いつから、なんていうのは、愚問だろう。

 

 

『所有物即ちペット8』         

 

 


――ドロドロ、ゾワゾワ。
   こんなにも不快な感覚は初めてだ・・・。


××××××××××

 


「それ、ホントか・・? やりぃ!」


真っ黒な部屋の中の真っ黒な絨毯の上で、まるっきり子供のように両手を掲げて跳ね回る。
ベッドに座る御柳が、舞う埃を払いつつ鬱陶しそうな目で見つめている。


「なぁ!マジで俺、外に出てもいいのか?!」
「・・・イイっつってンしょ?なに。出たく無いって?そんなにオレと一緒に居てぇ?」


とか何とか言って意地悪そうに口端を上げる御柳は置いといて、
服を着ても良いという許可の数日後、まさかの外出OKに、一人舞い上がる俺。
まぁそれなりの条件が課せられるけど、それさえ守ればいつでも外に出られるワケだ。


「まっさか、OKが出るなんてな〜」
「・・・オレが出した条件一つでも破ったらどーなるか、肝に銘じとけよ・・?」
「・・・ハイッ!」


真顔で釘を刺して来る御柳に背筋を伸ばして敬礼し、冷や汗をたらり。
真面目な顔して此処まで威圧感が出るのは、たぶん知ってる人間の中じゃこの男ぐらいのものだと思う。


「でもさー、何で御柳が一緒じゃなきゃなんねーの?」


幾つか出された条件の内、一番最初に言われた此れ。(他は、夜はダメだとか、この周辺だけだとか色々)
別に逃げる気は無いし、その事は御柳もこの間の一件で分かってる筈なのに。


「あー?そりゃオマエ、ペットの散歩は飼い主がリードするもんしょ?」
「・・・俺、未だにペット扱い・・?・・・てか、・・・まぁ・・・、いいけど・・・・」
「ん。だいぶ賢くなったな。 首輪と手綱は何色が良い??」
「いやいやいやいや、それ付けたら外なんか出れないから」
「そーか?オレは別に構わねぇんだけど?」
「俺が構うんだよ!」
「ふーん」


バブリシャスシトラスソーダ味を含みながら、面白くなさ気な声のトーンを洩らした御柳の
何か思案していそうな猫目に良からぬ気配を感じつつ
本当に首輪と手綱を買って来ないか、心配になる俺だった。


「んで、早速だけど・・・外出たい!」


噛んでいたガムをゴミ箱に吐き捨てている御柳の背中に、嬉々として呼び掛ける。


「・・はぁ?オマエつい最近無断逃亡して華武まで来ただろーがよ・・・」
「それは御柳に会いたかったからで、今は純粋に外に出たいんだよ!」
「オイ、オレに会いたいっつーのは純粋じゃねーの?」
「あー・・・、その、まぁ、・・・っとにかく!行きたいっつったら行きたい!」
「っだ〜、わぁったよ・・・行きゃいんだろ?行きゃあ・・・」
「おぅ!!」


見るからに面倒臭そうにガリガリと鶯色の頭を掻きつつも
了承してくれた御柳に、満面の笑顔を向け古臭く親指を立て
年寄りみたく緩慢に動くのをせっつきながら
黒い部屋を後にし、最短ルートでリビングを抜け玄関口に到着。

脱ぎっぱなしだった靴を急いで履き、
隣で腰を下ろし「だりぃ」とか四の五の言っている御柳の腕を掴んで立たせ、早く開けろと催促し。


「・・・・始めて散歩する犬って、こんなん・・?」
「うっせー!さっさと開けろって!」
「は〜、ハィハィハィ・・・」


あからさまに深く溜息を吐き、鍵を開けるその様子を
後ろで待ち切れない子供みたいにソワソワして見守り、
御柳がドアを押し開いて外に出る後にくっついて自分も出る。
相変わらず何も無い廊下に出ると、ドアが小さく音を立てて閉まった。


「・・・・あれ?ついに出たっつーのに・・・・何か実感ねぇ・・」
「そりゃ一回出てるからっしょ」
「あそっか」
「グダグダ言ってねーで行くぞ」
「・・っあ、ちょっと待てよ!」


イマイチ外の空気を感じられないのに不満を感じ
しかめっ面をして唸っていれば、御柳は俺を置いて先へ先へと進んでいってしまう。
慌ててそれを追っ掛けて小走りで走り寄り。


「そーいやさ、何でこの階って此処しか使われてねーの?」


二人分の足音しか響かない静かな廊下を歩きながら
ふと思い出し、横を歩く御柳に視線を投じて問い掛ける。
すると・・・


「貸し切ってっカラ」


予想は的中。

 


××××××××××

 

 

「ぐあ〜っ!やっぱこの間と変わんねぇーっ」


乗り慣れないエレベーターを下りてマンションの入り口から出たのは良いが
この前と全く変わらない景色雰囲気に少なからず落胆し、肩を落とす。
もう少し新鮮味を味わえると思っていたのに、やっぱりそういうのは最初の一回に限るらしい。
しかも、今は御柳が居る。
思い切り羽を伸ばすと言う事は勿論無理だろう。


「・・・で?外に出て何するつもりなんだ?テメェは・・・」


眉間に皺を寄せて新たにガムを取り出し
開いた包みを道端に捨てている御柳が低く問う。


「別に、これと言ってしたい事は無いんだけど・・・・」
「・・・・ハ?・・もっぺん言ってみろ・・・舌引っこ抜いてやっから」
「っや、そこら辺ブラブラしたいなーっと・・・・・へへへ」
「『へへへ』、じゃねぇよ・・!ったく・・・・。 オラ、さっさと歩けや」
「イテ!蹴んなよっ!」
「るせぇ。通行人の邪魔だっつの」


言いながら、また俺を置いて歩き出す御柳。
あっという間に人込みに紛れ込んで見失いそうになり、慌てて追いかけるも、中々追い付けない。


「・・・・、ちょ・・っ、待・・・!」


押し寄せる人の群れを掻き分け押し進むのに
一向に離れた距離は縮まらず、逆にだんだんと広がっているような、そんな感覚に捕らわれる。
現に、あの鶯色の頭がもう、見えない。


「、・・みやなっ・・・・!・・・?!」


急に心細くなって、意を決して名前を叫ぼうとした時
突然背後から手首を掴まれた。
完全に見失った御柳の名前を最後まで発音出来ない儘、驚いて後ろを振り返ると、


「・・・・・・・っ、・・・・いぬ・・・かい・・・」


居る筈の無い奴が、其処に居た。


「おま、・・何で・・・ッ」


金の瞳と銀の髪を凝視し、言葉になり切ってない言葉を押し出す。
こんな偶然、予想だにしなかった。

犬飼は握った手に力を込め、真っ直ぐ俺を見返して、


「・・・・捜した・・・。・・・・ずっとお前を・・・捜してた・・・」


搾り出すような声で、そう言った。
聞いてるこっちが思わず苦しくなりそうな、何処か思い詰めたような、
まるで生き別れた無二の者に再開した孤独人のように。
その整った眉はそれらを表すかのように、深く顰められている。


「・・・・バカ猿・・、・・・一体今まで何処で何をしてた・・・・・・いや、そんな事はどうでもいい・・、さぁ、帰るぞ」
「、?!・・・っ・・ちょ、待てっ!・・痛い・・・!!」


いつもの犬飼じゃないみたいに、普段見たことも無い様子で
俺が必死にその手を外そうとしても、凄まじい力で握られた腕は
聞こえない悲鳴を上げるだけでいっこうに外れない。
そればかりか、犬飼は距離を取ろうとする俺を力尽くで自分の方に引き寄せ始めて。


「っ・・・!!や、めろっ、、!・・・犬飼・・!!ッ離せ・・!」


じりじりと狭まる間隔。
それがとても恐ろしいことに思え、これ以上近付くのを止めようと脚を踏ん張るけど、如何にもならない。
終には反対の方の肩を引き寄せるみたいに強く掴まれ、
その瞬間
言葉じゃ言い表せない程の嫌悪感が胸糞を駆け巡り
俺は激しい拒否反応と共に、犬飼の両手を叩き落としていた。


「っ!!・・・さる、の・・?」
「・・・・・・・俺に・・・、・・・っ・・俺に、触るな・・っ!!」


圧迫されて感覚が無くなってしまった腕を庇いながら
叩き落とされた手を呆然と宙に浮かせている犬飼を上目で睨み上げる。
何故こんなにも鳥肌が立つのか分からない。
分からないが、犬飼に触れられた箇所が、気持ち悪くて仕方ない。


「・・・すまん。・・・強く握りすぎた・・・・」
「・・・・・・・・」


違う。それさえ、その痛みさえ上回る嫌悪感で、手を叩き落とした。
前から人に触れられるのはあまり好きじゃなかったけど
ここまでの拒絶をしたのは初めてだった。


「・・・猿、」
「あっれ〜。其処に居ンの負け犬っしょー?」
「?!」


反省したように俯いていた犬飼が、頭を上げて俺の名前を言ったのと同時に
背中と肩に急な重みを感じ、聞き慣れた声が降って来た。
驚いて振り向けば、鶯色の髪。整った顔。
赤い隈取をした猫目が鋭く細められ、目の前の犬飼を睥睨していた。


「何してんのこんなトコで?負け犬の次は迷い犬ってか?クク・・・」
「!・・だっ、黙れ御柳!!俺はそこの猿に用がある・・・!」
「へー?そー。・・・・で?此処にいっケド、どーするワケ??」
「連れ帰る!!」
「だって、天国・・・。どーする?」


止まらない言い合いを呆けて傍観していたところで
急に話を振られて感覚が追い付けず、戸惑う。


「・・・え・・?・・・・あ・・・・・、・・・俺・・・は・・・・・・」


帰りたい、とはすぐに言えなかった。
いや、正直に言えば帰りたくなんかなかった。

だって、戻って何をするっていうんだ?何があるっていうんだ。
家に帰れば卑怯な親。学校に戻っても居場所の無い空間。そこで只、息をする。

折角見つけた俺の居場所、御柳の側を
離れたくない。無くしたくない。


「・・・・・・・俺は・・・、・・・・俺は、、・・・・・此処に・・居る・・・」
「っ?!、なん、だと・・?」


馴れ馴れしく首に回され肩から垂れている御柳の腕に無意識に縋りながら
前にいる犬飼にそう言い渡すと、綺麗な金の瞳が困惑で揺れる。


「、バカ猿・・・一体どういう・・!」
「だーから行かねーっつってンしょ?いい加減うざいっしょオマエ」
「っ、てめぇは黙ってろ!!猿野っ、そいつから離れろ!!十二支に帰るんだ!!」


納得行かないという風に激しく言い捨てるなり
犬飼は憤然と俺の方に手を伸ばして来て、再び腕を掴もうとする・・・・
けど、触れられた瞬間、また酷い嫌悪感に襲われ
さっきの数倍の強さでその手を振り払っていた。


「っ!」


あまりの衝撃でバシンと鈍った音が響く・・・・・痛い。
払った自分の手がこれだけ痛いのだから、払われた犬飼の方は、もっと痛いだろうか・・・。


「・・・・・頼む・・・。・・・俺に、触るな・・・・・」
「・・猿野・・、」
「虫唾が、走る・・・・」
「っ・・・」


何でだ・・・
さっきから俺に触れている筈の御柳には、嫌悪感なんて一つも感じ無いのに
犬飼の時は言い様の無い気持ちの悪さが触れられた箇所から身体中に走り抜けて行く・・・ おかしい。


「・・・・・犬飼・・・。・・今日は、帰ってくれ・・・」


不可解なこの現象に理由を見付ける事は出来ず、
目の焦点を失って棒のように突っ立っている犬飼に
出来るだけ嫌悪感を外に出さないよう努めつつ、促す。
すると魂が抜けた木偶のように、フラフラと覚束無い足取りで
銀髪は幾人もの通行人に紛れ、小さく帰って行く。


「・・・・・・・・・」


そのフラついた背中を見ながら、俺は只管あの嫌悪感の事を考えていて・・・・・

隣でほくそ笑む御柳には、全く気付いていなかった。

 


××××××××××

 


「・・・・・・・・・っぅええ!・・・思い出しただけでサブイボが・・・っ」


結局あの後、外を見て廻るなんて出来なくなる程に考えこんでしまった俺に
御柳は高等レベルの上段膝蹴りを喰らわせ、「用がねーなら帰るぞ」っつって
「無駄な体力使った」だとか「もう絶対ェ行かねぇ」だとかブツクサ言って・・・・・。

二人してマンションに帰って来た今は、巨大なテレビがあるリビングで
ソファに寝転んでウダウダしている。


「・・・・で、オマエさっきから何?気持ち悪いとかサブイボがどーたらとか・・・」


誰にともなく一人で愚痴っていた俺に耐えかねて
御柳が不機嫌に眉間に皺を作って言ってくる。
それは明らかに「いい加減にしろ」と言外に訴えていた。


「・・・だぁってよー・・。・・・・・・御柳ってさ、他人に触られてスゲー気持ち悪くなる事って・・ある?」
「・・・・ハァ?」
「だーかーらー!他人に触られて虫唾が走る事があんのかって聞いてんの!」


呑み込みの悪い男にもう一度言って、誰も見ていないテレビの電源を消す。


「あー。そぉゆーコト。そりゃ気に入らねーヤツに触られたらムカツクけど??」
「・・・ふーん・・。じゃぁ別に普通のヤツに触られてキモッて思うのって??」
「さー?他人だからじゃねーの?そんなことオレが知るかよ」
「、、んー・・・・」


でも御柳は大丈夫なんだよなー・・・と思い
目の前の本人に聞こうかと顔を上げたら、其処に御柳の姿は見当たらず。
慌てて何処に行ったのかとキョロキョロしていると
開いたドアの隙間から奥の風呂場のドアがバタンと閉まる音が聞こえ。


「・・はぁ・・・、風呂かよ・・・」


ちょっと姿が見えなくなっただけで少し焦った自分に呆れながら、深く溜息を吐く。
まさか外で迷子になりかけたというか、御柳に置いて行かれた時の不安感が尾を引いているとは考えたくない。

それにしても、、


「・・・・何であいつだけ平気なんだ・・?」


今まで御柳とは何度となく接した事はあるけど、最初の頃は別として、嫌悪なんか感じた事は無い。
しかも、ただ触れるだけではなく、キスやセックスもしているのに、だ。
どう考えてもこっちの方が気持ち悪いんじゃないかと思うが、全くそんな事は感じないし
やっぱりおかしいのは、犬飼に触れられた時だ。


「・・・・・あ゙〜・・・意味分かんねぇ・・・・」


寝転んで天井を見上げてみても、その理由は分からない。

(・・・てか、犬飼以外はどうなんだろう・・・・)

暫くそんな考えを続け、いつの間にかウトウトしながら
目を閉じては開けるを繰り返し。


「天国ー。」
「?!っ、へ・・!?」


まどろんで半分違う世界へ片足を突っ込んでいたところで、不意に名前を呼ばれ
俺は奇声を上げて慌てて飛び起き、呼ばれた方へ身を捻る。
すると髪を濡らし碌に身体も拭いてない御柳が、タオル片手に仁王立ちしていて。
はっきり言って眠気が一気に吹っ飛んだのは言うまでもない。


「ンなっ、なんだよ・・・ッ」
「オマエ、学校行きてーか?」
「・・・・・・はい?」


ここへ来て今更そんな事を言うとは、何事?


「十二支に行きてーのか行きたくねーのか聞いてンしょ?」


タオルで頭をガシガシ拭きながら、答えない俺に一本調子で問う御柳の意図は分からない。
が、学校に行って何かメリットがあるのか、考えてみる。
夕方、犬飼に帰ろうと言われた時も思ったが
あそこに行ったって、他人が疎ましい日々が続くだけだし
自分を覆い隠すのは、もう疲れた。何より居場所が無い。


「・・・・・・学校なんて・・・」


でも、犬飼に対して感じた異常なまでの嫌悪感の正体が気になる。
この儘、この居心地の良い空間に引き篭もるのは簡単。
けど、今決心してあの嫌悪感の正体を突き止めなければ、一生分からない儘になる気がする。

・・・・いや、本当は分からなくてもいい。

御柳以外の人間なんて、もう俺の中で大した価値は無いんだから、どうでもいい。

(・・・・・あ・・・そっか。)


「・・・やっぱ行く」
「・・・ン。明日からでも行けっから、適当に行きたい日に行け」
「へ?マジで?」
「嘘言ってどーするよ」


まさか明日からでも行けるなんて、用意が良いというか・・・
ここまでスムーズだと疑いたくなってくる。 が、御柳のことだから、何とかしたんだろう。


「但し。通学はこっから。オマエの帰る場所は此処以外ねぇからな」
「おう!・・・って、遠!!」
「文句は無しだ。分かったらさっさと風呂行ってこい」


十二支までの距離に気付いたところで、顔面目掛けて湿ったタオルを投げられ
見事にそれをキャッチ出来ず直撃。
声を殺す事無く笑いまくる御柳にガーガー文句を言いながら
タオルを引っ掴んで部屋を抜ける俺だった。

・・・・其処で、やっぱり気付くべきだったんだ。

笑い声とは別の意味で吊り上っている御柳の口端、
あの、外の時と同じ表情の笑みに・・・・

 

 

【9へ続く】


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あとがき

一番可哀相な子は犬飼君ではなかろうか。

2005/02/28  。いた。