「ッ…」

気付くと、硬いアスファルトの上に転がっていた。
辺りは真っ暗で、点々と続く街灯がぼんやりと路を所々に照らしている。
ガチガチに固まっている躯を何とか起こし、立ち上がると
粗雑に着せられた制服のポケットから、携帯が滑り落ちた。

「…!…ぁ、 っ…あ…!ヤバイッ…!!」

目に留まったのは着信を告げるライトの点滅。
慌てて拾い上げて画面を確認すると、履歴には『御柳』の文字。
しかもその着信時間を見て更に愕く。 19:29、21:16、22:54
今から4時間も前の最初の着信から、3回も掛かってきていた。
俺はその全部を無視したことになる。

「ッ最悪だ…、殺される…!」

とりあえずメールで「今すぐ行く」と送ってから(電話なんか恐ろしくて掛けられる訳がない)
自分が一体どこに居るのか把握する為に、路地裏から表通りへと、ヨロヨロと抜け出る。
全身が痛みと疲労を訴えたが、それどころじゃなかった。

「……なんだ、ここ、駅から全然近ェじゃん…」

通りに出てすぐに見えた駅は、見覚えのある華武中央駅。
拉致って輪姦したワリには、放置する場所が御柳の家に近いのが気になったものの
どこぞの山奥に捨てられるより断然マシだ。
今はそんなことより、一秒でも早く御柳の家に行くのが先決。
幸い駅から徒歩で5分とかからない。
羨ましい立地だと思うのと同時に、その距離の近さに素直に安堵。
とてもじゃないけど、このコンディションで長距離の移動なんか出来ない。
通い慣れた路を亀みたいな鈍さで進み、横断歩道を渡って商店街を横切り
マンションが密集する団地に入り込んだ。

 


「ッごめん、御柳!遅くなった…っ」

呼び鈴を鳴らして開口一番謝ると、短く「入れ」と声があり、鍵のかかってないドアを開け中に入る。
すぐに靴を脱いで奥の御柳の部屋に向かい、ノックをしようとする前に、また短く「入れ」と声があった。
此処に来て、緊張が一気に最高潮になる。
だって、こうして部屋のドアの前に立つまで、言い訳すら考えてなかった。
でも今更遅い。
一度深く息を吐き、慎重にドアを開いた。

「…遅かったな」
「ッ!悪い、その…、これには理由が…!」

少なくとも弁解をするだけのことをされていたのだから、せめて理由を聞いて欲しい。
けど俺がそれを言う前に、御柳は静かに立ち上がると
俺の襟首を掴み上げ、氷のように冷たい一瞥を寄越してから
俺を乱暴にベッドの上に引き摺り倒した。
その理由を考えるのも、御柳の様子を探る必要もない
目の前の御柳は、それぐらい怒りを露にしていた。

「ぁ…!、御柳…!頼むから、聞いてくれっ」
「黙れ」
「、やめっ!御柳…!」

必死に言い縋る俺を無視し、御柳は皺くちゃの俺の制服に手を掛け、胸まで一気に捲り上げる。
瞬間、ピタリとその手が止まった。
否、部屋全体の空気まで凍結した。

「……ぁ…、ぁ…、、見ないで、くれ…っ、、」

大きく見開かれた御柳の双眸、初めて見るその表情。
驚愕というより、信じられないという顔で
それが数秒後には、眉間に皺が寄り眼光が険しいものに変わる。
俺は羞恥と絶望の渦に呑み込まれながら、その視線から目を背けた。
御柳は無言のまま、たくし上げていた制服を剥ぎ取り
下のズボンも下着も全部取り去って俺を裸にすると
頭の先から爪先まで、一片の見落としも許さないような鋭さで、全てを見る。

見る、
見る、
見る、、

「…ンだよ、コレ」
「…ッ、」
「何だって、訊いてンしょ」
「う…っ」

目を閉じ顔を背ける俺に焦れたように、御柳は語気を荒げると
いきなり俺の腕を掴み、ベッドから引き摺り立たせ、部屋を出る。
腕を引かれる儘について行くと、あの大きな鏡のあるクローゼットルームに連れ込まれた。
電気が点くと、奥に例の鏡があり、その前で羽交い絞めにされる。

「見ろ」
「…っ、いや、だ…」
「いいから、見ろっつってンしょ」

頑なに拒否する俺の顎を掴み、無理矢理正面を向かせた御柳は
否を許さない、底冷えするような声色で命令する。
その声に逆らえない俺は、ゆっくりと目を開け、目の前の鏡を見た。

「…つッ…!」

明るい室内で、今日初めて見る躯は、まるで自分の躯じゃないみたいだった。
首筋から始まり脹脛までに及ぶ夥しい鬱血や噛み痕、両手足首を縛られた時に出来た痛々しい擦り傷、
打撲・打身による痣、ペニスや太腿に残る何筋ものミミズ腫れ。

そして、

「脚、開け」

床に座った御柳に引き下ろすように俺も座らされ、言われた通り膝を立てて脚を広げると
一際酷かったのは、熱を持って真っ赤に腫れ上がったアナルだった。
しかも、こうして此処に来るまで必死だったあまり気付かなかったが
連中が中出ししたザーメンが残ったままで、淫猥に穴から尻に、そして太腿に白く滴り落ちていた。

「誰にやられた」

地を這うような低い声で問い詰められ、御柳がかつて無く、本気で怒っていると判り、竦み上がる。
俺は息を呑んで、最初に説明しようと思っていたことを、順序立ててポツポツと話し始める。
まず、御柳の家に来る途中、電車で男達に囲まれ、痴漢されたこと
それからすぐに車で拉致られ、目隠しをされた儘どこかで散々輪姦され、気付いたら路上に放置されて居たという全てを伝えた。
せめてアイツらの顔を覚えていたら良かったが、見たのは目隠しをされる前のほんの一瞬で
しかも全員の顔を見た訳じゃない。
剰え、その一瞬見た顔さえも、心当たりはなかったし、どこの誰かなんて見当もつかなかった。
他に何か判ったことがあるかと言えば、何の手掛かりになりそうもない、車の中で携帯の着信音を一つ聞いただけ。
だから、弱弱しく首を振ることしか俺にはできなかった。

「…判った」

俯いた俺に御柳はそう言うと、ポケットから携帯を取り出し、誰かに電話をかける。
すぐに相手が出たらしく、御柳は素気無く切り出した。

「あ、スンマセン先輩。一つ調べて欲しいことあるんスけど…
 ハイ、ハイ…今日の駅のホームの防犯カメラに映ってる十二支の猿野の周り固めてる連中の顔と身元ッス。
 ……ハイ、…ハイ、いえ、とんでもないッスよ。オレの方こそ、面倒事頼んで申し訳ないッス。 …ハイ、じゃ、明日部活で」

そんな遣り取りをごく短時間で済ませ、御柳は携帯を閉じてポケットにしまう。
状況がよく掴めない俺は、一部始終をただ黙って見つめていた。

「人様のモンに手ェ出したら、どうなるか思い知らせてやんねーとな…?」

口端を吊り上げて言う御柳の、その表情と口調とは裏腹に
狂暴な光を湛えて冷え切った双眸が、妙に胸をザワつかせた。

「さーて、まずは消毒だ。それからテメェが時間に遅れたことへの仕置きな。OK?」

俺の腕を掴んで立ち上がりながら、イヤらしく目を眇める御柳。
耳元で囁かれたその「仕置き」という単語に、小さく震えつつも大人しく従う。
いつもの様に俺を嬲ることを愉しみとする余裕が見えたことに
俺は今、安堵すらしていた。

 

『たかが #10:いつも通り』

 

けれど生じた、変化。

 


 

【11へ続く】


【一覧へ戻る】


 


アトガキ

とりあえず区切って、消毒&お仕置きタイムは次で。

2009/07/20  いた。