唯、退屈に生きていた。一人の人間が、其れを打ち壊した。

 

 

 

『所有物即ちペット5』        

 

 

 


――別にこの現状が気に入ってる訳じゃない。
   慣れただけだ。・・・・・たぶん・・・。


××××××××××

 

 

一夜明けて、朝。・・だろうか?

 

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

 

沈黙が痛かった。
何故こんなにも、重苦しい空気なのだろう。
「飯にしねェ?」という御柳の言葉に、大人しく従ったのが悪かったのか。

 

「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

 

兎に角、空腹である腹を満たす筈の食事も
この静かな空間の所為で美味しく感じられない上、中々咽喉を通らない。
それに、ベッドに凭れ掛かってその儘
片手に持ったコンビニ弁当に手を付けようとせず、俺ばかり見詰める御柳は
さっきから反対の手に持った割り箸をクルクルと器用に玩んでいるだけで、フタすら開けようとしない。
自分から飯にしようと言っておいて食べる気が有るのか無いのか知ったことではないが
一度も逸らされない視線が気になって仕方無い俺は、碌に箸が進まない。
痛みを訴える程の飢餓感も、疾うに失せてしまっていた。

 

「・・・・なぁ。・・それ、食わねーの・・?」

 

いい加減この状況に神経を削られすぎて、せめて沈黙を破ろうと
恐る恐る上目で御柳を窺い見つつ、弁当を指差す。

 

「・・あ゙?」
「や、何でもね・・・」

 

けれど鋭い闇色の双眸で、一体何だと言う風に睨まれたので、敢え無く押し黙る。
何の為の弁当だと言いたかった。

 

「・・・・あー、そーだ。今日ちょっと帰ってくんの遅くなっから」
「、え?・・・うん」
「腹減ったらコレ食っとけや。じゃーな」
「あ、ちょっ!・・おい!」

 

今まで一言も喋らなかったくせに、いきなりそれだけを押し付けるように言うと
御柳は制服の上着を片手に立ち上がり、狼狽する俺を見向きもしないで部屋から出て行った。
ポツンと足元に残された未開封の弁当が虚しさを煽る。

冷蔵庫も無いのに傷まないだろうか・・・。

 

 

 

×××××××××××××

 

 

 

夢を、見ていた気がする。
あんまり面白い夢じゃなかったことは確かだ。

 

「・・・・ん、、」

 

瞼をゆっくり持ち上げれば、覗き込んで来る、猫目。
はっとして息を呑めば、頬に食い込む、指の感触。

 

「起きたかよ?」

 

赤いアイラインが特徴的な、男の自分から見ても綺麗な御柳の顔が目の前にあるのは
寝起きの自分を覚醒させるには充分すぎて、驚いて口の開けたり閉じたりを繰り返す。

 

「オマエ、いっつも寝てンのな」

 

今日の、たぶん朝に、(御柳が学校行ったから、でもあいつの場合昼かも知れない)
一人淋しく弁当を完食した俺は、いつものように御柳が居ない間の時間潰し、もとい睡眠を貪っていた。
無論、それ以外にすることが無いからだ。
しかも、この部屋は言うまでもなく時間に縛られていないから、一度眠ってしまうと
自然に目が覚めるか御柳が部屋にこない限り、俺の意識は夢の世界。
そして今回は後者によって目が覚めた。しかも頬を抓られて。

 

「寝顔も可愛ぃけど、天国はやっぱ起きてる方がいいっしょ」

 

とかなんとか言いながら、ぐにぐにと頬を摘んだり突付いたりしてニヤニヤ笑う。
我慢出来なくなって、いい加減にやめろと声を上げるが、

 

「オマエがさぁ、来た時は起こせっつったんしょ?それとも何か?
 もっと違うやり方で起こして欲しかったってか・・?」

 

微妙に険が含まれた言い方だが、そんな数日前のことでも覚えていて
ちゃんと起こしてくれた御柳に 此処で反論して、怒りを買うのはアホらしい。
俺は黙ってブンブンと首を横に振る。

 

「ん。で?おかえりは??」
「・・・・おかえり」
「ただいま」

 

習慣化するつもりなのだろうか、御柳はこの部屋に来る度に
必ず俺に「おかえり」と言わせ、自分は「ただいま」と応える。
今まで家に帰ってもこんな挨拶、極偶にしかした事が無い俺は、未だに慣れなくて変な感じがする。

 

「ちゃんとイイコにしてたワケ?」
「イイコも何も・・・これじゃ何も出来ないだろ・・」
「だな」

 

首輪と鎖を指差しながら不満気に言えば
御柳はそれに短く返し、案外あっさり頬から手を離す。

 

「あ?なんだよオマエ。オレがやった弁当食ってねーじゃん」
「ん・・。ずっと寝てた」
「あそ」

 

放置されていた弁当を手に取ると、御柳はフタを開けて中のおかずを摘み出し口に放り込む。
空腹なのは部活後だからか。
暫く弁当の摘み食いが続いた。

 

「・・・・・・そういや昨日、華武に十二支の連中が乗り込んで来たぜ?」
「・・え?」

 

多少腹が満たされたのか、御柳は弁当にフタをして指を舐め、俺を見下ろしてそう言った。
間抜けにも一瞬、その言ったことが分からず、訊き返す。
だって学校には転校届けを出したんだろ?
だったら何で今更あいつ等が。

 

「オレん所迄来て、猿野を何処にやったー、とか何とか・・・」
「・・・・・・」
「シカトしてたけど、余りにもしつこいんで 天国はオレのペットに成りました、つってやった」
「・・・う、そ・・っ」
「うん。ウソ。んな面倒に成り兼ねない事、オレが言うワケねーっしょ?
 転校したやつの居場所なんざ知るかっつって追い返したっての」

 

言ってポケットから取り出したガムを口に放り込みながら、皮肉げに口許を歪める。

 

「案外皆さん勘が宜しいようで?」
「・・・・・・・」
「オレばっか疑ってくんの」

 

マジうぜぇ、そう眉間に皺を寄せる御柳は
鬱陶しそうにガムを何度も噛んだ。

俺は何も言わない儘、そんな御柳の様子を凝視し
暫くした後、ゆっくり口を開く。

 

「・・・・・お前・・・何で俺を・・閉じ込めた・・・?」

 

無性に聞きたかった。
何故そこまでして俺を監禁したのか。
まるで何も無い、石ころ、いや、人形のような俺なのに、何故閉じ込めているのか。
最近の考え事は、全てこれだ。理由が知りたい。

御柳は俺を見返して、面白そうに目を細めた。

 

「浮いてたカラ」
「・・は?」
「初めてオマエ見た時、そう思った」
「・・・・・・」
「周りと上手く合わせてるつもりかもしんねーけど、一人だけ溶け込めてないし」
「・・・・・っ」
「あ、その反応。自分でも分かってんだ」
「・・・・・・」
「で、健気に頑張っちゃってるオマエを、最初は壊してやろうって思ったワケ」

 

じゃらじゃらと鎖を玩びつつ楽しそうに言うなり
御柳は俺の顎に手を掛けグッと上を向かせ。

 

「でも、いざ近くで見るとどーよ。超オレ好みの顔ときたもんだから・・・」
「・・・・っ・・」
「どうせ壊すなら、じっくりオレの手元で・・・、てなワケ。OK?」

 

がしゃっと鎖を落とし、顎から手を離すと、ベッドに腰掛けた。

 

「まぁ今となっちゃ、それさえも惜しいケドな」

 

俺は何の反応もする事が出来ないでいた。
まさか此処まで見抜かれているとは思ってもなかったから。
だって今まで誰かに見破られた事は無かったし、上手く「仲良し」をやっている自信があった。
それなのに、試合の時しか会った事がない しかも御柳に感ずかれていたなんて、、

 

「何、で・・・分かった・・・・」
「んなもん見りゃ分かるっしょ。つーか訊くばっかしないで、自分で考えたらどーよ」
「っそんなの!人が何考えてるかなんて・・・ッ」
「分かるワケないっしょ?だから考えんだよ」
「・・・・・・」

 

・・なんなんだ。・・・・なんなんだよ・・!!
その、悟ったような言い方は・・・!!!!
俺が今までどんな思いで生きて来たのか、知りもしないで・・・・・っ、、

怒りを抑えきる事が出来ず顕にしながら、ガムを膨らませる御柳を睨む。
けど、御柳が言っている事は、正しいと分かっている。

・・・分かってはいるけど・・・・・。

 

「・・・・・・もう、一々考えるのは・・・・嫌なんだよ・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・ッお前なら・・・!、っ」

 

俯いて強く唇を噛み締め、血が出るのも構わないで更に力を込める。
でも、ぽたぽたと膝の上に落ちてきたのは、
真っ赤な血じゃなく、透明な、涙だった。
慌てて拭うが、止まらない。
枯れたと思っていたのに、、

 

「・・っお前なら、・・・此処でなら・・っ・・・ホントの・・・・俺ッ!!、っ」

 

涙を散らし、顔を上げた時、目の前に御柳の顔があった。
驚いて瞳を見開くと、唇に柔らかなものが押し当てられる。
それが御柳の唇だと理解した時には 
噛んでいた下唇をゆるり舐められ、続けて緩く噛まれて、、

 

「っぁ、ッ」
「・・・・・」

 

歯を浮かせたところに、今度は舌が侵入してきた。

 

「・・ん、ぅっ・・・、、」

 

上顎をちろりと刺激され、身体が跳ね、鎖が鳴る。
その音にさえも敏感に反応すれば、愛しげに髪を梳かれた。

 

「、、ぁ・・・、・・・・・」
「・・・・少しは落ち着いたかよ・・」

 

ゆっくりと唇を離し、静かに言う
未だ鼻に息が掛かる程の距離にある、顔。
いつもの目元の赤いアイラインが鮮やかで、鶯色の髪とかも、綺麗で、、

 

「・・・ぁ、・・俺・・・、、」

 

昂ぶっていた感情の波は、今は落ち着き
ゆっくり息を吸えば、目の前の御柳から甘いガムの匂いが香ってきた。

 

「、俺・・・、・・・ごめ・・・・っ・・」
「・・・泣きたきゃ泣けばいんじゃね?ここにはオレとオマエしか居ないっしょ?」
「・・・・・・っ」

 

必死に涙が滲んでくるのを止めようと、腕の肉に爪を食い込ませているのに
俺を落ち着かせるように、刺激しないように、そう言う御柳の・・・
・・・その優しさが、苦しい・・・。

あいつらみたく、突き放せばいいのに。
放っておけば、いいのに・・・。
何で俺みたいなやつに構う・・・?

・・・・・それでも・・溢れるこの涙は・・・何・・?

 

「・・・・・・・・・、・・・・・俺は、今まで・・・・・・人と・・・深く関わらないように、してきた・・・・・」

 

其れはとても面倒で・・・

 

「一線、・・・距離を、置いてた・・・」

 

とても怖くて・・・

 

「それは・・・確かに、楽だった・・・・・・けど、」


 
どうしようもなく・・・

 

「・・・・寂しかった・・・。」

 

普通にしていれば開くことの無かった穴がポッカリと開いて
気付いたときにはどうしようもないくらいに広がりきっていた。
何故ここまで他人を恐れるのか、分からない。
話し掛けられれば嬉しいハズなのに、無意識に拒絶。
ああ、まただ。って後悔しても、直すことは出来なかった。
そうやって諦めていく内に、もう、全てがどうでも良くなって・・・。

 

「嫌い、だ!こんなっ、自分・・!!」

 

腕にぎりぎりと更に爪を減り込ませ、傷つける。 滲む、血。

 

「・・・オレは別に好きだけど?」

 

治らない癖の所為で、赤いそれが出始めた俺の腕をぐいっと引っ張り
御柳は相変わらず哂った儘、この血の付いた指先にキス。

 

「そんな天国だからこそ、気に入った・・・」

 

そう言って見つめてくる表情は、本気で。

 

「・・・ぁ、」

 

 

今、この瞬間。

 

 

俺という領域に、初めて『他人』が踏み込んだ。

 

 

 

 

【6へ続く】


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あとがき

半ば無理矢理、猿野が抱えてる心の闇の告白に持ち込みました。
ここら辺りで勝負をかけないと、話に進展が…汗

2005/02/??  修正:2005/06/11

。いた。