皆皆、同じ。その中に居る自分に、酷く違和感を感じる。

 

 


『所有物即ちペット9』         

 

 


――感情出したいのに出せない。衝突が、怖い。


××××××××××

 

 

翌日。朝。

 

「なー。やっぱ此処から十二支って遠くね?バス賃とかどーすんの?」


玄関先の相変わらず誰もいない廊下で、俺と御柳は向き合っていた。


「こンだけあったら足りるっしょ」
「んー」


手渡された紙っぺらは、野口さん二人。
多すぎる気がしないでもないが黙って受け取る。


「帰り迎えに行ってやろーか?」
「いらねーよ・・!子供じゃねんだから大丈夫だっつの!」
「クク・・・そーかよ」
「・・・・・そ、そーだよ・・」


揶揄するように哂う御柳にべっと舌を出して
既に(常にか)待機しているであろうエレベーターに二人して向かう。

朝日が背中を刺していた。

 

××××××××××

 


「はよー」
「はよーっス」


久々に学校へ登校した・・・と言っても、カレンダー見たらほんの半月ぶりだったけど
見覚えの無い生徒達が目の前で楽しげに談笑し挨拶を交わし合っている中を、
冷めた目で見ながら下駄箱へと脚を進めて行く。


(・・・・元から居たんだか居なかったんだか・・・そんな感じか・・・)


手にぶら提げた鞄の軽さが変な感じで、
少し前までは重いスポーツバッグを抱えていたのが、冗談みたいだった。


「・・・・てか、クラスって元の儘・・・だよな?」


一抹の不安が過ぎるものの、いちいち職員室に行くのも面倒で。

俺は何故か元の位置のまま置きっぱなしになっていたスリッパと
今履いていたスニーカーとを履き替え、深く考える事はせず
その儘流れるように教室へと向かった。

 

「よー、久しぶりだな猿野ー!謹慎はもう終わりかー?」
「・・・・・・は?」


がらりと教室のドアを開け、中に一歩踏み込んでキョロリと見回したとき
目が合った男子・・・・誰だっけ?まぁいいや。
そいつが手を挙げて声を掛けてきた。
しかし如何せんその言葉の内容が理解出来ない。


「・・・・謹慎・・?何の・・・」
「お前何言ってんだー?外でまた何か馬鹿やらかして、こないだから自宅謹慎だったじゃん」
「そーそー!二週間以上もご苦労様だ!一体何したんだよ!」
「え、・・や、その・・・・・はぁ・・・」


口々に喋るクラスメイトに苦笑いを向け、軽く口許を引き攣らせる。

・・・・要するにこいつ等が言うにはだ
俺が転校したなんて一言も聞かされてなく
この二週間とちょっとの間は自宅で謹慎ということになっていて
そして今日それが解け、めでたく復学、と。 そーゆー事か?


「・・・・・・ぶっ殺」

(・・・・御柳の野朗・・・何が転校だ・・・!・・・・帰ったら即行ぶん殴ってやる・・・・ッ)


拳をつくり、やつが行っているであろう華武校の辺りの方角を睨み付ける。

でもその御柳だが、一体どうやって頭の固い教職者の集まりである学校に
そんな形だけの処分を出させたり、都合良く復学許可なんてものも
認めさせたりすることが出来たのか・・・。

俺は少しだけ考えを廻らせたものの、これは何か知ってはいけない・・・
というか知らないほうが良い、と直感が警告するので、すぐに諦め。
かわりに、下手に事実を言って無駄な騒動が起こらないよう
こいつ等の話に合わせるべく、素早く頭を切り替える。

が、


「天国ーーーっ!!!!」


バタバタと云う派手な効果音と共に何者かが行き成り バーン!、と
ドアを吹っ飛ばす勢いで開け放ち教室に乗り込んで来た。
そいつはやたらめったらでかい声を張り上げ、
俺の名前を連呼しながら闊歩してきて教室中の注目を集め、

この聞き覚えのありすぎる声を、俺は知っている。


「・・・沢松、」


振り返った先には、やっぱり仁王立ちした親友が、息を切らして立っていた。
余程焦って走って来たようで、額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「どうしたんだよ、そんなに慌て・・・・・って、うおあ!!」
「ちょっと来い!」


声を掛ける俺の腕をがしっと掴み(まだ鞄も置いてない)、顔を顰めるのに構う事無く、
というか有無を言わさずいきなり教室から引っ張りだされる。
そしてクラスメイト達と当の俺が唖然としているのをいい事に、全速力で走りだした沢松は
抗議する間も無く あっと言う間に廊下を走り抜け、屋上に続く階段を駆け上がっていき

蹴開けた扉の先の屋上には、誰もいなかった。


「っ、沢松!頼むから離せ!!」


大股で貯水タンクの影に俺をひきずって行く沢松に
いい加減離してくれと、声を荒げるも軽く無視をされ。
犬飼の時程ではないにしろ、嫌悪感がじわじわと侵食してきて、かなり不味い。


(・・・やべっ、この儘じゃ・・・ッ)


いよいよ鳥肌が立って来て、腕を掴むその手を払おうとした・・・が、不意に手を離される。


「・・・?」
「・・・・・・お前、まず俺に謝れ・・・」
「・・・ハ?」
「っ、この二週間とちょい、連絡もしないで・・・どれだけ俺が心配したと思ってる・・!!」
「、あ・・・・、・・・・・・悪・・い、、」


顔は怒っているものの、俺を心配していたと言う表情の沢松の真剣な言葉に
目線を泳がせ不器用に謝る。
それを見て一度大きく溜息を吐いた昔ながらの親友は
どかりとその場に腰を下ろし、突っ立っていた俺も引っ張り座らせた。


「・・・ったく。もう良いから・・何があったか、言ってみ?」
「・・・・・、えーっと・・、、」
「何だ?鬼ダチの俺にも言えねー事なのか?」


下を向いて口を開こうとしない俺に、沢松は覗き込んで聞いてくる。
仕方なく顔を上げ、視線は落とした儘、ゆっくりと閉じていた口を開いた。


「・・・・・・お前、俺がいない間、学校から何て聞かされてた・・・・」
「・・・詳しい事は知らされてねーけどよ、暫く自宅謹慎って聞いてた。
 で、お前に直で確かめようと思って家まで行ったんだよ・・。
 そしたらお前居ねーし・・・携帯も繋がんねーし・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「お前の親なら何か知ってんだろーと思って問い詰めたらさ・・・・・何て言ったと思う・・・」
「・・・何?・・『うちにそんな子は居ません』、ってか?」
「『アナタには関係ないでしょう』っつって追い出されたんだよ・・・。一体何が何だかって感じだったぜ・・・」


理解出来ないという風に頭を振る。
俺はそれを無言で見ながら息をつき、己の親に少なからず、というより果てしなく落胆した。


「・・・・・まぁ、・・・・親の方はあいつの言ってた通りだったな・・・・・」
「?、あいつって誰だよ・・・・ってか、マジで何があったわけ?」
「・・・・・沢松・・・お前だから言うけど・・・。俺は、謹慎くらってた訳じゃない」
「・・・は?・・・どーゆう・・・・」


いきなりの謹慎は無かった発言に、きょとんとした顔をする沢松。当然か、突拍子も無い。
こんがらがっているところ悪いけども、俺は胡坐をかいた膝に両手をつき、少しずつ話し始める。


「・・・・まず、お前が学校から聞かされてた俺の謹慎処分は、ホンモノじゃない」
「・・・?」
「俺が消えたのが不自然じゃないと見せ掛ける為に故意に命令され、
それをただ実行したにすぎないんだと思う」
「・・・意味が・・、」
「あーもーっ!一から話すぞ?!俺は約二週間前の部活帰りに華武の御柳ってヤツに拉致られた!!」
「?!」
「で!学校が謹慎とか言ってやがった期間中、ずっとそいつン家に監禁されてた!!」
「かっ監禁って、おまっ!」
「シャラップ!俺は転校届け出したって聞かされてたけど、実はそうじゃなくて!
 お前が聞いてた通り、謹慎ってことになってた!んで昨日!
 何でか知らんが学校行ってもいいって許可が下りたから、今日登校してきたんだよ!!OK?!」


と、一気に捲くし立てる勢いに気圧されて、カクカクと頭を縦に振る沢松。
それに対して俺は満足げに頷き返し、幾らか勢いを削いで続ける。


「親の方は金で黙らせたっつってたけど、それは沢松の話を聞く限りウソじゃねー」
「金って、・・・マジかよ・・・」
「金さえありゃ何でも出来るっつー御柳の言葉を、改めて実感したぜ俺は・・・・」
「・・・・・・なんか・・・、うは〜って感じなんですけど・・・」
「・・そりゃそーだろ・・・」


言って二人とも押し黙る。
先に沈黙を脱したのは、額に手を当てている沢松だった。


「・・あー・・・でさ、学校に行かせてもらえるようになったんだろ?」
「あぁ」
「もう閉じ込められてねーってことだろ?」
「・・・あぁ」
「ってことは、自分の家に帰れる・・・ってことだろ?」
「あぁ。それは無い」
「そーかよ・・・・・ってオイ!何でだ?!」


器用にノリツッコミなんてものをしている沢松を軽く一瞥してから、ハッキリと言う。


「子供を金で引き渡すようなゲス野朗共がいる所なんかに、行けっかよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・それに・・・・帰るべき場所は、もう決まってんだ」


言いつつ立ち上がり、尻についていた砂や小石を払って
ハの字に眉を寄せている親友を見下ろす。


「決まってるって・・・一体お前・・・・、」
「俺の居場所は・・・安らげる場所は・・・・・・」


御柳・・・・


「あいつの隣り・・・」


聞こえるか聞こえないかの声量だったのに
瞬間目を見開いた沢松。しっかり聞こえたらしい。


「・・・・お前・・・、、」
「初めてだ・・・。・・・初めて・・・、俺の領域に踏み込んできたんだ・・・・」
「・・・・・・」
「無くせない・・・」


暗く呟く俺と、苦しげに沈黙する沢松。
誰よりも俺の孤独を知っていた沢松だけど
俺が求めていたのは受け止めてくれる人間じゃなくて
強く、強く、強く・・・俺だけを求めてくれる人間。
それは沢松でもクラスメイトでも・・・まして両親なんかではなく
隔絶された俺の領域に容易く入り込み、
俺とは違った闇を抱えている・・・・御柳だった。


「・・・初めて・・・・・必要とされた・・・」


攫って、閉じ込めて、鎖で繋いで、首輪まで付けて
壊すって言った癖に、『一生オレのもんだ』って言って、震えるような独占欲を見せて・・・。

『唯一の存在』だと言われた俺の心が・・・・どれだけ、救われたと思う?


「あんなやつ・・ホント、初めてだ・・・」


鶯色の髪が掛かる赤い隈取に縁取られた闇色の瞳とか
いつもガムを噛んでいる薄い唇から覗く尖った八重歯だとか
男の癖に綺麗な手で戯れに触れてくるところだとか、
・・・不意に、見せる・・・・闇、だとか・・・・・
全部。
全部、全部・・・
全部、全部、全部、全部、 好きで堪らない。


「・・・いつの間にか、な・・・・」


よくもたった二週間程度で此処まで好きになり、終には愛などと口走ったと、自分でも思う。
・・・でも、ずっと、欲しかった。
勝手に他人拒絶しといて、その他人からの愛を。

気付いたのは御柳。

臆病な俺の顎を掴み、くれると言ってくれた。
そして、オマエも寄越せと・・・横柄に・・・・。

・・・・嬉しかった・・・・。


「・・・・・お前、・・・御柳のこと・・ホントに・・・・」
「あいつがいないと生きて行けそうもないぐらい、な・・・」
「・・・はは、妬けるねー」


苦笑する沢松。


「お前を救うのは俺だって思ってたのに・・・」
「踏み込む勇気も無かった癖に、か?」
「・・・・・・・」
「・・・でも、お前はちゃんと、俺の近くにいる」
「・・・・・・・」
「お前が居なかったら、俺は完全に心閉ざして木偶になってた・・・」
「・・・・・・・」
「只、在るだけにすぎない・・・モノに・・な・・・。だから、ありがとう」


お前のおかげで、これまで正気を保って来れたと
手に持ったままだった鞄の取っ手を少し握り締めて、整備された広いグラウンドへと視線を遣る。
沢松は俯けていた顔を、息を吸いながらゆっくりと上げると
立ち上がって俺の視線の先に自分の視線も向けた。


「絶対無くすなよ?」
「当たり前だろ」


登校初日早々、1限目をすっぽかした俺達の耳に
授業の終わりを告げるチャイムが罅割れるように入ってくる。

屋上をあとにしたのは、それから10分後だった。

 

××××××××××

 

「久しぶりだな、猿野。謹慎中、真面目に反省したか?」


ドっと沸く教室。
良くも抜け抜けと言ったものだ。
何も知らない、知らされもしない、万年小物教師が。

二時間目から授業に出た。
科目は理科。移動教室でここは科学室。
細身にお決まりの薄汚れた白衣を着て、その教員は俺に偉そうに言う。ハッキリ言って殺したい。
それでも隣の沢松が『まぁまぁ、落ち着け』と、学ランの裾を引っ張るし
反対隣の誰だか分からない小太りのクラスメイトも、笑いながら肩を叩いてくるしで 何とか溜飲を下げる。


「・・・っ」


けれどその叩かれた肩を基点に、否応無く体を駆け巡るあの嫌悪感。
ゾクリと背中を震わせるが 運良く気付かれず、叩き落す前に引っ込めてくれた。


(・・・・・・・・・・・)


やっぱりか、と思う。
犬飼の時だけではなく、今この瞬間にも感じた嫌悪感。
まさしく、あの沢松にさえ感じた、気持ちの悪い感覚。
肩から腕にかけて鳥肌が立ち
出来るだけ不用意に触られないよう沢松の方に逃げ寄る。・・そう、少しでも症状が軽い方に。
一瞬怪訝な顔をされたが其処はそれ。構う事無くにじり寄る。


「ワリ、ちっと許せや」
「・・・まぁいいけどよ・・・」


そう言って口を噤んで黒板を見る沢松は、曖昧な顔をしていて。
俺はそれに気付いたけど何も言わず、教壇で実験の説明をしているヒョロ教員の話しに耳を傾けた。
どうやら今回は簡易カイロの実験らしく、真冬でもないのに、アホくさいと思った。


「猿野ー。話し聞いてたよな。材料取って来てくれよー」


説明が終わり、各班ごとに作業開始と言われ
面倒臭いと思った瞬間に、隣りのやつにそう言われた。
眉間に皺が寄るのが自分でも判る。
そんな事はてめぇでやれと、胸中は悪口雑言で一杯なのに
口をすんなり突いて出たのは、「いーよ」・・と、あっさりとした了解の言葉だった。


(・・・あれ・・?)


前と、同じだった。
頭で思っていることとは違う、当り障りの無い
衝突を避ける為の真逆の言葉が、知らない内に紡ぎ出される。
気付いたら既に会話は終了していて、暫く呆然とするのが常。

今日も今日とて、変わらず同じ。それどころか、深い溝が、更に深くなった気さえした。

俺は反射的に胸糞悪くなった胃の辺りを制服の上から掴む。酷く嘔吐しそうだ。


「おい、天国・・・大丈夫かよ」


立ち止まって荒く息を吐く俺に、沢松が心配そうに声を掛けてくる。
その手には俺が取りに行く筈だった、実験に必要な道具と材料が握られていて
あの、人が群がる材料置き場へ行かなくても良いのだと思うと、たまらなく安堵する。
肩を叩かれるだけで嫌悪感丸出しなのに
あの大群の中に今の自分が行けばどうなるか・・・・。


「、、沢松、取って来てくれたのか?・・・さすが、俺の家畜だぜ・・、、」


気分が悪いのを悟られたくなくて、無理に笑っていつものようにからかう。
沢松は別段気にする様子も無く「家畜じゃありませーん」と、
笑って言い、スタスタと班机に帰っていった。 今はそれが無性にありがたい。
俺は呼吸を整え、鳥肌が治まった頃に漸く班机へと戻った。


「お、猿野!何してたんだよ、早く実験始めようぜ!」


準備の時は人任せで、いざ実験となると鼻息荒く腕を捲くるそいつ。
俺は頭の中で何度も殴り殺しながら、短く返事をした。


「で、猿野?これでどーすんだ?」
「はぁ?・・説明聞いてなかったのかよ」
「聞いてるわけねーじゃん!だって猿野が聞いてるだろ?」


なんて無責任な事を言って、醜い面を更に醜く歪めて笑うブタ。
一瞬にして俺の顔から表情が消え、眼光が失せる。
まるで人形めいた、身体から人間的感覚を欠如させ、全ての感情を中に押さえ込む。
触れればいとも簡単に壊れそうな危うい均衡状態に、脳内は沸騰寸前。

そんな俺にいち早く気付いた沢松が、咄嗟に手を挙げ


「俺やりたいから、先にやるぜ?」


半分に切った封筒の中に砂鉄等を混ぜ合わした混合物を入れ
水を注入してガラス棒で混ぜ始めた。
ブタは手際良く実験を進めていく沢松を見るなり
俺から矛先を変えて、「その実験代われ」と、執拗に言い出し。
折角沢松が牽制してくれたのに、この糞みたいなクラスメイトの為に 芽生えた殺意は増幅。

・・・けど、実際は何もならない。

解かってる。
他人といる時の自分は、自分じゃない。


「何してんだよ猿野ー。お前もやれよー」
「ッ?!」


その時、ブタがいきなり笑いながら俺の手を掴んだ。
瞬間、張り詰めて不安定だった中の均衡が、一気に崩れる。油断していた。


(・・・ぁ、・・・ア・・ああぁ、・・・・・・ッアアアァア!!!!!)


「ッ触ンなアあァ゙ーー!!!!」


右手を握る湿った手を思い切り払い除け絶叫した後
俺の視界は闇に転じ、直後、身体中に衝撃。

・・・倒れたのか・・・・・

暗闇の中、周りの人間の慌てる声だけが、耳に届いた。

 

 


【10へつづく】


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あとがき

猿野の肝っ玉の小ささにビックリだよ。(周りが)笑

2005/03/18  。いた。