日和宜しく晴天。

照り付ける陽射しの下、猿野属する十二支高校野球部は
某高校との練習試合の為に、相手校のグラウンドに訪れていた。
のだが、呆気ない程に圧勝し、今はその喜びを皆で分かち合っている。
中でも一際喧しい猿野はと言えば、相変わらずのギャグを連発して
部員達を沸かせていた。


「…あれ?猿野君、携帯鳴ってるっスよ?」


そんな時、猿野のスポーツバッグから漏れ流れる着信音が
くぐもった音で子津の耳に入り、気付かない持ち主へと律儀に声を掛ける。


「お、悪い!危うくファンからの熱いラブコールにシカトこくトコだったぜ」


笑いながら、猿野はいそいそとバッグのファスナーを開け


「……あっ…」


ハッキリと聞こえたメロディに、その腕はピタリと止まり
腕だけでなく、全身が、思考が、停止した。

鳴り続ける着信音。

バッグを開けた儘、電話に出ようとしない猿野を怪訝に思った子津は、眉根を寄せて覗き込む。
すると、ビクリと猿野の体が大袈裟に揺れ、短く息を吸い込む音が聞こえた。


「…電話、出ないでいんスか…?」


かれこれ一分近くは鳴り続けており、
何か急用の連絡ではないのかと心配になってくるが
当の猿野は呼吸をするのも忘れたように固まった儘だ。
いや、微かに手が、肩が、背中が、震えている。
益々訝しく思った子津は、もう一度声を掛けようとしたが
静かに、静かに・・・まるで壊れ物を扱うようにそっと
猿野の手がようやく携帯を取り出して、開き


「……ッ、、」


小刻みに震えて定まらない指で、通話ボタンを押す。


「………も、しもし、、」
『           』
「っ、そんなの…無理だって!」
『       』
「ッ待…!!」


どうやら、言いたい事だけ言われて一方的に切られたのか
携帯を耳に当てたまま、しばし茫然とする猿野。
けれどそれも束の間の事、それまでの緩慢さが嘘のように
慌てた様子で携帯をバッグに突っ込み、身を翻して走り出そうとする。
牛尾に何の断りもなしに、だ。
電話の内容は聞き取れなかったものの、その尋常ならざる様子からして只事ではないのは明らかで
一体どうしたのかと、傍に居た子津は引き止めるべく腕を伸ばしたが
寸前で乾いた音を響かせ、思い切り叩き落とされた。
驚いて目を見張る。
一体、どんな遣り取りがあったのか。
疑問は深まるばかりだけれど、猿野はまるで見えない何かに急かされるように
振り返りもせず脱兎の如く走り出した。


「さっ、猿野くん!?」


親友の声など、もう聞こえはしない。

 

−−−−−−−−−−−

 

「はっ、はっ、はぁ、っ…!!」


形振り構わず何かをするというのは、こんなにも体力を消耗するものなのかと
全速力で走る猿野は汗を垂らしながら思った。
もしかすると、これから向かう場所に居る男に対してのプレッシャー、恐怖、焦り・・・
そんなモノに捕われているからこそ、なのかも知れない。
兎に角、自分を呼び出した、決して逆らえない相手の元へと、走りに走った。


「御柳ーッ!!」


汗だくになって、指定の十二支公園に到着したのは、あの電話から30分ほど経った頃。


「おっせぇよ。オレが電話切ってから何分経ったと思ってンだ?」
「っ、なコト、言った…って!!」


某高校から此の公園まではかなりの距離がある。
バスを乗り継ぎ、次いで休む間も無く、荷物提げて全力疾走して此処までやって来たというのに
何の労いも無く、肩で息をする猿野をベンチに座ったまま詰る御柳。
呼吸も儘ならない猿野は、言い訳しようにもそれが出来ないで、荒い呼気を整えようと必死だった。


「いっつも言ってるっしょー?電話切った5分内に来いって」
「ッ無茶、言うなよ…!!こっから、どんだけ遠いと…っ」
「ハ。知ったこっちゃねーよ。つーかオレに口答えする気か?」


言って、形の良い柳眉を上げる御柳は、体力を使い果たしてしまっている猿野の腕を掴み
強く手前に引っ張って、足元に跪かせるように引き摺り込んだ。
急な事で、猿野はその両脚の間に勢い良く崩れ落ちる。
文字通り跪いて。


「、ぐ…!」
「なぁ、天国……今日さ、何した?」


強打した膝の痛みに顔を顰め、批難も露に顎を上げたが
見上げた視線の先、御柳の冷たすぎる微笑に、一瞬で頬の筋肉を引き攣らせる。


「…ッあ…!」
「今日何したって、聞・い・て・ん・の。日本語ワカリマスカー?」


何をそんなに怯えているのか、短く声を上げて身を硬くする猿野に構わず
その怯える身体を両脚で、恐怖に染まる顔を両手で挟み込み
シニックに笑いながら問い掛ける御柳は、愛しげに頬を数回親指で撫でた。
揶揄うように片言で同じ質問をされ、猿野は焦ったが
今日何をしたと聞かれても、正直、何をしたと答えればいいのか判らず
魚が喘ぐようにパクパクと口を開閉するしかない。


「う、、ぁ…、ぅ」
「オレが判る言葉で、さっさと答えろ」
「…っし、試合……他校との…、、」
「ンなこた知ってるっつーの。オレが聞いてンのは、オマエが何をしたか、な?わかる??」


懸命に顎を動かし、思いついた「今日したこと」を大真面目に答える猿野だが
全て言い終わらない内に冷声で遮られた。
そして何度も言わせるなというように、間近で覗き込まれながら冷たく言われ
益々何を言えばいいのか判らなくなり、混乱する頭で今日の記憶を必死に手繰り寄せるが
幾ら考えても試合以外の目ぼしい事は思い出せない。
だから、ふるふると力無く首を振る事しか、答えが出せなかった。

途端に御柳の双眸がスゥと細まる。


「…こんだけ言っても、まーだわかんねェの?天国…」
「、、ごめっ…!ッとに、わかん、ね…っ」
「ったくよォ、普通気付くっしょー?オレがこんだけキレる理由…。…思い当たるフシがあんだろが」
「…ぁ…、そんなの…無…」
「い、とか言いやがったら、オマエのダチ誰か一人、再起不能にすンぜ?」


言いざまに、口端を吊り上げ、チロリと八重歯を舐める舌が、猿野の恐怖心を殊更に煽った。


「み、御柳…!何でもするから、それだけは…ッ!」
「ンじゃー今日何したか、言ってみ?」


飽く迄もそこに拘るのか、相変わらず猿野の頬を撫でながら、優しげに猫撫で声で促す。
まるで最後のチャンスだとでも言うような態度に、猿野は泣きそうになった。
返答次第で、自分はおろか、仲間までも危険に曝される。


「……俺、俺…、……もしか…して、…約束、破った……?」


御柳がこんなにも不機嫌になる理由と言えば限られてくるので
「まさか…」と震える声で見上げれば
その通りだと言わんばかりに、ピンク色の風船ガムがプクリと膨らんだ。


「…うそ…!でも、俺、いつ…!」
「昼、12時18分、相手側ベンチ。…これだけ言や思い出すっしょ」
「……あ…っ」


そう言えば、今日の試合の昼休憩の時に
相手側の部員達に呼ばれ、十二支の中間達と一緒に昼食を食べた事を、唐突に思い出す。
しかも、お互いに話が合って盛り上がった事もあり、連絡先まで交換し合っていたのだ。
その時は皆でやった事だったから、気にもせず、今の今まですっかり忘れていた。

猿野の背中が震える。

御柳の許しなく、携帯の電話帳は登録・変更不可だ。
日頃から散々言い含められていたのに、今回、あろうことかその言いつけを破ってしまった。
でも、よくよく考えると、それは携帯をチェックされない限り
猿野が黙っていれば判らなかった筈。
なのに何故、その場に居なかった御柳が知っていて
ましてや、正確な時間まで把握しているのか……まったく見当もつかないけれど
とにかく、やってはならない事をやってしまったのは、事実。


「、、なん、で…?」
「知ってるかって?バレねーとでも思った?」


ニヤリと嗤う御柳は、出し抜けに猿野の半開きの唇を咬みつくように塞いだ。


「んっ!…ふ、」


簡単に御柳の舌が猿野の歯列を抉じ開け、入り込む。
ねっとりと舌ごと中を絡め取るように動かしては、時折下唇や上唇を咬み
僅かな喘ぎ声を零して息の上がっていく様子を見つつ、目を眇め


「オマエさ、自分が監視されてンの、気付いてっかよ?」


ゆっくりと唇を離し、そのまま至近距離で覗き込むように問い掛ける御柳は
相変わらず口端を上げていた。


「オレさァ、昔っから舎弟とかそーゆーの多くてよ、
学校とか街とか、それこそドコにでも言う事聞く連中が居ンの。つまり…」


ヒヤリと、猿野の背筋を冷たいものが伝う。


「オレの指示ひとつで見張りは勿論、オマエが何所で何してンのか、全部丸分かりってワケ」


愛しげに囁きながら、軽くもう一度口付けられ
猿野の栗色の瞳が、ゆらりと頼り無く揺れる。


「マジ、愛してンぜ?天国…」

 


『だからと言って何をしてもいいのか』

 


いつの間にか、その手の中にある、猿野の携帯。
もう一方の手には、御柳自身の携帯。


削除された真新しいメモリ。
下された某高校野球部へのリンチ命令。

 

 


【終】


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あとがき

毎度お馴染み(?)変質者もといストーカーまがい御柳氏。
愛ゆえの行動と、笑って許してやって下さい←

2005/08/27 。いた。
(加筆修正:2010/7/28)
すいません、とうとうネタが浮かばず、古い分を引っ張って来ました。
天国誕生日おめでとう!