※オリキャラ登場します。苦手な方はご注意を






もう諦めれば良い。
もう立ち止まれば良い。
何度も何度も、そう思った。
けれど強制されている訳でもないルールに縛られたように
俺は鬼から逃げ続けている。

 

『鬼ごっこ#3』

 

自然と目蓋が開き、廃屋の薄汚れた床が視界に入る。
意識が浮上したのと同時に、頬や素肌に当たる細かい砂利を感じ
それが不快で、起き上がろうとしたが
躯はガチガチに強張っていて、すぐには起き上がれそうもない。
一度大きく息を吐き、最初に右手の指先に力を入れると、ピクリと僅かに動く。
今度は左手、右腕、膝、腹筋…
順に動かして全身の強張りを解して、漸くうつ伏せの状態からゆっくりと起き上がった。

「…ッ、」

途端にズキリと腰と後孔に痛みを感じ、顔を歪めて息を呑む。
薄暗い中に見て取れる己の躯には、酷いとしか言い様のない痕が散り
太腿や床に残っている僅かな飛沫の染みは、起きた出来事を忘れさせないとばかりだ。

「……ク、ソ…」

引き裂かれた服は、もはや布切れ同然で
それでも裸よりはマシだと無理矢理身につけ、倦怠感を訴える躯を叱咤して立ち上がる。
一瞬眩暈がして膝が崩れそうになり、それでも何とか壁に縋り付きながら
入って来た所を目指す。
近付くにつれ、割れた窓や罅割れた壁の隙間から
薄ぼんやりとした光が線になって射し込んでいるのが見え
傾いたドアから廃屋を抜け出すと、雨雲が覆っていた筈の空は、見事に晴れ上がっていた。
その眩しさに目を細めつつ、気を失う何時間か前に
何処かで見た時計の事を思い出し、それが午後5時頃だったことを考えると
ここで半日以上気を失っていた事になる。

「……はは、…。この格好じゃ、まずい、、よな…」

廃屋かつその周辺も寂れた路地裏と言えども、何処に人の目があるとも知れない。
白昼堂々殆ど半裸に近いこの状態で歩き回るのはあまりにも無謀だ。
かと言って手元に服の替えがあるわけでもないし
金は少しばかりあるが、買いに行くにしてもやっぱり人目につくことになる。
そんな事はごめんだった。
喧嘩したとか、そんなレベルじゃない、明らかにレイプされた後だと丸判りの状態で、人に会いたくなかったし
絶対に病院や警察沙汰になるだろう。
そうなれば自由に動けなくなる。
容易くアイツに見つかってしまう。
誰か信用のできる知り合いに助けを求める事も考えたが
こんな異常な事に巻き込んでしまいたくなかった。
そんなことをするぐらいなら、何処かで野垂れ死んだ方がマシだ。

「………」

一瞬、尸魂界の連中は何をやっているんだと考えたが、
今の今まで何の接触も援助も保護もないのだから
つまりはそういうことだ。
見限られた、と。

「…、情けねェな、俺…」

なるべく考えないようにはしてきたが、一度自覚してしまうと
結構ツライもんだなと弱気になってしまい、無性に自分が情けなくなってしまう。
俺には存在価値すらないのかも知れない、とさえ思えてくる…
何だか泣きそうになった。

「っ、…」

さて、これからどうしようか。
いよいよ、行き詰った気がする。
何処も当てのない彷徨い、たった一人という孤独、背後から迫り来る恐怖と絶望。
もういっそ、全てを諦めて、白旗でも振ってみたらどうだろうか。
あの男は、逃げない獲物を追い掛け回すような酔狂をするだろうか?
どうだろう…
どの道、捕まった時点でまた犯されるだろうし
逃げる意思を捨てた獲物なんて容易く嬲り殺されてしまうに違いない。

「……それでも、いいかも知れないな…」

半ば投げ遣りに呟いて、目を閉じ空を仰ぐ。
悠長にしている時間なんて俺にはないのかも知れないが
そんな考えに耽っていたのと、二度目に捕まって解放されて
あまり時間が経ってないから、アイツは絶対まだ来ないだろうという希望にも似た確信で
ズルズルとその場に蹲るように座り込む。
それは自棄になりかけた正気の所為だけではなく、
急速に訪れた意識の混濁と共に、視界と思考が暗転し
その場に立って居られなくなったからだ。

「……あいつに捕まる前に、死ぬかも知れない…な……」

自嘲気味に口端を上げ、消え行く意識に任せ躯の力を抜く。
ただ、咽喉が渇いて仕方なくて
食欲はまるでなかったが、死ぬ前に死ぬほど水を飲みたかった。

 


――――――――――――――――――――

 


揺蕩う。
闇の中を、ゆっくりと。
酷く心地良かった。
何も余計な事を考えず、流れに身を任せる。
それが長く続かないことを、どこか頭の端で理解しながら…


「……気がついたか?」
「っ…!」

浮上しかけていた意識を掬い上げるように、低い声が掛けられ
一気に覚醒し飛び起きる。
ドッドッと早鐘を打つ鼓動に促されるまま、声の主を視線で探すと
水の入ったコップとミネラルウォーターのペットボトルを手に、部屋のドアからこっちを覗い見ている男と目が合った。
知らない顔だ。
男は俺が警戒しているのを知ってか知らずか、構わず部屋に入ると
持っていたコップを目の前に差し出してくる。

「………」
「飲め」

どうすればいいのか戸惑っていると、短く促され
急に咽喉の渇きを思い出した俺は、殆ど奪い取るように男の手から水の入ったコップを引っ手繰っていた。

「っ、ゴク…!ゴプッ、…はっっ」

音を立てて水を飲み干し、顎に伝った水滴をグイと手の甲で拭うと
空になったコップに、男がミネラルウォーターを新しく注いでくれる。
それもすぐに飲み干してしまうと、また注いでくれた。
三杯目を最後の一滴まで飲み干し、そこで漸く落ち着いて 「ありがとう」 と礼を言うと
「構わない」と返事があり、コップを俺から取って側のテーブルに置く。
全ての所作が静かな男だった。

「…本当に、ありがとう。…助かった」
「腹とかは減っていないか?」

ここで「痛む所はないか?」と訊かれなかったのに、少し愕いた。
それどころか、どうした?何があった?とか、名前は?とか、一切の詮索がない。
普通なら、行き倒れていた人間を拾ったのだから、それなりの質問をしてくるだろう。
けれど男はそんな素振りも見せず、俺の返答を待っている。
ふと躯を見下ろすと、傷には丁寧に包帯が巻かれていて
だとすると手当ての際、絶対に傷を見ている。
一目で、それがただの怪我や暴行でできた傷ではないと判った筈だ。
それでも尚、その傷の理由や俺の素性を全く探らない。
…不思議な男だった。

「…腹は、減ってない。……傷、手当してくれたんだな…ありがとう」

視線を合わせないようにしながら、ソファの上で小さく頭を下げると
男は大した事はしていないと、僅かに苦笑してみせた。
男の落ち着いた雰囲気に似合った、静かな笑みだった。
途端に、名乗りもしない自分が、とても卑怯に思えて

「…俺は、黒崎一護。…良かったら、あんたの名前、教えてくれないか」
「芳賀政樹」

透き通るような、低い声の芳賀は
名前しか言わない俺に気を損ねた風もなく、すぐに自分も答えてくれた。
涼しげな目が印象的で、少し長めの前髪が掛かった顔立ちは
俺よりも少し大人びていて、整っている。
たぶん年上だ。

「…芳賀さん、助けてくれて、ホントありがとう……でも、俺…もう行くわ…」

礼を言っても言い足りないぐらいの感謝と共に、けれど、だからこそソファから足を下ろして立ち上がる。
ここでこのまま長居をすればする程、この人を危険に曝すことになるからだ。
もし、無関係のこの人を巻き込んでしまったら、俺は自分自身を許せない。

「待て」
「…!」

そのまま横を通り抜けようとしたら、いきなり腕を掴まれ
愕いて振り返ると、深い藍色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

「行く当ては?」
「……」
「金は?」
「…少しなら」
「その格好で?」
「……、どっかで、何とかするよ」

言いながらも、実際の所はここを出てからの行動は何一つ決まってないし
俺なんかがどうにかできるかと言えば、全く名案が思いつかなかった。
でも、とにかくこの場を離れることができるなら、何でも良かった。

なのに、

「暫く、ウチに居ろ。拾った犬がまた外で倒れていたら、後味が悪い」

少しだけ回りくどい言い方で、でもハッキリと「此処に居ろ」と言った芳賀の
その優しさが、心臓を締め上げる苦しさを伴って、俺の足を止めさせた。
掴まれた腕は、何故か振り解くことはできなかった。
俺は無意識の内に、ボロボロと泪を流し
気がついた時には、差し伸べられた救いの手を
藁にも縋る思いで握り返していた。

「……芳賀…っ、たすけて……くれ……っ、、」

 

 

この時、どうしてその手を振り払わなかったのかと
後になって後悔することになる。

 

 

 

【4へ続く】


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アトガキ

まさかのオリキャラ出現。
そんなに深く関る予定はありませんが、巻き込まれる被害者フラグは立ってます。

2009/06/30  いた。