『そんな日常』

 

 

カツカツと規則正しく黒板を叩くチョーク。
霞んだ頭にトロトロと眠気を誘い込む。
欠伸を噛み殺す事無く、大きく無遠慮にカマシ
机の上の脚をもう一度組替えた。

只今は程良く昼飯もこなれた5限目の半ば。
オレは勝手に喋っている禿頭の教員の授業をマトモに受ける気も無く
口の中のガムを膨らませては割る、を繰り返していた。

静かな教室にパチンと、不釣合いな破裂音が虚しく消えていく。


「・・・・・御柳君、いい加減にしなさい・・・。」
「・・・あ?」


到頭耐え切れなくなったらしい教員が
ビールっ腹をたぷたぷさせながら、数式の説明をしていたのを途中止めにし
細っこい目を更に細くしつつ注意してきた。
あらら、自殺志願者ですか?


「机の上の脚を降ろしなさい」
「・・・は?」
「・・ですから・・・、」


下を向いてノートを取っていたヤツ、突っ伏して寝ていたヤツ、
その他諸々のクラスメイト共が、興味津々に視線を向ける中
教員とのクダラナイ遣り取りがメデタク幕を開ける。


「机は勉強の道具を置く所であって、脚を乗せる所ではありません、」
「・・・で?」
「降ろしなさいと言っているでしょう?」
「ンなもん人の勝手だろーが。一々煩ぇよ、ハゲ」
「なっ!・・御柳君!何ですかその言葉遣いは!!」
「何だもクソもねーよ。デブ。殺されてーの?」


鋭く睨み上げながら言うと、クスクスと何人かの忍び笑い。
真っ赤になる中年教師。
他の皆さんからも人気が無いようですねェ?


「い、今すぐ職員室に来なさい!以前から君には はっきり言っておかなければと思っていました・・!!」
「・・・・今言えっつの・・・たりぃ」


大勢の味方が居るテリトリーでなければ、何も出来ない、是、世の常。
糞喰らえや。
オレは空っぽの机を前に蹴り飛ばし、上着を引っ掛け立ち上がる。
最前列にいたお陰でこれによる被害者は0。
突然の激しい衝突音に、教室内にざわめきが広がってゆく。
勿論教壇上のデブも、目を白黒させてやがるから嗤えるハナシで。


「・・あ!御柳君!!待ちなさいっ!」


構う事無く教卓の前を通り過ぎようとした所で、肩を掴まれる。
瞬間頭に血が上ったのは言うまでも無い。
汚ェー手で触ンなってマジきっしょいし。
舌打ちを一つ打ち、一段高い場所にいる教員を見遣って、
何時までも離そうとしない脂肪の塊みたいな手を叩き落とす。
あーこれ絶対ェ匂い移ってンよ。加齢臭ってヤツ?
笑えねー。


「触ンなよ・・・・ボッコボコにしてブチ殺した後、バラして首だけ家族に送るぜ・・・?」
「ッヒ、!!」
「・・此処で人生終わらせたくねーっしょ?」
「はっはひっ・・・!!」


ドスのきいた声で少し脅してやれば、だらしなく上擦った悲鳴を上げるデブ教員は
大量の冷や汗を玉のように浮かべ、両膝をぶるぶると震わせた。
年下のガキに気圧されてどーすんだってな。情けねぇ。
それでも教師ですか?


「じゃ、帰りますんで、センセー、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ?」


完全に畏縮しているデブに厭味にそう言い残し
ドアを勢い良く開け、勢い良く閉める。
ガラスの割れる音がしたが、まぁ、知ったこっちゃねー。
気にせず人気の無い長い廊下を歩いて行く。

向かう先は、決まっている。
十二支高校。

天国がいる。

 

 

××××××××××××××××

 

 

同じ時間を差した儘の時計が引っ付いている、デカイ校舎。

慣れた侵入経路、門を飛び越え、整備されたグラウンドの端を
堂々と足跡を残しつつ進んで行く。
結構ここの監視警備も甘いもんで、こうして使われてない裏門を使えば
職員室は校舎の向こう側、それが死角となってオレの姿は見えないっつーのは確認済み。

土足の儘一年の下駄箱を通り抜け、傍の階段を登り4階を目指す。
一年の教室は最上階と決まっている。
まぁ移動教室で居なかったら骨折り損だが、絶対に居るという確信があった。
ホラ、オレの勘って百発百中だし?

当たり前だが今の時間、フツーの学校は授業中。
自分の足音だけが白塗りの壁に反響して煩い。
オレは口に含んでいたガムを階段の隅に吐き捨て
新しいものをすぐに口に含み只管階段を登る。


「・・・えれー・・。、ンで一年は最上階なんよ・・」


漸く長い階段を登り切った時には、ガムの味はまた無くなっていて。
すぐ正面の角を曲がれば、一年の教室がずらり。
天国のクラスはと言うと、結構向こうにあった。
「1−B」という、少し傾いたクラスプレート。


「みーっけ」


口角を上げ歩を進めて行けば、矢張りHRで授業をやっていて
何人かの生徒は窓越しにオレに気付き、面食らって目を瞬かせていた。
そりゃ他校の生徒が白昼堂々廊下を闊歩してれば驚くわな。


「・・・んー・・」


ドアの前で立ち止まり、中を覗く。
栗色頭は窓際の一番後ろの席にいた。

オレは躊躇わずドアを開け放った。


「・・・・・・・・・・・」


賑やかだった教室内が一瞬で静まる。
ボンヤリと外を眺めている天国。
此れほどに室内の雰囲気が一変したというのに、
気付く様子も無く肘を付いている様は相変わらずで。
それでこそ、オマエだ。


「なっ、なんだね君は!!今は授業中だぞ!」


論点がズレてんじゃねーのか、教師が憤然と向かって来る。
あ、学ランだから他校だってコトに気付かないのね。そりゃ結構。
でもまぁ、生憎と誤解を解くほど馬鹿でもお人よしでもありませんから、シカトこきます。
掴み掛かって来た腕を躱して密集している机の隙間を縫うように
天国が座っている窓際の一番後ろの席へ。


「天国」


前の席に座っていた真面目そうなメガネ君を引き摺り立たせ
入れ替わりに座りながら、優し〜く横顔に声をかける。
するとコイツは漸くオレが来た事に気付いたのか
ハッと振り向いた。


「・・・・み、やなぎ・・・」
「よぉ」


目を見開いて明らかに動揺している様子・・っつーかコイツの場合演技か?に幾分か機嫌を良くしつつ
ニヤリと皮肉るように笑いながら、額を小突く。


「っテ、」
「折角来てやったのに、ボケっとしてんなよ」
「こんな時間にお前が来るなんて、思って無かったんだよ」
「あっそ。じゃぁ何で窓の外見て固まってたワケ?」
「・・・・・・べつに?」
「オレが来てんの、ホントは気付いてたっしょ?」


言ってやれば、その通りですと言わんばかりに ニヤリと口端を上げる。
こういうトコロが、結構好きだったりするワケね。


「・・・で?お前、ワザワザ十二支まで来て、俺に何の用だ?」


いつまでも子悪魔みたいな可愛い笑顔を振り撒きつつ
然も面倒くさそうに天国は吐き捨てた。
このギャップもまた堪ンねーって。
つーか何でか周りの人間も聞き耳を立てている。
いちいち気にしねーけど。


「オマエ、今から授業フケろ」
「・・・は?」


提案でなく命令。そこんとこ宜しく。
当の天国は何言ってんだコイツみたいな顔して眉を顰めた。
同じ事何遍も言わせんなやコラ。
オレは椅子から立ち上がり、未だ釈然としない天国の襟首を掴み、立たせる。


「イテテ!てめっ、離せって!俺は猫じゃねぇ!!」
「ん。さっさと行くぜ?」
「ちょ、待っ!むしろこっちの方がヤダって!!」


首に回されたオレの腕を必死に引き剥がそうと引っ張るのはいいけど、ぶっちゃけ無意味っしょ。
その儘ずるずると引き摺るようにして近い方の出口、つまり後ろのドアへと向かう。
けど、最近の教師はやたら邪魔が好きらしい。
戸口に手を掛けた所で、慌てて駆け寄って来た。


「・・ッ君!待ちなさいっ」
「、あぁ??」
「猿野君も!一体これはどういう事ですか!!」


口調は怒っているものの、その表情はイマイチこの状況が飲み込み切れないと物語っている。
って事は職歴も経験も浅いってこった。
無視して軽い扉を開け放つ。
するとまぁ、先生様は逃がすまいと思っての事だったんだろうが
有ろう事か天国の腕を直に掴んだ。

瞬間、教師の身体は派手に吹っ飛び
数人の生徒とその机を巻き添えに
デカイ激突音と幾つかの悲鳴と共に、床に倒れ込んだ。


「・・・・・・・俺に触るなよ、クソ野朗・・・」


低く吐き捨てられた科白が、冷たく教室に響き渡る。


「あーあー」


背筋凍るっしょー?最高なんだってコレが。
天国、オレ以外の人間に触られんのが、マジ無理みたいで?
それでなくても至近距離で擦れ違うだけで眉顰めてんのに、
直接触れられるような事あったら、容赦なく相手、打ん殴るから、嗚呼恐い。
あの怪力で思いっ切りやられるっつーことは、アレだ、間違い無くトぶ。記憶が。
考えただけでもゾッとするぜェ? なァ??


「おい、加減しろよ?警察沙汰は御免だぜ?っつっても記憶飛んでンだろーケド」
「るせぇよ、俺に触るからだ・・・ってか、手加減したし」
「へーへー。じゃ、鬱陶しいのも伸したコトだし?行きますか」


肩を窄めつつ言えば、天国は返事をする事無く さっさと教室から出て行った。
やれやれ。
センセーさぁ、一番やっかいなコトしてくれたなぁ?
ああなった天国鎮めんの、かなり骨折るんだぜぇ?
まぁそのご機嫌取りも結構愉しかったりするんだけど。

騒然となった教室に溜息を一つ残し、先に行ってしまった天国を追いかけた。

 


××××××××××××××

 


「・・・信じらんねー・・・」
「何が?」
「さっきの」


十二支校から程近い公園で、古びたベンチに二人して腰掛けて。
手には缶とタバコ。
缶の方の中身はもう飲み干して、今は灰皿と化している。


「未だに鳥肌立ってんだよ。ほら、見てみろよ」
「うっわ。見事」
「だろ?気持ち悪ぃ」


そう言いながら腕を擦る天国の顔は、マジ厭そうで、笑うしかない。
それに目聡く気付いたのか、「何笑ってんだ」
とか言いながら脇腹を肘で突いてくる。


「イテッ、痛ぇって!」
「笑ってるお前が悪い。俺のコレは、知ってんだろ?」


言って、諦めたように、仕方ないように
表情は不貞腐れたように、目を細めながら。
オレは無性に抱き締めたくなって、
代わりに柔らかく癖のある栗色頭を数回撫でてやる。
撫でるっつっても、猫とか犬とかにやるようなんじゃなくて
ガキを褒める時にやる、ポンポンって、あんなヤツ。
あー、ホント可愛いわこの子。


「?!っにすんだ!」
「別に?それよりさ、一発ヤんねー?」
「・・・ハ?」


っつーかオレは初めからそのつもりで、わざわざ距離のある十二支に天国を迎えに行ったワケだ。
虫の居所が悪い時は、ヤるに限るっしょ?


「てめ、御柳・・・それって一体どんな冗談・・・?」
「コレが冗談言ってる顔に見えますか?」
「見えません」
「クク・・解かってんじゃん」


んで?誘っても逃げないって事は、OK?


「・・・さっきあのバカ教師に触られて気持ち悪いし、一回だけならヤっちゃる」
「・・教師サマサマだな。」
「っまさかお前・・・狙ってやったのか・・?!」
「なワケねーっしょ。いいから行こーぜ?」
「絶対狙ってやったし・・・コイツ・・・・・」
「ひつけー」


いつまでもぶぅ垂れている天国を引き寄せ
一番近いラブホテルへ脚を向ける。

 


学校サボってラブホとか、背徳的でイんじゃねー?

 

 

 

 

 

【終】


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あとがき

終わりの辺りになると会話が多くなるの、何故でしょうorz
きっと文章考えるの飽きてくるからだ。

2005/02/06 。いた。