『鬼ごっこ#7』

 

目が覚めた途端、酷い倦怠感と咽喉の渇きに襲われて、思い切り眉を顰めた。
朦朧とする意識と眩暈に吐きそうになりながら
何とか這いずって湿ったベッドからズルズルと小汚い床に落ち
水道の蛇口を求めてジリジリと芋虫のように緩慢に、そして必死に蠢いていた途中
そういえば此処に水なんて通っていなかった事を思い出し

「…ッ、…っっ…!」

全く声が出ない嗄れた咽喉で空吼えをした。
同時に、ドロリと内股を生微温いものが伝う。
まったく最悪の有様だ。
それでも、絶対に生き抜いてやるという信念は折れず
ベッドの枠組みを掴み、縋りつきながら小刻みに震える膝を叱咤し立ち上がれば
ヒビ割れた窓から差し込む濃い茜色の光が目を射した。
そこはかとなく夜の気配がするので、日が暮れるのは時間の問題だろう。
暗くなる前に此処から移動したい、と気は急くものの、肝心の躯は本当にもう、ズタボロだった。
全身が重く強張って、その場から動けない。

(…しっかりしろよ、、俺…ッ)

自分に言い聞かせ、歯を食い縛り、投げ遣られていた衣服を拾い、時間を掛けて身に付け
ようよう外に出た頃には、すっかり陽は落ちていた。
静まり返って冷たい夜気が、じっとりと汗を掻いて火照っていた肌を容赦なく冷やす。
街頭の明かりは少なく、夜道は迫るように暗い。
心細かった。
それでも、ゆっくりと歩き始める。
一歩、また一歩。
今足を止めてしまったら、もう二度と動けないような気がしたから。

「…はぁっ…、…ッーハァ…、」

荒く乱れる呼気を繰り返し、壁に寄りかかって
色んな物にぶつかりながら彷徨い歩く様は、さながら衰弱しきった野犬。
いつ野垂れ死んでもおかしくない。
重かった手足の感覚が、だんだん無くなって来たような気すらする。
腹が減った。
水が欲しい。
休みたい。
頭痛がする。
寒い。

「…ぁ…、ぐ、、!」

とうとう膝が抜けるように折れ、前のめりに地面へと倒れ込んだ。
とその時、ガランと物音がして、ピクリとそちらへ視線を向ければ
一つ二つと人影があり、明らかに浮浪者と思える男が二人、こっちに近付いて来る。
身包み剥がされるだろうか。しかし生憎と小銭しか持って居ない。
どっちにしろ、この状況で襲われたら碌な抵抗なんて出来ないだろう。
どうして俺はこんなにもツイてないのだろうか。
泣きっ面に蜂、一難去ってまた一難、虎口を逃れて竜穴に入る、、とにかく、踏んだり蹴ったりだ。

「…ぅ…、っ…」

懸命に起き上がろうとしたけれど、残念ながら土を掻くどころか爪先一つ動かせず
どうやっても立ち上がれない。
目まで霞んで来た。
意思の力ではどうにもならない所にまで陥っている危険な状態という事すら
既に頭では理解できて居なくて、頭上から伸びてくる四つの手を、ただノロノロと見上げ
俄かに訪れた眩暈に似た感覚がした次の瞬間には
俺の視界はぐるりと真っ黒に暗転。
意識は容易く途切れた。

「……………」

だから、知らない。
突然に現れた白い影が、男二人の両手を瞬時に斬り落とし
何の感慨もなく、否、鬱陶しげに唾棄すらして瞬く間に惨殺した後
当然のように俺の腕を掴み上げた事を。

 

―――――――――――

 

じんわりとした心地良い温かさと、柔らかな感触に包まれ
夢か現実か判別できないような朧げな境界線に立っていた俺は
不意に覚醒へと向かう意識をハッキリ感じたと同時に、緩やかに目蓋を開いた。

「………」

白い天井が見える。
病院のベッドの上だろうかと、周囲に視線を転じるより先に、背筋がゾッと総毛立った。
よく知った霊圧が、すぐ傍に、ある。

「……ッ、つ…!」

恐怖と緊張によって四肢を引き攣らせると共に飛び起きたが
大きな掌が額を鷲掴み、俺は上半身だけ起こした状態のまま傍の壁へ押さえ付けられる。
抗えない。

「動くなよ、めんどくせェ」
「…!!」

降った低い声はやっぱりヤツのもので、俺は死に物狂いで距離を取ろうとしたが
背後は壁で、押さえつけて来る力は到底太刀打ちできるものではなく
おまけにまたしてもクラリと軽い眩暈に襲われ、息を詰めて身動きを止めた。

「やりゃあデキるじゃねェか」

言って手を離した男は、いつもの不愉快な笑みを浮かべながら立ち上がると
白い水差しを取り上げるなり、俺の口元へと寄せて傾けた。

「ッ?!、うぐっ、…げほ…!」
「あーあー、溢すンじゃねェよ。しっかり飲みやがれ」

不意の大量の水に驚き咳き込めば、窘めるように吐き捨てたグリムジョーが更に水差しを傾け
殆ど溺れるようにしてガブガブと水を飲み込んだ。
そういえば、激しく咽喉が渇いていたのを思い出す。
無遠慮な施しによる苦しみを忘れて久方ぶりの水分に夢中になり
咽喉を鳴らし最後まで飲み干す頃には、生き返ったという大仰な心地さえした。
そしてハッと我に返る。
此処は何処で、何故コイツはこんな真似をしているのだと。

「、、テメ…ッ、なんで…!」
「ん?判らねェか?」

判る訳がない。お前の考えが理解出来たためしなんて、ただの一度も無いんだ。
警戒心も露わに睨み上げると、余裕の態度を崩さない男は、偉そうにこう言った。

「死に掛けてたテメェを助けてやったンだよ」
「なッ」
「ちなみにココは虚圏だ。歓迎するぜ?一護」
「!!」

一体誰の所為で死に掛けていたのだと、カッとなって言い返そうとしたが
その怒りの矛先を挫くように告げられた事実のあまりの衝撃に
一瞬で頭の中が真っ白になって混乱する。
どうして、何の為に、と問い詰めたいのに
ハクハクと戦慄くばかりの唇は、か細く意味を成さない吐息しか零さない。

「クク…何でってツラしてンな。 当然、テメェの体力を戻す為に決まってンだろ?
 それまで小休止だ。元気になったら、ちゃーんと現世に帰してやるよ。そしたらまた、」

鬼ごっこの続きをやろうぜ…?
と、厭らしく掠れた低音で囁き、ベッドに片膝で乗り上げ、待ち切れないとばかりに俺の耳朶を齧る。
こいつの猟奇性は常々異常だとは思っていたが、まさか此処までとは思わなかった。
ザァと音を立てて血の気が引いて行く。
余程青褪めた顔をしていたのか、「真っ青だぜ?」と愉しげに呟いた男は
冷め切った頬を撫で、震える唇を指の腹で押し潰し、「あ」、と思う間もなく
ズブと口内へ親指を突っ込み、こちらが逃げられないよう下の歯列に引っ掛け、下顎ごと片手で掴んだ。

「っん、ぐ…!離、、ッッ」
「大人しく口開けてろ」
「、?! お、ぐぅ…ッ」

閉じられない口の隙間から、粥に似た流動食のような物がいきなり流し込まれる。
得体の知れない物体が気持ち悪くて、咄嗟に吐き出そうとしたが
下顎をグイと上向かされ、必然的に重力に従って咽喉奥へと滑り込んで来る其れを
思いがけず飲み込んでしまった。
味は無い。
白い磁器を満たす白い其れは、まるで病院食そのものだ。
だからと言って甘受する事など出来ず
何とかグリムジョーを振り払おうと、ヤツの指を根限り喰い締め
顎を拘束する腕を両手で掴み爪を立てるものの、ビクともしない。

「…ン、ぐ…!は、、うぅ、、、っ、!」
「ハ…、んな弱っちィ抵抗で、どうするってンだ?」
「っ、ッ…!ふっ、ぅグ、、」
「このオレの手ずから喰わせてやってンだ、有難く思え」

恩着せがましく、いけしゃあしゃあと高慢に言い放つこの男は
果たして、本気で俺を介抱するつもりのようだ。
敵の、それも憎くて堪らない男に、そんな事をされるぐらいなら、いっそ死んだ方がマシだと
チラリと頭をよぎったが、それは即ち、芳賀に対する裏切りではないだろうか…
そう考えれば、次第に俺の抵抗は小さくなり、暫く経つ頃には
唯々諾々とされるが侭に、与えられる物を飲み込んでいた。

「ッ…ふ、…ぅ、、…っ、ゲホッ……は…っ…」

皿の中身が空になると、口端から溢れ伝っていた残滓を
グリムジョーが当たり前のように舌で拭い取り、それから漸く顎を解放したので
俺は糸が切れた人形の如くドサリとベッドへ沈み、荒い呼吸を繰り返した。
こんな状況になるだなんて、思ってもみなかった
きっと何か悪い冗談だろう、悪夢だ、そうに違いない。
死を避け生き伸びる為には、殺したい程憎い男の恣を許し、従う他ないなんて…

「、、う、ぅ……っ」

これは忸怩か後悔か、はたまた遣り切れない憤怒か
ボロボロと止まらない滂沱の涙を流しながら
淫靡な手付きで下肢を撫で割開くグリムジョーに何の抵抗もせず
震える五指でシーツを掻き毟り、歯を食い縛った。

 


【8へ続く】


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あとがき

進展させたかったので、思い切って拉致らせてみましたが、、オチが迷子状態です(笑)
そしてエロは端折りました。あまり続くと皆さん飽きるかな、と思いまして;;;
とりあえず、グリムジョーさんはどうしても一護と鬼ごっこを続けたいようなので、全力で応援します!

2013/05/04  いた。