一度知ったら、感じたら、もう止められない。

 

 


  
『所有物即ちペット7』          

 

 

 


――ただ、欲しいと思った。
   目に見えない不確かなソレを、純粋に、貪欲に、自分一人の物にしたいと。


××××××××××

 

 

階下に広がる光景は、全く見覚えが無かった。

背後でバタンと閉じる扉の、オートロックされる音を聞きながらも
手すりから身を乗り出し見下ろした先には、自分の知らない街並みが果て無く広がっていて。
軽く瞠目し、ぐるり見渡すが、何度見ても分からないものは分からなかった。

 

「・・・・・やっべー・・・此処何処だよ・・・・」

 

嘲笑じみた苦笑いを浮かべつつ、益々不安を煽る一言を
言わなくてもいいのにボヤいて手すりから離れる。
此処に一生噛り付いていても仕方ない。
とりあえずこの高層マンションらしき建物から出てみる事にしようかと、
静かな廊下をヒタヒタと歩いてエレベーターを目指す。


(・・・・・、あれ?)


そして俺は、ふと気付いた事がある。
お隣さんの玄関が、遠い。しかもフロアに一つだ。
通り掛かりに何気なくドアを見ると、表札も無ければ番号札も見当たらず
誰か住んでいる様子も無さそうで、明らかにおかしい。
まさか御柳がワンフロア貸し切っているのだろうか…
いやいや、流石にそれは無いだろうと、必死に自分に言い聞かせ。

 

「・・・まさか、な・・・」

 

こんな類の予感は良く当たるのだと口許を引き攣らせつつ
壁に埋め込まれたエレベーターのボタンを押した。

 

「、ぅお!」

 

すると、この階でずっと待機していたのか、少しも待たされることなく目の前のドアが開く。
俺は驚いて暫く中をしげしげと眺めていたが
いきなり開いていたドアが閉まり始めたので慌てて中に乗り込むと
降りる階のボタンを押してもないのに、エレベーターは下へと動きだした。
ビックリして傍のパネルを見ると、

 

「・・・・・なに、コレ・・」

 

18階から1階まで、途中の階のボタンが一つも無い。
つまりは最上階から一階まで、ノンストップで行けるということか。

 

「あ、ありえねぇ・・・」

 

異常に少ないボタンを凝視し、半分呆れながらも
なるほどこういう所に御柳は住んでる訳だな?なんて感心したりしなかったり。

然う斯うする内に、靴底にほんの僅かな振動を感じたのと同時に音も無くドアが開く。
慌ててそこから飛び出ると、再び無音で閉まった。
俺はその場に数秒ほど呆然と立ち尽くしていたが、
床に反射する光が目に刺さり、思い出したようにやっと二足歩行を開始。
黙々と歩き続けて数十秒は経った頃、漸くエントランスを発見した訳ですが、此処は城か何かですか?

 

「無駄に広すぎだっつの・・・」

 

ブツブツと文句を言いながら数段の階段を下りきると
久しく聞いていなかった街のざわめき喧騒が心地よく鼓膜を叩いた。

歩いている人、人、人。
止まる事無く進む車、車、車。
引っ切り無しに出入りがあるコンビニ、ファーストフード店、諸々。
全てが真新しいもののように見えて、新鮮だった。

 

「・・・・で、此処どこだよ」

 

感動も感動だが、とりあえずは今現在、自分が何処のどの辺りにいるのか知る必要があり。
手っ取り早く通行人を捕まえて、2・3訊けば良いのだけれど
それはそれで気が引ける・・・・・・ので、近くの市内案内地図でも見付ける事に決定。
目的が決まれば行動あるのみ。
俺は邪魔な通行人を縫うように追い越し、大股で歩き出した。

 


××××××××××

 


「・・・・・・・・・・此処って・・・、」

 

然して距離も離れていない、やたらデカイ公園の入り口。
園内及びその周辺の地図のみならず、ある程度の範囲の市内地図を掲示している。
俺は勿論のこと市内地図の方を食い入るように至近距離で見ていて
驚いたことに街の少し外れた辺りに 「私立華武高校」 の文字を発見。
腰を抜かしそうになりながら、自分の目の錯覚じゃないのかと何度も確認する。
けど、瞬きをしようと目を擦ろうと、その文字とスペースが消えることは無かった。

 

「・・・マジかよ・・」

 

まさか華武校にこんなにも近い所で
自分が監禁されていたなんて露程も思わなかった。

 

「・・・・御柳のヤツ、何考えてんだ・・・・・・。」

 

バレる筈が無い、俺が逃げる訳が無い、と、安心しきっていたのか。
それとも単に面倒で、何の思惑も無く、、だったのか・・・・・。

兎に角、御柳に会う事が当初の俺の目的だったわけだから
ここから華武校までの道順を頭に叩き込み、くるりと方向転換をした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ちょっぴり迷って時間を食って、それでも何とか無事に校門前に到着。
ちょうど放課後で部活中らしく、帰宅途中の生徒とは会わず
グラウンドから威勢の良い掛声や小気味良い金属音が響いてくる。
これもまた久方ぶりに耳にする音で、思わず聞き入っていたが
門先でうろうろしていて教師に見つかるのも不味い。
となれば、さっさと敷地内に入って、一度試合で来た事もあり
覚えのある校庭を通って直線コースでグラウンドに向かうことにした。


(・・・・・アイツどんな顔すっかな・・・)


御柳が一体どんなリアクションをするのか、楽しみなのと恐いのと半分半分で。

転がっていた野球ボールを蹴って少しだけ笑い
ほぼ野球部の貸切状態となっているグラウンドへと、足を踏み入れる。

 

「・・・・・・・・・・・・ぉ、見ーっけ」

 

早速ぐるり見回せば、レギュラーの癖して練習もせず
ベンチに面白く無さそうに座っている長身を見付けた。
俺は部活練習の邪魔にならないよう端を通り、出来るだけバレないように近付いて行く・・・
と言っても、数人の部員は目聡く気付いて訝しげな視線を寄越してきたが
所詮違う学校の人間。 気にせず歩き続ける。
けれど私服の人間が校内をウロチョロしていれば当然怪しまれるのが普通で。

 

「オイ!そこのお前、何をしている!!」

 

威圧的な良く響く声が、グラウンドから聞こえて来た。
仕方なく立ち止まり、声のした方に顔だけを向け
グローブを付けた儘走って来るヤツを見据える。

 

「・・あー、バレちまった。・・・・ま、事情話せば何とかなんだろ」

 

なんて楽観的な事を言い終わったところで
走って来た折り紙主将こと屑桐無涯がフェンス越しに立ち止まった。

 

「・・・貴様、・・猿ガキか・・・?」
「ちぃッス」

 

普段の冷静な表情を驚きに変えて、確かめるように掛けられた言葉に一応の返事を返す。

 

「久しいな・・・。暫く見なかったぞ」
「・・あ、・・・はぁ・・・」
「今日は一体どうした?何か用があってわざわざ来たのだろうが」
「あー・・・実は御柳にちょっと・・・・・」
「そうか、ならば呼んでやろう。あいつを訪ねて来る奴は少ない」
「・・・あ、そっスか」
「少し待っていろ」

 

傍から見ても俺から見ても、明らかに表情を緩めて、踵を返し御柳を呼びに行く華武野球部部長。
部の要、もとい面倒見のいい性格からか
御柳の日頃の様子を気に掛けているようで、
たった今交わした少ない会話からも、それが容易に想像出来た。
俺が御柳に会いに来たのは、友人として何か用事がある。そう思ったのだろう。

心配してくれる人間が居て、心配される御柳が居て、、
少しだけ羨ましいと思った。


(・・・・あーあ・・。らしくねー・・・・・)


羨ましいなどと、どこまでも女々しい性格に我ながら失笑する。

 

「スマンが猿ガキ、ベンチまで来てくれ・・」

 

不意に、ベンチに行った筈の屑桐さんの声が耳に飛び込み、驚きで肩が跳ねた。

 

「っ。・・あれ?呼びに言ってくれたんじゃ・・・」
「用があるならそっちから来いと言って動かんのだ・・・・・」
「・・・・・・の野朗・・・。・・・・まぁ、御柳らしいっちゃらしいですね・・・・。良いですよ、俺が行きます」
「すまんな・・・」

 

眉を寄せてすまなそうに謝る屑桐さんを遮り、フェンスの向こう側に廻る。
相変わらず俺様っぷりを発揮している御柳は部内でも問題視されているのか
近くに居る部員達は注意深く機嫌を窺っていて。
隣を歩くキャプテンも溜息を禁じえず重く押し出し、困惑の表情を浮かべていた。
わざわざ訪ねて来た友人を出迎えもせず、横柄にする御柳が理解出来ないのだろう。

それを見た俺は折り紙先輩を苦労人と位置付け・・・・・
失礼かもしれないが、かなり同情した。

 

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 

そこからは何の会話もなく、お互い無言の儘でベンチまで只管歩き続ける。
重苦しい沈黙がかなり痛いものの、何を話せばいいやら・・・・・・

 

(っチィ・・・早く気付けってんだよ・・・・)

 

心の中で舌打ちをして、未だに気付かない御柳に対し毒づいた。
しかし、終に御柳は、俺がそこに到着するまで顔を上げると云うことすらしなかった。
人に無視されてこんなにも腹が立ったのは初めてだった。


(今までいちいちこんな事で苛立つことなんて無かったのに・・・)


・・・何でだ・・?

 

「・・・・・・・・おい。来てやったぜ?顔ぐらい上げろよ・・・」

 

とりあえず浮かんだ疑問は底の方に沈め、
たっぷりと厭味を込めて鶯色の頭上に声を掛けると
激しく眉間に皺を寄せて、ゆっくりと顔を上げた御柳と視線が搗ち合った。
次の瞬間、その目は驚愕で見開かれる。

 

「・・・っ?!あっ天国ぃ!?おまっ、何でここに・・・!」
「何でもクソもねーよ・・・気付くの遅すぎんだよ、てめぇ」
「だって、『お前に客だ』とか言われたら、普通お礼参りとか思うっしょ!」
「ッ、そりゃ何処の世界の常識だ馬鹿野朗!!
 折角人が数多の困難を乗り越えて此処まで来てやったってのに・・・!」

 

あの首輪を外してから城みたいなマンションを出て、
やっと此処まで来たさっきまでの道のりを思い出しながら、目の前の御柳に怒鳴る。
けれど・・・

 

「あ゙ー悪かっ・・・・・・・・て、違うっしょ?・・・・・・どうやって、・・此処まで来た・・?」
「・・・・・と、・・徒歩・・・・。」
「トボケてんなよ天国・・。首のアレ、外れてるし・・・。どーゆーこった・・?」
「・・・・・そ、それは、・・・その・・・・力尽くで・・・・・・」

 

見る見るうちに形勢逆転で、今度は俺がビクビクとし
代わって御柳が怒気を放ち始める。
そんな俺達を横で黙って見ていた折り紙先輩が
場の雰囲気が急に悪くなったのに気付いて、すぐさま口を挟む。

 

「・・・御柳、何があったか知らんが、猿ガキが怯えている・・・。もう少し・・・」
「先輩は黙っといて下さいよ。・・・あぁ、今からオレ用事あるんで、帰りますから」

 

言い様に俺の腕を掴み立ち上がると
御柳は脇に置いてあったカバンを引っ掴み、大股で歩き出した。

 

「っちょ、御柳!痛いっ!!」

 

恐ろしいまでの力で掴まれている手首が、キシキシと悲鳴を上げている。
もう僅かでも力を加えられれば確実に折れてしまいそうな腕を庇いつつ
どんどんベンチから離れて行く御柳に引き摺られるようにして付いて行く。
すると其々に練習に勤しんでいた部員達が、何事かと視線を向けてきた・・・・
が、御柳がこの騒動の原因だと見て取るや
慌てて目を逸らし、我関せずと、何事も無かったかのように練習に戻る。薄情だと思った。

 

「・・っみや、、痛いって!離せよっ・・・!!」
「誰に向かって命令してんの?口閉じて黙ってろや」

 

相当頭にキているようで、幾ら抗議しても一向に取り合わない御柳。
歩調を緩める事無く進む早いペースに、俺は乱しっぱなしの歩調を合わせる事も出来ず
宛ら飼い主に引っ張られる犬のように連れて行かれる。


学校の門を抜け、街中を突っ切って行く時、
元居たマンションのエレベーターに乗った時も、掴まれた腕は離されなかった。

 


××××××××××

 

 


「ッ!」

 

漸く御柳が腕を解放したのは、乱暴に玄関のドアを開け
俺を中に突き飛ばして入れた時だった。
勢い余って体勢を崩し、玄関先に倒れ込んだ俺を冷たく見下ろして
御柳は後ろ手に鍵を閉めると、

 

「・・・・・何で脱走した・・・・?」

 

感情の窺えない表情と声色で、静かに呟いた。
その人形めいた無機質な表面の奥に
激しい怒りを感じ取り、背中が総毛立って、急かされる様に口を開く。

 

「、ぁ、俺っ・・!・・・その、・・・・一人で、いたら・・・・急に・・・・・っ、」
「・・・・・・」
「別に、逃げたわけじゃ、なくて、、、ちがっ、言い訳したいんじゃない・・!」

 

巧く廻らない呂律を懸命に廻し、何とか伝えようと
ともすれば滲んできそうな涙を必死に堪えながら叫ぶ。
けど、御柳は無言で俺を見下ろした儘、動かない。

・・・苦しい、潰れる・・・・

依然として反応が無い御柳を見上げているだけで、
胸が締め付けられるような寂しい感覚に襲われ、、

 

「ッ・・・・っ会いたかったんだよ・・・!!」

 

気付けば、我慢していた筈の涙を流しながら 本音を叫んでいた。

 

「会いたかった・・ん、だよっ・・!!寂しかったんだ!!・・ちくしょう・・ッ・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・ったく・・・良く泣くヤツ・・・・・」

 

そう言われたかと思った瞬間、ふわりと頭を撫でられ
驚いて目を見開くと、軽く笑われる。

 

「っ、てめ、笑うな・・・っ」
「クク・・・、無理・・・・・ッハハ!」
「〜っ笑うなって!!」

 

さっきの陰惨な雰囲気は何処へやら、
打って変わって和らいだこの場に、少なからず安堵し
腰を折った儘未だ笑い続けている御柳の服を摘んで引っ張る。

 

「あ〜笑った・・・あんまり天国が可愛いコト言ってくれるもんだから・・・」
「・・・・笑うな・・・」
「んなムクれんなって、嬉しいっしょ?そんな懐いてくれて・・・・」

 

緩く目を細め、八重歯を覗かせて言う御柳。
俺は急に恥ずかしくなって、摘んでいた服を離し、ぷいと明後日の方を見る。
それを笑顔の儘見つめていた御柳は
座り込んでいる俺を上から下まで吟味するように見た後、唇を開き
そして出て来た言葉は・・・・・

 

「・・・・・似合わねー・・・」
「ッ言われなくても分かってるよ!、っくそー!」

 

気にしていたことをズバリ言われ、ムキになって怒鳴れば、もう一齣り笑われる。
今すぐにでも脱ぎたかったけど、もう一度全裸はさすがに願い下げだ。

 

「・・・・・あ〜、やっぱおもしれーわ、オマエ。
 それ、今すぐ脱げって言いたいトコだけど、折角会いに来てくれた天国に免じて・・・・
 これからは服着んの、許してやんよ」
「?!、マジで・・・?!」
「あぁ。・・・しかしまぁ、テメェも運がいいっつーか何つーか・・・。 
 もし逃げてたら、拉致して監禁どころか、手足ぶち折って毎日折檻だったけどな」
「・・・ぇ・・?」
「ん?あぁ、ビビんなって。逃げてねーんだから、しねぇよ・・・」

 

と口端を吊り上げてそんな危険なことを言った後に、「しない」と言われても
御柳の場合実際にやりかねないのでビビるのは当たり前。
ヒクヒクと口許を引き攣らせつつ厭な汗を一筋流す。
そもそも逃げるなんて微塵も考えていなかったし、本当に御柳に会いたい一心で脱走したのだから
気に負う事は何も無い筈なのに・・・・・。

 

「・・・・あー、何か思ったより楽しいっしょ・・・」
「?・・・」

 

不意に、今までの会話と食い違った事を言い出した御柳を不思議に思い
「何が」 と、聞き返す。
すると薄く笑った儘、、

 

「オマエといるコトが」

 

至極、本当に楽しそうに、目を細めて言い
靴を履いたまま倒れていた俺の脚先に屈み込んで、手を伸ばしてするりと丁寧にそれを脱がす。
俺は魂が抜けたようにぼんやりと見つめ、瞬きすらろくに出来ない儘
されるがままに大人しくしているしか無く
まさか今のセリフと笑顔に見惚れていたなんて、絶対に知られたくない。

 

「・・・・・あ、」

 

そう言えば 靴下を拝借するのを忘れていた。

 


××××××××××

 

 

「なーなー。も一回言え」
「・・・ハ?」

 

玄関先から移動して、只今はリビング。
大きなソファに寝っ転がり、勝手に煩く騒いでいるテレビを尻目に
隣に座って携帯を弄っている御柳の、節の目立たない綺麗な手を眺めながら、強請る。

 

「何を言えって?」
「さっきの」
「・・・『ハ?』?」
「や、違うって・・・」
「あぁ?じゃぁ何だっつの」

 

面倒くさそうに答えながらも、決して携帯の液晶画面から視線を外そうとしない御柳。
カチカチとボタンを押すその指が憎たらしい。

 

「・・・・もーいい。・・てかさ、俺ってあの白い部屋に戻んなくて良いの?」

 

自分に関心を向けない御柳に対してか、何の苛々かは分からないが
嫉妬に似たこの感情を悟られたくなくて、さり気無く話題を変えてみたり。

 

「あー?戻りてぇなら止めやしねーけど?もっぺん鎖で繋がれとく?」
「絶対、ヤダ」
「んー。」

 

うまく気を逸らせた事と、あの部屋に戻らなくても良いという許可を得た事に安堵しつつ
生返事を返してきた御柳を見上げる。
するとちょうど携帯を閉じてこっちを見下ろす視線と目が合い。

 

「・・・何見てんの?」
「・・・お前こそ・・・。」

 

暫く睨み合いが続いたものの、先に俺の方が恥ずかしくなって、ひょいと視線を泳がす。

 

「オマエの負け」
「!・・・るせぇっ」

 

何の勝負か知らないが、先に根負けしたのは確かに俺の方なので
負け惜しみじゃないけど口を尖らせてそう言い、むくりと上半身を起こして立ち上がる。
いつまでも変な姿勢で寝ていた所為で背中が痛い。

 

「イテテ・・。・・・・・・そーいやさ、お前の部屋って、何であんな暗くて黒いわけ?」

 

コキっと首を捻りながら、ふと、あの禍々しいまでに黒い部屋を思い出し
携帯をポケットに入れている御柳に問い掛ける。
でも、直ぐに返ってくると思っていた返事は無く
別に変な事を訊いた訳でもないのに、御柳は黙ってしまった。

 

「・・?」

 

怪訝に思って覗き込むと
光の無い虚ろ気な瞳で、俺ではない何処かを見つつ、口を噤んでいる。

・・・この恐ろしい程の沈黙は、一体何なのだろうか。

 

「お、おい・・・。俺、何か変な事聞いたか・・・?」
「・・・・・・・・」
「・・・・御柳・・?」

 

全く反応はない。
俺はだんだん心配になってきて、名前を呼びながらその黒目と視線を合わせようとした
その瞬間、後ろ髪を鷲掴まれ、凄まじい力で引き寄せられる。

 

「っ?!」

 

少しでも身動きすれば唇が触れ合いそうな距離で、全身を硬直させ驚く。
周りの空気が変わった気がした。
すると、目の前の御柳が、ほとんど聞き取れない低い声で、何事かを小さく呟く。
上手く聞こえない。

 

「な、に・・・?」
「・・・・・・・・・・・」
「御柳・・、聞こえな・・・、、」
「退屈なものは黒く塗り潰してしまえ、ってな」
「ッ?!」
「・・・・・・何でオマエの居た部屋が白かったか、分かるか?」
「ぁっ!」

 

虚ろだった目が鋭く光を持ち、濁った言葉に意思が篭ったのと同時に
強く引き寄せられ、僅か数センチの隙間が無くなり互いの唇が合わさる。
喰い付くように下唇を噛み、驚いて浮いた歯の間から舌を突っ込んできた御柳は
そのまま俺の口内を埋め尽くすように深く侵食していく。

 

「っ・・・、ん・・ッ・・」
「オマエは・・・唯一オレを愉しませる事の出来る存在だからだ・・・」

 

滴る唾液を舌で舐め取りながら
御柳は膝が笑って倒れそうになっている俺の腕を掴み、ソファの上に押し倒した。
背中を強打し、一瞬呼吸が止まる。


「・・ッ・・!」
「・・・・最初、壊すって言ったっしょ?・・・アレ、うそ」
「っ・・・な・・ん!」
「初めっから、オマエ手に入れるのが目的だったワケ」
「・・・・!」
「良い感じに懐いてくれたし?この儘死ぬまで、テメェはオレのもんだぜ・・・?」

 

首筋と、たぶん首輪の痕が付いているだろう辺りを
ゆっくりと指でなぞりながら、ビクビクと震える俺に覆い被さってくる。
それが妙に胸をざわめかせ、、

 

「・・ぁ、・・俺・・・・、」
「オマエだけが、オレの退屈を紛らわせてくれる・・・」
「っ・・・・御柳・・・」
「逃げらんねーぜ・・?」

 

低く囁いて、いつものように口端を上げて哂う。
まるで俺の身体中に、絡みつくような執着心が
あの首輪や鎖の代わりのように、ざらりと纏わりついたような錯角に陥る。

 

「・・・ぁっ」

 

それを何故か心地良い、寧ろ嬉しいと
一瞬でも思った俺は、何だ・・・・・?

 

「・・・・・・っと・・、・・・もっと!・・・・もっと俺を、必要としろ・・っ!!」

 

気付けば貪欲に、求めていた。

 

「・・っ足りない!」

 

今まで他人を必要としたことは無かったし、他人も俺を必要としなかった。

 

「もっと、もっとだ・・!・・・・もっと俺に・・・俺だけに、執着しろ!!」

 

けど御柳だけは別。
御柳が俺を必要としてくれること・・・これほど望んでいた事は、無い。

 

「・・・・・俺には、お前が・・・・」
「・・・クク・・・・・・オマエも、相当病んでるなァ・・・?」
「・・・・・俺も、お前が・・・必要だ・・・・・・っ」

 

急速に身体を満たしていく、この酔いそうな感情は、何。
今まで求めて止まなかったものがやっと手に入ったと、そう、思えるような・・・・・。

 

「オマエもオレも、似た者同士っつーワケか」
「・・・・・御柳が、御柳の心が、欲しい・・・」
「くれてやんよ・・・。オマエも、寄越しな」
「・・・やる。お前にだけ、やる・・・」
「クク・・・当たり前っしょ」

 

近付いてくる満足そうな顔を目を閉じ受け入れ、触れる唇に己の舌を差し出す。

 


まるで、全てを委ねるように。

 

 

 

 

【8へ続く】


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あとがき


もう少し続きます。


2005/02/23  。いた。