…!」

肉体から霊魂が抜け、死神化した俺に

「逃げ、ろ…一護、、」

縺れる舌を懸命に動かして、そう言った。
刹那、恐れとか迷いとかそういった雑念が一気に吹き飛び
不思議なほど真っ白に焼けた脳内にふつふつと沸き起こるのは、炎にも似た熱い戦闘本能で
揺れ幅の一番高いところまで振り切った霊圧が、チリチリと周囲の霊子を焦がし

「グリムジョォオオ!!!」

獣のような咆哮を上げれば、男はゆったりと向き直り、ニィといやらしい笑みを浮かべ
初めて腰の刀に手をかけながら、俺と相対した。

 


 

【11へ続く】


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あとがき

またしてもお久しぶりの更新!申し訳ないorz
どうにかこうにか進展させたくて登場キャラを増やし
面倒くさいしご都合主義で書いてなかった死神サイドの状況説明もしようとした結果
今までの流れをブチ壊した感が半端ない…(苦笑)
(まぁ後先考えずに見切り発車した長編ってこうなるよっていう典型例ですよねw)
あと、道具とか技とか手っ取り早く調べようと思ってウィキったら、資料多すぎて、沼っていう…(笑)

それから、虚圏サイドというか、藍染様的には、グリムジョーがどんなにやんちゃしても
まあ別に支障ないから静観…というより、放置プレイなスタイルでww

何にせよ、そろそろ決着つけたいと思います^^

2016/08/11  いた。