一度掴まったら、二度と逃れる事は出来ない、そう思った。

 

 

 


『所有物即ちペット』        

 

 

 

――油断していた。
   まさか学校帰りに堂々と門前から攫われるなんて・・・


××××××××××

 


辺りはすっかり暗闇。
明りと言えば、チラホラと点在する街灯だけ。

毎日のように続く厳しい部活もやっと切り上げになり、
俺は駄犬やスバガキと駄弁りつつ、真っ暗な校門へと歩いていた。
結構疲れている筈なのに、不思議と会話は途切れないで、さっきからずっと喋りっぱなしだ。

 

「兄ちゃんボクが貸したゲーム、もうやったの〜?」
「あ?あ〜、まだぼちぼちとしかやってねー。部活ッ子ですから忙しいんですのー」
「忙しいのは兄ちゃんだけじゃないと思うけど、
 まぁさっさとやっちゃってね!次は犬飼くんに貸すんだからねー」
「マジかよ、犬でもゲームやんのか?ありえねー!」
「とりあえず黙れ、猿」
「無理で〜す。百円だすなら考えてやってもいいけどな」

 

なんていう他愛ない話をして、笑って、いつも通りで。
何もかもが不変なる日常の一部。
けど俺は、ふと視線を上げた先に、日常じゃないものを見つけた。

 

「・・・・・・・?」

 

塀よりも背が高い人間なんて然う然ういるもんじゃないのに、
その門壁の向こう、まさに数センチばかり人の頭らしきものが見える。
普段ならこんな時間にそれはありえない。

俺はまるで小さな間違いを見付けたような気になって、何度も何度もそっちを窺い見たが
その後ろ頭がこっちを振り向く気配はまるでなく。
待ち合わせでもしているのか、ピクリとも動かなかった。
一体こんな夜遅くまで誰を待っているのかと
当然不思議に思い、隣を歩く犬飼の顔を見てみる。
するとコイツも同じ事を考えていたらしく、
怪訝そうに眉を寄せているのが分かった。
スバガキも、「兄ちゃん、こんな遅くに誰だろうね。人待ちかな・・・」 と不思議そうに首を捻っている。

まぁどうせ俺達には関係無いだろうと、そのまま話を続けながら足を進めていき
ちょうど門を通り過ぎ様に、俺は何となく、自然に目線だけを動かして 
塀に凭れている奴を横目で見た。

 

「・・・・・・、ん・・?」

 

一体いつから其処にいたのだろうか。
そいつは、どうやら男のようで
俺達が門から出て来たのに気付いたらしく、塀から背を離しゆっくりとこっちに歩いてくる。

 

「・・とりあえず、誰だ?」

 

充分な明かりがない所為で、人相も格好も何もかもが良く見えないからか
一応の警戒心を覗かせながら、犬飼が眉間に皺を寄せて影の人物にそう問い掛けた。

すると、パチンという何かが弾けるような音と共に
暗闇の中から街灯の下に来たそいつの影が無くなり、分からなかった姿形が初めて判る。

 

「!・・・ッお前は・・・!!」

 

背はたぶん俺より高い、180以上、かなりの長身で細身。
けれど決して痩せている訳ではないのは、よく解かっている。
相変わらずガムを膨らませたり割ったりを繰り返し、
トレードマークのように目元には真っ赤なアイメイクをして
思わず見惚れるぐらいの綺麗な鶯色の頭が妙に目立っていた。

ついこの間見たばかりの容姿だ、忘れる筈もない、

 

「・・・・御柳、芭唐・・・」
「ッ、何しに来やがった御柳・・ッ!!」

 

呟いた俺の横、犬飼が練習試合の時とまったく同じ剣幕で、いや
むしろそれ以上の怒りを剥き出しにして
今にも掴みかかりそうな勢いで怒鳴った。
強く握った拳は小刻みに震えていて、感情を抑える事が出来ないのか
歯軋りして相手を睨む形相は、見たことも無い。
それを慌てて肩を掴んで牽制する。
学校の正門前で他校の奴と、それも野球部同士の乱闘騒ぎなんて御免だ。

 

「おい、犬!鎮まれ!!スバガキもじっとしてないでこいつ止めろ・・!!」
「ご、ごめん兄ちゃん!でも、何で華武の人が十二支に・・」
「ンなの俺が聞きてぇって・・! おい、そこの風船野朗!十二支に一体何の用だ!!」

 

スバガキの言う事がもっともで、二人掛りで犬飼を押さえつけながら
呑気にガムをプーと膨らませつつ歩いてくる御柳に問い掛ける。
すると、切れ長い目を細めた御柳は俺の方へチラと視線を向け、
にやりと口端を吊り上げて性質の悪い笑みを浮かべた。
 
―――瞬間、背中をゾクゾクとした冷たい何かが駆け巡る。

ヤバい。

直感?経験?勘?そんな安いモンじゃない。
この感覚は、間違いなく本能の危険信号。

 

「、ッ」

 

まるで怯えるように全身が総毛立って、身が竦み
俺は思わず、未だ突っかかろうとしている犬飼の肩を引っ張り、叫んだ。

 

「・・ッこいつ、ヤベぇ・・!! 逃げんぞ犬!!スバガキっ荷物持て!!」 

 

らしくなく、焦って、うろたえて、全然冷静じゃなくて、
逃げないといけない、解かりきっている筈なのに
このバカ犬畜生はこの男の危険さに気付かないほど頭に血を上らせているのか
俺の言う事に耳を貸さず、振り切って殴り掛かって行ってしまった。

 

「ッバ・・!!犬飼ッ!!」

 

拳が振り上がり、兇器のようにまっすぐ御柳へ向けられる。 
ところが凶暴なそれが当たる前に、軽く眉を寄せた御柳は
スっと身体を横にずらして余裕で拳を躱し様に
ドスっと音がする程強く、犬飼の鳩尾に自分の拳をめり込ませていた。

 

「ッ?!・・ぐ、はっ!」

 

目の前の犬飼の身体が、くの字に折り曲る。

 

「・・・・・オマエ、何・・? ってか、邪魔っしょ」

 

吐き捨てるように言う御柳の反対の拳が、更に同じ場所に叩き込まれ。

 

「い、犬飼・・!!」

 

胃液を吐き、地面に倒れ込んだ体躯。

・・・まさか信じられない、あの犬飼が一瞬で!

俺は急いで駆け寄ろうとするが、すぐに止めるように制服の裾が引っ張られて、

 

「っ兄ちゃんダメだよ!あの人、恐い・・!!」

 

俺と同じように酷く狼狽しているスバガキが、青い顔して必死に縋り付いてくる。
その恐怖に凍りついた表情に、俺の方は更に焦りが追加されて、
ダラダラと冷や汗まで出てくる始末だ。・・クソッ!

 

「スバガキは部室行って先輩呼んで来い!! っ・・アイツは俺が何とか・・・・」
「ダメ!兄ちゃんまでやられたらどーするの?!早く兄ちゃんも逃げよーよ!!」

 

すっかり平常心を失ってぐいぐい袖を引っ張るスバガキを
一体どうやって宥めて説得するかと、
俺自身上手く纏まらない思考回路を必死に廻らせ考えていた時

―――不意に、甘い匂いが鼻先を掠めた。

 

「・・・?・・何の・・・・・ッ!、スバガキ!!」
「?!、アッ!!っうぐぅ・・・!」

 

匂いの原因があいつのガムだという事に気付いた時には、
一瞬にして間合いを詰めた御柳が視界の端を翳め
咄嗟に我に返り注意を発しようとしたが、それと同時にそいつは
犬飼の時と同じく的確且恐るべきスピードで、スバガキの腹に片膝を叩き込んでいた。

 

「ッ、・・てンめ、よくも・・!!!」

 

デジャヴのように、ずるりと力無く地面に崩れ落ちる小さな身体を見て
耐え切れず俺は 余裕そうにガムをぷくりと膨らませる長身に向かって殴りかかる。
湧き上がる恐怖心よりも、今この時は、怒りの方が勝っていた。
けど、身構えるでもなく、ニィと挑発的に口端を上げ
尖った八重歯を見せながら笑った御柳は、
殴り掛かった俺の腕を掴んで後ろに捻り上げ
抱き込むような形で、いとも簡単に動きを封じ込んできた。

一体何が起こったのか解からなくて、
でも、間違い無く俺は本気で殴ろうとしたし
少なくとも力は過信ではなく、強いのに、

 

「っ、・・・くそ!、放せよ!!何で犬やスバガキにこんな事すんだよ・・!!」
「・・ハ?そりゃ邪魔するからっしょ??・・・つーか人の心配より、自分の心配すれば・・?」
「、なっ!」

 

容易く俺の抵抗を抑え込みながら、頭一つ分デカいコイツは至って淡白にそう言うと
またガムをぷくりと膨らませ、地面に昏倒している犬飼とスバガキを
まるでゴミでも見るみたいに冷たく睥睨し、また俺に視線を戻す。
そして酷く愉しそうな、俺から見れば不愉快としか言えないような笑みを浮かべて、クツクツと嗤った。
バカにされたようで本気で腹が立ち、何が何でも殴ってやりたくて
捻り上げられた方とは反対の腕で、その薄ら笑いしている顔面目掛けて拳を振り上げるが

 

「あんま抵抗しない方が身の為っしょ・・・・腕、折るよ?」
「?!・・ッつ・・!!」

 

言い様に背後の腕をグっと捻られ、
そのあまりの痛みに目尻に涙を浮かべて悲鳴を上げる。 なんて力だ。
俺の身体はそれに屈服するかのように弱弱しく崩れ、
情けなくも振り上げた手が下がるだけじゃなく
膝も折れ、目の前の胸板に縋り付くカタチになる。

 

「・・く、そっ、、・・・力が・・・・、、」

 

大した抵抗もすることが出来ず、相手のいいようにされるのが酷く歯痒いのに
御柳は更に、それを嘲ら嗤うかのようにグっと力を込め、その整端な顔を近付けて来た。
俺はそれさえも拒むことが出来ない自分自身に腹が立ち、握った拳に爪を立てるが
それも痛む腕の所為で上手く行かず、
モドカシくて、じわりと目頭に熱が集まるのを感じる。

 

「・・・・うっわ。ヤべー、その顔ヤメロ。腰にキたっしょ」
「ッ、頭沸いてんのかてめぇ!さっさと放せよ、この、変態野郎が・・!!」
「かっち〜ん。何?そーゆー事言っちゃう??」

 

そんな生意気言うやつにはお仕置きー、とか言って
御柳は口に入れていたガムを道端に吐き捨てると、いきなり拘束していた腕を離し
バランスを崩してヨロける俺の腹に、上等すぎる膝蹴りを喰らわせて来た。

 

「!!ッ、かはっ・・・!」

 

勿論不意打ちに耐えられる程、俺は場数を踏んではいない。
急速に込み上げてくる嘔吐感から、眩暈さえする。
歪む意識を必死に保とうとするけど、次第に視界は黒く染まり、足元さえ覚束無くなり・・・・

膝を付いて喉奥から迫上がって来た胃液を道端に吐き下し
その儘プッツリと意識を手放した。

 

 


××××××××××

 

 

 

「・・・・・・・・・、ッ・・・」

 

ズキリと、鈍い腹の痛みで目が覚め
重い瞼を何とか持ち上げ、朦朧とする意識を奮い起こそうと軽く頭を振った。
パサパサと、何の物音もしない空間に虚しく髪が打ち合う音が消えていく。

 

「・・・・ここ、は・・・?」

 

闇だった。
まるで何もない、見えない、聞こえない、酷く圧迫してくる漆黒。

 

「・・・・・・・っ・・・・」

 

光は無いのかとぐるり見回すが、真っ暗で何も変わらず、見えない。
しかも可笑しな事に、俺は確かに屋外にいた筈なのに
いつの間にか建物の中に移動させられているようだった。
どの程度の広さかまでは分からないが、手に触れる柔らかな質感は、たぶん毛長の絨毯だし
騒音なんて一つもなく静寂な空間の、吸い込んだ空気は排ガスの匂いすらしない。
其れ所か、なんとなく甘いような・・・どこかで嗅いだ事のあるような、人の匂いが混ざっている。
だから現に誰かが住んで使っている部屋だと言う事は、間違いなくて・・・

 

「・・・・何が、どうなってんだ・・・。    ッ、兎に角、帰らねぇと・・・・・」

 

鈍く痛みを訴える鳩尾を押さえながら、なんとか立ち上がろうとする
筈が、何故か首が途中で動かずへたり込む。
・・・違う、動かないのではなく
後ろから何かに引っ張られて、それ以上動かす事が出来なかった
と言う方が正しいかもしれない。

 

「・・・・・つッ・・?」

 

訳が分からず、暗闇の中手探りで原因を確かめようと両手を首元に這わせれば
首筋に、滑らかな革のような分厚い何かが、巻きついているのが分かった。

 

「・・・・・、っあ・・・・?・・何だ・・・、コレ・・・・・ッ?!」

 

まるで、飼い犬かなにかにするのと同じように
後ろの金具には金属の・・・恐らく鎖が、何処までかは分からないけど、じゃらじゃらと伸びて
見えない何処かで繋がれているようだった。 
この所為で動けなかったらしく、オマケに程良く空調が効いていて気付かなかったが
俺は着ていた衣服を何一つ纏ってはいなかった。

 

「・・・・・う・・そ・・・、一体、何がどうなってんだ・・・・!」

 

全く現状が理解できず、とりあえず首にしっかりと嵌っている首輪を何とか外そうとするけど
余程頑丈なのか、外れる気配は無く、それどころか余計に食い込んできたように思えて。
ますます焦った俺は暫く我武者羅に引っ張ったり弄ったりするものの、
流石に革は引き千切れそうもなかった。


(ッ一体、・・・誰が・・こんな   !!)


あまりにも突飛な事が連続で起きて、もう驚きを通り越して、途方に暮れるしかなかった。
本当に意味が解からない・・・。

その時、
小さいけれど、確かに、人の足音が聞こえて
俺の身体は一瞬で緊張して強張り、一気にドクドクと鼓動が早く大きくなる。
それでも何とか息を殺して、静かに耳を澄ませると
規則的な足音は暫くするとすぐ近くで止まり、続いて小さなノブを回す音と共に
誰かが、入って、来た。


「・・・・・・だ、誰だ・・・」

 

不安と警戒心から思わずそう言ったのと、パチリというスイッチ音がしたのは、ほぼ同時。
真っ暗な部屋に眩しすぎる程の光が瞬いた。
反射的に目を瞑るが、闇に慣れてしまった目はなかなか開けず、、

 

「・・・・よォ。イイ子にしてたかよ?」
「ッ?!・・・・その声・・、・・・・・御柳、か・・・?」

 

漸く目が慣れて来た頃に掛けられた低い声は
聞き間違いようもなく御柳のもので、驚いて目を見開く。
すると闇色の瞳と視線が搗ち合って
ニヤリと不安感を煽られる笑みを向けられ、思わず後退る。

恐い。

何でか判らない、でも身体は勝手に後ろに逃げようとして、じゃらりと鎖の音が鳴る。
御柳はそんな俺を可笑しそうに見遣って
その高い身長に見合う分だけ長い脚をゆっくりと動かし、
ビクビクと怯える俺を追い詰めるように、距離をつめてくる。

 

「ッ・・・・あ! ・・・・・く、来るな、来るな・・っ・・来るな・・!!」

 

怖くて、恐くて、仕方なくて。
出せる限りの声を出して全身で拒絶しているのに、
御柳はそれを涼しげに流し捨て、逃げ場もないのに逃げようとする俺の前に、ゆるやかに片膝をつく。

そして・・・

 

 

「ようこそ、ペット≠フ天国くん・・?」

 

 

 

 

何を言われたのか、理解出来なかった。

 

 

 

 


【2へ続く】


ミスフル小説一覧へ戻る

 

あとがき


ミスフル初の長編です。長くなりそうですが頑張ります。
が、すでにグダグダ…orz


2005/01/??  修正:2005/05/08

。いた。